第19話ああネズ公よ……

 何故効かないのだ。

 私の怒りは、こうも容易くへし折られるのか――――。


 天界に居並び幾星霜。

 こうして良き使徒を得、地上に恩寵を与えんとする気高い意思。


 否やはないはず――――。


 神を拒むことができようか。

 否。つまり是。

 無碍にする下郎あらば、粉々に打ち砕き、血の髄まで下界に練り込んでやろう。


 かくあるべし。それが理であるはず。


 何故効かないのだ。

 腕を振るえば大地は震え、奈落を創り出す。

 その力が通用しない。人間が神の力を受け止める?あり得ない。あって良いはずがない。


 アンラ・マンユが本気になった…………?


 隠遁の神が下界へと降り立つとは、混沌の時代を齎す気か。

 これは、マズい。

 報せなければ。

 地上はもとより天界にまで波及する惨事が起こる。


 ――魔族の目!?人間ではなかったのか。


「お前に言いたいのは1つだけ」


 脚が治っている。異常な再生能力は魔族のそれではない。神を味方にした魔族?それとも魔族の真似事をする人間?転生者め。厄介だ、非常に。


「アマネちゃんを殺したな。雑殴りしたせいで建物ボロボロだし、アマネちゃんは頭でも打ったのか死んでるし。マジクソ過ぎるわ」

「必要ないだろう?」

「必要だった。何故とか聞くなよ答えないから。アマネちゃんを奪ったお前の罪は非常に重いことを、まずは肝に銘じろ」

「神に対して罪を説くか愚か者」

「説いてねえよ。銘じてりゃあ俺がサクッと始末してやるよ。銘じてなかったらグチョッと殺す」

「神殺しをすると?」

「いや?」

「今言っただろう、殺すと」

「ああ、お前はついでだよ。ネズ公を殺す」

「ついで、だと」


 不敬だ。愚かにも神を殺すと口にして、さらにはついでであると。

 ぐっ、腹立たしい。

 何千年ぶりだろうか。

 こうも血が湧くのは。


 人間如きに感情が波打つとは面白い。そして恐ろしい。やはりコイツは生きてはいけない。アンラ・マンユの好きにはさせない。


「ふっ」


 ――――――――――――――――――嘲笑?


「貴様、今のは何だ」

「ああ悪い悪い」

「何だ、と聞いたんだ。答えろ」

「だーかーらーごめんて。ふはっ」

「――貴様楽に死ねると思うなよっ!」


操り人形パペット


 魔法だと?ナメるにも程がある。思い知らせてやろう神の力を…………。


 動かない。

 動かないっ!

 動かないっっ!?


 あり得ない、嘘だ。一体何が。

 神は魔法すらも超越した存在なのだ。

 新秩序を創出し全てを支配する力を持つのだぞ。


 人間の魔法が影響するなど。

 秩序を完璧に理解するのは、この私だけ。どの神も誰かの秩序など気にも留めない。創り出した箱庭に腐心するだけで、脆弱な他所の世界は飲み込まれてゆくからだ。

 心血を注ぎ込めばこの世界を完全に掌握できる。

 そう、私も長い時を掛けて組み上げたのだ。

 私の世界の私だけの秩序を。


 まさか、看破された?いや、それはない。私が常に上位存在であり、どんな事象であっても触れる事はできない。下剋上が起きる確率は0%だ。


 屈辱だ。クソ、くそ、糞、クソがあ!


 逃げないと…………。

 コイツは殺る気だ。

 狂人は容易く罪を犯す。

 社会と自己にある規範の乖離を認識できないのだから、葛藤すらもしない。

 己に正直であり、行動には嘘がない。

 究極的な人間は狂気。


 コイツだ――――。


 ※※※


 ちょりーっす。チョリーっす。チョリソーソース。


 ずーっとこの魔力に囲まれていたい。

 で体をぬくめながらアイスを食ってるみたいだ。寒いのか暑いのかハッキリしろとツッコミを入れたくなる感覚だ。

 違うんだよ。芯まで暖まるとヒンヤリ成分が欲しくなるだろ?クールダウンをすることで、もっと長ーくこたつに潜り込んでられるだろ。そしてアイスは冬に食うもんだ。つまり、こたつの上のカゴに置くべきなのはみかんじゃなくてアイスだっつーことよ。


 パンツ丸出しの女の子。その上にはネズ公がポツリと佇んでいる。

 新興宗教の教祖みたいな真似しやがって。

 嘘付いてないし、金取ってないからいいか。

 マジで神を降臨させただけだもんな。

 俺の敵である神を降ろしただけだもんな。


「ネーズネズネズネズ公。ネーズネズネズマヨネーズ。ああネズ公よ、愛してるぜ」


 そうか。悔しそうな顔も、これじゃあ見られないな。でもいいや。相手は神だし、調子乗るとこっちがやられる。


「アディオス、マイリトルガール」


潰れてくたばれイモレーション



 チョロチョロなチョロインでしたな。


『ジローよ』

『はっ』

『良くやった。見事だ』

『光栄でございます』

『ワシに力が流れ込んできておる。分かるか?』

『はい。途轍も無い魔力ですね』

『奴の力は全てワシのものじゃ。そして天界が動き出すだろう』

『神が動くのですか?』

『これまでよりも活発に、そして本格的にな』

『では悉く鏖殺しましょう』

『よう言った。よう言ったぞジロー』

『お褒めに預かり恐悦でございます』

『さて、ワシは帰るぞ。上でやる事がある』

『はっ。お忙しい時にお呼びして申し訳ありません』

『構わん。ワシは祈る者らの為に居るのじゃ。神が現れたその時は必ず能力を使うのじゃ』

『はっ』


 神は去った。

 ん〜。なんと寂しいことか。神ならば何時でも俺の体に宿って欲しい。あの全能感、あの悲嘆と怨念、そして愛。正真正銘、魔族の神だ。魔族への深い愛が心に満ちていた。


 だから魔族の魔力が心地良かったのか。


 今となっては、鬱陶しいな。

 でもいいや。神が愛するものを俺が否定してどうするよ。


 糞をぶち撒けて口からは内蔵を捻り出したネズ公。

 あーキモい。キショいけどラブユーだぜ馬鹿野郎。


 楽しみが減ったな。

 アマネちゃんは脳漿を壁に貼り付けて、現代アートみたいにくたばってるし、ミカに関しては腐りかけの死体だ。玩具がないよーボクチンの玩具がー。


「標、様」

「はいは……おぉ、死にかけてる?」

「お恥ずかしながら……」


 団長ぉぉぉぉ!誰か担架持って来いやあああ!倒れちゃったよ。顔色が……悪いのか?どっちだ!濃い紫の肌だから分かんねえよ。日本人みたく黄色にしたらどうだ?真っ白になったら体調不良だって分かるだろ。


「ディキ!」

「ケ、ケケケ」

「ディキ!?君も怪我してるじゃんよ!」

「頭が抉れただけでございます。ケケケ」

「無傷の奴いるのか?いるんだよな?」

「男連中は、怪我人ばかりでございます。標様の脚が吹き飛び、盾になろうとすぐさま入り口に殺到しまして。ケケ、ッケ」

「わーお。見事だな。お前ら奴隷の鑑だ。ネズ公とは大違いだわ」

「こ、光栄で、ございます。ケ……ケケ」


 ちょっとおおおお!アンタもヤバそうじゃない。ケケケのトーンでなんとか分かったよ!


「へい!誰か!ピンピンしてる奴らカモーーン!」


「ジロー!」

「ジョオオオン!よく来た!みんな死にかけてやがる!なんとかしろ!」

「断る!」

「なんでだ!俺、標様だぞ?」

「標様、俺は今大事な戦いをしているところなんだ。治療は誰かにやらせてくれ」


 戦いだと?コイツまさか……。


「お前、風俗か」

「違うっ!ムチムチさんを口説いてるんだ!」

「ムチムチって、モモか!」

「モモ?いや彼女はマルガリータだけど」

「ああ知ってる。アイツはいい太腿をしてるからモモだ」

「まさかジロー、お前まさか……」

「はっ?いやちげーし。別にそんな目で見てねーし」

「嘘つけ!じゃあ、手を引くべきか。残念だ」

「いやいやいや、いいよいい。いけ!アタックしてこい!俺が我が息子を説得してやる!ていうかあのムチムチ、お前んちで引き取れよ。何時までもウチに居座らせるな」

「ん?だって彼女は族長の娘だから。ジローの家に居るのは当然じゃないか」

「はあ?」


 あの雪見だい○く、族長の娘だと?隔世遺伝なのか、それともババアが浮気したのか。甘やかしすぎたのか、神のイタズラか。

 見た目が違いすぎる。

 ミシュ○ンのロゴマークぐらいガッチリもちもちなマルガリータと、爪楊枝みたいな族長夫婦だぞ?

 まあそうか。普通に考えたら家族だろうな。


 ――――あ。


 ヤバい。娘の親にギンギン相談しちゃった。膝枕してもらったら堪らなくてって。


 HOLY FUCK!


「い、今すぐ口説いてこい!必要なら俺が権力ぶん回してやる!大丈夫だ!お前は魅力的な魔族だ!たぶん。ていうかお前そんな顔してんのか。まあいいや行け!」

「えっ、え?」

「行け!彼女はお前のものだ!すぐに落としてこい!」

「う、うん。ありがとう!」


 すぐに嫁がせてすべてが有耶無耶になってほしい。

 俺のギンギン話など忘れるほどの、盛大な挙式にしてやろう。絶対にする。標様パワーマックスで使ってやる。

 いや、こんなことしてる場合じゃないわ。団長ぉぉぉぉ!ディキィィィィ!2人共ごめん!


「誰かこんかい!見てないでカモン!」


 魔族たちは、入り口から顔を覗かせる。しかし一向に入ってこない。なんだよ、何なんだよ。お前ら奴隷だろうが。さっさと来いよ。


「俺は回復魔法を習ってないから助けらんねえんだよ!さっさと助けねえとくたばるぞ!?」


 えええええ。それでも来ないとかある?なに?俺臭い?キモい?生理的に受け付けないとか?標様なのに?有り得んだろ!

 お前ら全員……。


 すると蝶々がやってきた。


「何でやねん!魔族が来いよ!」


 真っ黒な蝶で、アゲハ蝶っぽい。デカくて、まぁまぁ綺麗だ。

 迷いなく俺の前に飛来すると、目の前でホバリングしている。

 思わず首を傾げた。誰かのペットだろうか。随分と頭のいい蝶々だ。


 途端に蝶の腹が膨れ上がり、羽は萎み捻れながら細長く伸びていく。

 えええ~。めっちゃ巨大化してるんですけどー。グロいわ。目がキモいわ。触覚がキショイわ。なになになになに!?人っぽく……?


「バイアが参上致しました標様」

「OH」


 こ、これが魔族の女性か。

 なんと妖艶なことか。刺々しい爪、暗い肢体に引き締まった体躯、あらまあ重そうなをお持ちで。俺が支えてあげましょうか?


「胸がお好みですか」

「ん?」

「ウフッ。このバイアいつでもお相手致しますよ」

「――――――――――――――――――――――5兆点減点だ」

「ええっ!?」


 残念な子だったか。クソォォッ!俺の性癖が分からんのかね。標様標様、シルベ○ター・スタロ○ン様、標様標様、汁男優様、標様とか連呼するくせに、俺をちゃんと分析できてない。一番よく分かってるのはジョンぐらいか。なんで野郎なんだよ!


 こういうアバズレは嫌いなんだ。商売女はアバズレじゃない。アイツらは金とファックしてるだけの異常性癖者だ。アバズレってのは、自分に自信があるクソエロい女であり、その武器を遺憾無く発揮する奴。そう、まさにコイツだ。つまり美人であり、その事を自認する完璧人間っつーことだ。

 そしてアバズレはこういうことをしてくる。

 こうすれば落ちる、手に入ると思ってやがる。

 ノンノンノンプリエンプティブマルチタスクだぜ。

 俺は自他共に認めるドSのド変態だもんで、こういう奴は腕1つ切り落としてからじゃないと楽しめない。もしかしたら殺してからじゃないと楽しめないかもしれない。

 許してください、何がイケなかったんですか、助けて。懇願して苦悩して縋ってこないと勃たないんだよ。

 最も好きなのが、高潔で堅い意志をへし折る瞬間だ。アレが一番好き。


 ここまで丁寧に性癖を説明してるんだから、お前らも理解してくれただろ。コイツは絶対にムリ。

 魔族を痛めつけたら神に怒られそうだし。つまりコイツを半殺しにして愉しむこともできない。


 100%何も起きないから、パンツを履くんだ諸君。


「し、標様?何かお気に召しませんでしたか?」

「乳を寄せるな、腹立つだけだ。団長とディキを治療してやれ。他の怪我人たちも早急に回復させろ」

「は、はっ。豚共が生き残っておりますがいかが致しますか?」

「あー。誰が面倒見てんの?」

「女達と軽症の男達が見張っております」

「ふーん。そっちは俺が代わる。治療だけに専念しろ」

「はっ」


 さてさて。豚ちゃんはどうしてくれようかね。


 首傾げて歩くんじゃねえよ。お前には魅力がないの!俺に響く魅力がないの!


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