フォギーフロッグの怪事件 ~1930年のイギリスにおいて、露出狂、糞便、悪魔、宇宙船などは、街の人々へどのような影響を及ぼしたのか?その疑問に答えてくれる、とある女探偵の怪事件簿~
38,宇宙船の目撃情報 ー宇宙船の目撃情報ー
38,宇宙船の目撃情報 ー宇宙船の目撃情報ー
アリスは、レイラとエロイーズを部屋の中央のソファに座らせ、自らはその対面に腰掛けた。
彼女達の目の前の机には、先程まで遊んでいたチェスのセットが未だに置かれている。
「よし、じゃあどんな依頼か話してみろ。ただし、さっきも言ったように、変な話だったら速攻で帰ってもらうからな」
アリスは面倒臭そうに、レイラに依頼の詳細を尋ねる。
「ええ」
アリスに依頼の内容を聞かれたレイラは、少し間を置いてから、堂々と話し出した。
「実は、この街で宇宙船が目撃されたの」
「……」
アリスは無言のまま、呆れた顔でレイラを見つめた。
「……なぁ、その話もう聞かなくてもいいか? 」
「いいえ、最後まで聞きなさい。地獄の底まで付き合ってもらうわよ」
レイラはアリスを真っ直ぐ見据える。その瞳は、暗に「逃がさないぞ」と言っているようであった。
苦い顔をしているアリスを無視して、レイラは話を続けた。
「ここ最近、フォギーフロッグの上空で、宇宙船を目撃したという証言が複数出たらしいの。それらの証言には、若干の違いがあるものの、基本的にはどれも同じ。それらの目撃情報を要約すると、こんな感じよ。『夜の空を眺めていると、神々しい光を放ちながら、平行移動をする謎の飛行物体を発見した。その飛行物体は、数秒間平行移動をした後、一瞬にして姿を消した』」
「……」
アリスはジトっとした目でレイラの話を聞いていた。
「ここまでの話、大丈夫? 」
レイラは、アリス達がここまでの話について来られているかを気にしていた。アリスが面倒臭そうに、彼女の問いに答える。
「いいから話を続けろ。……全く大丈夫ではねぇけど」
「そう。じゃあ、続きね」
レイラは軽く咳払いをしてから、再び話し出す。
「その『目撃情報が複数出た』という話を知人から聞いた私は、早速この件を調べてみることにした。まずは、この目撃情報の出所を探ることにしたわ。まぁ、簡単に言えば、宇宙船を目撃した人物を見つけようとしたのよ。実際に足を使って調べてくれたのは、隣にいるエロイーズ。エロイーズ、説明を変わってくれる? 」
レイラは隣に座っているエロイーズを手のひらで示し、話のバトンを渡す。バトンを渡されたエロイーズは、彼女に代わり話を続ける。
「はい、レイラ様。噂の出所を探るように命じられた私は、レイラ様にこの噂を持ち掛けた、SF倶楽部のキャサリン様に詳しい話を伺いに行きました。すると、キャサリン様も他の人物からこの噂を聞いたことが分かりました。ですから、次はキャサリン様に噂を話した人物の下を尋ねてみました。すると、その人物も、人伝に噂を聞いたことがわかりました」
エロイーズは、綺麗な姿勢を保ったまま、はきはきと喋り続ける。
「このように、私は噂を遡っていくことで、目撃者本人を見つけ出そうとしました。そして、最終的にキャサリン様を含め、四名程に話を伺いに行きました。……ですが、残念ながら目撃者本人を見つけだすことは叶いませんでした」
「……何で四人でやめたんだ? 」
アリスが尋ねると、空かさずエロイーズが答えた。
「最後に話を伺った四人目の方は、カフェで隣に座っていた人達が宇宙船の噂について話しているのを偶然聞いただけらしく、その人達が誰なのかを知りませんでした。ですから、私も話を聞きに行けませんでした」
「なるほどな。しかし、お前も大変だな、ちびっ子執事。宇宙船なんて、現実には存在しねぇものを探す為に、あっちこっち走り回らされてよ」
同情するようにアリスがエロイーズに言う。
すると、それを聞いていたレイラが、ムッとした様子でアリスに反論する。
「宇宙船は存在するわよ? エロイーズも宇宙船の存在を信じているわ。ねぇ、エロイーズ? 」
レイラは優しく微笑みながら、エロイーズの方に視線をやって問いかける。
エロイーズはその問いかけに、歯切れよく返事をした。
「えっ……? ええ、まぁ……。はい……」
「めちゃくちゃ返事の歯切れ悪いじゃねぇか」
「まぁ、とにかく、私が御三方に調べて欲しいのは、その噂の発信元と真偽について。それから……」
レイラは少し間を置いてから言った。
「アンピプテラ教団との関連性についてよ」
「アンピプテラ教団? 」
アリスが思わず聞き返す。
「アンピプテラ教団ってあれだろ? この街の怪事件を裏で引き起こしてたっていう胡散臭い秘密結社。お前の爺ちゃんが正体を暴こうと追っかけてたっていう……。宇宙船と何の関係があるんだ? 」
アリスが訝しげな顔でレイラに問いかける。レイラは落ち着き払った様子で答えた。
「実は、エロイーズが噂を辿って行く中で、こんな証言を聞いたらしいの。『宇宙船が目撃された日の翌日、目撃者が宇宙船の飛んでいた真下辺りを調べてみると、地面に描かれたアンピプテラ教団のシンボルマークを発見した』っていう証言をね」
レイラはそう言った後、ティーカップを手に取り、優雅に口元に運んだ。
その様子を忌々しそうに見ていたアリスであったが、やがてエロイーズの方に視線をやり、彼女に言う。
「おい、ちびっこ執事。そういう話を聞いてもこいつに報告するんじゃねぇよ。面倒臭いことになるだけなんだから」
「いえ、報告しない訳にはいきません。私はレイラ様の執事ですので」
「真面目だな、お前は。まるで、日本人だ。今度から刀を携えて街を歩きな」
アリスは面倒臭そうにそう言った後、続けて質問をした。
「……んで、その証言は何人目の奴が言ってたんだ? 」
アリスがそう尋ねると、エロイーズは空かさずその問いに答える。
「四人目の方が仰ってました。」
「なるほどな。そいつは他に何か言ってなかったか? 」
アリスは連続して質問を投げかける。
「他には『現れた宇宙船は、宇宙戦争に出てくるトライポッドに形がそっくりだったと目撃者が言っていた』という話を聞いたらしいです」
エロイーズがアリスに答える。
「宇宙戦争というと、H・G・ウェルズが書いた小説のことか? 」
ジョンが疑問を口にする。それを聞いたアリスが同調するように言う。
「ああ、あの火星人が地球に侵略してくるやつか。ある日、突如として現れたタコみたいな火星人に、地球の人間達が蹂躙されていく、みたいな内容のSF小説だよな? 」
アリスがジョンの方をチラッと見ながら呟く。それをレイラが空かさず肯定する。
「ええ、恐らく。ウェルズの書いた宇宙戦争の挿絵に、火星人が乗るトライポッド型の宇宙船が描かれている。目撃者は、そのトライポッドと自分が見た宇宙船の形がそっくりだったと言っているのよ」
レイラはそう言うと、手に持っていたティーカップを白い皿の上に置いた。
「ここまでの話を聞いてどう思う? 」
一通り話を終えたレイラは、ここまでの見解をアリスに求めた。
アリスはソファに深く腰掛け、しばらく考えた。
その後、一度「ふん」と鼻で笑ってから話し出した。
「馬鹿馬鹿しいな。一人の嘘に皆んなして踊らされてよ。」
「一人の嘘? アリス、どういうことだい? 」
アリスの言葉を聞いたコリンが驚いた様子で問う。アリスは心底くだらないと言わんばかりの表情で答えた。
「四人目だよ。ちびっこ執事が話を聞きに行った、その四人目が噂の発信元さ。『宇宙船をこの街で目撃した奴が複数人いる』っていう嘘の話を作り出し、あたかもそれを別の人から聞いたかのようにして、他の人に話したんだ。それが巡り巡って、最終的にこいつの耳に入った」
アリスがレイラのことを指差す。
「嘘の話を作り出した……? その人は何で嘘なんか吐いたんだい? 」
コリンが不思議そうな顔でアリスに問う。アリスは頭の後ろで手を組み、面倒臭そうに答える。
「知らねーよ、そんなの。変な噂を流すことに快感を覚える体質とかなんじゃねぇの? 」
「うーん……? 」
コリンが腕を組んで呻き声をあげる。彼はあまり納得していないようだった。そんな彼を無視して、アリスは話を続ける。
「四人目は噂を流してご満悦だった。そしたら噂の発信元を調べ出す奴が現れた。そんな変人がいるとは夢にも思わなかった四人目は、ちびっ子執事の来訪に慌てた。そんで『噂を誰から聞いたか? 』っていうちびっ子執事の問いかけに、『カフェで隣の客から聞いた』と答えて誤魔化した。こんな感じだろ? 」
一通り喋り終えたアリスは、レイラに問いかける。
「で? 私の見解を聞いてお前はどう思うんだよ? 」
「私もその可能性は考えたわ。……だから、あなたに依頼しに来たのよ」
レイラはそう言うと徐に立ち上がった。
「は? ……どういう意味だ? 」
アリスが伸びをしているレイラを見上げながら問いかける。レイラはその問いを無視するかのように話を続ける。
「じゃあ、行きましょうか」
「行くって……何処へだよ? 」
レイラは少し口角を上げて言った。
「もちろん、その四人目のところよ。彼女が嘘を吐いているかどうか、あなたが見極めて頂戴」
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