28,糞便の置かれた酒場 ー事情聴取ー
アリスが電話を受けてから10分ほど時間が経った頃。
場所は再び、糞便の置かれた酒場、ハマード・ザ・キング。
ミルは手帳を開き、神妙な面持ちでマスターへと質問をする。
「では、昨晩どのように過ごしていたかを教えてください。」
ミルに問われたマスターは、顎に手を当て斜め上を見ながら答える。
「えっと…昨日は、いつも通り12時頃に店を閉めて、そっから店の片付けやら掃除やらをして、戸締りをした後、自宅である2階へと上がった。そんで、夜の1時半くらいには寝た。」
「この酒場の2階で暮らしていらっしゃるんですか?」
「ああ。2階が家。1階が仕事場だ。」
「店の戸締りは確実に行いましたか?」
「やったよ。全部の鍵をちゃんと閉めたはずだ。窓ガラスが割られているのがいい証拠じゃないか?窓を割って鍵を開けるしかなかったんだろう、犯人は。」
「なるほど。それで朝起きてきたら、店内の机や椅子が倒されていて、床には糞便があったというわけですね?」
「そうだ。許せないだろ?朝起きて最初に見たもんがクソだぞ。気分ダダ下がりだ。」
「何か盗まれたものなどはありませんか?」
「盗まれたもの?」
「はい。泥棒の可能性があるかと思いまして…。」
「…いや、ないと思うぞ。店の売り上げ金は奥の金庫に保管してあるんだが、朝見た時はちゃんとあったし、この店内の物もパッと見なくなったものはない。」
「…なるほど。」
ミルはマスターの証言を手帳に書きながら呟く。
「それに泥棒ならわざわざクソをしていかないだろう。どんだけ呑気な泥棒だよ。きっと、俺のことを恨んでいる誰かによる嫌がらせだ、これは。」
「確かに…」
ミルはペンを持っている方の手を顎に当てて呟く。
「…では、マスターさんに恨みを持っている誰かしらの嫌がらせと見て、この事件を追っていこうと思います。」
「で?お嬢ちゃん。犯人が誰か、特定できそうかい?」
マスターが顎を摩りながらミルに質問する。それに対してミルは、自らの手帳と睨めっこしながら眉を顰めて答える。
「いえ、今はまだ…。ですが、解決に導けるように頑張ります…!」
「そうか…。まぁ、頑張ってくれ。」
マスターは不安そうに返した。ミルはそんなマスターの返事を無視するかのように、自分の手帳と再び睨めっこを始めた。
この場に警察官は自分1人。ミルは、何としてでもこの事件は自分が解決に導かないと、という使命感に駆られていた。
どのように捜査を進めるべきか?彼女は手帳を睨みながら、ずっとその疑問と向き合っていた。
するとそこへ、とある人物が酒場の扉を勢いよく開け、店内へずかずかと入ってきた。
「おーい、マスター。アリス・レッドメインだー。過密なスケジュールを無理矢理こじ開けて、ここに馳せ参じてやったぞー。」
店の入り口にいたのはアリスであった。
彼女の声に釣られ、ミルとマスターが入り口の方へと顔を向ける。
「な、なんであいつがここに…!?」
ミルは驚いたような表情を浮かべる。
「おー、アリス。よく来たな。過密なスケジュールと言う割には、ミス・ジーニアスとお茶する時間はあったんだな。」
マスターは得意げな顔でそう言いながら、片手を上げてアリスに挨拶する。アリスはマスターの下へと歩み寄りながら、したり顔で返答した。
「まぁな。探偵として、脳のトレーニングをしてたんだ。変人と話すのはいい頭の運動になるから。」
アリスはそう言いながら、マスターの近くにいるミルへと視線を移す。
「…なんでカワウソがここにいるんだ?この酒場はカワウソの干し肉でもメニューに加えるのか?」
「誰がカワウソだ!私は通報を受けて、警察官としてここへ来たんだ!お前こそなんでここにいるんだよ…!?」
「私も依頼を受けてここへ来たんだよ。…だよな、マスター?私をここへ呼んだのは『探偵として事件を解決して欲しいから』で間違いないよな?」
アリスは腕組みをして、ジト目でマスターに問いかける。マスターは彼女の態度を不思議に思いながらも、その問いに返答した。
「ああ、そうだが?…他に呼ぶ理由あるか?」
「私が『クソをした犯人』だと疑ったりはしてないな?」
「あー…なるほど。その可能性もあるのか。」
「ねぇよ!」
アリスは吐き捨てるように言った後、床に放置されたままの糞便に目をやった。
「んで、あれがこの事件のプリマドンナか?…うえっ。」
アリスが鼻をつまみながら2人に問いかける。
「ああ、そうだ。この店の床を便所だと思い込んでる誰かが置いていきやがったんだ。許せないだろ?だから、犯人を見つけ出してくれないか?アリス。」
「オーケーだ、マスター。おい、カワウソ。現場検証は終わったのか?」
「えっ…あ、ああ!一通り店内は見て回ったぞ?」
「そうか。なら、確認がてら私にも教えてくれねぇか?犯人を特定するための手がかりを。」
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