39,宇宙船の目撃情報 ー4人目の彼女ー
アリス達の住む、フォギーフロッグストリート23の家から、北東へしばらく進んだところにウィザール通りという街道がある。
その通りには、アンティークショップや宝石店などの高級品を扱うお店が多く建ち並んでおり、そこを行き交う人々もゴージャスな服や装飾品を身につけた上流階級層の者達が多い。
この、他の通りに比べて少し小綺麗な印象を受ける街道を、アリス達一行は歩いていた。
アリスは自身の左側にいるレイラに問いかける。
「おい、いつになったら四人目の家が見えてくるんだよ?私達はこのままシティ・オブ・ロンドンくらいまで歩かされるのか? 」
「もうすぐよ。クリスマス前日の子供みたいに、ソワソワしながら待ってなさい」
「そんな楽しみじゃねぇよ、四人目に会うの。……四人目ってのはどんな奴なんだ? 」
アリスがレイラに問う。
すると、レイラが答える前に、コリンが続けて質問をした。
「さっき、レイラさんは『彼女』って言ってたよね? 」
コリンが問うと、レイラは彼に微笑みながら答える。
「ええ、女性よ。どんな女性だと思う? 」
その問いかけに、アリスが周りの店を見回しながら答えた。
「こんな"キラキラした石"とか、"遠くからでも見つけやすい服"なんかがいっぱい売ってる通りに住んでるんだから、金持ちだろ? 」
「まぁ、そうかもね。あなた達の知り合いよ? 」
「は?私達の知り合い? 」
「……着いたわ」
レイラはとある店の前で足を止めた。
その店はアンティークショップであった。
入り口には漆黒の立派な扉が構えられており、両サイドはガラス張りで、そこに年代物のヴァイオリンや、年季の入った木造りの置き時計などが飾られている。
そして、扉の上の横長の看板には『The house of chaos and silence(混沌と静寂の館)』と書かれていた。
「……。おい、四人目がどんな女かわかったぞ。たくさんの金と、変なネーミングセンスを持ってる奴だ」
アリスが店の看板を見上げながら言う。
「ここに四人目がいるんですか? 」
ジョンが展示されているヴァイオリンを見ながら呟く。すると、その質問にエロイーズが答えた。
「ええ。既にアポイントも取ってあります」
「……アポイント? 」
アリスが不思議そうにエロイーズの方を見る。
「行きましょうか」
そんな彼女に構うことなく、レイラは扉を開けて店内へと踏み入った。
扉についているベルが、カランカランと綺麗な高音を出して揺れる。
木の床をコツコツと音を立てながら、レイラが歩いて行く。
他の四人も彼女に続いた。
店内には、多くの雑貨や家具、骨董品などが並べてある。店の正面のガラス窓からしか太陽光が入ってこない為、部屋の中は薄暗く、何とも不気味な雰囲気であった。
アリス、コリン、ジョンの三人は、興味深そうに店内を見回していた。
すると、店の奥の方から、店員だと思われる人物が現れた。
「いらっしゃいませ〜。ようこそ、混沌と静寂の館へ〜」
その女性は気さくに笑いながら、明るい声でアリス達に挨拶をする。
それは恐らく、例の四人目だと思われる人物であった。
「ん? ……はっ!? お前!! 」
と、突然、アリスが大きな声を出した。
「あら〜! アリスさんじゃないですか〜! この間はどうも〜」
その女性は、不気味な笑顔でアリスに言う。
その四人目と思わしき女性にレイラが挨拶を返す。
「こんにちは、ミス・ハウンズフィールド」
奥から現れたのは、長身痩躯で肌が青白く、緑の髪をした女性。
マチルダ・ハウンズフィールドであった。
「こんにちは、ミス・ジーニアス。他の方々も」
「ご多用のところ、お時間を割いていただき感謝申し上げます」
レイラがそう言うと、マチルダは少し頭を下げて彼女に言葉を返す。
「いえいえ。この前の社交界では、レイラさんとお話しする機会がなく、大変残念に思っておりました。デイリージーニアス新聞社の社長令嬢とお話させていただける機会など滅多にありませんからね。時間なんて幾らでも割きますよ、フフッ」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。社交界でお話しできればよかったのですが、ミス・ハウンズフィールドのお側には常に大勢のご友人がいらしたので、なかなかお近づきになる機会がございませんでした」
マチルダとレイラが、互いの機嫌を取り合うような会話を続ける。
そんな会話に横槍を入るように、アリスが質問を投げかけた。
「おい、四人目っていうのは、こいつのことなのか? 」
アリスがマチルダのことを指差し、レイラの方を見る。レイラはアリスをチラッと見て答える。
「ええ、そうよ。今日は宇宙船の噂について詳しく聞かせていただけるということで……よろしいですか?ミス・ハウンズフィールド」
レイラがアリスからマチルダの方へと目をやり、確認する。
「はい、もちろん! ……と言いましても、先日、エロイーズさんにお話したことがほとんどなので、あまりお役には立てないかもしれませんがね」
マチルダは笑顔でそう答えた後、後ろを振り返った。そして、店の奥に向かって、少し声を張り上げて言った。
「ギルバート! 少し休憩を貰いますよ~? 」
すると、その声に反応して店の奥の開きっぱなしになっている扉から、身長の高い浅黒い肌をした美形の男性、ギルバート・ノンストップが現れた。
「はっはっは! 勿論だとも、マチルダ! この狂った世界を渡り歩くには、時として休息が必要だ。最も、本当に休息が必要なのは、この世界の方かもしれないがねぇ! 」
ギルバートは右手の指先を額にあて、ドア枠にもたれ掛かった。
「あいつもいんのかよ……」
アリスが訝しげな顔をする。
「ええ。ここは彼のお店ですからね」
「……ああ。だから、店の名前が"あれ"なのか」
マチルダの説明で疑問が解けたアリス。
「続きはこちらでやっておくから、君はミス・ジーニアス達と思う存分、この世界の
ギルバートがマチルダに言う。それを聞いたエロイーズがハッとした表情でマチルダに問いかける。
「何か、作業をなさっている途中でしたか? 」
「ええ、まぁ。この時間は暇なことが多いので、奥の部屋の掃除と、その部屋にある物品の整理をね。……ですが、気になさらないでください」
マチルダは「構いませんよ」とエロイーズに優しく微笑む。しかし、エロイーズはマチルダの仕事を邪魔してしまうことが気になるようだった。
「私でよければ、お仕事を手伝わせていただきます」
「えっ? 」
マチルダはキョトンとした顔でエロイーズを見つめる。その後、困惑した様子で言葉を返した。
「本当に気にしないでください。ギルバート一人でも大丈夫ですから~」
「いえ、お忙しい中、無理矢理お時間を作ってくださったわけですから、それくらいのことはさせていただきたいです」
エロイーズが言う。すると、コリンがその提案に乗っかった。
「僕も手伝うよ。ギルバートさんがよければだけど……」
コリンがチラリとギルバートの方を見る。その視線に気づいたマチルダは「フフッ」と笑いを溢した後、ギルバートに尋ねた。
「……だそうです。どうですか、ギルバート? 」
マチルダに問われたギルバートは笑いながら言った。
「ええ! もちろん、有難いですとも! 人数が多い方が仕事が早く終わる。これは覆らないこの世の真理です! いつの時代も『数』という名の力は『正義』ですからねぇ! 」
ギルバートはくるりと華麗なターンで後ろを向いてから言った。
「では、堕天使のお二人さん。私について来ていただけますか? 」
ギルバートは扉の奥へと歩いていく。エロイーズとコリンは互いに顔を見合わせた後、彼の方へ向かって歩き出した。
その様子を見ていたジョンが困惑した様子で言う。
「……俺も行った方がいいかな? 」
ジョンが奥の部屋を指差しながら、アリスに問いかける。
「ああ。コリンがヘマしないように見ててやれ、ジョン」
アリスが彼に言う。彼は頷くとコリン達を追いかけた。
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