第7話思惑通りの行動
各種族の族長、それから知恵者、腕っぷし自慢、一芸に秀でた者達を集めた。これからの計画を共有するためだ。
どうやら私は3日ほど寝ていたらしく、皆の栄養状況は振り出しに戻りかけていた。人間のように毎日食べる必要がないから大丈夫だと言っていたけれど、この森の現況を見れば予断を許さないのは明白だった。あと一日分、魔力がほとんど摂れない草木しか残っていないのだ。中期的に考えると今すぐに行動する必要があった。だから、葬儀を終えたばかりのオークたちも集めたのだ。
「皆さん、この森を出て新天地を探しましょう」
この森は放棄する。当然の帰結だが問題は山積している。
「王様、どこに行く?」
「王よ、人里を棲家にしようと考えているのならやめるべきだ」
「王、新天地の前に人間たちをどうにかしなきゃならないぜ」
新天地は何処か。
この森を捨てるとして、移動するには人里を通る必要がある。森の横に住む人間たちをどうするのか。
「森の側に住む人間に手は出しません。彼らが強いのは知っていますから。新天地は早ければ明日から探します。その為にも人間たちと交渉しなければなりません」
「危険だぞ。我々では歯が立たない」
「アテがあるので大丈夫です。ちなみにですが、森の側に住む人間以外を見た事がある人はいますか?」
全員が首を横に振った。
確かに人里にいる人間は強いと思う。魔力量と強さがイコールの世界線なら間違いなく勝てない。
だが人間全てがそうなのか、答えは今出た。不明なのだ。新天地を目指して打って出る価値はある。
それに、人里にいる人間で最も魔力量が多いのはあの酔いどれの男だ。恐らく彼がリーダーだろう。私がこうして王となれたように、彼は向こうの村長なのだろう。だからオークたちの提案を悪し様に蹴ったのだ。
態度は悪かったが私と似たような境遇だから、なんとか交渉できるかもしれない。やや楽観的な予測ではあるけれど、やってみるしかない。
「それからいくつか提案があります。まず皆さんのお名前を教えてくれませんか?」
ここへ来てから名前で呼び合っているのを見たことがない。正直見分けが付かなくて困っていた。初めて名前を聞いた時も種族名を伝えられたし。だからこれをを機会に名付けるなり、自己紹介をしてもらうことにした。
「ない」
「ダパタだぜ。全員名前があるから今度自己紹介しにいかせる」
「俺はない。名前がある奴とないやつがいる。普通はない」
なんともちぐはぐな。とりあえずダパタさんだけは覚えた。ワイバーンは名前があって、ブラックドッグはない。オークはあったりなかったり、か。
「では自分の名前を考えておいてください。どうしても思いつかない場合は私がつけます」
ん?そんなに険しい顔をしなくてもいいのに。名前なしは不便だろうから、こればかりは自力でひねり出してほしいものだ。私のアイデアも無限じゃないしね。
「ところで、王の名前は?どうせ王様とか王!とか呼ぶけどよ、気になるぜ」
「私は、ネズトウコです。ただのネズミなのでネズと呼んでください」
「ネズ、か。了解ネズ王」
ネズ王……
違和感しかないけどまあいいか。
ネズ、ネズミからネズか。安直だけど悪くない。根津からネズミよりも全然いい。この人たちに呼ばれるなら、むしろ嬉しいぐらいだ。
「それから魔法を使える方いらっしゃいますか?私に魔法を教えていただきたいです」
数名の手が上がった。族長達と、腕っぷしに自信がありそうな面子だ。
「魔法はオークの方が得意だぜ。俺らと犬っころは下手っぴだからよ」
「一緒にするな」
「まあまあ、ではオーク族長さん、教えて頂けますか?」
「俺も下手。コイツ上手いからコイツが教える」
木の棒を肩に担いだオークが頷いた。如何にも武闘派だ。私はゴリゴリの文系なので、運動部みたいな体育会系のノリに自信がないけれど、まあ大丈夫でしょう。一応王様だし。
「分かりました。宜しくお願いしますね。オーク族長さん、明日使うので、手分けして木を切り出していただけますか?」
「分かった」
「形は後でお伝えします。それからお金など持っていませんか?武器でも良いですし、売れそうな物でも」
仮に武器や宝石があったとしても、あの男と交渉してからでないと、売りにもいけない。上手く行けばあの男が買い取ってくれるかもしれないし、食べ物との交換ができるかもしれない。
人間と関わる以上、信用できる金の力が必要なのだ。
「ある。王様みたいな色の鉄」
「それを見せていただいても?」
「持ってきた、これが何か知りたい。見せろ」
族長が指示すると線の細い女性オークが小さな小箱を差し出した。小箱と言っても私からすれば十分大きな箱だ。
中を覗くと、そこには光沢のあるグレーのコインがじゃらじゃらと入っていた。何だこれ……
目を凝らして見るが、ぼやけてよく分からない。でも、これは硬貨のようにも見える。
「分からないです。知ってる方いますか?」
誰も手を挙げないか。もしお金なら大変助かるのだけれど、何かのパーツのようにも見える。
「王様にあげる。俺たち要らない」
「えっ良いんですか?」
「俺たちもこれ見つけただけ。俺たちの物じゃない」
「そうですか。ではありがたく頂きます」
あの男に聞くか?いや、これが高価な物なら騙し取ろうとするかもしれない。まあ、急いで調べる必要もないし、一旦は保留でいいかな。
「ではここからが重要です。食料問題についてです」
魔力は力、魔力は食料から。つまり新天地を探すのなら一時的に魔力のある物を食べなければならないのだ。戦いがあるかもしれないし、魔法が必要になるかもしれない。未だに弱っている者も、子供もいるから、生半可な体調で出発!なんて言えない。だから、禁断の手法を採用するしかないのだ。
「皆さん、食べ物にこだわりはありますか?」
こうしてミーティングを終えた。皆さん食べ物へのこだわりはないそうだが、提案した食材には難色を示した。特にオークとブラックドッグたちが険しい顔をしていた。理由を説明して、なおかつ私が最初に食べるからと説得した。私だって食べたくないし、今から気が重い。でもやるしかないのだ。
残ってくれたオークの名前はカタと言うそうだ。今日葬儀を行ったあの戦士の息子らしい。私は気まずかったけれど、カタさんはあっけらかんとしていた。
未だに人間の感性を持つ私は、彼を知能が低いバカだと思わないことはない。正直な話一瞬だけ過る。でもそれは違う、その度に内省して思い至るのだ。この考えこそが如何に愚かしく下等かと。
文化や慣習は違えど、感情があり平和への希望を抱いている。人間との差異はその見た目だけであって、寧ろ人間よりも争いへの忌避が本能に刻まれているのだと思う。ひもじい中、私を神輿に担いでくれたのがその証拠だ。私の知恵と力に期待するのは各種族の共存と繁栄であって、それ以上でもそれ以下でもない。
だからたった今、私の間違った感性は私によって叩き潰された。
「王様、魔法、教える、いいか?」
「あ、ええ、お願いします」
「魔法簡単。頭で描く、言う終わり。見てろ」
カタさんは私が見やすいように地面に座ってくれた。すると五本指の手のひらを私に向けて呪文を唱える。
『
手のひらから黒煙が上がったかと思えば、ライターぐらいの火が灯った。5秒ぐらい掛けてソフトボール大の火の玉が出来上がった。
「すごいです」
「簡単。王様、やってみろ。頭と言葉、終わり」
私も手のひらをカタさんに向けて火を思い浮かべた。今後忘れることはないだろう、カタさんの父親を焼いたあの火を想った。
『
あっ!あぶねー。カタさんの俊敏さに助けられた。避けなかったら間違いなく大火傷。火炎放射器のように手から火を吹いたのだ。
「王様、大きいから強い。でもすぐに、小さくなる。調整しろ」
「はい。あのこれどうやって止めれ……あ、止まった」
「魔法、簡単。色々できる。他に、何教える?」
「例えば……」
私はネズミだ。こんな体で戦うのはさすがに分が悪いだろう。だから、戦う皆さんの援護をとか考えていた。そうしたら頭の中でピコーンと変な音が響いた。
『魔法の使用を確認、同時に意志を確認。
これ、前も聞こえたこれは何なのだろう。
「カタさん、今の聞こえました?」
「――は?なにも、聞こえない。王様、毒、治ってない?」
「えっ!いやいや治ってます!ありがとうございます。ちょっと、あれだ、空耳でした」
「そうか。で?何教える?」
「そうだな……」
このままこの声の意味を考えないようにしてもいいけれど、それは出来ない。私の敵か味方かハッキリさせなくては。今から全力で皆のために動くと決めたんだから。
この声が現れた回数は少ない。
まず最初に聞こえたのは
規則性、別世界だと言った例の言葉は一旦外そう。あの言葉やけに流暢だったし、今の声色とも違ったから。
じゃあ他の3回の声は何だったのか。
〇〇を獲得したと言っていた。私だけに聞こえる声で。つまり、私に獲得したよと自慢しているのか、獲得したので使えますよ!と教えてくれているのか、どちらかになる。
「カタさん
「知らん。俺達、魔法、詳しくない。難しい魔法、知らん」
「そうですか……」
魔法の使用を確認、意志を確認とも言っていた。原因と結果。魔法の使用、確かにした。意志?次の魔法は何がいいか考えていて、皆のために使える魔法は何だろうと考えていた。私の行動に当てはまる。
つまり魔法らしき何かを獲得できたのはこの行動のせい。それで、この声は私にしか聞こえていない。私が起こした行動で他の誰かが魔法を得るなんて事あるのだろうか。
この魔法―そう仮定する―は私の行動によって私が獲得したものである。という説明なら幾分か筋は通る。
じゃあこれが魔法なのか確かめる必要がある。
「カタさん、ちょっとだけ魔法を試しますので、見ててもらえますか?」
「分かった、頑張れ」
『
――何も変わらん。なんじゃこりゃ。
魔力の測定か、それならいつも見えてるから重複してるってことかな?いつも見えてるのに、それに上書きの魔法をかけたって……!?
確か、魔力が見え始めたのってこの魔法を獲得してからだった気がする。最初の頃はオーラだと思ってた。それが魔力だと分かり、皆と出会い、今に至る。
常に発動するタイプの魔法なのだろう。できればオンオフ使えるようにしたいけど、体が慣れているから、試すのは今度でいい。
次は、
『
空間というぐらいだから、木を中心に1メートル四方を区切ったイメージで唱えてみた。
――――特に何も起きません、か。
『
はぁ、そうですか。なんだろう、この声はアシスタント的な、OKグー○ル的な部類のものかもしれない。ここまで教えてくれる敵はいないだろう。
今分かったのは、
ということは、私が獲得した3つは魔法ではなく、系統の総称ということかもしれない。
だとしたら
呪文、呪文。魔法はイメージと呪文、そして簡単。呪文さえ覚えれば誰でも使えるのは間違いない。呪文は言葉、言葉を話せれば使えるということになる。言葉は国によって違う……
ああ、もしかしたら。
「カタさん、ワイバーンとブラックドッグ、それからオークの言葉って同じなんですか?皆さん普通に話していますよね」
「みんな違う。オークの言葉、簡単にした。だから鳥、犬、使える」
「本当はもっと難しい言葉を話すんですか?」
「今、話してる。王様、上手い」
体の構造次第では出せない音もあるだろう。だからオーク語をベースに共通言語を作ったわけか。そして今話しているのはオーク語、つまりワイバーンやブラックドッグ達が出せない音で発声している可能性がある。こればかりは比較して検証したいけど、そのために呼ぶのもなー。
だったら、日本語で試してみるか。私の場合、自動翻訳されてるから気づきにくいけど、日本語をそれっぽく英語で言っている認識だったから、本当に英語で言ってみればいい。
『
出来た!思い浮かべたのは指先に灯る火
やっぱりそうか。呪文は統一されていない。各言語によって色々な呪文があるんだ。だったら日本語ベースで作ることも可能なはず。
付与術、皆さんの手助けをする魔法。例えばなんだろう。脚が早くなるとか?力持ちになるとか?それだと人で試さなくちゃならない。初心者がいきなり実践は危険だから、木に掛けても使えそうな何か……
出来ないと思うけど、魔力上昇とか?ポケ○ンの知識しかないけど、素早さを下げる攻撃とか防御を上げる技とかあったし、イメージはそんな感じで、魔力アップを意味する呪文を唱えればいい。
魔力はマギだ。頭の中で声が言ってた。マギ、マギアップ?まあとりあえずいいや、試作品だし。
『
この光景を見れば誰だって言葉を失う。ほんのちょっとだけど、間違いなく魔力が上がってる!見た目には分かり辛い変化だけど。これはコスパが悪そうだ。私がつぎ込んだ魔力量の割に全然増えてないところを見ると、私の魔力がそのまま付与される訳ではないらしい。
頼んでみようかな。
「カタさん、ちょっとお願いがあります」
「いいよ。やれ」
「えっ!?」
「練習、大切。俺も、昔やった。やれ」
「本当にいいんですか?私、初心者ですよ?」
「木、上手くいった。大丈夫」
「あ、ありがとうございます!」
こんな先輩に出会いたかった。学校でも会社でも、素直に褒めて、大きな度量でドンと構える先輩がいてほしかった。
よし、やってみよう。
『
「おおお!王様!俺、大きい!強い!」
「――出来た!この魔法、元の魔力量に比例するんだ!」
木の魔力量はとても少なかった。普通のカタさんを基準に数字で表すなら0.01ぐらい。だから増えても認識しづらかった。カタさんの場合は元から1.3倍ぐらいにはなった。ぐらいというより、1.3倍だ。
出来た、出来た!これで役に立てる、皆を助けられる!
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