40,宇宙船の目撃情報 ー宇宙人を捕らえた秘密結社ー

 コリン達が去り、この場にいるのはアリス、レイラ、マチルダの3人となった。


「…さて、3人になったところで早速問うが…悪魔女、お前嘘ついてんだろ?」


 アリスが腕組みをして、マチルダにぐいっと顔を近づけて問いかける。


「…えっ?」


「とぼけるんじゃねぇよ。また、なんか企んでるんだろ?コールソンの時みたいに。さっさと白状しな。そうすれば、この話を終わりにできる。」


 アリスはマチルダのことを半目で睨み、彼女の回答を待つ。それに対して、マチルダは含み笑いを洩らしながら言った。


「フフッ、カフェで噂を聞いたのは本当ですよ?それに、ミスター・コールソンの件はアリスさんの邪推でしたよね?」


 彼女がそう言い終えたあと、レイラがマチルダの肩を持つ。


「そうよ、レッドメイン。ミス・ハウンズフィールドを疑うなんて失礼だわ。彼女は貴重な情報提供者よ。」


 マチルダを信用しているかのような発言をしたレイラ。しかし、その後にこう続けた。


「…でもまぁ、レッドメインの言うことも一理あります。噂話を鵜呑みにはできません。一つ一つ疑う必要があります。ミス・ハウンズフィールドのお話しにも、残念ながら疑いの目を向けることになります。…どうか、お気を悪くなさらないで下さい。」


 レイラの言葉にマチルダは明るい口調で返す。


「ええ、構いませんよ。私も、自分の話が本当だと証明することはできませんし。それに、疑われるのは慣れてますから。」


 マチルダとレイラは互いに、相手に笑顔をみせる。


 そんな仲の良さそうな2人を見て、アリスは悟った。なぜ、レイラがアリスをここに連れて来たのかを。


「立ち話も何なので、こちらへどうぞ〜。」


 マチルダはそう言って、左手にあるお客さん用の椅子へ向かって歩き出した。


 マチルダが2人に背中を向けた瞬間、アリスがレイラに尋ねる。


「おい、お前。悪魔女との関係が拗れないようにする為に、私を連れて来ただろ?合法的にあいつを疑えるように。」


 アリスはレイラにジトっとした目を向ける。


「…さぁ、一体何のことかしら?」


 レイラは澄ました顔でそう答えた。しかし、彼女は背中の後ろに回した左手で、人差し指と中指をクロスさせて、アリスに見せた。


 レイラは得意げな顔で歩き出す。


 アリスは不満そうに彼女を睨んでいた。







「私に聞きたいこととは何でしょうか?噂話の内容なら、殆どエロイーズさんにお話しましたが…。」


 椅子に腰掛けたマチルダが2人に尋ねる。


「ああ。噂の内容ならちびっこ執事から大体聞いた。だから、私達がお前に聞きたいのは、いつ、どんな状況で、どんな奴らが話してるのを聞いたか、だ。」


 アリスが焦げ茶色のラウンドテーブルに頬杖をつく。アリスとレイラの目の前には、紅茶が淹れられたティーカップが置いてある。


 マチルダは納得したような表情を見せた。


「なるほど~。では、お話ししましょう。」


「お願い致します。」


 レイラがそう言うと、マチルダは噂を耳にした時のことを悠々とした態度で話しだした。


「噂を耳にしたのは、3日程前です。その日のお昼頃、私とギルバートは『クレシェンド・レイニー』というカフェでお茶をしていました。ここから南に数分程歩いた所にあるカフェですね。私達はそこでコーヒーを飲みながら楽しくお喋りをしていたわけですが、ある時、隣のお客さんの口から気になる単語が聞こえてきました。」


「気になる単語?」


「ええ。『アンピプテラ教団』という単語です。」


 その言葉を聞いた瞬間、レイラの眉がぴくっと動いた。


「またその教団かよ。なんだ?今流行ってんのか?ファッションリーダーかなんかなのかよ、そいつらは。」


 興味を示したレイラとは対照的に、アリスは興味なさげな態度をとる。マチルダは苦笑いを浮かべてアリスに言う。


「別に流行ってはいませんが…。まぁでも、この街ではそこそこ有名な噂話ですからね。それに悪魔召喚倶楽部も、昔、その教団と少し親交があったみたいですし。」


「親交があった?悪魔召喚倶楽部とアンピプテラ教団の間に繋がりが?」


 レイラが少し前のめりになってマチルダに尋ねる。


「ええ。イルザ・ウィローが書き記した召喚魔術の本に、アンピプテラ教団のマークが書かれていました。」


「…あー、それ私も見たかもしれねぇ。」


 アリスは天井に視線を向けながら、ぼそっと呟く。その呟きを聞いた瞬間、レイラはハッとした表情でアリスの方を見る。そして、彼女らしくない、少し冷静さを欠いた口調でアリスに問う。


「あなたも見たの?その教団のマーク。」


「あ、ああ…。たぶんな…。」


 アリスは困惑しながら、レイラに言葉を返す。


「更に、イルザが書き残した書物の中に、具体的なエピソードも書かれていました。」


 マチルダは、悪魔召喚倶楽部とアンピプテラ教団との親交について話し出した。


「一説によると、60年程前、アンピプテラ教団は宇宙人の捕獲に成功したらしいです。その噂を聞いた悪魔召喚倶楽部は、自分達が召喚した悪魔と、教団が捕まえた宇宙人を、互いの利益の為にトレードしようと持ち掛けたらしいです。」


「…。」


 アリスは、不味いものを食べた時のような顔で、その話を聞いていた。エピソードがあまりにも馬鹿馬鹿しかったからだ。対して、レイラは真剣な表情で話を聞いている。


「…なんだよ、そのスパイ交換みたいな話。」


 アリスが重々しく口を開く。


「それくらいには仲が良かったみたいですよ?うちの倶楽部とその教団は。」


「どれくらいかわかんねぇよ…。その教団はもういいから、話を戻せ。」


 アリスはうんざりとした様子でマチルダに言う。それに軽く頷いてからマチルダが話を続ける。


「ええ、わかりました。隣の会話が気になってしまった私は、1人で話し続けているギルバートを他所に、隣の会話に聞き耳を立てていました。」


「話聞いてやれよ…。」


 アリスのツッコミを無視して、マチルダは続ける。


「そうしたら、宇宙船の話が聞こえてきたというわけです。エロイーズさんにお話したようなね。」


「悪魔女、その話をしてた奴らはどんな見た目だったんだ?」


 アリスが問う。問われたマチルダは、斜め上を見ながら顎に手を当て答える。


「話を聞いていた方は、眼鏡をかけた茶色い髪の男性で、その噂を話していたのは黒い髪の男性でしたね。どちらも2、30代くらいだと思います。」


「服装は?」


「どちらも普通でしたよ?眼鏡をかけた男性は、茶色いセーターと黒い長ズボン。もう1人は、ベージュのシャツと茶色いズボンだったと思います。庶民的な格好でしたね。」


「…。」


「これだけじゃ、その人達がどこの誰かを特定するのは難しそうね。」


 レイラがチラッとアリスを見ながら呟く。


「確かにな。…でも、頑張れば、大体のあたりくらいはつけられるかも知れねぇぞ?おい、悪魔女。なにか、そいつらの会話で覚えていることはないか?エロイーズに話したこと以外で、だ。」


 アリスにそう問われたマチルダは、困った様な顔をしながら言う。


「う〜ん、そう言われましても…。噂話以外は、その人達の会話に興味ないですからねぇ。」


「何でもいい。関係なさそうなことでも。」


「うーん…。」


 マチルダは天を仰ぎながら考え込む。暫くそうした後、彼女ははっとしたような顔をして言った。


「そういえば、その2人は、その日の夜も会う約束をしているようでしたよ?」


「約束?」


「ええ。『今夜また同じ場所で。(Same place again tonight.)』、『ああ、準備できたら電話してくれ。(Please give me a call when I can go.)』という会話を彼らが席をたつ前にしていました。」


「…。」


 マチルダの話を聞いたアリスが考え込む。レイラとマチルダは、彼女が何を考えているのか分からず、ただ黙ってアリスのことを見守っていた。


 暫く経った後、アリスが口を開いた。


「悪魔女。そのセリフは2人の会話のまんまか?」


「…ええ、まぁ。同じように言っていたと思いますけど…。」


「…なぁ、その眼鏡をかけていた方って、アメリカ人の可能性はないか?」


「アメリカ人?」


 レイラが聞き返す。それに対してアリスが軽く頷く。


 それを見たレイラは、なぜ彼女がその考えに至ったのかを考えた。


「…もしかして、ring(電話)ではなく、call(電話)と言ったから?」


 レイラがアリスに尋ねる。アリスはその疑問に答える。


「ああ。こっちではring(電話)って言う奴が多いけど、あっちではcall(電話)って言う奴が多いんだろ?」


「…らしいわね。でも、こっちでもcallと言う人はそれなりにいるわ。イギリス出身の人でもね。それだけじゃ、アメリカ人だという根拠にはなり得ないと思うけど?」


「根拠にはな。だが、仮説にはなる。」


 アリスはレイラを真っ直ぐ見て、力強く言った。


 それを聞いていたマチルダが口を開く。


「そう言われてみれば、その眼鏡の人…canの発音がイギリスの”カン”よりアメリカの”キャン”に近かったような…。」


「ほんとか…!?」


 その発言を聞いたアリスが、前のめりになってマチルダに確認する。


「ええ…。まぁ、アリスさんの仮説に引っ張られてそう思っているだけかもしれませんが…。」


「いや、構わねぇ。違ってたら違ってた、だ。ペナルティなんて何もねぇ。…それより、悪魔女。お前の隣にいた奴ら、結構宇宙船の噂について深く話し込んでるよな?私達が得た宇宙船の情報は、ほとんどお前の口から聞いたものだ。…ってことは、お前は隣にいた2人組から多くの情報を得たことになる。つまり、そいつらは宇宙船の噂についていっぱい喋ってたってことだ。」


 アリスはマチルダを見詰めながら続ける。


「そいつらはその噂話をしている時、結構熱が入ってたんじゃないか?」


 アリスがそう尋ねると、マチルダは納得したように答えた。


「確かに。2人とも真剣に話しているように感じました。特に眼鏡の方は、食い入るように話を聞いていた気がします。」


「普通の奴なら、宇宙船の話なんて話題にすら上げねぇ。そんなに宇宙船の話を真剣にするのは、SFが好きな奴らに違いない。だから、SF倶楽部に所属しているか、SFマガジンの記者なんかをやっている可能性が高い。」


「…なるほど?」


 一応、頷いたレイラであったが、憶測の域を出ないアリスの意見に、あまり納得がいかない様子であった。


 アリスは尚も続ける。


「更に、ちびっこ執事の話だと、お前はSF倶楽部のキャサリンって奴から話を聞いたらしいな?…そのキャサリンって奴は、誰から噂を聞いたんだ?SF倶楽部の奴か?」


「いいえ、違うわ。」


「もし仮に、カフェにいた2人組がSF倶楽部に所属していたとなると、キャサリンはSF倶楽部に所属していない奴を仲介して噂話を聞いたことになる。」


「確か彼女は、私と話をする前日にSF倶楽部の集まりがあって、そこでも宇宙船の話をしたと言っていたわ。」


「ということは、SF倶楽部にその噂話は伝わっていなかった可能性が高い。つまり、カフェにいた2人組はSF倶楽部の会員ではないと思われる。そして、SF倶楽部ではないとすると、残るはSFマガジンの関係者の可能性のみだ。」


 アリスは言葉を言い終えると、ティーカップを手に取り口元へ運ぶ。アリスの仮説を聞き終えたレイラは、人差し指で机を軽く叩きながら考え込む。


 そんなレイラに代わって、マチルダがアリスに質問する。


「つまり、アリスさんは、私の隣にいた人物を、茶髪で眼鏡をかけた2、30代のアメリカ人男性で、SFマガジンに関わるお仕事をされている方だとお考えなわけですか?」


「あくまで、仮説だ。憶測ばっかだから、当たってるとはあんま思えねぇけどな。前に、露出狂の犯人を推測した時も、見事に外したし…。悪魔女、お前はどう思う?」


 アリスがマチルダに尋ねると、彼女は笑顔で答えた。


「私はアリスさんの仮説が当たっていれば面白いなー、と思いました~。」


 マチルダの意見を聞いたアリスはふんと鼻で笑った。そしてその後、レイラに問いかける。


「で、どうするよ?私のこの陳腐な仮説に賭けてみるか?それとも別の道を探すか?」


 レイラはそう問われた後も、しばらく黙りこくっていた。しかし、やがてアリスの方を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「あなたの仮説に賭けてみましょう。その条件に該当する人物を確認してみるわ。」


 レイラは椅子から立ち上がるとマチルダに問いかけた。


「ミス・ハウンズフィールド、電話を貸していただけるかしら?」


「ええ、構いませんが…何処へおかけになるのですか?」


 マチルダが不思議そうな顔でレイラに問う。


 すると、レイラは得意げに答えた。


「SFマガジンを刊行している会社です。その会社は、この街でSFマガジンを刊行している唯一の会社で、デイリージーニアス新聞社の子会社です。…つまり、私の父の会社ということになります。私が『先程の条件に該当する人物を社員の中から探して欲しい』と会社の人に頼めば、きっと応じてくれるはずです。」

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