27,糞便の置かれた酒場 ー探偵か、容疑者かー

 時を同じくして、ここはデイリージーニアス新聞社の社長令嬢であるレイラ・ジーニアスが住む屋敷。


 アリスとレイラはいつものように、庭のガーデンチェアに腰かけながら他愛ない世間話をしていた。


「なぁ、誕生日プレゼントで貰ったら一番嬉しいものって何だと思う?」


 アリスが気怠そうにレイラに質問する。レイラは手元の新聞からチラッとアリスの方に目をやり答える。


「…地球。」


「おい、ふざけてんじゃねぇよ。誰が誕生日に地球貰うんだよ。…ってか、誰がやれるんだよ、そんなもん。ハスラー夫人に渡すもん考えてんだから真面目に答えろ。」


「あら、そうだったの?てっきり、私が誕生日に欲しいものを遠回しに聞いているのかと思ったわ。」


「…それでいっても地球はおかしいだろ。」


 アリスが訝しげな顔をしながらレイラにツッコミを入れる。


「まぁ、それだったら生まれ年のワインでも渡せばいいんじゃない?」


「生まれ年のワイン?」


 アリスが首を傾げながらレイラに聞き返す。レイラは軽く頷いてから説明を続ける。


「ええ。ハスラー夫人はお酒が好きでしょ?それに彼女の生まれ年のワインなら四十数年物になる。夫人の好きな銘柄のものを渡せば、いいプレゼントになると思うけど。」


「嬉しいのか?そんなもん貰って。自分が生まれた年のワインなんて、そんな大層なもんじゃねぇだろ?」


「意外と価値があるのよ。好きな銘柄の生まれ年ワインに、数十ポンド(数十万)出すって人もいるらしいわ。だから、貰ったら嬉しいって人は結構多いんじゃないかしら。昨日から、新聞にこんな記事も出ているわ。」


 レイラはそう言って、新聞のとある記事をアリスに見せる。


 アリスは少しだけ机から身を乗り出し、その記事を確認した。


『イングランド北東部、ラース領の領主、ケイド・ラース氏が、奥さんの誕生年である1870年に製造されたシャトー・ソレイユという赤ワインを探しています。同氏は、それを譲ってくれた者に16ポンド(約80万円)の報酬を払うことを確約しています。』


 どうやら、特定の銘柄、生まれ年のワインを探す記事らしかった。


 アリスは記事を読み終えた後、つまらなそうに言った。


「へっ、どうだか。私なら年取ったことを再認識させられるみたいで嫌だけどな。」


「年を取ることはそんなに悪いことじゃないと思うけどね、私は。あなたもまだ若いでしょ?」


 レイラは澄ました顔でそう言った後、紅茶の入ったティーカップを手に持ち口元へと運んだ。


「ところで、今あなた何歳くらいだっけ?8歳くらい?」


「はぁ?8歳なわけねーだろ。20前半の淑女だ、馬鹿たれ。てか、同級生なんだから歳聞かなくてもわかるだろーが。」


「違うわ。精神年齢の方よ。」


「ああ、そっちか。」


 アリスは納得したように頷く。しかし、すぐさま声を荒げてツッコミを入れた。


「…そっちかじゃねーよ!誰が精神年齢8歳だ!余裕で10は超えてるわ!」


「…いや、20は超えてなさいよ。」


 と、20前半の幼い淑女達は優雅な会話を交わしながら、穏やかな平日の朝を過ごす。


 しかし、そんな穏やかな朝を破壊する1つの報告が入ってくる。


 アリスとレイラが話しているところに、ジーニアス邸の執事、エロイーズ・ベリーがやってきた。


 エロイーズは2人の前まで来ると、彼女らを交互に見ながら言った。


「お話し中すみませんが、お電話が入っております。」


「電話?」


 レイラは首を傾げながら聞き返す。


「あれじゃねーか?"ダンスパーティーのお誘い"。」


 アリスは両手の人差し指と中指をクイクイっと2回折り曲げて、にやけ顔で言う。


 しかし、それをエロイーズがすかさず否定する。


「いえ、お電話はレイラ様にではなく、アリス様にです。」


「は?私に?」


 アリスは両手の二本指を折り曲げた状態のまま驚いた表情を浮かべた。エロイーズが「はい」と返事をした後、かかってきた電話の説明を続ける。


「ハマード・ザ・キングという酒場の店主、ビリー様からです。何でも店内を荒らされ、床に糞便を置かれるという嫌がらせを受けたそうで…。」


「糞便?…なんだそりゃ。ひでぇ嫌がらせだな。」


 アリスが顔をしかめながら言う。


「そうね。この世で一番悪質な嫌がらせは?と街の人に質問したら、まず真っ先に出てきそうな答え、第一位ね。」


 レイラもアリスに賛同した。


 エロイーズは更に話を続ける。


「ええ。ですから、そのことについてアリス様にお話を聞きたいと…」


 話の途中でエロイーズは黙りこくった。


 そして、アリスの顔をジッと見つめだした。


「…ん?」


 アリスは、自分のことを見つめながら黙っているエロイーズを不思議に思いながらも、彼女と目を合わせていた。


 やがて、エロイーズは顔をしかめ、鼻をつまみながらアリスに対して言った。


「まさか、あなたが…?」


 アリスは不愉快そうな顔でエロイーズの勘違いを指摘する。


「ちげーよ!探偵としてその事件の犯人を突き止めて欲しいってことだろ?マスターが言いたいことは。私をだと疑って、話を聞きたいって言ってるわけじゃねぇよ。」


 アリスは椅子から立ち上がり、机の上に置いていた黒色のシルクハットと、椅子に立てかけていた茶色の杖を手に取った。


「了解したってマスターに返事をしといてくれ、ちびっ子執事。」


「行くのね。糞便の置かれた酒場に。」


 レイラが紅茶を一口飲んでから澄ました顔でアリスに尋ねる。アリスは帽子を被りながらそれに返答した。


「ああ。事件の依頼が舞い込んできたんだ。探偵としては行くしかねぇだろ?」


 アリスは得意げにそう言ってみせた。しかしその後、彼女は苦い顔をしてこう続けた。


「…もし、容疑者として私を呼んだのなら、それはそれでマスターのケツを蹴っ飛ばしに行かなきゃならねぇし…。」


 言葉を言い終えると彼女は屋敷の門に向かって歩き出した。


「面白い土産話を期待しているわ。」


 遠ざかっていくアリスにレイラはそう告げた。

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