フォギーフロッグの怪事件 ~1930年のイギリスにおいて、露出狂、糞便、悪魔、宇宙船などは、街の人々へどのような影響を及ぼしたのか?その疑問に答えてくれる、とある女探偵の怪事件簿~
3,露出狂とセレナーデ ー聞き込み調査『ブレイキングブレッド』ー
3,露出狂とセレナーデ ー聞き込み調査『ブレイキングブレッド』ー
アリス達の家は、フォギーフロッグのちょうど真ん中辺りに位置している。
家を出ると、街の名前の由来となった大通り『フォギーフロッグストリート』が左右に伸びている。
フォギーフロッグとは、この東から西に続く大通りと、その真ん中をぶった切るように北から南へと続く『シャーリーンストリート』の2つの道を、それぞれ横幅と高さにしてできた四角形に囲われた地域のことを指す。
アリス達3人は家を出ると、大通りを左へ。方角で言うと東へ向かって進んだ。
左にも右にも、石やレンガ、コンクリートブロックなどで造られた組積造の建物が、まるで隊列を組んでいるかのように綺麗に並んでいる。
しかし、街の景観は茶色い壁や淀んでいる空気のせいか、少々薄汚いように見える。
大通りを行く人々は、その大勢が小奇麗な格好をしている。男性はラウンジスーツ、女性はラフなドレスなどを身に纏い、多種多様な店が並ぶ華やかなこの街を優雅に闊歩する。
だが、少なからず汚くて安っぽい恰好をしている人達もいて、更に細い路地裏なんかに入ると偶に物乞いなどにも遭遇する。
フォギーフロッグは、このように光と影が混在している街である。
「1人目の被害者は、近所のパン屋『ブレイキングブレッド』の従業員、マナフィだ。」
アリスは大通りを進みながらジョンとコリンに言った。
「ブレイキングブレッドか。最近、行ってないな。また、風変わりなパンが増えてそうだ。」
右にいるジョンが顎を摩りながら呟く。
「パンはどうでもいいだろ?用があるのは、露出狂の被害に遭った従業員だ。」
「ねぇ、アリス。どうして、被害者が誰か特定できたんだい?」
今度は左にいるコリンが、アリスに質問をしてきた。
「さっき、電話で聞いたんだ。デイリー・ジーニアス新聞社の社長令嬢"レイラ・ジーニアス様"にな。」
アリスは両手の人差し指と中指をチョンチョンと2回折り曲げ、皮肉っぽく言った。
「あー、なるほど!さすが、レイラさん!物知りだね!」
コリンは納得したように頷いた。
「物知り?変人なだけだろ。」
アリスはつまらなそうに答えた。
街のパン屋『ブレイキングブレッド』は、アリス達の家から東へ数分歩いたところにある。
店名が書かれた横長の木の看板が堂々と掲げてあり、その下はガラス張りとなっていて、そこから店で焼かれたパンがずらりと並んでいる光景を見ることができる。
店の外側にもいい匂いが漂ってきていて、通りすがりの人達をつい立ち止まらせてしまう。
そんな魅惑のパン屋さんである。
店についたアリス達は、早速店内へと踏み入る。
所々剥げている茶色い木戸を開けると、扉についているベルがカランカランと音を立てた。
「あっ!みんな、いらっしゃーい!」
アリス達を見るなり、白いナフキンを頭に巻いた茶髪の女の子が笑顔で歩み寄ってくる。
「よぉ、マナフィ。今日もイースト菌に囲まれてがんばってるかー?」
「がんばってるよ〜!私、パン大好きだからね!」
「そうか。大好きだからって、つまみ食いすんなよ?」
「大丈夫!今日は5個しかしてないから。」
「…大丈夫じゃないだろ、それ。」
アリスがジトっとした目で、マナフィを睨む。
すると、黒い天板を両手で持った、眼鏡をかけたおじさんが、店の奥から歩いてきた。
この店の店長である、ローム・ベックという男性だ。
「やぁ、君達。今、新メニューのパンが焼き上がったところだよ。よかったらどうだい?」
「新メニュー?」
アリス達が天板の上に乗っているパンを覗き込む。
そこには、ピンク色でぐにゃぐにゃと渦巻いている、見た目がとても気持ち悪いパンが綺麗に並べられていた。
「大腸パンだよ。摘出した、人の大腸をモデルに作ってみたんだ。元解剖医である私にはぴったりのメニューだと思うんだけど…どうだい?」
大腸パンを見たアリス達3人は、全員揃って苦い顔をした。
「悪いな、ベックさん。今日はマナフィに用があって来たんだ。パンを買いに来たわけじゃない。…まぁ、パンを買いに来てたとしても、それは買わねぇけど。」
アリスは大腸パンから目を逸らしながら言う。
「私に用?」
マナフィはキョトンとした顔でアリスに聞いた。
「ああ。露出狂に会ったらしいな、マナフィ。その時の話を聞かせてくれ。私のところに、露出狂を捕まえて欲しいって依頼が来てな。今、情報が欲しいんだ。…まぁ、話したくなけりゃ、無理には聞かねぇが。」
「あー、なるほどね!相変わらず変なことしてるね、アリスさんは。」
「うっせーよ。臓器のパンを作ってる店よりはマシだ。」
「もちろん、いいよ!街の平和のためだもん!」
「助かるぜ。じゃあ、早速…」
「そのかわり!」
アリスの言葉を遮り、マナフィが少し大きな声を出す。
そして、彼女はニッコリと笑って言った。
「大腸パン、買ってね?」
「で、露出狂の被害に遭ったのはいつだ?」
店内にあるウッドチェアに腰かけたアリスは、対面にいるマナフィにそう質問した。
アリスの右手には大腸のパンが握られている。
「えっと~、確か先々週の土曜日の夜11時くらいだったかな?」
「場所は?」
「私の下宿先の近くだよ。レディロードってところ。この街の南西部だね。」
「南西部か。確か、ベネット夫人も南西部で露出狂を見たって言ってたよな?」
そう言いながらアリスがジョンの方に目をやる。
「うっ…!」
アリスの隣にいるジョンは、手に持った大腸パンに齧りついていた。
唐突な質問に驚いたのか、ジョンは慌てて首を縦に振った。
「話の途中で食ってんじゃねぇよ、ジョン。お前の大腸を引きずり出すぞ?」
アリスはジトっとした目で彼を睨む。
「よかったら、コリン君も食べてみてね。」
そう言って、マナフィは左斜め前にいるコリンに優しく微笑みかける。
「あ、はい…。」
コリンは歯切れの悪い返事をした後、手に持っている大腸パンを見てほんの少しだけ困った顔をした。
「んでよ、マナフィ。露出狂が出た後はどうしたんだ?」
アリスは大腸パンをちぎりながらそう質問した。そして、質問を言い終えると、千切ったパンの欠片を口に放りこんだ。
「…ん!」
大腸パンは以外にも美味しかったようで、彼女は少しだけ嬉しそうに驚いていた。
「取り敢えず、その場から全力で逃げたよ。」
マナフィは淡々とした口調で答えた。
「大丈夫だったんですか?」
コリンが心配そうに彼女に聞く。
「うん。直接危害を加えられたりはしなかったから。だから、警察にも行かなかった。」
「その露出狂はどんな奴だった?」
「茶色のロングコートを着て、黒いシルクハットを目深に被ってたよ。ほら、そこにあるアリスさんの帽子と同じ様なやつ。」
マナフィは机の上に置いてあるアリスのシルクハットを指差した。
「そいつの身体の特徴は?例えば、髪の色とか、肌の色とか。」
「うーん…白人かな?髪の毛は帽子ですっぽり隠れてたから見えなかった。それに、暗かったからあんまりわかんなかったんだよね〜。身長は…男の人にしては低めだったかな?」
「なるほどな。他になんか露出狂のことについて知ってることはないか?」
「そういえば、1週間前にも露出狂の被害にあった人がいるって聞いたよ。」
「それがどこの誰かはわかるか?」
アリスは身を乗り出してマナフィに聞く。
「確か『ハイドボルド(hidebald)』っていう、帽子屋さんで働いてる女の人だって友達から聞いたけど…。」
「ハイドボルドか。わかった。色々教えてくれてありがとよ、マナフィ。おかげで、捜査が行き詰まらずに済みそうだ。」
アリスは得意げにそう言った後、シルクハットとステッキを手に持ち、椅子から立ち上がった。
「行くぞ、お前ら。今度はその店に聞き込みだ。」
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