22,悪魔召喚倶楽部 ー交渉ー

「ぜ、全部演技だったのかい!?」


 コリンが驚いた様子で問いかける。その横でジョンも困惑していた。


 アリスは溜息を吐いた後、2人に言った。


「そんなに人が急激に変わるわけないだろ?どんだけ騙されやすいんだ、お前ら。詐欺とかに気をつけろよ。全部、コールソンの信用を勝ち得る為の演技だ。おかげで、ウォルター議員の話が聞けただろ?」


「さ、さっき悪魔が見えたって言ってたのは…?」


「見えてねぇよ、悪魔なんて。」


「じゃあ、なぜお前が言った悪魔の特徴は、コールソンさんが持ってる本の内容と一致してたんだ…?」


「前で儀式した時、本を見たらそれが書いてあったんだよ。それをそのまんま言っただけだ。…もういいだろ、この話は。」


 アリスは面倒臭そうにしながら、今の話を切り上げ、次の話に移った。


「それより、コールソンの洗脳を解く準備ができたから、あいつのところに行くぞ。あのブロッコリー野郎の所に。」


「…一体、どうやってコールソンさんの洗脳を解くの?」


 コリンが問いかける。


「そりゃあ、もちろん…」


 アリスはコリンの問いかけに、得意げな顔で答えようとした。


 しかし、ジョンとコリンの後ろから悪魔召喚倶楽部の会員が歩いてくるのが見えた。


 アリスはすぐさま、先程の演技をする。


「…であるからして!ディアボ・アヴィア様はこの街を守って下さっている、云わば守護神なのだ!つまり、フットボールで言うところのゴールキーパーで、クリケットで言うところの…」


 会員の男性はアリス達をちらっと見た後、その横を通過していった。どうやら、アリスの演技はバレずに済んだらしかった。


 会員の男性が廊下を曲がっていくのを確認した後、アリスはひそひそと話の続きをしだした。


「…悪魔女と交渉するんだよ。あいつらの弱みを材料に。」


「弱み…?」


 コリンが不思議そうに問う。そんな彼にアリスは得意げな顔で言った。


「まぁ、私に任せておけ。」








 それから時間が経ち、やがて悪魔召喚倶楽部の会員達は、次々とヘンドリック会館を後にしていった。


 数時間前までは会員で満たされていた集会室も、今ではすっかり過疎化していた。


 集会室の丸テーブルの上には、空いた皿やワイングラスが置いてあり、会員達がそこで飲み食いしていたことがわかる。


 相変わらず部屋の中は薄暗いが、先程とは違いカーテンがあけてあるので、月明かりが室内を照らし、少しだけ明るくなっている。


 しかし、雰囲気が不気味であることには変わりない。


 そんな部屋の片隅にアリス達はいた。


「お時間いただきありがとうございます、会長。」


 アリスが言う。


 コールソンと話をした時と同じように、アリスだけが椅子に腰かけ、ジョンとコリンはその後ろに立っている。


 そして、その向かい側には、椅子に腰かけているマチルダと、その斜め後ろで腕組みをしながら立っているギルバートがいた。


「いえいえ。御三方共、今日は楽しんでいただけましたか?」


 マチルダが3人に問いかける。その問いには、代表してアリスが答えた。


「まぁ、アリの群れを眺めてるよりかは楽しかったかな。」


「そうですか。…それで、私に話したいこととは一体何でしょうか、アリスさん?」


 マチルダがアリスに問いかける。


「話したいこと?そりゃあ、山ほどある。あり過ぎてどっから話せばいいか困ってんだよ。」


 アリスはわざとらしく困った顔をした後、得意げに話し出した。


「悪魔女、なぜ今夜、私達がこの倶楽部に来たかわかるか?」


「確か、ミスター・ハスラーにこの倶楽部が見合うものかどうか確認しに来たんでしたよね?」


「ふん。ありゃ、嘘だ。」


「嘘?」


「ああ。私達がここに来た本当の目的は、ミスター・コールソンをこの倶楽部から解放する為だ。」


「…一体、どういうことでしょうか?」


 アリスの言葉を聞いた、マチルダが首を傾げながら問う。彼女は相変わらず笑顔を浮かべていたが、心なしか目は笑っていないように見えた。


 アリスは得意げに説明を続ける。


「私らはコールソンの知人から、彼が怪しい倶楽部に通い詰めているからやめさせてほしいと依頼されたんだ。」


「その知人とは、誰ですか?」


「秘密だ。…とにかく、私はその依頼を達成する為に、この倶楽部の実態を探ろうと今日の集会に参加した。そしたら、この倶楽部のおかしな点がいくつか見つかった。」


「…ほう。おかしな点とは?」


 マチルダが興味深そうにアリスに問う。


「この倶楽部の会員には、街の上流階級層の者達が多く在籍している。ロンドン議会の議員もいるらしいし、他にも街の有名人達が多くいる。つまり、この倶楽部は偉い人達の集まりということだ。果たして、悪魔を召喚しようなんて奇特な倶楽部に、そんな奴らが大勢集まるだろうか?」


 アリスがマチルダに問いかける。その問いに、マチルダは平然とした態度で答える。


「まぁ、確かにうちは奇特な倶楽部ですが、別に偉い人達が大勢集まっててもおかしくはないでしょう?」


「ああ、それが偶然じゃなけりゃな。」


「…というと?」


「偉い人達が集まる理由、それはお前が意図的にそういう奴らを集めているからだ。お前が勧誘した私らの家主、ミスター・ハスラーは大きな病院の院長だ。彼を勧誘したのは、会員に上流階級層の人間が欲しかったからだろう?」


 アリスは尚も説明を続ける。


「じゃあ、なぜお前は御偉方ばかりを集めているのか。それはお前がそういう人間達との繋がりを求めているからだ。御偉方と知り合いだと、社会で何かと有利になるからな。」


「別に私は御偉方との繋がりを求めてはいませんが…。もし仮にそうだとしても、何か問題あります?」


 マチルダは不思議そうにアリスに問いかける。


 それに対してアリスは、手のひらを彼女に向けて言う。


「まぁ、私の話を最後まで聞け。もう一つ、この倶楽部にはおかしな点がある。それは、この倶楽部の会員の多くが、悪魔召喚に対して熱心じゃないところだ。」


 アリスは、儀式の際に使った前方の舞台を指差す。


「私は、あの舞台で悪魔召喚の儀式をさせられていた時、会員達のことを観察していた。すると、真剣に悪魔に祈りを捧げている奴が少数派であることに気がついた。多くの奴は流すような感じで儀式をやっていた。」


 アリスは再びマチルダに視線をやる。


「では、なぜやる気のない奴が多いのか。それは会員の多くが悪魔召喚になんて興味がないからだ。60年前にも、悪魔召喚倶楽部という名前の倶楽部が存在していたらしいな。その倶楽部は、上流階級層の社交の場としての側面が大きかったらしい。…お前らもそうなんだろ?悪魔召喚なんてそっちのけで、みんな偉いお友達を作ろうとしている。」


 それを聞いたマチルダは、アリスに対して再度同じ質問をする。


「少なくとも私は悪魔召喚に対して真剣ですけどね。…そして先程も言いましたが、仮にそうだとしても問題はないですよね?」


 すると、アリスは得意げにその問いに答えた。


「ああ、それだけだったらな。でも、コールソンみたいな人間を洗脳したり、議員をそそのかして私利私欲に塗れた予算案を提出させたりしたら、それは問題だろう?」


 アリスの発言を聞いたマチルダは、眉をピクリと動かす。マチルダはあくまで平静を装っていたが、その心中は穏やかではないようにアリスの目には映った。


「仰ってることの意味があまりわからないのですが…?」


「わからねぇか?じゃあ、教えてやるよ。まずは、コールソンの洗脳の件だ。そもそも、何故お前は倶楽部の主目的を悪魔召喚にしたのか?それは、狂信者を作り出す為だ。悪魔召喚は世間からは白い目で見られることが多い。しかし、社会で疎外感を覚えた者達は、そういうカルト的なもんに嵌りやすい。そして一度嵌ると抜け出せなくなる。その人達は居場所を求めて、この倶楽部にすがるようになる。お前はそういう心理を利用して、自分の利益を生み出している。コールソンに悪魔召喚の道具を売りつけているのがいい例だ。」


 アリスは休むことなく、もう一つの件についても話し出す。


「そして、ウォルター議員の予算案の件だ。とある会員が、お前とウォルター議員の会話を聞いていたらしい。その会員によると、お前が悪魔召喚倶楽部の運営が厳しいとウォルター議員に漏らし、彼はそれを真剣に聞いていたそうだ。そして、今日の朝、新聞にウォルター議員がこの倶楽部が有利になるような予算案を提案したと書いてあった。果たして、これは偶然か?」


 アリスはわざとらしく不思議そうな顔をした後、険しい表情に切り替え、言葉を続ける。


「偶然なわけがねぇ。あの予算案を提出させたのは悪魔女、お前だ。お前は上流階級層の人間と繋がることで、そいつらと結託して社会を動かそうとしている。自分が得をするようにな。お前の友人やこの倶楽部の会員に御偉方が多くいるのは、お前と親しくしていればその恩恵を受けられると踏んでいるからだ。…そして、コールソンや私らみたいな、中流階級の人間を拒まないのは、洗脳して利用しようと考えているからだ。」


 アリスは話を終えると、マチルダのことを睨みつける。


 説明を聞いたマチルダは少し間を置いた後、フッと少しだけ笑いアリスに尋ねた。


「面白いお話ですね。…それで?それを裏付ける証拠はあるんですか?」


「証拠は、お前とウォルター議員の会話を聞いていた会員の証言だ。」


 アリスが得意げに言う。


「他にも、調べれば色々出てくるだろうな、お前らの悪事が。なんてたって、1日集会に参加しただけでも、これだけのことがわかったんだから。観念した方がいいぞ、悪魔女。…まぁ、大人しく悪事を認めて、私との交渉に応じるのなら、見逃してやってもいいが。」


「交渉?」


 マチルダがキョトンとした顔で問う。


「ああ。初めに言っただろ?私達の目的は、コールソンの俱楽部通いをやめさせることだ。もしお前が、コールソンの洗脳を解き、彼をこの倶楽部から退会させるって言うんなら、私はそれでいい。別に、お前らの悪事が明るみに出ようと、出まいと、それは私らにとって関係のないことだ。」


「…つまり、私がそれに応じなければ、悪事をバラすと?」


 マチルダは腕を組み、口角を少し上げ問いかける。


 アリスはそんな彼女を真っ直ぐ見据えて言った。


「そういうことだ。お前らに拒否権はねぇぞ?コールソンの洗脳を解け。」


 しばらくの間、沈黙が続いた。


 マチルダは何かを考えているようで、目を瞑りながら右手の人差し指で左腕をトントンと叩ている。


 アリスはそんな彼女から視線を一切逸らさない。


 ジョンとコリンはどうしてよいかわからず、ただ立ったまま沈黙していた。


 マチルダの後ろにいるギルバートは、ずっと不敵な笑みを浮かべている。


 やがて、沈黙を破り、マチルダが口を開いた。


「大体、話の内容は理解しました。…ところで、アリスさん?先週の日曜日、何があったかご存じですか?」


「…は?」


 マチルダからの急な問いかけに、アリスは困惑した。


 訝しげな顔で、アリスはマチルダに聞く。


「…何だよ?」


 すると、マチルダはその問いに笑顔で答えた。


「先週の日曜は、ミスター・コールソンの誕生日だったんですよ。」

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