第29話王城へ〜十返舎一九はてえてえ〜

 ※※※


 何かがおかしい。魔王戦の後から立て続けにクラスメイトが死んでいった。数名が王城を離れたことはあった。でも死人が出たことは無かった。きっと魔王が何かしたんだろう。


 クソッ、こんな時に牢屋に閉じ込められるなんて。


 友梨佳が心配だ。


 クラスメイトたちの様子が変なんだ。なんというか、能面みたい表情がなくて、時折見せる顔が作り物のようで。誰もが持つ感情っていうモノが、まるでないように感じられることが増えた。


 こんな時に一人残すなんて。友梨佳……。


「ここですよぉバイアさまぁ」


 友梨佳!?今の声は友梨佳だ!


「ふ~ん、随分といい暮らしじゃないか」

 あの声は……誰だろうか。

 バイア様?偉い貴族だろうか。

 城内は人が多くて覚えきれないんだよな。

 にしても、友梨佳は貴族に知り合いがいるのか。


「住心地はどうだい?」


 コイツは……。

 魔王に捕らえられていた人間じゃないか。王都に連れ帰って騎士に引き渡し、既に故郷に帰ったと聞いた。何故ここに居るんだ。


「ソルティドッグ、手を出されたかい?」

「はい。無理矢理捩じ込まれて……」

「はあ、そうかい。そりゃあ痛かったろうね」


 ソルティドッグ……?友梨佳、だろ?


 友梨佳と救い出した女がニヤリと嗤った。

 すると、口角が裂けて股先から這い出るエイリアンのように、鋭い牙が露出した。顔色が紫に変わり、手の爪から足までが露悪的な様相に変わり、バサリと音を立てる漆黒の翼。ゆらりと気だるげな尻尾。

 そして、あらゆる不浄を詰め込んだような魔力。


「お前ら、お前たちが魔族、か」

「初見かい?そんなんでよく村まで来たねえ」


 王国が実験用に飼育している魔族を見たことがある。痩せ細り、落ち窪んだ目をした、生ける屍だった。脅威は感じられない、ただの異形だった。


 全然違うじゃないか。


 人間に擬態?しかも、見分けがつかないほど精巧に……。

 この禍々しい魔力は?恐怖を撫ぜるこんな魔力、感じたことがない。


「アンタが最後の生き残り。変な気は起こさないことだねえ」

「友梨佳は何処だ」

「村にいるよ」


 いつの間に……。結界の檻に閉じ込められたあの時か?それ以外に考えられない。しかしどうやって。いやそんなことはどうでもいい。俺が最後の生き残りってことは、アイツら皆、死んだってことなのか。全員が、人の皮を被っていた魔族だったってことなのか。


 友梨佳……。

 俺はずっと、魔族と…………。


 あのイカれた魔王の元で一人拘束される友梨佳。助け出さなくては。殺される前に。殺すよりも恐ろしい目に遭う前に。


武器選択セレクトウェポン……』

「いいのかい?私達に傷をつければ、アンタの恋人が死ぬかもしれないのにねえ」

「――――クソッ」


 どうすればいいんだ。一体どうすれば。


「残念だねえ。この国の終わりとともに、アンタらも死ぬんだからねえ」

「国が終わる?どういう意味だ」

「そのままの意味さ。フフフ、せいぜい余生を楽しみな」


 去っていく彼女たち。その背後に魔法を放つことは簡単だった。しかし、友梨佳が人質に取られている今は何もできない。



 今は――――。


 ※※※


 結局、瞬間移動しました。城が思ったよりも遠くてさ。どっかで見たような城下にも見飽きたんすよ。人間の一歩ってのは、小さいものだねえ。ちまちま大変だぜ。

 こうして溢れ返る騎士たちも、大変だぜ。勝てないと分かってるのに出てこなきゃあイケないんだからさあ。


「ぐあっ」

「うぉぉぉぉお!ぐべっ」

「標様、終わりました」

「オッス」


 ダイキリ兄やんが適当にあしらってくれた。

 ここは、転生者たちが暮らしていた部屋の大広間。談話室?皆が揃ってワイワイする、洋風のアレだ。暖炉があってソファがあって、マグカップに注がれたココアを飲んで的なあの部屋だ。


「標様、お待ちしておりました」

「立てい!膝を付くのはウンコを漏らした時と、愛する人の***をねぶる時だけにしなさい!」

「はっ」


 宜しい。

 それにしても、多いだろ。90名近くの魔族が入るには狭いだろ!


「へい!10名ぐらい主要メンバーを残して、後はどっか行け!動けんわ!」

「はっ。散れい!」

「はっ」


 ふう、スッキリ。今日も快便だわ。

 さて、この王城にいる転生者はこうた君と、俺が連れてきたモブの転生者たち。あと青頭。

 転生してどれくらいだろうか。数日、数週間、数ヶ月?それが今日終わる。誠に残念だ。同じ日本人が異国で散るのは残念だ。それと同じぐらい、異国でイキリ散らすのも残念だと思うわけで、これは切腹みたいなもん。同志を切り捨て恥をすすごうじゃあないの。

 錦の御旗は我が手に在り!


「こうたは軟禁されております」

「ナイスゥゥ!」

「元老院は堕ちました。標様の意のままでございます」

「――――――はっ?」

「洗脳を完了し、この国は魔族、もとい標様のものでございます」

「WHAT THE FUCK!?」


 ドーユーコトーデスカー?ワータシーノイーノマーマー?


「ていうか君、名前なんだっけ」

「バイアでございます標様」

「バイタ……酷い名前だ」

「バイでございます」

「君の親に文句を言ってやろう。どいつだ?」

「バイ、です!」

「ホント酷い。バイタの中には生活のために必死にって子もいるのにさ。君もその口?」

「――――標様、バイです。耳垢でも詰まっているのではないですか?」

「ああ、バイね。悪い悪い。そんなエロい格好してたら、ねえ」

「前に萎えたって言ってたじゃないのさ……」

「今も萎え萎えさっ!」

「え?」

「君はね……」


 コンコンと詰めてやった。

 版図拡大とか望んでないし、内政して前世の知識で無双とかもしないし、領民から愛されたくもない。

 というか、勝手に有能さを発揮するな。むしろ迷惑だ。


 俺にそんな取り巻きはいらない。そんな現実あり得ないし認めない。

 お前らは奴隷であって、呼吸するのも、糞をするのも、飯を食うのも、すべてが俺の裁量次第。俺の名前を掲げてミッションコンプリートしたつもりなんだろうが、そんなのは唾棄すべき幻想だろうが!主人公みたくなれってか?

 そんな配下、そんな部下、そんな甘々な現実なんかねえんだよバカ!


 転生者殺しに燃える、復讐の一族じゃねえのかよ。俺のお膳立てする前に、転生者の一人や二人見繕ってきやがれってんだ。

 転生者を俺抜きで殺せるぐらいに強くなれってんだよ。


「――――す、すみません、で、でじだ」


 そしたら泣くんだぜ?どうよこれ。おかしくない?俺が悪者?


「俺は主人公じゃねーの!主人公嫌いの転生者なの!いいかお前ら、よーく聞け」


 ここにいるのは魔族の主要メンバー。ここいらでキッチリと、兜の緒を締めなきゃな。俺も、お前らも。


「転生者、勇者、英雄、俺は主人公と呼んでいる。コイツらの取り巻きみたいな真似はしてくれるな。言われたことを言われた通りにやってりゃあいいんだよ」


 俺は唯一無二の反主人公でしかない。それが生きる意味であり、神から頂いた存在意義だ。

 ムカつくから、鼻に付くから、キモいから。理由はその時々で揺れ動くさ。しかし共通してんのは主人公が嫌いってこと。主人公と同じにはならない、なってたまるかって思いが根底にあるってこと。


「お前らが世界を手中に収めたいってんなら、好きにしろ。しかぁし!俺の目が黒いうちは禁止だ。分かったな!」

「はっ」

「ゔぅ、はい……」


 舐め腐りやがって。一片、いや十返舎一九、ぶっ殺そうかな。

 関係ねーな。十返舎一九さん。済まねえ、語呂がよくてつい……。


 まあいいさ!気分切り替えて行こうか。


「アンタ、悲しくならないの?」


「ひゃい?ニャンですか、深雪みゆきちゃん」


「アンタも転生者なんでしょ?言ってみれば魔族の勇者じゃない。所詮、主人公の1人じゃないの」


 ピキンと、嫌ーな音がした。

 怖いなー怖いなー。空気の読めないガキってのは。私がねえ、ガキを睨みつけてやったら、こう言ったんですよ。


「転生者を妬んで殺すだけの、悲しい転生者。アンタって、それだけの人間でしょ?使命がどうのって、言い訳も聞くに耐えないわね」


 いやあね、私はこう聞こえたんです。

 転生者、つまり主人公に寄生するだけの蛆虫じゃないか。妬み嫉みでちょっかいを掛ける、大人に成れないクソガキじゃないかってね。

 怖いなー、怖いなー。


「つまり?何が言いたいのかな?」


 5万周ぐらい回って冷静だった。開頭手術をして、脳みそに直接アイスバケツチャレンジをしたぐらいに、冷静だった。ほーんとにトマトパスタぐらい冷製。


「アンタはクソよ。向上心の欠片もない、生きる価値のないゴミ。アンチを掲げるんじゃなくて、地に足つけて、まともになれば?同じ日本人なんだし、仲良くできるはずでしょ?」


 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。


 仰る通りだね。正論、乙。

 身に染みるぅ。効いたわ、効いた。

 神の使命だとか言って、鬱憤を晴らしてただけだったわ。


 それの何が悪いのか、教えてちょ。プリーズPlease。


 夢も希望もない俺に、何をもって向上しろと言うのかしら。幸せそうにしてるやつが、偉そうに講釈ですかい。ほうほう、君の言う通りにすれば、俺も幸せになれると言いたいのかな?おっさんに説教カネ。

 有り難い、殺したい。感謝と殺意のランデブー。


 真っ平御免で御座いやす。


 俺は不幸が好きなんでい。破滅と破壊が好きなんでい。努力して少しの恥を飲み込んで、痛みを抱えて助け合って、最後は幸せな没個性に成り下がる。みんなと一緒。唯一無二の全人類になりまっしょい。

 と、言いたいのかな?


 さすれば、明るい未来が待ってるぞぉぉ!


 いやー、結構です。


 お前らを痛めつけるだけで十分、明るいっつーの。

 日本人同士仲良くしようって?ナショナリストめ。今はグローバル時代ぞ?


「そうだな。お前の言うとおりだ。心を入れ替えるよ」

「――――――――あ、あっそ」


 こんなに素直なオッサンいると思う?いないよー。

 嘘だよーん。

 お前はギッタギタにして、廃人になるまで痛めつけて、良きところ、絶好のタイミング、エクスタシーが最高潮の時に殺すよーん。



「どこ?転生者は」

「は、はっ。ご案内します」


 バイアちゃん、そんな怯えなくても大丈夫よ。怒ってない、怒ってない。怒ってても君たちにはな~んにもしないよ。

 転生者を殺すだけだよ。




 談話室の奥には円形の広間があり、各部屋のドアがずらりと並んでいた。外国の刑務所みたいな造りだ。


「こちらで、ござい、ます」

「何よ、ドギマギしちゃってー」

「はっ。申し訳、ありません」

「もういいから、下がって」


 魔族全員、こんな感じになってるのかな。全員後ろに控えてるから顔が見えないけど、バイアは苦い顔をしていたな。怒ってるのか、恥じてるのか。俺みたいなゴミを煽てていた自分たちの浅慮に気付かされたとか?

 そうだとしたら、随分と腑抜けてるな。

 魔族の恨みが、その程度じゃないことを神に祈ろう。


 ノックノックエッグノッグ。

 なんてしねえよっと。


吹っ飛べブロー


 メシャリ、バギッ!

 ドアがひしゃげて、御開帳!居ました、こうた君!わざとらしく、驚いた顔をしています。談話室からここまで、そんなに距離は無かったので、会話は聞こえてたっしょ?

 いいリアクションありがとね!


「へーい。久しぶりー!」

「お、お前は!」

「戦うのは止めておこ……」

武器選択セレクトウェポンにっかり……』


 とぷんと床からこんにちは。ディキさんたちがこうた君の周りを囲んだ。


影へ沈めダークインダーク


「ぐっ……」


 コイツらは自動防御ができない。バトロワでしっかりと確認したんで、間違いにゃーい。


 どうやら自動防御機能は、青頭が特許出願中らしい。俺もモブから奪った能力(設定)を持ってるから知ってる。MENUE画面にある、装備一覧てところに変な石が入ってたんだよ。説明文には「暗闇を照らす石」とか分かり易い記載があった。要するに、洞窟とかで使えるよってことだろう。


 他にそれらしい部分がなかったから、自動防御も、多分この類だ。青頭が持ってる何かしらの道具が作動したんだろう。

 青頭以外、思ったよりも制御は簡単ってこった。牢屋にいるときも、監視をつけとけば管理できた。


 ちゅまり?初手さえ防げば恐るるに足らなくね?


「ずっぽしだな。草生えるわ」

「殺す、のか?」

「イエーーース。その前に余興がある。ゆりかちゃん!」


 そんなにモジモジしないのっ!

 つーか誰だ!こんな卑猥な縛り方したやつは!乙P……。おつ、おつ…………。

 てえてえだなお前。


「C!おいで~」


 お前は痩せろ!なかなかの巨乳に育ってんじゃねえか。いや、ちゃうわ。誰だ!男のパイオツを強調して縛ったのは!ド変態の素質があるなあ、緊縛師の才能アリだよ。


「ゆり、か。無事だったか」

「こうた……」


「無事に決まってんじゃん。俺をなんだと思ってんだよ」

「頼む、ゆりかは助けてくれ。何でもするから」


 ほーん。何でも?何でもって言えば、大概のことはどうにかなると思ってる?ナメすぎだから。Cぐらい舐め過ぎだから。痛くなっちゃうよ。ゆりかちゃんヒリヒリしちゃうよ。


 現実をナメすぎなんだよ。

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