第6話強制的な覚悟

 切り立った岩肌が森と人里を見下ろしている。両端のつるつるとした岩壁が十分に見えるほど、この森は狭い。森の奥もこの岩肌が行き止まりを作っているそうだ。この森はとても小さい。

 森を出るには人里を通って行くしかない。もし森を捨てるなら、あの男に挨拶が必要だろう。大きい王様、彼がリーダーかどうかは分からない。けれど実力者である事は確かだ。この目でその魔力を見たのだから。


 道中新たな発見をした。人里に近づくに近付くにつれて漂う魔力量が異常に増加している事が判明した。オークの村周辺では体調が良かったのに、人里に近づいていくと体が重く、感覚も鈍り、くらくらと目眩がする。これも魔力が関係しているのだろう。空腹のせいだと思っていたが、私がこの世界に来てからずっと強い魔力に当てられていた事が原因のようだ。


「皆さんはこの魔力、大丈夫ですか?」

「苦しい」

「これはかなり堪えるね」

「――耐えられる」


 皆もキツイのか。他人の魔力を浴びすぎるのは良くないのかもしれない。

 人里近くは草が生え虫がいた。含まれる魔力はほんの僅かだ。私が実感している。ワイバーンの群れは150人程で、オーク300、ブラックドッグ40の全員で過ごすと3日で下草は禿げ上がるだろう。木を食べれば2週間近くは持つけれど、ワイバーンやブラックドッグは食べたくないと言っていた。木を食べたあと、腹を押さえて苦しんだ仲間がいたから。

 3日以内に魔力のある食べ物を探さないと。


 ひとまず思いつくのは盗みだ。強盗しようというわけではない。私達が大挙したら、その日は良くてもあとが続かない。村の人々が討伐に出たら、食べ物探しをしながらの戦いになる。そして必ず滅ぼされる。だから盗むのは残飯だ。

 私が一人の時、定期的にゴミを回収する人がいた。荷車を引いてやって来た商人が残飯、肥溜め回収をしていた。2週に1回ぐらいのペースだったから、まだ残飯が残っているはず。

 あの男が住む長屋と森との中間には地面に石を積んだ四角い井戸風のものがある。これは肥溜めだ。その隣には木製の樽が置かれていて、商人が入れ替えていく。これが残飯だ。

 この辺りは魔力が満ちていて気付かなかったけれど、残飯よりも肥溜めのほうが魔力にあふれている。いやもちろん食べない。でもお腹の虫が鳴く。臭いは大して気にならない。なんというか、人間みたいな臭いがして、嫌な臭いというわけではない。食べない、食べないけど、食べたらどうなるんだろう。お腹壊すのかな……


 私では樽を運べないので、オークに手伝って貰うことにした。真夜中、田舎村だから出歩く人は誰もいない。族長と一緒に樽まで向かう。予め下見していたし、森に近い場所なのですぐに着いた。


「全部?」

「一旦持ち帰って、中身を出したら戻しに来ましょう」


 両腕で抱え込みせっせと運ぶ。不思議なのはなぜ残飯が出るのかということだ。現代人なら残飯ぐらい出ると思うけど、ここも飽食の世界なのだろうか。大きな族長ですら両手でしっかり持たないと運べない大きさの樽。中身は既に八分目ぐらいに達している。

 ワイバーンとブラックドッグの族長が私達の帰りを待っていたようで、彼らの前で残飯をぶち撒けた。


「では各種族の倒れている仲間達をここへ連れてきてください。樽を返すのは後にして、オークさんも仲間達を呼んできてください」


 ここで新たな発見があった。ワイバーン達は強力なアシで飛べない仲間たちを連れてきた。一番早く着いたので、みんなが来るまで待っていてと言うと、当然だなと返した。フラフラになっているワイバーンも無理して体を起こした。寝てていいと言ったのに、黙ったまま姿勢を崩そうとはしなかった。律儀で几帳面な種族なのかもしれない。


 オーク達は仲間を担いできて私にこう言った。

「犬、運べないから俺たちが行く」


 なかなか姿を現さないブラックドッグ達を心配していると、族長は仲間を連れて彼らを迎えに行った。両肩にブラックドッグを担いできたのだが、不思議な光景だった。争いをしていた割には互いに仲がいい、というか尊重しあっている気がする。

 やはり食料問題の解決が急務だと感じた。


 暗くてよかった。ちょっとでも明かりがあったら食べられただろうか。まあ目が悪いので大丈夫かもしれない。

 族長たちが食べろ食べろとせっつくので、私は大丈夫ですと遠慮した。けれど、王が先だと頑として譲らなかった。私が躊躇っていると、ブラックドッグの飢えた者たちが残飯に口をつけようとしてメチャクチャ噛まれていた。誰も動こうとしないので、まあ食べるよね。

 まず匂いは悪くない。獣と果物、それから穀類が混ざり合い腐った匂い。臭くはない。腐っていることが分かっただけで、腹は減っているし、寧ろいい匂いだ。鼻を近づけて舌先を突っ込む。じわりと体に広がる。今度は口を開けて齧り付いてみる。ぶわりと体中で何かが巡る。これが魔力なんだ。少しだけ腹に収めて顔を上げた。皆の薄らボンヤリとした魔力以外の全く見えないけれど、まだかまだかとソワソワしている雰囲気は感じ取れた。


「ご馳走さまでした。さあ食べてください」


 各種族、きれいに縄張りを作って食べ始めた。咀嚼音だけが響く森で、魔力が輪郭が浮かび上がらせる。闇に溶け込んでいた飢えた者達も少しだけ魔力を得たようだ。


「王様、これ返しに行く」

「ああ、そうですね。行きましょう」


 森にまで広がるこの魔力、どうにも慣れない。近くにありすぎてその正体が見えていなかったようだ。濃く広い魔力に触れて感じるのは絶望。少しだけ魔力が戻ってきたから分かる。闇もまだ明るいと言いたげに暗くて黒くて一寸の希望すら見いだせない。

 なぜそう感じるのか、私なりの解釈では魔力イコール強さだからだと思う。体を大きく見せる威嚇行動に私は怯えているのだろう。

 そう考えながら森を抜けると、酔っ払ったあの男がいた。哄笑を上げながらグラグラと家の前にやってくると、不意に立ち止まり、強風に吹かれる看板のように揺れだした。すると、汚らしい限りだけれど、いち物を取り出し放尿し始めた。魔力がはっきりくっきりと見えるので、暗闇だろうと何もかも見える。ずっと我慢していたのだろうか、うぅーと呻いている。


「あああああーひゃーーー」


 そうかと思えば突然金切り声を上げ、暴漢にでも襲われたかのように悲鳴を上げた。用を足しながら。

 歓楽街の軒先の明かりと喧騒があればこの絶叫も風情に思えただろう。だけど寂しげな村で誰も出歩いていない。真夜中にこそこそする私としてはめちゃんこ怖い。しかも叫んだと同時に魔力が膨れ上がったのも恐怖に拍車をかけた。何故叫ぶ、切れの悪さにいら立っているのだろうか……

 ズボンを履きな直したかと思うと、今度は両膝を地面につけた。自分が蒔いた小水の上で目から口から水を垂れ流しておんおん泣き出した。まさしく酔っ払いだ、感情のゆく当てがないようで、あっちへフラフラこっちへフラフラ。そばにいるオークの族長はすっかり怯えている。私よりも魔力の多寡には敏感に反応してしまうようだ。この一帯の異常な魔力量、まさかこの男が?そう考えていると、ダメ押しの一発を臓腑から吐き出した。胃が飛び出るのではないかと心配するほどの勢いで3回、尺取虫のように動いた。そうしたら壁に額を付けて静かになった。キング・オブ・ポップ宜しく重力を感じさせないまま眠りについていた。


「族長、今のうちに!」


 小声で催促するとのそりのそりと歩き出した。行きよりも軽くなった樽だから、返還の儀は滞りなく終えられた。

 ついつい目が吸い寄せられる。濃厚で芳しいオアシスに。満ち満ちたこの一帯でも今生まれたばかりの新鮮な命の泉が煌めいている。乾いた喉を潤し、滞る血を巡らせる魔力。その魔力の正体は吐瀉物と小便だ。分かっているが耐えがたい衝動に駆られた。

 残飯も吐瀉物ももん○ゃも一緒。かき混ぜた無味のスムージーに過ぎない。目が効かない私にとって魔力は魅力的なスパイスだった。フレンチの巨匠が三日三晩考え込んだ挙げ句、一周回って出来たような仕上がりに私は見えた。


「王様……?」


 心配そうな族長の声。心配なんか腹の足しにもならない。だから無視して進む。揮発するアルコールがメインディッシュの香りを際立たせる。シャープな酸味にウェルダンなお肉の重厚さ、クセのあるグレービーソースだ。ウイスキーの樽香が主張するけれど、食後酒ディジェスティフをまとめて楽しむと思えばいい。

 念のため上を見る。目を覚ます気配はない、変わった体勢だが眠りは深い。食べられると分かると内蔵が活発になる。胃がきゅるきゅると音を立て、腸がもぞもぞと動いている。長らくまともな魔力を摂取してこなかったから、色めきだっているようだ。残飯を食べたのもほんの少しだったし、丁度いい具合にエンジンが掛かったのだろう。

 私は、ぺろりと出した舌でスムージーを巻き取った。


「うぐっ」


 ゴクリと喉を通った後、思わず声が漏れた。雷が喉から四方八方に放たれたような感覚だった。全身の歯車が滑らかに回りだしたのだ。万年休止の古ぼけた機械に油を差し、燃料を入れてチョークを引いた後のような気分だった。この村を今すぐ駆けずり回ってしまいたいぐらいだった。

 止まらない、止められない。体が欲している、乾きが潤い飢えが満ちていく。


「王様」


 小さな声が私を呼ぶ。族長が村の際から声を掛けたのだ。族長も食べればいいのに。こっちへおいでよ、そう言おうとしたが、族長の太い指が私の上を指している。ん?なんだろう。軽くなった首を上へ向けると、目があった、気がした。私が見えるのは魔力の輪郭だけ。人の形がぼやーっと見えるだけだ。この暗がりで表情は見えない。でも目があった気がする。この男起きてる?


「大きい人毒飲んでるから、それ危ない」

「毒?」


 こんなに美味しい毒なんてあるもんか。はーん、あれだな。一休さんで読んだ古典的欺瞞だな?水飴は大人には良薬、子供には毒だと言った和尚さん戦法だな?そんな事しなくてもシェアするのに。


「族長、一緒に食べましょう。大丈夫起きませんよ」

「嫌だ、それは毒」


 入り込んでるな。自分の吐いた嘘を信じ込んでいるようだ。見事、天晴な心掛けだけど、私は引っ掛からないよ……


「一人で食べちゃいます…………ゴフッ、ボエェェ」


 はあはあ、あれ?可笑しいな。食べたそばから吐き出してしまう。勿体ない、こんな甘美な魔力を吐き出すなんて、罰当たりだ。

 魔力の源をごくりと飲み込んだ。すると雷のような衝撃が走る。共に腹に痛みを感じた。足先が痺れ、脳が霞み掛かっていく。変だ。


「王様、危ないからもう食べるな」

「でも……オエェェ」


 駄目だ!なんで吐いちゃうんだろう。体に入れないと。魔力を回復しないと。みんなの為に体調を万全にしないと。

 ――この臭い、私の臭いをまとった血?つまり私の血?

 どこか怪我をしてたかな……


 べチャリと小さな音を立てて、私は倒れた。眼前の魔力源を眺めながらギュンと視界が狭まっていく。力が入らない、吐き気が止まらない、震えが収まらない。


「――王様!だから言ったのに。もう帰ろう」


 私は族長に拾い上げられ、森へと帰った。族長が私を摘み上げた時、男の顔が狭まった視界に映り込んだ。やっぱり薄目を開けていたと思う。食べて吐き戻したけれど魔力はかなり回復できた。そのお陰が以前よりもちょっとだけ細かな輪郭も捉えられる。

 目が開いていた。そういう趣味なのだろうか。私は構わない。こちらだっておかずを分けてもらっているんだから。


 目を覚ますと陽が眩しかった。とても心地よく晴れやかな気分だった。ベッドの上でアラームの1分前に起きた日みたいに。


「王よ、目が覚めたか」


 枕元からの声に態勢を入れ替えた。もふもふの柔らかい毛に顔が埋まってしまうので、四脚で少し下がって俯瞰する。どうやらブラックドッグの背に凭れかかっていたらしい。どうりで爽快なわけだ。


「おはようございます。何があったんですか?」

「毒を食ったとオークが言っていた。酒というやつだろうな」

「お酒?ああ、毒にも薬にもなりますよねお酒って」

「――毒だ。飲むのは人間だけ、我々は飲まない」

「人間、か」


 自分はただのネズミだということを未だに理解していないみたいだ。30年近く人間だったし、当たり前だ。だからといってこの認識を変える気もない。いずれ人間に戻るのに、ネズミのままじゃあ生きていけない。


「オークが治療した。良かったな」

「えっ!?そうだったんですか。じゃあお礼を言いに行かないと」

「行くのか?」

「それはもちろん。どこに居ますか?」

「案内しよう」


 凄く気分がいい。体が軽いし元気いっぱいだ。多少の空腹を感じるけれど、おやつ時に小腹が空いたなと思う程度だ。

 たぶん魔力だろう。胃を満たすことと、栄養を摂る事は違う。ここでは魔力が必要なんだ。自分の魔力が満タンなのか、それは分からないけれど、ここに来てこら一番満たされている。

 この辺りも禿げ上がってきた。後1日ぐらいで食べ尽くしてしまうな。食べ尽くすまで3日の計算だったから、私は一日中眠っていたのか。次の食料の当てはない。残飯は食べたし、残るは……


「向こうにいる」

「一緒に行きましょうよ。もう喧嘩する仲じゃないですよね?」

「今日は遠慮しておく」

「ああ、そうですね。ずっと付いててくれたんですもんね。ありがとうございました。ゆっくり休んでください」

「――――王よ、お前は王だ」

「はい?」

「いや、それだけだ」


 ブラックドッグ族長はとぼとぼと去っていった。ご飯を食べたからだろうか、すごく大きく見える。魔力が溢れてオーラが貫禄を付けている。痩せたブラックドッグさん達もあのぐらいに回復してくれるといいけど。

 私はブラックドッグ族長に示された場所へ向かった。


 木を切り倒して簡易的にテリトリーとしているようで、前に見た集落のようにぼんやりと円形になっている。

 入るのが躊躇われた。かなり沈鬱な雰囲気だったからだ。どうしたのだろうか。ひとまず近くにいるオークへ話しかけた。


「あの」

「――族長、あそこ」

「は、はい」


 材木を運ぶ彼が指し示したのは、横たわるオークの側に座り込んだ族長だった。

 目を凝らすまでもなく、横たわる彼に魔力はない。魔力がない?食料はちゃんと分けたはずなのに……

 それよりも大丈夫なのだろうか。魔力が少ないというだけで、体調は不安定になった。横になって動かないところを見れば、かなり厳しい状態なのだろう。

 私は集落を突っ切って族長の元へ向かった。家はないただの広場。地べたに座り込んだオーク達や、材木を集めて四角く組んでいるオークもいる。女性陣は花の輪っかを首に掛け、男性陣は顔に模様を描いている。泥水で書いたのだろう、今は乾燥してパリパリになっている。

 時候の儀式でもあるのか、それとも食料へ祈りでも捧げるのか。それにしては雲が降りてきたようにどんよりしている。


「族長、すみませんでした。助けて頂いたみたいで、本当にありがとうございます」

「――みんな元気になったから。王様のおかげだから」

「そうですか、良かったです。それにしても今日は……」

「だからコイツは早く死んだ。王様を助けるために死んだ。コイツは強い戦士、強い父親だった。みんなの父親」

「――――そ、うですか。あの、この方は……」

「死んだ。魔力ないだろ?死んだら魔力ない」

「何故です?食料は皆で分けたはずです。他の種族が取ったんですか?」

「そんな事しない」

「じゃあ……」

「王様助けたのコイツ。魔法使って死んだ。俺達は王様が必要、だから助けるって」


 少しだけ不思議な匂いがしていた。ここへ近づくにつれ強くなる匂いだ。初めて嗅いだので、正体が分からなかった。嫌な臭いじゃない。寧ろ良い香りで、強いて似たものを挙げるなら真冬の晴天の空気。それから土に埋めた炭の仄かな香りと潮の香りが独立して束になったような、郷愁を誘う匂いだ。


 言葉もない。

 皆空腹で、それは私以上だったろう。

 あの時はどうかしていた。強く惹かれたのだ。族長の声よりも本能を優先していた。理性は意識を支配できずに、あるがままなすがままに貪り食った。

 私がその結果死んだなら、笑えばいい。

 バカなネズミだ。空腹で毒を食いやがった。

 そんなバカなネズミの為に命を投げ出したなんて……

 ほろり流れる涙に、熱く鋭い血が滾った。私なんか、恥に塗れて憎悪を向けられて然るべきなのに、私が悲しむ権利なんか無いのに。最低だ、ここで泣くなんてクズだ。

 このオークの傷跡、よく目凝らせば思い出す。人里から出たあとにいた5人の内最年長だったオークだ。族長がもうすぐ死ぬと言った、まさか数日内に死ぬなんて考えなかっただろう。

 小さな脳みそのドブネズミを助けるために死ぬなんて、思いもよらなかっただろう。

 確かにお似合いだ。どぶこ、そう言われて然るべきだ。そう罵ってほしい。


「王様、次の計画あるんだろ?皆期待している。アンタが本当の王様だ。大きい王様はもう王様じゃない」

「……」

「見捨てないでくれ。俺達はバカだから、助けてくれ。アイツとかアイツ、小さかったのに今日は大きい。皆元気になった、王様のおかげ。コイツの言う通りだ」


 私は何も言えなかった。その場で立ち竦むしかできなかった。

 組まれた木はこのオークを焼く為のものらしい。この辺りには魔物や動物がいないから焼いてしまうのがいいそうだ。本当は埋めてしまい、魔物や動物たちが食べるという循環が理想だと、お婆ちゃんオークが言っていた。皆は火が消えるまで側から離れなかったのに、このお婆ちゃんだけは私の隣に腰掛けた。


「もっと綺麗、焼くときは」

「そうですか」

「服も綺麗、花も木も全部綺麗。泣かない、皆少し笑う」

「――あの方、お子さんは何人いるんですか?」

「たくさんいる。子供できない、アイツ子供できる。だからたくさんいる」

「そう、でしたね」

「腹減ったよ。子供達、腹減ったよ」

「なんとかします」


 ここで過ごして2週間ぐらい。この森の厳しさは知っている。彼らは何もできない馬鹿じゃない。私の存在を知っていたのに食べなかったし、お互いに共存を望んでいて、争いを避けていた。

 森の草木になるべく手を付けなかったのも、動物や魔物たちの帰る場所を無くさないため。

 耐え忍んでいたのだ。

 私は愚かにも今日だけを生きていた。その術を伝えていた。ぼんやりした計画など無計画と言い換えた方がいい。浅慮な計画に彼らが付いてくるのは、打つ手がないから。争いたくないのに、そうせざるを得ない所まで追い込まれているから。


 一人の戦士、父親、オークの男を殺してしまった私がここで投げ出すことは許されない。逃げ出せば子供になんと言い訳すればいいのか。


 ――子供?確か子供がいたよね私。


 どこにいたっけ。どうやってここに来たっけ。思い出せないな、ていうことはそんなに重要じゃないんだろう。


 亡くなったオークは一人だけ、でも私の心には大きい責任がのしかかった。各種族の命の分だけ、重くのしかかった。

 茜が染みるオーク達の背中に胸が締め付けられる。何とか生きてきた彼らから奪ったのだ。ならば、すべきことは一つだけ。与える。謝罪はしない。私は彼に生かされた、感謝こそすれ謝る義理はない。こんなちっぽけの脳みそなクズがバカをやらかしても助けたのだ。

 きっと仲間たちを助けてくれると信じて、私を生かしてくれた。


「なんとかしますよ、必ず」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る