閑話 登場人物紹介1
ここに一風変わらない、普通の家族が居ました。
その家族、アクリスタの姓を背負う四人の男女は食卓を囲み、わいわいがやがやと他愛もない話で盛り上がりを見せています。
「トーヤ、学校の方はどうだ?」
「どうだって……なにが」
「お父さんはね、楽しいかどうかを聞いてるんだよ?」
「ふふ。トーヤは天邪鬼ですから……素直に答えられないだけよね?」
「そんなこたぁねえ。質問の意図が分からなかっただけだ」
「その程度の洞察力しか無いようじゃあ高等学校よりも初等学校からの通い直しを検討した方が良かったかもな」
「うっせえよ」
「ダメだよお兄ちゃん、そんな口の聞き方をしたら」
「つってもなぁ。他に言葉が出てこないだよ。育ての親の口がわりぃから」
「ふふ。トーヤは天邪鬼ですから……すべての言葉が裏返しになってしまうのよね?」
「俺が天邪鬼は分かったから、もう言わなくていいよ」
「ダメだよお母さん。そうやって甘やかしたら言葉使いが直らないでしょ?」
「はっ。ナノカの方がよほどお姉ちゃんだな。これならトーヤを弟ってことにしておけば良かったか?」
「俺にその手のプライドは無いからな、別に弟でも構わないよ。どの道、俺は3歳みてえなもんだ」
「ダメだよお父さん。お兄ちゃんはナノカのお兄ちゃんなの。弟にも妹にもお姉ちゃんにもならないし、なってはいけない存在なんだよ」
「お前のそれ、『ダメだよ〇〇』ってやつは何なの? 全員にダメ出しすんな」
「オレはなにも、性別を変えようとまでは言ってないぞ」
「ふふ。ナノカは"お兄ちゃん"が大好きですから、そこに触れるのはタブーよね?」
「お母さんが一番のタブーに触れちゃったよ!?」
「おい、強く反応するな。そんなだから
「お前のその冷静さはなんなんだ? いつもならいの一番に反応しそうなもんなのに」
「朝から突っ込む元気はねえ。そのエネルギーを蓄えてる最中だしな」
「今日の朝食は私が作ったんだよ?」
「ん、さっひひいた(さっき聞いた)」
「おいしい?」
「うあいうあい(美味い美味い)」
「ふふ。トーヤは天邪鬼ですけど、今のは本心よね」
「なんだアネット、天邪鬼のブームでも到来してるのか?」
「そうなんです。あなたとトーヤの言葉使いの悪さには嫌気が差していたのだけど見方を変えることにしたの。おかげさまでこの頃はあなたたちの乱暴な口調が可愛く思えてきました」
「「嫌気……差してたんだ」」
「だったら尚更止めようよ……」
「ふふ。ナノカも楽しんだほうが良いですよ。この人たちはね、敢えて乱暴な振る舞いをして本心を隠そうとしているだけなんだから」
「言い掛かりはよしてください」
「ね?」
「うんうん。この場合は図星だったってことだよね。確かにコレはこれで可愛い感じ」
「おい、トーヤ。これからは言葉使いを直していくぞ……いきますよ」
「そうだな……じゃなくて、そうですね」
「あらあら、せっかく理解を示してあげたというのに、もうやめてしまうの?」
「ふふ。お母さんの前じゃあ二人は小さな子供みたい。初等部からやり直してくる?」
「やり直すか! あ……やり直しませんよ……」
さて。
一息付くにはちょうどいい突っ込みが飛び出したところで、そんな普通の家族こと、私の家族を紹介しましょう。
まずはもちろん、家長であるお父さんの紹介です。
【デイネス・アクリスタ】
年齢:48歳
地位:
称号:エストレア王朝護衛騎士団、騎士団長
:エストレア王国
:東方四大領
:ギルド名誉役員(
: 〃 (
:国技保存委員(特殊体動術指南)
:一級魔術士
勲歴:特功勲章、サマランドル世界大戦調停者
:特功勲章、国防大功
(ウェブ・リザードの撃退)
:一等勲章、シアツィ山脈解放(禁足地開拓)
:その他諸々
資格:真業剣術一級、制限解除
:特殊体動術一級、制限解除
(宮廷式舞踏変則武術)
:変遷武術一級
(拳闘術、蹴脚術、アルポニー柔術)
思わず息を呑み込んでしまうような、すごい経歴です。エストレア王国から授与された勲章に関してはほんの一握りを紹介しただけに過ぎません。
二等勲章や三等勲章に至っては十数個にも及ぶそう。スゴが過ぎますよね。
何度かお父さんの書斎に入ったことがあるんですけどね。言葉では言い表せない凄み、神々しさのようなものがあって――壁に掛けられた勲章たちがキラキラと輝きを放っていました。
次に、称号についてですね。称号とはつまるところの職業です。
お仕事のすべてを把握できているわけではないのでコチラも一部の紹介でした。
様々な顔を持つお父さんはというと、時に当千騎士団騎士団長であり、時にエストレア王国軍部派閥の全権を担う一人であり、時に東部領域の領主でもある。
さらにはギルドから名誉役員の称号を賜っています。お父さんの場合は剣術や体術の先生を時々ギルドから請け負っています。
お兄ちゃんなんかは直にその恩恵を受けていると言えるのかな。だけどその姿は先生というよりも教官といった感じでしたね。ギルドから仕事を請け負った時はどんな様子で稽古を付けているのでしょうか。気になります。
さて、続いては家妻、お母さんの紹介です。
【アネット・アクリスタ】
年齢:秘密
地位:
称号:魔導長官(生活保全系統)
:東方四大領衛生管理官
:ギルド役員(生活支援課実務員)
: 〃 (クリスタル弓術指南)
:二等魔導官
勲歴:二等勲章、魔法開発(状態異常の検知)
:三等勲章、生活系統魔法陣の効率化
(液体流動魔法の一節除去)
:三等勲章、国際
資格:クリスタル弓術一級、制限解除
:奉仕活動系技術
・調理一級
・清掃一級
・学育二級(魔法学)
・学育三級(歴史学、地理学、生物学)
なぁー。まったくもって脱帽です。
お父さんに比べて見劣りするって? ううん、全然しないよ。凄いんだよ? 二人とも。
年齢が秘密なことについては察してもらえると助かります。まあ、「お父さんよりは年下だよ」とだけ言っておきましょうか。
エストレア王国には『
これがなにかといえば、エストレア王国に住まうすべての人間に適応される位になります。
つまりは立場、地位ですね。
お父さんで言うところの"
ただし、『
ちなみに、私の地位は最低位分類に該当する
えへへ。まあ何もしていませんから低くても仕方ないですよね。
って、今は私のことよりお母さんの話です!
ではでは、
上から順に、『
なんだか統一感に欠ける名称が連なっていますね。オマケに世界観もよく分かりません。どうしてこのような名前になったのでしょうか。
エストレアは王政国家ですから、当然、王様がいて貴族がいます(貴族とは公・侯・伯・子・男の爵位を頂戴する五等爵様方を指していう言葉です)――というにも関わらず、
それこそ
だから、お母さんは準貴族ということになりますね。当然、貴族ではありませんから世襲権を持ちません。
正式名称を、"
お父さんと同じように様々な顔を持ち、それに伴って様々な呼ばれ方をします。
魔導長官様、だったり。
二等魔導官様、だったり。
もちろん、アネット様、と呼ばれることもありますよ。
「でもね? 私はナノカにお母さんと呼んでもらえる事が一番嬉しいのです」
ふふ。
いつだったかそんなことを言っていました。
可愛いですよね。思わず私のほうが笑顔になったくらいです。
さて、そんな可愛いお母さんは私の師匠でもあります。
なんの師匠なのかと云えば、まずは学問を挙げるべきでしょう。
魔法学、国語学、数学、歴史学、地理学、生物学。
入学試験の課題にもなったコレら学科をほとんど付きっきりといった状態で3年間教授してもらいました。おかげさまで入学試験では全科目90点以上を取ることができましたし、感謝してもしきれませんね。
次いで、日常生活における常識や生活技術も師匠を語る上では外せません。
『
出会いに恵まれたなぁ、とつくづく思います。だけどそれは私の運や努力というより、お兄ちゃんの日頃の行いのおかげでしょう。だって私は、お兄ちゃんのそばでジタバタと藻掻いていただけで他には何もしていませんから。
あれ? だけどだけど、お兄ちゃんの妹に産まれてこれたって事を考慮すれば私の運も良かったと言えませんか? ふむふむ、きっと良かったのです。そう思っておきましょう。
最後に、魔法技術とクリスタル弓術についても触れておきましょうか……、と思ったけど自分の紹介をする時に語ることが無くなりそうなのでコレは後に回しますね。
さて、続きましては家兄、お兄ちゃんの紹介です。
【トーヤ・アクリスタ】
年齢:15歳(17歳)
地位:
称号:当千騎士団暫定騎兵
:ハスファルク高等魔道学校
守性防御学科一年次生
:九級魔術士
勲歴:四等勲章、フィレナ城防衛戦第三功
(伯爵夫人、令嬢の守護)
:初等勲章、黄銀グンタイアリの討伐
:初等勲章、スペリオルガット
(絶滅危惧種生物)の保護
資格:真業剣術三級
:特殊体動術四級
(宮廷式舞踏変則武術)
一年ほど前のこと。お父さんのお仕事に付いていったお兄ちゃんはその帰宅途中、立ち寄ったフィレナ城で防衛戦に参加することになってしまいました。
あとから聞いた話によると、完全に予定外だったし予想外の出来事に巻き込まれてしまったみたいです。
そのお城、フィレナ城で何が起きていたのかと云えば、ヴォルフの大群(一個大隊ヴォルフ)が押し寄せるという未曾有の生物災害が発生していたのです。
遭遇したからには無視などできません。
お父さんは城主と共に、フィレナ城に遣える衛兵たちを指揮して防衛布陣を展開します。
だけどその時のお兄ちゃんはまだまだ未熟でしたから城壁に配置されることはなく、城内に待機して城主の妻子を護衛する任に付きました。
城主の末子、10歳の女の子とお妃様の護衛。
およそ2000匹にも及ぶ機動力の高いヴォルフの猛攻をなんとか凌いでいたお父さんと衛兵たちだけど、如何せん数が多すぎました。数匹を取り逃すと共に、城内への侵入を許してしまいます。
固められた守りの布陣をすり抜けたヴォルフ10匹。単体危険度は3。一匹一匹を相手取るのなら人間の脅威だとは言えません。
しかし、向かっていく先に居るのは力無い母子の元なのです。城外にいる全員に緊張が走りました。
場内へと救出に向かいたいけれど、ヴォルフの猛攻は続いています。簡単には持ち場を離れられません。
城主、そしてフィレナ城に務める衛兵たちは願うしかありませんでした。どうか二人には気付かないでくれ、と。
ヴォルフの嗅覚は人間の50倍。人の匂いに気付かないはずがありません。
そう時間は掛からずに妻子の元へと辿り着いてしまいました。本当なら、二人の命運はそこで尽きていました。同時に城主や衛兵の命運も尽きていたでしょう。
でも、その部屋にはお兄ちゃんが居ますから。
予定外にフィレナ城へと立ち寄ったお父さんとお兄ちゃんのおかげで、命運尽きたのはヴォルフの方でした。
侵入してきた10匹のヴォルフを一刀両断にしたお兄ちゃん。
たったの一戦、たったの10匹を仕留めただけですが城主の妻子を守ったという功績が讃えられて、四等勲章を授かり五階級特進することになったのです。
私と同じ
最後に私、満を持しての自己紹介です。
【ナノカ・アクリスタ】
15歳
地位:
称号:ハスファルク高等魔道学校
精神機能学科一年次生
:三級魔術士
勲歴:なし
資格:クリスタル弓術七級
:奉仕活動系技術
・調理四級
・清掃四級
勲歴なし……、私だけ寂しい経歴です。だけど、こればかりは仕方がないですね。これから勲章を得られるように努力するしかありません。
それでは(先程取っておいた)私の貴重な情報を開示しましょう。
なんと! 私、ナノカ・アクリスタは魔法、それからクリスタル弓術の二技術をお母さん、アネット・アクリスタから教わっているのです!
でででん!
ちーん。
お兄ちゃんが聞いてたら「一度内容をチラつかせておきながら大仰に紹介するな」とか、「外見は良いから中身を語れよ」って言ってくれたのかなぁ。
ツッコミ依存症のお兄ちゃんのことだから、もっと上手に突っ込んでくれたよね。しつこいくらいのツッコミを披露してくれたはず。
とまあ。そんなことはさておき私の紹介を続けましょうか。
まずは魔法技術についてのお話です。
知っての通り、お母さんは生活保全系統の魔法を専門にしています。もちろん他系統の魔法にも少なからず精通していますが、専門知識は不足しているでしょう。
私は精神機能学科に所属となりましたが、お母さんからの教えもあって(今はまだ)生活保全系統の魔法を得意としています。
だけどそうですね、私には明確な目標がありますから、それを達成するまでは精神系統の魔法の勉強に集中するつもりです。
それがいつになるのかまだ分からないけど、その後はお母さんと同じ道に進めたらいいなぁと考えています。
次に、クリスタル弓術についてのお話です。
正式名称を
お母さんの弓術の腕前が評価されたことで"クリスタル弓術"という別称が与えられました。アクリスタ、の姓から由来するわけですね。
さて、私が教わっているクリスタル弓術という型式は、『得意とする弓質を不問とする流派』になります。
どういうことかと云えば、打ち手に合わせて弓を作るのではなく、性能を最大限に引き出せるように打ち手が弓の性質に合わせる――決まった型式に拘らない
私の技量はまだまだですからお母さんには遠く及びません。それでも様々な弓の扱い方を知っています。
国際弓矢大会で優勝を果たしたお母さんはすべての種目で十射九中の命中精度を見せたそうです。
競技内容は――
無風、300メートル先の的を射る"遠距離射撃"
風力3(3.4-5.5 m/s)・風向き不規則、50メートル四方・高さ10メートルの立方体フィールドを動き回る的を射る"動的射撃"
無風、距離30メートル、地上1.5メートル地点に設置された30の的すべて射抜くまでの速度を競う"連続射撃"
の三種目。
連続射撃で競う能力は命中率ではなくて速さですから十射九中という表現は間違っていますね。
お母さんは確か、43秒だったかな。一射撃ち出すのに掛かる時間は1.5秒未満……、目を見張るほどの超速射撃です……、速すぎます。
競技に参加したほとんどの人たちがすべての競技で愛用の弓、同じ弓を使用したわけですが、それぞれに違った能力を測るわけですから最善とは言えません。
だからこそお母さんはすべての競技で別の弓を使用しました。
遠距離射撃では
とまあ、こんな感じに――弓の特性、その場の環境に合わせて使い分けることができたわけですね。
比べて私はどうでしょうか。
動的射撃は得意分野ですから九射当てることも不可能ではありません。だけど長距離射撃は苦手ですね。300メートルも先となると一射当たれば上出来だと言えるでしょう。
連続射撃は……、やったことがないのでなんとも言えませんが、まあそれでも43秒以内に撃ち抜くのは不可能ですね。それくらいなら分かります。自分のことですから。
「……おい……」
それでは最後に、私たち――
「……ノカ……」
私とお兄ちゃんの年齢について、言及していきましょうか。
「おい! ナノカ!」
「え、あ、お兄ちゃん。どうしたの?」
「どうしたの、はコッチの台詞だよ。さっきからボケーっとしてるけど、具合でも悪いのか?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっと考え事をしてたの」
「ならいいんだけど……というか、ほらっ。早く支度しろよ」
「え? なんの支度?」
「なに寝惚けたこと言ってんだ」
学校カバンを手渡されてようやく私は理解しました。
そうでした、これから学校でしたね。いつの間にか制服に身を包んでいます。どうやって着替えたのか覚えていません。
それでは最後に。と、そんな風に始めようとした私たちだけが知る事実について、それは胸のうちに留めておくことにします。
誰にどう見られようとも、トーヤ・アクリスタが私のお兄ちゃんであることに変わりはありません。
それに、家族しか知らない秘密の事情があるというのもまた、どこの家庭にもある普通の事象と言えるでしょうから。
「先行くぞ」
「あ、待ってよお兄ちゃん」
いたずらに笑う兄の横顔。
置いてけぼりにする気は無いくせに、家の扉を開け放った兄の背中。
見ているだけでも心地良くて。
きっと私は追い掛け続ける。
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