18,悪魔召喚倶楽部 ー倶楽部のご案内ー

 大きな両開きの扉を越えてヘンドリック会館の中へ入ると、そこには赤いカーペットが敷かれた横幅の広い廊下が続いていた。


 天井には大きなシャンデリアが吊るしてあり、外の暗闇とは対照的に室内を明るく照らしている。


 会館の中でも、外と変わらず談笑している悪魔召喚倶楽部の会員達がいた。


 アリスは室内を見渡してミスター・コールソンがいないかを確かめた。すると、コールソンより先に、会員に挨拶をしているマチルダ・ハウンズフィールドを発見した。


 マチルダもアリスの存在に気づいたようで、目の前の相手との会話を自然に切り上げた後、アリスの方へ向かって歩いてきた。マチルダの後ろには彼女の付き人らしき背の高い男性がいる。


「こんばんは~、アリスさん。」


 マチルダはアリスに挨拶をした後、その後ろにいるジョンとコリンに視線をやった。


「後ろにいらっしゃるのはジョンさんとコリンさんですね?御三方共、お待ちしておりましたよ。ようこそ、悪魔召喚倶楽部へ。」


 マチルダは両手を広げながら笑みを浮かべて言った。


「どうも、悪魔女。…後ろのは誰だ?」


 アリスは、マチルダの後ろにいる男性を懐疑的な目で見ながら彼女に問いかけた。


 その男性は身長が高く、すらっとした体型をしている。顔立ちは非常に整っており、かなりの美形。肌が浅黒くて、長い髪を結っており、くすんだ黄緑色のスーツを着ていた。


「ああ、彼の名前はギルバート・ノンストップ。私の…まぁ、パートナーみたいな人です。」


 マチルダに紹介されたギルバートは一歩前に出て、その大きいがスマートで美しい手をアリスに差し出す。


「ギルバートです。御三方共、どうぞよろしくお願いします。」


「えっ…?ああ、えっと、よろしくお願いします…。」


 アリスはあまりにもギルバートが物腰が柔らかい人間だったので戸惑ってしまった。慌ててギルバートの手を握るアリス。そして、後ろにいるジョンとコリンはそれに続き頭を軽く下げた。


「彼は倶楽部の会員というわけではないのですが、集会がある時は私の付き人をしてくれるんですよ。」


「へー、会員じゃないんですね、ギルバートさんは。通りでまともなわけだ。」


 アリスはそう言って横目を使いながらニヤッと笑う。


 すると、ギルバートが突然高笑いをし出した。


「ハッハッハー!面白いっ!面白いことを仰いますね、レディ・アリス!今、あなたは私のことを真面だと言いましたね?しかし、人を真面だと判断したあなた自身は真面でしょうか?引いてはこの世界は真面でしょうか?もし、この世界が狂っていたとして、貴方がその世界基準で物事を見ているのならば、私も貴方も真面ではないことになると思いませんか?」


「…は?」


「貴方は実に哲学的な女性ですね、レディ・アリス!貴方に出会えて光栄です!風に乗った落ち葉が、偶然開いていた窓から部屋に入り込んだかのような、この素敵な出会いに感謝を。」


 そう言ってギルバートはアリスの手に軽く口づけをした。


 突然の出来事に戸惑いながら、アリスは慌ててマチルダに問いかける。


「おい!何なんだ、こいつは?めちゃくちゃ変なやつじゃねーか!」


 アリスに問いかけられたマチルダは笑顔でそれに答える。


「ギルバートはとても愉快な人でよく喋ります。思いついたことを気ままにね。でも、考え方はとても哲学的なんです。だから、頭の中に思い浮かんだ、まだまとまっていない哲学をそのまま相手に喋ってしまうことが多いんですよ。」


「なんだよそれ。すげー厄介だな、おい。」


「ドングリみたいな髪型をした貴方に祝福を、レディ・アリス。」


「誰がドングリだ!哲学でもなんでもねぇじゃねぇか!」


「あら、アリスさんとギルバートは気が合いそうですね!」


「合わねーよ!適当なこと言うんじゃねぇ!」


 アリスは拳を振り上げながらマチルダにツッコミを入れる。そんなアリスを無視するかのようにマチルダは続けた。


「自己紹介も済んだことですし、集会室に向かいましょうか。」








 ヘンドリック会館の入り口から真っ直ぐ続く廊下を歩き、突き当りで左に曲がるとやがて1つの大きな部屋に行き着く。


 その部屋こそが、悪魔召喚倶楽部の集会所である。


 部屋の中には、白いテーブルクロスが敷かれた円形テーブルとシングルソファがいくつも置いてある。黒いカーテンが閉め切ってありとても暗いが、各テーブルの上に火の灯った蝋燭が置いてあるので、それらが不気味に部屋の中を照らしている。


 倶楽部の会員達は各々席につき、熱心に黒色の本を読んだり、外にいた人達と同様に談笑に耽ったりしていた。


 この集会室へと入ったアリス達は、マチルダに導かれ5つのシングルソファが周りに並べられた円形テーブルへとついた。


「御三方共、何か飲まれますか?ここにはブルゴーニュの美味しい赤ワインがありますよ。」


 マチルダはニコニコしながらアリスを見て問いかける。


「いや、飲まねぇ。私達はあくまでミスター・ハスラーに見合う倶楽部かどうかを見極めるためにここへ来たんだ。酒なんか飲んだら公平な判断ができなくなる。」


「あら、そうですか?…ジョンさんは何かお飲みになられます?」


「おお、そうですね…。じゃあ、そのブルゴーニュの赤ワインを頂いてもよろしいですかな?」


 ジョンがそう言った瞬間、アリスは持っていたステッキで彼の頭を小突いた。


「"私達は"何も飲まねぇ。…わかったか?」


 アリスは横目でジョンを睨みながら、マチルダに対して言った。ジョンはアリスに小突かれたところを摩りながら少し残念そうにしていた。


「んで、悪魔女。もう集合時間の19時を過ぎている訳だが、これから何をする予定なんだ?ソロモンの悪魔達がトークショーでもしてくれるのか?」


 アリスはキョロキョロと周りを見渡しながらマチルダに問いかける。マチルダはそんなアリスを澄ました顔で見ながらその問いに答える。


「いえ、そんな予定はないですね。取り敢えず倶楽部の会員さん達と歓談して、頃合いを見て悪魔召喚の儀式に移る。そんな感じですね、予定としては。」


「随分ざっくりとした予定だな。」


「それくらいゆとりがある方が気楽で良いかと思いまして。ミスター・ハスラーはお気に召さないでしょうか?」


「さぁな。まぁ、でも結構気に入るかもな。意外とルーズだから、あの人。それよか、この暗すぎる部屋の方が気に入らねぇかもな。近くの奴なら顔がわかるが、少し遠くの奴は全く見えねぇ。」


「先程からキョロキョロとされていますが、誰かお探しになられているのですか?」

 

「いや、別に。会員にどんな人がいるかを見てるだけだが、駄目か?」


「いいえ、構いませんよ。」


 お互いの腹を探るような会話をアリスとマチルダが交わす。


 そんな中、コリンが何かに気づいたのか、小声でアリスを呼んだ。


「ねぇ、アリス。」


「ん?」


 コリンに呼ばれたアリスは、身体を傾け耳を彼の近くにやる。コリンは口元に手をやりひそひそ声で彼女に告げた。


「コールソンさんを見つけたよ。窓際の席に1人でいる。」


「…本当か?すげぇ暗いが、見えるのか?コリン。」


「うん。まぁ、近くで見てみないと確信できないけど…。」


 それを聞いたアリスは身体を元の姿勢に戻し、マチルダに対して言った。


「なぁ、ちょっと他の会員とも話してきていいか?話し相手がお前らだけじゃ、この倶楽部のことがよくわかんねぇからよ。」


 アリスの言葉にマチルダは少し間を置いてから答えた。


「ええ、もちろん。構いませんよ、アリスさん。」

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