23,悪魔召喚倶楽部 ー真相ー

「…誕生日?」


 アリスは思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。マチルダの質問の意図が全く分からなかったからだ。


 マチルダはゆっくりと頷いてから話を続ける。


「ええ。ミスター・コールソンは先週の日曜日が誕生日だったんです。しかし、彼はその日も悪魔召喚倶楽部の集会に参加していました。彼は既婚者です。変だと思いませんか?」


「…何がだよ?」


「普通、奥様に誕生日を祝ってもらうでしょう?それなのに、彼はここにいました。事情を聞いてみると、奥様は彼を放って出かけてしまったそうです。酷いとは思いませんか?」


 マチルダがアリスに尋ねる。


 彼女の質問に、アリスは思わず吹き出してしまった。


「ハッ!誕生日を祝ってもらえなかったくらいでなんだ?ガキじゃあるめぇしよ。」


 アリスは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、首を横に振り両手の手のひらを上に向ける。


 マチルダはそれに対して、平然とした様子で言葉を返す。


「そうですか?私はショックですけどね、パートナーが自分の誕生日を忘れていたら。もし、ギルバートが私の誕生日を忘れていたら、私は半年くらいそれを引き摺ってしまうかもしれません。」


 マチルダはギルバートをチラッと見る。


「もちろんさ、マチルダ!忘れるわけがないだろう?」


 ギルバートはそれに対して、優しく微笑んだ。


 マチルダは再びアリスに視線をやる。


「しかも、ミスター・コールソンの奥様はその日、ご友人と日帰り旅行を楽しんでいたそうです。ミスター・コールソンに家のことを全て任せてね。彼だって仕事で疲れているのに、あんまりだと思うんです。…アリスさん、このこと知ってました?」


 マチルダがアリスに問いかける。


 アリスは先程まで余裕綽々であったが、彼女の問いかけに少し余裕を無くしていた。


「確かに、少し気の毒かもな。だが、それがお前らの悪事と何の関係があるんだ?」


「まぁまぁ。最後まで私の話を聞いてください。」


 マチルダは手のひらを下に向け、アリスを宥めるように言った。


「アリスさん、あなたは先程、ミスター・コールソンは中流階級の人間だと仰ってましたよね?それはその通りで、彼はホワイトカラーとして地道に働く、真面目で誠実な男性です。その為稼ぎの方は、決して少なくはないが、多くもないそうです。彼の服装が質朴なことからもそう推察できます。…まぁ、そもそもミスター・コールソンは派手に着飾るようなタイプの人でもありませんが。」


 マチルダは尚も言葉を続ける。


「ですが、彼の奥様はどうでしょう?私は一度、彼女を見かけたことがあるのですが、服装がとても派手で高価なものでした。装飾品なんかもたくさん着けておられました。その身なりを見た私は、ミスター・コールソンの質朴な格好と合わないなと感じました。…アリスさん、あなたに依頼をしてきたミスター・コールソンの知人とは、彼の奥様のことですよね?倶楽部を辞めさせようなんて距離の近しい人しか言わないでしょうし、ミスター・コールソンはあまり人付き合いをなさらない方ですから、奥様の可能性が一番高いです。」


 マチルダはアリスを見据えて問う。


「アリスさん、あなたはミスター・コールソンと彼の奥様を見比べた時に何も思いませんでしたか?」


「…。」


 アリスは押し黙ってしまった。


 ミスター・コールソンの質朴な格好と、コールソン夫人の派手な格好が釣り合っていない。これはアリス自身も実際に思ったことであった。


「…つまり、何が言いたいんだよ?」


 アリスが眉を顰めながら、マチルダに問いかける。


「つまり、ミスター・コールソンは奥様に主導権を握られ、逆らえなかったということですよ。奥様が散財しても何も言えず、自分が節約するしかなかった。奥様の仕事を押し付けられても拒否することが出来なかった。頑張って働いても労いの言葉もかけてもらえず、誕生日も祝ってもらえない…。先週の日曜日、彼がそう漏らしていました。」


 彼女は尚も説明を続ける。


「私が誕生日プレゼントとして銀の指輪を渡すと、彼は大いに喜んでくれました。そして、悪魔召喚倶楽部が自分の居場所だとも仰ってくれました。…アリスさん、あなたは今の説明を聞いても、ミスター・コールソンをこの倶楽部から辞めさせるおつもりですか?」


 マチルダは不気味な笑顔で問いかける。


 しかし、アリスは臆さずに答える。


「ああ。ミスター・コールソンの家庭と、お前らが働いている悪事は全くの別問題だ。お前はウォルター議員をそそのかして、ふざけた案を通そうとしただろうが。」


 それを聞いてもマチルダは余裕そうであった。


「私が彼をそそのかした証拠はありますか?」


「さっきも言っただろ?お前とウォルター議員の会話を聞いた会員が…」


「それは、私が彼をにはならないですよね?私は彼に、雑談として倶楽部の運営のことを話しただけですよ?私も新聞であの予算案を見て、困惑しました。」


 マチルダは苦笑いを浮かべた。それがわざとか、そうでないかは判別ができない。


 アリスは彼女のことを睨みながら言う。


「そんなんで逃げ切れると思ってるのか?何日かかけて、お前らのことを徹底的に調べ上げれば、他の悪事も見つかって、それを裏付ける証拠もたくさん出てくるはずだ。時間の問題だぞ?」


 マチルダは余裕そうに返す。


「構いませんよ?証拠なんて出てきませんから。なぜなら、私達は悪事など働いていないからです。まぁ、少しばかりズルいと思われるような手くらいは使うかもしれませんがね。」


 マチルダは手のひらをひらひらとさせて、そう言った。その後、彼女は澄ました顔でアリスに言う。


「あなたは私達を悪者と決めつけ、その前提で無理矢理話を進めようとした。…いえ、悪魔召喚が世間から白い目で見られているのは事実ですし、私をカルト集団の長と勘違いするのも仕方ないことだとは思うんですけどね。…ですが、アリスさん。あなたは探偵ですよね?目の前の情報を無視して、決めつけてかかるのはよくないのでは?」


 彼女は優しく諭すように、アリスに言う。


「もう一度問いますが、今までの話を踏まえた上でも、ミスター・コールソンをこの倶楽部から退会させたいですか、アリスさん?奇特な倶楽部でも、ここは彼の居場所です。」


 マチルダはそう言った後、アリスの後ろにいるジョンとコリンに目を向けた。


「アリスさんは今、ジョンさんとコリンさんと一緒に住まわれていますよね?家族でもなく、年齢もバラバラなあなた達が一緒に住んでいるという事実は、周りから見ればとても歪に映ると思うんですよ。でも、歪だからってその居場所を他人に否定されたくはないでしょう。それはミスター・コールソンも同じです。…あなたに彼の居場所を否定する権利はありますか?」


 マチルダが静かにそう問いかけた。


 それからしばらく沈黙が続いた。


 先程と同様、誰も何も喋ろうとしない。


 アリスはマチルダを真っ直ぐ見据えたまま、何か考え事をしているようだった。対してマチルダは、彼女の答えを待っているようで、目を瞑り不敵な笑みを浮かべて黙している。


 いつの間にか、雨が降り出していた。


 窓の外から、雨粒が地面に落ちる音が聞こえてくる。


 数十秒後、そんな雨音を掻き消すかのようにアリスが声を発した。


「…ふん。このまま続けても、話は決まりそうにないな。」


 彼女はそう言った後、顔を上げ不満そうな顔で続けた。


「おい、悪魔女。今回ばかりはお前の話を飲んでやる。私はミスター・コールソンをこの倶楽部から連れ戻すことを諦める。だが、彼は日常生活に支障をきたすくらい悪魔召喚に嵌っているらしい。それは問題だ。だから、それに関してはお前がコールソンに言って聞かせろ。…わかったか?」


 アリスは右手の人差し指をマチルダに向ける。


 アリスの言葉を聞いたマチルダは、納得したような表情でこくりと頷いた。


「ええ、もちろん。私の方から彼に言っておきます。」


「…本当だろうな?」


 アリスはマチルダの言葉に懐疑的であった。


 マチルダはそんな彼女を安心させるかのように言った。


「本当ですよ。今日の朝、言いましたよね?私は約束を守ります。相手が守ってくれるのならばね。」


 それを聞いても尚、アリスは不満そうな顔をしていた。


「…んじゃあ、まぁ、私達は帰るとするかねぇ。こんな気味の悪い所からはさっさとおさらばしてぇし。」


 アリスはそう言うと、椅子からのっそりと立ち上がり、立てかけてあったステッキと、コリンに預けていたシルクハットを手に取った。


 彼女は部屋の扉に向かって歩いていく。ジョンとコリンはその後ろをついて行った。


「…アリスさん!」


 部屋から出る直前に、マチルダの声が聞こえてきた。


 アリスは何も言わずに彼女の方を振り返る。


 マチルダはアリスに笑顔を向けながら言った。


「また、いらしてくださいね?」


「…。」


 アリスは無言で部屋を出て、扉を閉めようとした。


 扉が閉まり切るまで、その隙間からはマチルダの不気味な笑顔が見えていた。

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