19,悪魔召喚倶楽部 ーコールソンと接触ー

 3人は席を外し、マチルダ達から離れたところへと移動した。アリスはさり気なく辺りを見回す。


「で?コリン。コールソンは何処だ?」


「ほら、あそこだ。」


 コリンは視線を窓際の席へとやった。アリスとジョンもそれに釣られるかのように同じ方向へ視線を向ける。


 すると、ぼんやりとだが、コールソンらしき人物が1人で黒色の本を読んでいる姿が見えた。


「本当だ。ミスター・コールソンっぽいな。」


 ジョンが言う。


「ああ、私にもそう見えるぜ。…でかしたぞ、コリン!こんな暗闇の中でよく見つけられたな。私には全く見つけられなかったぜ。」


 アリスがコリンの方へと向き直り、労いの言葉をかける。それに対して、コリンは少し照れくさそうに言った。


「助手として、これくらいの働きはしないとね。」


「これくらい?大手柄だぜ、夜目ボーイ。あとで、キャンディを買ってやるよ。」


 アリスは嬉しそうに、コリンの頭を雑に撫でる。


 その後、再びコールソンの方へと視線をやった。


「よし、コールソンと接触するぞ。お前ら、変なこと言って怪しまれないようにしろよ?」


 アリスは、顔くらいの高さまで上げた右手を前に軽く振り、ジョンとコリンに付いて来いと合図しつつ、コールソンの方へと歩き出した。


 






 ミスター・コールソンは窓際の席で、怪しげな黒い表紙の本を読んでいた。窓から入ってくるはずの月光は黒いカーテンにより遮断されていて、彼を照らすものは机の上に置いてあるキャンドルしかなかった。


「どうもー。初めましてー。私、アリス・レッドメインと申します。」


 本を読んでいる彼に対して、アリスは軽く覗き込むようにして挨拶をする。


「えっ…?あっ、ど、どうも…。えっと…ど、どうかなさいました?」


 急に話しかけられたコールソンは戸惑いながら返事をする。


「私達、この集会に参加するの今日が初めてでして。良ければ色々教えていただけませんかね?」


「ええ…構いませんが…私で良いのですか?」


「もちろんです!向かいに座ってもよろしいでしょうか?ミスター…」


 アリスが手を差し出しながら、名前を知らない風を装う。すると、コールソンは彼女の手を握った後、自らの名を名乗った。


「コールソンです。よろしくお願いします。」


 アリスは椅子に座りながら、コールソンの身なりをさり気なく確認した。


 彼は紺色のスーツを身に着けていたのだが、あまり高そうなものではなく、更に所々が色落ちしているように見えた。焦げ茶色のネクタイもこれまた少しほつれているように見え、全体的に古いように感じられた。


 机の上に置かれていた腕時計もやはり質朴なもので、見栄を張る為に使えるものではなさそうである。


 妻が派手な格好をしているのとは対照的に、夫は比較的控えめな格好をしているように感じられた。


「後ろの御二方にも椅子を持ってきましょうか…?」


 コールソンはアリスの後ろに立っているジョンとコリンに気を使うように言った。それに対して、さっさと本題に入りたかったアリスが否定を入れる。


「いえ、お構いなく。この2人は立ってるのが好きなんです。足が痺れていく感覚が堪らないらしいです。」


「は、はぁ…?そうなんですか…?」


 コールソンは戸惑いながらそう言った。ジョンとコリンは少々不満そうにアリスを見やる。そんな彼らの反応を無視して、アリスはコールソンへと質問をぶつける。


「コールソンさんはこの倶楽部に通い始めてから結構長いんですか?」


「いえいえ、私も通い始めて数か月の新参者です。おかげで、まだこの倶楽部に在籍されている方の半分ともお話したことがありません。」


「そうだったんですか。この倶楽部には、街では有名なお偉いさん達が多く在籍してらっしゃいますよね?」


「ええ。会長はとても顔の広い方ですからね。アリスさんも会長に誘われてこの倶楽部にいらっしゃたのですか?」


「まぁ…はい。昨日、誘われましてね…。」


 アリスは、コールソンにバレない程度の苦笑いをしながら言った。


「何者なんですか?ミス・ハウンズフィールドは。」


「さぁ…。私も会長のことを詳しくは知りませんが、とても優しくて心の広いお方です。」


「ふーん。」


 アリスは興味無さそうに相槌をうつ。


「それに悪魔召喚のスペシャリストです。」


 コールソンはそう言うと、アリス達が話しかけてくる前に読んでいた黒色の本を手に取った。


「これは会長がお書きになった悪魔召喚の手引書です。60年前に書かれた悪魔召喚の本に独自の解釈を交えて、書かれたものらしいのですが…見てください!よくできているでしょう?」


 コールソンは本を開いてアリス達に見せながら、若干興奮気味に話す。アリスとコリンとジョンは、書いてある内容に目を通してみたが、それが良くできたものなのかは当然判断できなかった。


「わー、すごーい。悪魔がいっぱい召喚できそーですねー。」


 アリスは興味がないことを悟られない程度の適当な返事をした後、コールソンに質問を投げかける。


「その本はミス・ハウンズフィールドから購入したんですか?」


「はい、もちろん。まぁ、購入と言っても入会費を払った際に頂いた物です。この倶楽部の入会費は高級俱楽部としては普通くらいの価格ですので、実質タダで頂いてるようなものですね。」


「高額でその本を買わされたなどの事実はありませんかね?」


「…いえ、ないですね。」


 アリスの質問に対して、少し訝しげな表情を浮かべるコールソン。アリスはそんな彼の顔から視線を外し、左手の中指にはめてある銀の指輪に注目した。


「いい指輪をなさってますね。」


「あっ、これですか?これも会長に頂いたものです。悪魔召喚には欠かせないアイテムです。」


「…胡散臭いなって思ったこととかありません?」


 アリスがそう言うと、コールソンは少し口調を荒げて返答する。


「あるわけないじゃないですか!アリスさん、まさかあなたは悪魔を召喚することなど不可能だと思ってらっしゃるんですか!?」


「いえ、そんなことはありません!もし、気に障ったのなら謝ります。…しかし、悪魔召喚に胡散臭さを感じる人の方が多いことは事実ですよね?それなのに、なぜミスター・コールソンはこの倶楽部の会員になられたのですか?」


 アリスがそう尋ねると、コールソンは悲しそうな顔をしながら答えた。


「確かに、あなたの言う通り、悪魔召喚は世間から白い目で見られることが多いです…。そして、胡散臭いと多くの人が感じることも納得はできます…。しかし、私にはこれしかないのです。人生で唯一、夢中になれたものなのです…。」


 アリスは彼を気の毒に思った。


 しかし、悪魔召喚倶楽部はカルト集団である。彼が可哀想だからと言ってこの倶楽部の実態調査を止めるわけにはいかない。


 アリスは調査を続行する。


「コールソンさん、ウォルター議員がこの倶楽部の会員であることはご存じですか?」


「…ええ、まぁ。ロンドン議会の議員さんですよね?倶楽部で何度かお見かけしたことがあります。この前も、会長とロンドン議会の予算案について、お話して…」


 コールソンは言葉を途中で止めて、押し黙ってしまった。アリスはそんな彼を不思議そうに見る。


 やがて、コールソンは手を軽く振りながら、アリス達に言った。


「すいません、今の話は忘れてください…。口が過ぎました。」


「会長とウォルター議員はどんな会話をしていたんですか?話してはいただけませんかね?」


「いえ…他人の会話の内容をぺらぺらと喋るわけには…。それに…。」


 コールソンは少し悲しげな顔をした。


 アリスが話を続けるべく、次なる質問をぶつけようとした時、彼女の後方からマチルダの声が聞こえてきた。


「え~、皆さん、こんばんは。会長のマチルダ・ハウンズフィールドです~。」


 マチルダは部屋の前方にある低めのステージの中央に立って、センターマイクを使い話している。彼女は黒色のローブを纏っていた。


「お集まり頂きまして誠にありがとうございます~。こうして、毎週日曜の夜に集会を行えるのも皆さんの協力あってのことです。さて、今宵も悪魔召喚の儀式を始めましょうか。」


 マチルダがそう言うと、黒いローブを纏った倶楽部の会員と思しき人物達が、そろ…そろ…と不気味な遅さでステージへと上がってくる。


 その者達は、悪魔召喚の儀式に使うであろう道具を持っている。


 黒色の魔術書、魔法陣が描かれた黒い布、お香とキャンドル、瓶に詰められた謎のオイル、杖と短剣、ペンダントに鏡、その他もろもろ。


 それらが適切な配置に並べられていく。


 恐らく、悪魔召喚の儀式を行うための準備しているのだろう。遠くから見ていたアリス達はそう察した。


 やがて、準備が終わったのか、黒いローブを纏った会員達がステージの脇へと捌けていく。


 それを確認した後、マチルダが再び口を開いた。


「ありがとうございます。それでは、召喚の儀式を始めましょうか。…と、その前に。今夜、この倶楽部に初めてお越しくださった方々が3人程いらっしゃいます。ミス・レッドメイン、ミスター・オールドマン、ミスター・ロウの御三方です!」


 マチルダはそう言うと、アリス達を手で指し示した。


「えっ…?」


 急に紹介されたアリス達は、呆気にとられたような表情で固まった。


 周りにいた悪魔倶楽部の会員達は、アリス達の方へと視線をやり拍手を送る。


 周りから注目されてもどう対応すればよいかわからず、アリス達は唯々困惑するだけだった。


 やがて、拍手が止むとマチルダが再び口を開いた。


 そして、思いがけない言葉をアリス達に告げた。


「せっかくですので、3人の内の誰か1人に悪魔召喚の儀式を行ってもらいましょう!」

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