ワタシの家族2


「おはようナノカ。今日も早いのね」


 ダイニングルームの扉を開けるとお母さんが出迎えてくれました。

 私なんかよりずっと早くに起きているのに毎朝こうして私を迎え入れてくれる訳です。この家での暮らしが始まってすぐの頃は誰よりも早く起きるお母さんの徹底ぶりに唖然としていましたが、今では見慣れた光景になってしまいました。


「おはよ。お母さんこそ早いよね。いつも何時に起きてるの?」


「ふふ。今日は私も目覚めたばかりですよ。その証拠に……ほら、寝衣を着たままでしょう?」


 肩に手を置いて身嗜みをアピールしてきます。

 確かに、見る限りでは寝衣のままですね。だけど私には他の思惑があったように思えてなりません。


「ふーん? 本当はもっと早くに起きたけど、私に気を使って寝衣を着たままにしてるんじゃない?」


「あらあら、ナノカは疑い屋さんね。信じられないのなら"今日は"私と一緒に寝てみましょうか?」


 くすくすと悪戯な笑みを浮かべてお母さんは言いました。その発言を聞き捨てることができません。

 寝衣を着たままでいた理由は気遣いなんかじゃなかったのです。

 ただ着替える時間が取れなかった――その訳は私とお兄ちゃんがベッドを共有していたと知っているからです。

 どうやってそれを確認したのか、浮かび上がってくる疑問を解決する方法は一つしかありません。というか、それこそが着替える時間が取れなかった理由になるのでしょう。

 

「……もしかして覗いたの?」


「覗いただなんて、そんな人聞きの悪いことはしていません。私は二人の寝息を確認したかっただけですよ」


 確認したのは寝顔ではなくて寝息でした。


「気持ち良さそうに寝ていたようで安心しました」


 最悪の回答です。

 なにせ、扉越しに覗いた程度では寝息の確認はできませんから。


「覗いただけに留まらず侵入してきた事が確定しちゃったよ?」


「減るものではないのだから別に良いでしょう? 私はね、二人の寝顔を間近で見るためだけに早起きをしているの」


「待って待って待って」


 毎朝私よりも早くに起きるお母さん。それは見慣れた光景ですし別に気にする必要はありません。それでも私は狼狽えてしまいました。


「そう何度も言わなくて聞こえていますよ、私は逃げ出したりしませんから安心して話しなさい」


 狼狽える私とは対照的に、平静を装うお母さん。

 狼狽えてしまった理由というのも、至って平静でいるお母さんが毎朝早くに起きている理由にあるのです。


「これも、もしかしてなんだけどさ……毎日侵入してきてるの?」


「もうっ。ナノカったら話を聞いているの? 私がしているのは侵入ではなくてただの入室です。部屋に入る前にはきちんとノックをしてるもの」


 どちらだったとしても同じことです。そんなものは言葉の綾取りでしかありません。


「だけど困った事にいつも返事がないのよね」


 そりゃあそうでしょう。叩かれた扉の中にいる私たちは寝ているのですから。


「たとえ寝ていたとしても、私にそれを確認する術はありません。もし仮に、ですよ? 寝ている以外の理由で返事がなかったとしたらどうします!」


「病気や何かで床に伏している状態だったとしたら仕方ないかなって、そう思うよ」


「そうでしょう? 心配に思って入ってるのだから問題はないはずです」


「うんうん。お母さんの気持ちはよく分かった」


 伝わって良かったと首を縦に振るお母さま。どうやら勘違いしているようですね。


「だとしても、今後お母さんの入室を禁止します」


「どうして!?」


 理由ならば単純明快。

 この家の敷地内には『状態異常の検知法陣』が敷かれているからです。


 例えば、設定値35.0℃を下回る体温を感知した時や38.0℃を上回る体温を感知した時。

 設定値60回 / m を下回る脈拍を感知した時や135回 / m を上回る脈拍を感知した時。

 他にも無想波動のストレス周波数帯を感知した時など。

 私たちの身に何か異常が起これば魔法陣を敷いた張本人、アネット・アクリスタの側頭葉に知らせが届く。


 ここエストレア王国において1000人と存在しない二等魔導官様だからこそできる離れ業。

 まあ、あくまでも敷地内限定ではあります。

 それに、どこに誰がいるのかは異常を検知するまで把握ができません。

 それでも! 私たちの身に異常がないことは確認できていたのです!

 それなのに入ってきている。いわゆる確信犯というやつですね。私的危険生物ランキング1位の座にたった今記録されてしまいました。危険度は文句無しの12、最大数に設定です。

 不満の感情を露わにして唇を尖らせるお母さん。ぶーぶーと唸りながらケチを付けてきます。

 朝から心労が絶えません。


「……ふふ……」


 思わず笑いが溢れてしまいました。

 心労だなんて言ったけど、お母さんと過ごす朝の時間が嫌いじゃないみたいです。


 ◇


「ナノカの分も淹れましょうか?」


 湯気が立ちのぼるティーカップを口元まで持ち上げてお母さんは言いました。熱々の飲み物を冷ますために息を吹きかけています。

 ここで私が品名を答えればお母さんは席を立って用意してくれるのでしょう。だから私は答えません。小さな気遣い、小さな親孝行なのです。


「良いよ。自分で淹れるから」


 そうして台所へと立った私は銀製のポットとカップを取り出します。

 私はそうだなぁ。

 そんな風に今日の気分を自問しながら戸棚に目を配りました。

 どれどれ、と綺麗に陳列された品々を順に見比べていきます。

 並べられている紙製の袋たち、その中に入っているモノは茶の葉や樹種、またそれらが粉末状に加工されたモノなど様々です。


「今日はコレかな」


 私のお眼鏡に適ったのはタルメリマの茶葉でした。

 これはチャノキの葉を秋口に摘み取る二番摘みと呼ばれる種類ですね。タルメリマという名称も茶の葉そのものも指し示す言葉ではありません。"二番摘みフルリーフ"で使用する茶葉の状態、等級を指し示す言葉です。

 私が手に取ったタルメリマの葉は、秋口に摘み取った後さらに6ヶ月ほど寝かせて熟成加工させたモノになります。

 一枚の葉からカップ全体に浸透する芳醇な香りとお湯を注げば広がる薄紅色の鮮景せんけいが私のお気に入りポイントです。

 しかしどうやら大人たちにはあまり人気がないようですね。なんでも喉越し爽やかな渋味が足りない、とのこと。

 私の舌はまだまだ子供ということでしょうか。渋味というものがイマイチ理解できません。

 タルメリマみたいな、舌触りが柔らかい甘々なお紅茶の方がやはり美味しいと感じてしまうのです。


 さてと。

 銀製のポットに水を入れた私は魔法陣の展開へと取り掛かります。

 魔素の集約を手早く済ませて魔力核を打ち込む、拡散する波紋魔力を停止させて軌道旋回軸、封緘円を順に構築する。

 ここまでの工程、魔法陣の下地となる魔法円を展開するのに掛かる時間は3秒ほど。手慣れたものです。

 それでは次の工程、循環術式を組み込みましょう。

 軌道旋回軸に掛かる節点の数は七つ。各辺の交わりも最小限の七つに留めて七芒星を内円内ないえんないに描写します。

 五芒星なら描き慣れているのですが七芒星となると少し難しいですね。上手にバランスが取れません。

 頂点一つに、底点二つ、両側点二つずつの計七点。

 頂点から順に、左下側点、右底点、右上側点、左上側点、左底点、右下側点を辿っていき、頂点へと戻る。

 これで掛かり七節の七芒星術式、基盤魔法陣が完成です。

 最後に、起動旋回軸と封緘円の間、空白部分に『定型文テフラ』を綴って効力の指定をしましょう。


『魔法名称・対物加熱たいぶつかねつ

   熱源  :魔素

 魔素転化指定:不転化ふてんか

 熱源対象温度:下限1℃

       :上限∞℃

 熱源対象の量:200g 温度による変化は無し

熱源対象の

 温度上昇速度:6.6 ℃ / s (秒速6.6度)

  伝導方法 :対流

 熱源移動速度:50.0 m / s (秒速50メートル)

  効果範囲 :設置面に対して平行展開

       :上向き / 高さ上限16cm

対象範囲の

  温度上限値:100℃

徴発ちょうはつ念波保管先:起動旋回軸上 / 右回り

魔法陣効力指定:対象範囲にある物体Ag ・ 液体H₂O

          温度上限指定値到達後 / 即停止

       :環境の激変を感知後 / 即停止

        (外的要因による温度変化、

           指定外物質の混入を確認後)

魔法陣追加効力:範囲内混合物の温度上昇加速

        (温度上限指定値無視) / 気化後放流

       :範囲内微成分(0.1g以下 / 1㎤ )の

          温度上昇は不問とする


 過去を生きた偉人たちが導き出した現時点での最高効率術式。

 ことわりを知らなくても、定型文テフラを暗記して結果さえイメージできれば魔法が行使される――今回の場合は沸騰と蒸発(沸き立つ気泡と水蒸気)をイメージします。それから蒸留、目に見えない結果のイメージも重要です。これは水の中から不純物が取り除かれて綺麗になっていくはずだ、という空想的未来を思い浮かべれば最低限の機能を得られます。

 もちろん、過程を知りより詳細な結果をイメージできれば、その思考に伴って効力は洗練されていき優れた結果を得ることができます。

 対物加熱に限らず、すべての魔法陣はそういう仕組みで効力を発揮する。

 物によってはとっても危険、対物加熱もすごく危険な魔法とされていますね。

 だからこそ資格が必要にもなってくるわけです。

 うんうん。

 人間が平和な社会を形成する上で、危険な技術に使用制限を設けるのは当然の流れだと言えますね。

 ちなみに対物加熱は必要資格四級に該当する魔法です。かくいう私も先日三級資格を所得したばかりですから覚えたての魔法だったりして。


「便利すぎるよぉー」


 例えポットの中のお水が1度だったとしても二十秒で沸点へと到達する、高火力の効果力というわけです。

 ポットの下でぐるぐると巡る魔力たちは100℃の熱湯が出来上がったことで勝手に停止してくれる仕組みに設定してあります。

 だからこうして無事に止まってくれました。

 役目を果たした魔法陣に、まずは『お疲れさまでした』と私は心の中でお辞儀をします。

 そうした後に私はちょんちょんと爪先でお湯を叩きます。皮膚が触れるか触れないかの瀬戸際です。温度を確認するためとはいえ直接触れてしまっては火傷をしてしまいますから最低限の警戒は怠りません。

 まあ、火傷を恐れるくらいなら別の方法で温度を測れって話ですよね……私自身そう思います。

 なんで爪先で触れてみたのかは上手く答えられません。なんとなくってやつでしょうか。

 とにかく、正しく魔法が行使されたコトを確認して私は魔法陣内に留められた"魔素くん"たちを解放します。


「ふふ。ナノカに喜んでもらえたのなら嬉しい限りです。開発した甲斐がありましたね」


 お母さんは言いました。他愛ない会話をしている時と同じテンションです。


「お母さんが作ったの!?」


 驚くのも無理がありません。

 この魔法を作り出したのは過去を生きた偉人たちだと思っていたのに、まさかまさかの身近な人物だったのですから。


「学校の卒業課題にね、魔法開発って項目があるの」


 全員が全員、魔法開発を課題にしたわけではないらしい。それはそうですよね。そんな高難易度な課題を出されたら卒業できない人が大勢出てきます。話を聞くと、どうやら幾つかの課題を個人の裁量で選択できたみたいですね。

 なるほどなるほど、そういうことなら納得です。

 流石は生活支援学科卒業生と言ったところでしょうか。


「厳密に言うと私一人の功績ではないのだけど……」


 というのも、卒業課題はグループで取り組むことが許されていたみたいです。

 お母さんは三人のグループを組んで対物加熱という魔法を開発したという話でした。

 一人の力じゃないとはいえ、すごい事この上ない成果を上げています。私の中のお母さんを称賛する気持ちが衰える事はありません。

 何故、対物加熱だったのか。それは――


「ほらほら、火を起こして水を温めようと思ったら水を容れておく器の方にも強く影響が及ぶでしょう?」


 すぐに思いつくところで言うと『焦げる』、という影響が思い付きました。


「そうそう、焦がしてしまっては折角の茶器が可哀想だと思いませんか?」


 お気に入りのポット底が変色していく様を見ていられなかった、ということらしいですね。

 動機がすごくかわいいです。笑っては悪いのだけど釣り上がる口角を下げられません。


「あ、もしかして私のことを馬鹿だと思ってる?」


「思ってない思ってない! 素敵な理由だねって思ってるよ。それに、ポットを持ち上げて嘆くお母さんを想像したらなんか可愛いなって」


「ナノカもそういうタイプですよね? 私と違うのは、モノのためかヒトのためかってところかしら」


「な、なんのこと?」


「トーヤの帰りが遅いと嘆く昨晩のナノカはとっても可愛かったもの」


「そんなことは一言も言ってないヨ」


「ふふ。確かに言ってなかったですね。だけど思ってはいたでしょう? ナノカの場合は顔だけじゃなくて全身から感情が伝わってくるもの」


 な、なんですと。

 私は自分の感情を隠すことに長けていると思っていたのにお母さんには全て筒抜けとなっていたみたいです。

 カタカタと震える手でカップにお湯を注いでいきます。とても危険な行為なので真似をしないようにしてください。って誰にいってるの私。

 自己評価を盛大に違えていた――そんな事実を知らされてしまった私は動揺を隠せません。

 いつもならココでカップから立ち上る湯気に鼻を添えてタルメリマの芳醇な香りにうっとりとするところ。だけど今日に限って嗅覚が鈍感になっています。

 それもこれも全部、帰りが遅いお兄ちゃんのせい……、じゃなくて自分のせいだよね。

 でもでも、今日そのことを知れて良かったと前向きに捉えましょう。

 これからはもっと感情を隠せるように努力するだけです。

 熱々の紅茶を冷ますと共に、自分を落ち着けるために一つ息を吐きました。

 お兄ちゃんの帰りが遅いだなんて、そんな心配は――


「……してないです……」


 今度はうまく隠せたよね。

 にこにこと笑ってコッチを見るお母さんには既に知られた感情だから今更隠したところで無意味だったことでしょう。それでも構いません。

 

 ここから私は再スタートを切るのです。


 ◇


 星延ほしのばし。

 空中に魔力を描写する魔法陣構築過程でそう呼ばれている技術があります。

 起動旋回軸内部に留まる魔力を薄く引き延ばして多角形を記す工程のコトですね。対物加熱を例に挙げるなら七芒星を引き記す動作そのものが星延ばしに該当します。

 点から点へと線を引いていく。

 点を星と見立てて、そこから延びていく導線が流れ星の軌道を思わせる――そんなことから星延ばしと呼ばれるようになったのだとか。

 描く図形が星型多角形であることも理由の一つかもしれません。

 どちらにしても、なんともロマンに溢れる呼び方です。


「星延ばし、なんて呼ばれるようになったのはここ数年での変化ですね。これも平和になった証明かしら」


「へー、そうなんだ? それじゃあ今まではなんて呼んでたの?」


「普通に、"魔引まびく"って呼ばれていましたよ。ナノカの貰った教科書にもそう記載されていませんでしたか?」


「あ、それがさそれがさ、聞いてよ。昨日の授業では教科書を使わなかったの。アナタたちには基礎が必要なさそうだからーって」


「あらあら。基礎の復習はとても大切なことだというのに……たとえ一組の生徒たちが優秀だったとしても疎かには出来ない過程のはずです」


「私もそう思うなぁ……って意見もせずに聞き入れた私が言うのもおかしな話だよね」


「子供たちが先生に意見できないのは当然のことです。それも入学したばかりとなれば尚更ね? 普通であれば先生の方から生徒たちには基礎の大切さを諭すべきなのよ」


「お母さんならそうする?」


「もちろんです。1ページだって疎かにはさせません。そのための教材でしょう?」


「確かに。おっしゃる通りでございます、だね」


「ふふ。トーヤの真似ね?」


 上手に出来たのかお兄ちゃんのモノマネが伝わったところで、お母さんは席を立ちました。

 といっても一冊の冊子を片手にすぐに戻ってきましたが。


「えーっと、ナノカのクラスの担当講師は誰だったかしら……」


 持ち帰った入学案内に目を通しながらお母さんは呟きます。しかしながらそこに先生の名前は載っていても担当クラスの記載まではありません。

 自分の手で調べようとする律儀さには関心を覚えるけれど、聞いてくれれば良かったのにと少しだけ落ち込みますね。


「マリアル先生だよ」


 私は呟いてから昨日の学校での出来事を思い出します。


「そういえば、試験の時にお兄さんの面接をしましたよって言ってたかな」


「あら、そうなの? マリアル先生……マリアル、ですか」


 遠い目をしています。物思いにでも耽っているのでしょうか。


「その先生……本名はマリアル・ジエ・アニファって言っていなかった?」


 本名は伝えていないはず、です。


「え、うん。そうだけど……」


「まさか二人揃ってあの子のお世話になるだなんてね」


「もしかしてお母さんの知り合い?」


 それならば知っているのも納得です。


「ふふ。同姓同名の別人でなければそうみたいね。私が在学中二つ下の学年に在籍していたから後輩ってことになるのかしら」


「お母さんの口ぶりじゃ、それほど接点は無かったみたいだけど……」


「そんな事ありませんよ? 学科も学年も違ったけれど所属しているサークルが同じだったから頻繁に交流していました」


 想像以上に身近な人物だったみたいです。だとすると少し不思議にも思えますね。昨日のマリアル先生の話の中にお母さんについての事柄は一度も出てきませんでした。

 知り合いなら一言くらい言ってくれても良かったはずです。


「言ってこなかった理由なら簡単に察しが付きますね。あの子らしいです」


「なになに、仲良くなかったとか?」


「考えてみれば……そうですね。その可能性も否定できないのかしら」


 だけど。

 そう続けたお母さんの表情には少しだけ影が差しました。何を思っているのか、三年間に渡り暮らしを共にしてきた私には分かります。

 身震いが禁じ得ません。


「もし、あの子自身がそう思っているのなら……少しだけ、お灸を据えてあげないとね」


「……あー……」


 なぜマリアル先生が言ってこなかったのか、今ので全部分かってしまいました。


「……怖い顔してるよ……」


「ふふ、今のは冗談です。単に教える必要がないと考えたのでしょう」


「忘れられてた……って事はないよね」


「ええ。その可能性はないでしょうね、在学中はたくさん可愛がってあげたもの」


 再び、影が差し込みました。怖いです。


「……うそだ……"可愛がる"の使い方を間違えてると見た」


「本当ナノカは疑い屋さんね。心配しなくてもアナタやトーヤと同じように"優しく"接していたわよ」


 強調された優しくという言葉には胡散臭さが受け取れます。


「普段のお母さんを対象にしてるならいいんだけど……そうは思えないんだよなぁ」


 日頃優しいお母さんですが、怒った時は人が変わってしまいます。変わり果ててしまうと言ってもいいでしょう。"可愛がる"という甘いイメージも人が変わると同時に反語的なニュアンスへと変化してしまいます。

 具体的にどうなるのかと言えば、"躾け"のためのお仕置きが"しごき"へと変わってしまう。

 そんなお母さんを間近で見てきて、直に体験してきた私はどうしたって疑ってしまうのです。

 穏やかで優しそうなマリアル先生もまた私たちと同じようにしごかれて来たのではないか、と。


「そうですね。マリアル先生に言っておいてくれるかしら」


「……なんて……?」


「基礎が知識を支え、基礎が知恵を育てる。全ての学問に通じる"知者の教え"を教師のあなたが忘れてしまったのならこの家の扉を叩きなさい。私が一から教え直してあげましょう――」


「長いから却下」


「あらあら……この程度の言葉が覚えられないなんて、私の教え方がいけなかったせいですね。反省も踏まえてナノカへの指導を先に済ませてしまいましょうか」


「……あー、もうこんな時間カー。そろそろご飯の支度をしないとネー。遅刻しちゃうヨー」


 いそいそと逃げるようにして席をたった私は宣言通り、朝食の支度へと取り掛かるのでした。

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