20,悪魔召喚倶楽部 ー悪魔召喚の儀式ー

 マチルダの言葉に驚いた3人は、互いに顔を見合わせた。


 そして、そのまま顔を近づけ合い、ひそひそと小声で話し出す。


「おい、どうすんだ…。あいつ、ワインの試飲を勧めてくる感覚で、悪魔召喚の儀式を勧めてきたぞ…。おい、ジョン!お前、行って来いよ…。ああいうの得意って前に言ってただろ?」


「いや、そんなこと言った覚えはないが…?記憶を捏造するのはやめろ、アリス。」


「じゃあ、コリンだ。お前、ああいうの好きだろ…?」


「いや、別に…?そうでもないけど…。」


「やはり、この3人の代表と言えば、アリス、お前じゃないか…?」


「何で私が行かなきゃならねーんだよ?断る。」


「大丈夫だ。お前は悪魔よりおっかないから、悪魔も呼ばれたら出てこざるを得ないさ…。」


「はぁ?おもしろくねーんだよ、お前のジョークは。何の捻りもねぇこと言いやがって。」


「ジョークじゃなくて本心だと思うよ、アリス。」


「黙ってな、クソガキ。…っていうか、そもそも私は悪魔を召喚できる、できないの心配をしてるんじゃ…」


 アリス達の話はなかなか纏まらない。


 それを見兼ねたのか、マチルダは3人の会話に割り込むように言った。


「なかなか決まらないようですね。こちらから指名しても宜しいでしょうか?」


 マチルダはアリス達の方を見てニッコリと笑い首を傾げてみせた。


 アリス達は無言のまま、ゆっくりとステージの方に顔を向ける。


 しばらく沈黙が続いた後、マチルダは再び口を開いた。


「では…アリスさん!前のステージに来ていただけますか?」


 マチルダが指名したのはアリスであった。


 アリスはジトっとした目でマチルダを睨みながら気怠そうに告げる。


「お誘いいただき光栄です、会長。ですが、私みたいな新参者が儀式を行うのは…」


 ふと、周りを見た。すると、そこにはアリスのことをじっと見つめる会員達がいた。


 アリスはその視線に圧力を感じた。とても断りづらい雰囲気であった。


「…わかったよ。行けばいいんだろ?」


 アリスは誰にも聞こえない程の小声でそう吐き捨てた後、椅子から立ち上がり前方のステージへと向かった。






「ご協力ありがとうございます、アリスさん。」


 ステージに上がったアリスに対してマチルダが微笑みながら言う。アリスは彼女を睨みながら小さな声で言葉を返す。


「お前な…。私に対する嫌がらせか?」


「フフッ、まさか。この倶楽部をよく知っておきたいとおっしゃたのはアリスさんですよ?」


 アリスはマチルダから目を逸らし、足元に目をやる。


 アリスの目の前には、魔法円が描かれた黒い布が敷いてある。


「んで?私は何をすればいいんだ?」


「あら、ノリノリですね〜。」


「ぶっとばすぞ、お前。さっさと終わらせてぇんだよ。」


「ええ、わかってますよ。…では、悪魔の召喚を始めます。」


 マチルダはアリスから会員達の方へと目を向け、ゆっくりと両手を広げた。


 すると、それを合図に黒いローブを纏った会員が、譜面台をアリスの目の前に運んでくる。


 そこには、黒い表紙の本が開いて置かれていた。


「今宵も、召喚魔術は、悪魔召喚倶楽部の初代会長、イルザ・ウィローが書き記した『混沌の悪魔召喚書』に基づき行います。アリスさん、こちらをお持ちになってください。」


 マチルダはそう言うと、ベージュ色の少し曲がった杖を3本の指で優しく摘まんでアリスにスッと差し出す。


 アリスは訝しげな顔をしながらそれを受け取った。


「今から現世と冥界を繋げます。魔法円の中心に立ち、この本に書いてある呪文を唱えながら、杖をへその辺りから自分の頭上まで穏やかな波のように振り上げてください。そうすれば、冥界の門が開きます。」


 マチルダは地面に敷いてある魔法円の書かれた黒い布を手で指し示しながらアリスに微笑みかける。


「さぁ、アリスさん。この魔法円の中にお入り下さい。」


「…はぁ。」


 アリスは溜息を吐いた後、魔法円に足を踏み入れた。


「ほら、入ったぞ。そんで?エドワード・エルガーみたいに杖を振ればいいのか?」


「…お気をつけください、アリスさん。」


「は?」


「そのウィロー式魔法円の中で下手に喋ると、冥界に引きずり込まれます。」


「…先に言えよ。」


「その魔法円はあなたを守るだけではなく、冥界の門を開ける為の魔力を与えてくれます。さぁ、呪文を唱えてください。」


「…。」


 アリスは無言のまま手元にある魔術書に目をやる。


 魔術書には、禍々しい姿の悪魔を描いた挿絵と、その悪魔の特徴、召喚の方法が文章で記載されていた。


 そして、ページの端には、アンピプテラ教団のものと思われるシンボルマークが描かれていた。


 アリスはそれらに、それとなく目を通す。


 そして、そのまま杖を振りながら、魔術書に書いてあった呪文を唱えた。


「え~…セオアヴァ・シエナフィンリー・ディランエヴァ・エルフローレンス…。」


 呪文を唱えた後、会員達の方に目をやる。


 彼らは無言でアリスの方を見ている。


 一瞬、アリスの頭の中に「一体、自分は何をしているのだろう?」という疑問が浮かんだが、彼女は頑張ってそれを無視した。


「今、冥界の門が開かれました。…では、この地を統べる悪魔、ディアボ・アヴィア(※ラテン語で悪魔ババアの意)をお呼びしましょう。アリスさん、目の前の鏡に向かって呪文の続きをお唱え下さい。」


「…偉大なるフォギーフロッグの悪魔、ディアボ・アヴィアよ。我々は貴方様の忠実な僕。どうか、我々の願いをお聞きください。そして、その姿をお見せ下さい。この街に未来永劫、安寧と発展をお与えください。この願いを持って祈りを捧げます。」


 アリスがそう告げると、マチルダと悪魔召喚倶楽部の会員達は両腕を頭の位置まで挙げて、静かに呪文を唱えだした。


「セオアヴァ・シエナフィンリー・ディランエヴァ・エルフローレンス。」


 大勢の声が重なり合った。


 アリスはこの間に会員達を見回した。


 この儀式に対する、会員達の態度は人によって違うように見えた。


 そして、大半の人達は、真剣に悪魔に祈りをささげるというよりも、恒例の行事として軽くこなしているように見受けられた。


 アリスはふと、コールソンの方へと目をやった。


 暗闇の中にぼんやりと映る彼は、他の誰よりも真剣に祈りを捧げているように見えた。


 しばらくして、会員達による祈りの復唱が終わった。


「…お疲れ様です、アリスさん。」


 アリスの右後ろにいたマチルダが、彼女にそっと声を掛ける。


「悪魔に対する祈祷はこれで終了です。あとは、冥界の門を閉じれば儀式終了です。」


 マチルダはそう言った。しかし、アリスから返事がなかった。


「…。」


 アリスはジッと鏡を見つめたまま何も喋ろうとしない。


「…アリスさん?どうなさいました?」


 マチルダがもう一度アリスに問う。すると、アリスは静かに口を開いた。


「…今、鏡の中に…悪魔が…」


 それを聞いたマチルダが少し驚いた表情を浮かべ、横からアリスの顔を覗き込む。


 アリスは心底驚いたような表情を浮かべていた。そして、焦った様子で先程の言葉を繰り返した。


「い、今…鏡の中に…あ、悪魔が見えた…!」


 

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