ワタシの家族1
おはよう。
そんな風に心の中で挨拶をしました。
目を覚ました私の隣にはお兄ちゃんが一人。お兄ちゃんは最初から一人しか居ないのだけど、面白い言い回しだと思った私はなんとなくそんな言い方をしてみたという次第です。
すやすやと寝息を立てているお兄ちゃんは昨日も夜遅くまでお仕事に行っていました。誰かのために働くお兄ちゃんは私の自慢なのです。
結局、就寝したのは深夜2時を過ぎたあたり。眠かったはずなのに私との会話に時間を使ってくれた。
ほんと、優しいんだよね。優しすぎるんだよね、お兄ちゃんは。
そんな慈愛に満ちたお兄ちゃんの昨日の行動はというと、早朝6時30分頃に起床、8時過ぎに私と一緒に学校へ。授業を終えた後はこれまた私と一緒に帰宅して、すぐにお仕事へ。そして23時に再度帰宅して深夜2時に就寝。
ひゃー。
大変だよ。こんな生活を毎日続けたら過労で倒れちゃう。就寝時間が遅くなったことに関しては少なからず私のせいだよね。後で謝らないと。
それから謝罪の意味も込めて、今日は何があってもお仕事はお休みにしてもらおう。お父さんなら私が言うまでもなく休みにしてくれそうだけど――お父さんはお兄ちゃんに対して少し意地悪なところがあるからなぁ。一応、釘を刺しておいても損はないよね。
「お疲れさまだね、お兄ちゃん。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
そう言って、私はお兄ちゃんに抱きつきます。
この家に来るまでは毎日のように一緒の空間で眠りについた。この家で生活するようになってすぐ、お父さんたちが別々の部屋を与えてくれた。
快適さは増したけど、ちょっぴり寂しい日々に。
私たちは兄妹だけど私の中には割り切れない想いがある。なんて、面と向かってそんなことを言えばきっとお兄ちゃんを困らせる。
もしかしたら今の私の行動もお兄ちゃんが目の当たりにしたら困るのかな。
迷惑なのかな。
それは嫌だな。
だけど、私も考えなしに行動しているわけじゃないの。言い訳はちゃんと考えてあるんだから。
本当だよ?
もし起きてしまった時にはこう言うの。
『お兄ちゃんなんて私にとっては抱き枕みたいなものよ』ってね?
そしたらなんて言われるのかな。目覚めたばかりの寝惚けた頭だったとしてもお兄ちゃんなら鋭いツッコミを飛ばしてきそうだよ。
それはそれで一度聞いておきたいところ、ワクワクする気持ちを抑えられないです。
だけど、ツッコミを聞くためだけに無理やり起こすのは可哀想。特に今日は疲れ果てているだろうし、そっとしておこう。
お兄ちゃんの睡眠を妨げてまでしたいことなんて抱き付くくらいしかないんだから。
でもでも、抱きついた瞬間に起きなかったって事は妨げにもなっていないって事だよね。
このくらいは平気なのかな。
うんうん、きっと平気に違いない。
それならもう少し大胆になってもいいのかも。
お兄ちゃんは普段、仰向けの状態で眠りにつきます。うつ伏せの時もしばしばです。
比べて、私は横向き。一人の時も絶対に横向き。この3年間はずっとそうしてきたのだから当然だよね。
私はお兄ちゃんの右手を取って、ゆっくり私側へと引いてみました。『こっちを向いて』そんなことを想いながらの行動です。
ふふ。
起きていたら抵抗されたんだろうなぁ。
向き合わせるのは以外と簡単でした。
「おはよ」
次は声に出して挨拶をしてみます。
ちょっとだけ可愛い感じに言葉端を切りました。
私だって女の子なんだし、コレくらいの可愛い子ぶりっ子なら許されるはず。
とはいえ、寝ているお兄ちゃんに私の声は聞こえていません。だから許すも許さないもないのです。
起こさなければなにをしてもいいの。
私の自由というわけです。
いえい。
好き放題にできるよ――ということで、起こさないように気を付けながらお兄ちゃんの右腕を私の腰に回します。左腕は枕にさせて貰いましょう。
コレがあるべき姿だと思えるほどに見事なまでの結合状態です。
体の相性が良いみたい。
ふと、そんな端たない事を考えてしまいました。
顔に熱が宿っていくのが分かります。ほっぺは赤みを帯びているに違いありません。
私は隠すようにしてお兄ちゃんの胸元に顔を埋めました。
誰にも見られていないのだから隠す必要はないのだけど、なんとなく隠した方がいいかなって。そう思った次第ですね。
すんすん。
ふむふむふむ。
お兄ちゃんの匂いがする。ってそれは当然か。
それにしても、すごく寝心地が良いです。
カンペキです。
このままもう一眠りしちゃおうかな――なんて、そう思っていた矢先のことです。
「……んん……」
あれれ、お兄ちゃんの表情が曇りました。起こしちゃったかな?
「……のか……」
のか、と言いました。
私を呼んでいるみたいです。
『なあに』
そんな風に心の中で返事をしながらお兄ちゃんの顔を覗き込みましたが、目を瞑ったままでした。
どうやら寝言だったようですね。
夢の中にいるお兄ちゃんに私が安心を与えられているのなら嬉しい限りです。
「……ここのか……」
ちっ。
ナノカではなくて、9日でした。
何か予定でもあるのでしょうか。
私の名前は
不意に、お兄ちゃんの足が私の足の上に置かれました。
私は深く交差させるために左足をお兄ちゃんの股の下へと通します。
えへへ。
私のことを抱き枕だと思っているみたいです。背中に回るお兄ちゃんの両腕が強く身体を締め付けてきます。
痛みや苦しさは一切ありません。
ただただ嬉しいという気持ちが私の胸中を満たしました。
「んんんんん――――」
なんて言ったのか、なんて言いたかったのか自分にもよく分かりませんでした。
嬉しさに悶えた結果、変な声が出てしまったのです。
言葉にならない気持ちというのがどうやら人間にはあるみたいですね。
私の気持ちを誰かに分かってもらう必要もないでしょう。私だけが知っていれば良いのです。
さて。
今日の夜はきっと別々の部屋で眠りに付きますから、今のうちにもう少しだけお兄ちゃんの温もりを堪能しておきましょう。
そんなことを考えて目を瞑りましたが、時間の経過とは早いものですね。
あっという間に5分ほどが経過してしまいました。
この場を離れるのは少し――いいえ、少しではありませんね。
この場を離れるのは"すごく"名残惜しい気持ちがあるけれど、そろそろ朝食の準備に向かわなければいけません。
私はお兄ちゃんの身を包む自身の腕を
「わわっ――」
すぐに引き戻されてしまいました。
嬉しいことにお兄ちゃんは私を離したくないみたいです。
たとえ眠っているお兄ちゃんが私を私と認識していなかったとしても、必要としてくれる今の状況は喜ばしいことなのです。
いっその事、学校を休んでこのまま眠ってしまいましょうか。
ふむふむ。なるほど、名案ですね。
さすがは主席のナノカ様と称賛される姿が瞼裏に浮かんできます。
ということで、おやすみなさい。
肩の力を抜いて瞼を閉じました。お兄ちゃんの抱擁に身を委ねて私は意識も閉ざしていく――
「なんてね」
えへへ。嘘でした。
学校をサボるわけにはいかないのです。
そんなことをしてしまえば、幻滅されるだけだということは馬鹿な私でも分かりますから。
少し心苦しいですがお兄ちゃんには一度起きてもらいましょうか。とはいえ、完全な覚醒を促す必要はありません。体の解放が叶うだけの薄い目覚めで十分です。
「お兄ちゃん、起きてー。ご飯ですよー…………嘘ですよー。ご飯はまだですよー。だけど一旦起きてー」
そんな風に呼び掛けながら小さく体を揺すってみます。
しかし全然起きる気配がありません。
昨夜(日付で言うと今日の深夜)就寝したのは午前2時頃。壁掛け時計を確認する限りでは今はまだ6時を過ぎたばかり。学校とお仕事によって蓄積された疲労を考慮すると十分な睡眠時間だとは言えません。
だから起きれなくても仕方がないのです。
私の体を締め付ける力は先程よりも強くなっていて強引に抜け出すこともできませんし――
困りました。
どうしてあげるのが正解でしょうか。
朝食の準備はお母さんに任せてしまうという方法が一番現実的ですが、昨日お兄ちゃんたちの帰りを待っている時に「明日の朝食も私が作るからね」と半ば強引な宣言をしています。お母さんは心配の声を掛けてくれただけに約束を
しっかりと呼び掛けてお兄ちゃんの完全覚醒を促すという方法もありますが、それはできません。
お兄ちゃんは気にしないと思うけど、私が嫌なのです。今日も学校がありますから、ちゃんと疲れを取って欲しいのです。
次に、私の体を軟体動物もしくは液体のようにしならせてお兄ちゃんの拘束を掻い潜るという方法が挙げられます。だけどそれは物理的に無理があります。お兄ちゃんの左足が私の右足を絡め取り、股下に通された右足が下へ抜け出す進路を阻んでいます。背中に回る右腕と枕にしていた左腕が私の上半身を拘束していて上にも後ろにも進めません。
柔軟性には自信がありますが各関節の可動域には限度がありますし、無理に動かして体を痛めてしまっては朝食の準備ができなくなります。本末転倒というものですね。
もう私にはお兄ちゃんに抱き付き続けるという選択肢以外が残されていない状況なのかもしれません。
いえ、きっとそのはず。
ふむふむ、それなら仕方ありませんね。そういう結論が導き出されてしまった以上は従うのが道理というモノです。お母さんにはあとで謝ることにしてお兄ちゃんが自発的に起きてくれるまで、もう少しだけこのままの体勢を――
「……おはよう……」
あ、考えてる間に起きてしまいました。残念……じゃなくて、ちょうど良い頃合い、グッドタイミングです。
起きてくれたのなら当初の予定通り朝食の支度へと向かうことにしましょう。
「起こしちゃってごめんね。私はご飯を作りに行くけどお兄ちゃんはもう少し寝てて? 準備ができたら呼びに来るよ」
おはようの挨拶もきっとその時にするべきなのです。
「悪い……そうする……」
何一つとして悪いことをしていないのに、謝ってくるお兄ちゃんを見ていると胸が締め付けられます。
元はと言えば私が体を動かしたせいなんだよ……。
そんな言葉が喉元まで上がって来ましたが、これ以上睡眠の邪魔をするわけにはいきません。謝罪ならお兄ちゃんが起きた後で好きなだけすればいいのです。だからその言葉は一息に呑み込みましょう。
ごくりんこ。
さてさて、無事にお兄ちゃんの抱擁から抜けられた私は後ろ髪を引かれながらも早々自室を後にします。
◇
我が家の二階には部屋が全部で六つあります。
私の寝室とお兄ちゃんの寝室。それからお風呂とお手洗い。残りの二つはあまり使われていません。
一部屋はお兄ちゃんのトレーニングルームとして機能している面もありますが専用機器が置いてあるわけでもなく唯の瞑想空間として使っているようです。
もう一部屋は私にと譲ってくれましたが、特に使用用途は見付けられず手付かずのままです。
元はお父さんたちが二階を使っていたのに全て自由に使っていいと明け渡してくれたんです。お風呂とお手洗いも元は存在しなかったのに私達が気兼ねなく使えるようにと改装してくれて――本当、感謝してもしきれません。
そう言えば以前、お父さんはこんなことを言っていました。
「俺たち二人じゃ持て余してたところだ。特に俺は仕事柄家を空けることも多いしな。お前たちが使ってくれれば助かるよ」
ふふ。
譲り受けることになったその日にすべてのお部屋から荷物を運び出していましたから持て余している部屋なんて無かったのだと思います。
それなのに、あの発言。
お父さんらしくてすごく格好いい台詞でした。
それに今となっては、『仕事柄家を空けることも多い』という部分に違和感を覚えます。お父さんの仕事の大半は机と向き合う書類仕事ばかりです。来客の対応に負われる日も度々見かけます。だから家を空ける時間の方が極端に短いのです。それこそ昨日のような突発的な問題が起こらない限りは書斎から出て来れません。
合間の時間で出来ることも精々お兄ちゃんの稽古くらいでしょう。
書斎の滞在時間が長いことから部屋が要らないというのは本当でしょう。しかしお父さんが入らないだけで使っていない事にはなりません。それに家を空ける時間も無いに等しいのです。
格好いいウソだと思います。オマケに優しいウソでもありますね。
きっとお兄ちゃんはそんなお父さんだからこそ憧れているのでしょう。かくいう私もお父さんのようで在りたいと思っています。
さてさてさて、そんな私のお父さん、デイネス・アクリスタはエストレア王国に四人しか存在しないという
これはなんでも27年前に起きた世界戦争を終結へと導いた立役者、英雄たちに贈られた称号なのだとか。
当時のお父さんはなんと21歳。
戦争を知らない私でもお父さんの成し遂げたそれが偉業であると理解できます。道端で遭遇した痴話喧嘩の仲裁ではなくて戦争を終結へと導いた訳ですから。
実際に何を成したのかといえば――当時、世界中に広がる戦火の中で取り分け苛烈を極める戦地がありました。それがエストレア王国とも隣接するバンフ帝国という超大国です。
バンフ帝国の西部、エストレア王国の国境付近で激しくぶつかり合っていたのはバンフ帝国軍、リョウゲン軍、タルマン公国軍の三国。
そこにエストレア王国民は誰一人として居ませんでした。
しかし、お父さんは千人の兵士を率いて出陣しました。エストレア王国としては傍観に徹するはずだったその戦地にエストレア王国の国旗を掲げて、独断で参入したのです。
そこで何があったのか、何をしたのか、詳細までは知りません。お父さんは「知らなくていい」としか話してくれませんから。
結果どうなったのかは歴史の本を通して知ることになりました。
その本には『デイネス本人(千人将)とデイネス
それともう一つ、『デイネスは軍法会議の後、死罪に処す。そう決定付けた国王アンファルドは前言を撤回してデイネス本人を王城へと迎え入れた』とありました。
普通であれば国の意向を無視して独断で出陣した人間は結果に関わらず軍法会議に掛けられるのですが、お父さんの帰国は"凱旋"に変わったのです。
王城にて国王と謁見したお父さんは戦争を終わらせたい旨とその方法を進言したそうです。首を縦に振らなかった国王ですが、お父さんの意志には同意できると関心を示しました。国王の側近や軍総司令を交えた会議謁見は三日三晩と続いたと本にあります。そして、ついには全員がお父さんの提案に対して首を縦に振るうことになりました。
以降、戦争の終結を掲げたエストレア王国は近隣諸国に対して仲裁戦争を仕掛けます。傍からみれば同じ戦争ですが、エストレア王国は無駄討ち(必要以上の殺傷)を拒み制圧領域の解放を続けました。
それと同時に、相対した国々には一年間の和平交渉を取り付けます。これは仲裁戦争を仕掛けている間に近隣諸国からの侵攻防ぐ目的と一年以内に戦争を終わらそうという心積もりがあったそうです。
しかし想いばかりが先行してしまい結果が付いてきません。無情なことに戦火は日毎に増していきました。刻一刻と流れる時間の中でエストレア王国だけが終結を望み奮起しているわけですから、国外での戦争が絶えることはありません。
次第に自分たちだけが身を切っている状況に国民は不安や苛立ちを募らせていきます。内乱を危惧しながらも国王は頑として終結の意志を貫きました。
約束の一年が過ぎようという頃、国内の不満が色濃く膨れ上がっており、このままでは自国の存続が危ういとした国王は志半ばではあるものの戦争終結の断念を主張します。
ただし、その意志が号令となって国民へ伝わることはありませんでした。というのも、二つの大国がエストレア王国の意志に同調を示したからです。
エストレア王国が存在する
『戦争終結の願いに応じなかった国はどうなるのか』
とある国の上位文官が三国に問い掛けました。
『三国の最大戦力を持って一発の爆雷を投下する。我々が
今までの仲裁とは違い、滅亡を掲げた意思表明。世界三大強国の一つにも数えられるエストレア王国。
一発の爆雷とはエストレア王国の全軍総突撃。
これまでは東西南北に憂いを抱えた状態で侵攻していましたが、ラヴィシアとリョウゲンの二国がエストレア王国の守護を担うことで守りの戦力を考慮しない総攻撃を可能とします。もちろん二国への信頼が絶対条件にはなりますが、エストレア王国とラヴィシア共和国には長き年月に渡る交流を経ての絆がありましたから約束を違える憂いはありませんでした。
一夜にして数ヵ国が終結を誓います。二夜にして十数ヵ国が終結を誓います。三夜にしてバンフ帝国を除く全ての国が終結を誓いました。
最後まで重い腰を据えていたバンフ帝国でしたが、宣言された二月を迎えたところで終結を宣誓しました。
こうして迎えた全面終結。始まりはお父さんの一戦にして待ての一声でした。
どうして三国がぶつかり合う戦地へ出撃したのか、どうやって敗走させたのか、分からないことはたくさんありますが中でも一つ気になることがあります。
それはどんな21年間を歩んで来たのでしょうか、というものです。
私が21歳になるまであと6年。いったいどれほどの人生を歩めばそんな偉業を成し得ることができるのか、私の不出来な頭では想像すらも付きませんから。
私のことはともかくいつか聞いてみたいものです。
かくして、大嚴様となったお父さんは国王様から五つの褒賞を与えられました。
一つ目が金5万にも及ぶ"宝物"を数点戴いたみたいです。日本円にしてみれば250億円ほどでしょうか――……大金です。
二つ目が"東部領域"を丸ごと戴いたみたいです。総地面積1200万平方キロメートルに及ぶ広大な陸地と沿岸から150海里に相当する海と島々――……広大すぎて想像できませんね。
三つ目が"ビザンツ城"というお城を戴いたみたいです。東部の国境付近に存在するお城なのですが私は一度遠目に見たことがあるだけです。中にも入ってみたいのですが訪れる機会がありません。お兄ちゃんはお仕事のお手伝いの時に行ったことがあるのだとか――……ずるいです。私も入ってみたい。女の子はお城に憧れを抱くものなのです。
四つ目が国王様に次ぐ"国内権力"を戴いたみたいです。実際に国政を定める機会や国際交流の場に居合わせたことがないので戴いた権力をそのまま振るっているのかは分かりませんが、お父さんと話す人たちの態度から本当のことであると察することができました。名実ともにお父さんの子供になった事で私たちも少なからずの恩恵を得ちゃっています――……私たちは何もしていませんから少し心苦しいです。
あ、でもでも。権力の行使ならされていますね。
というのも、戴いた東部領域を管理しなければいけないのですがあまりの広大さ故、一人で全うするのは無理があります。そのため東部領域を四つの領土に区分して四人の領主を立てました。
お父さん麾下にあった千人隊の中で副隊長を努めていた五人――
リオルカ・ハスタには伯爵の位とハスタ領を。
ブランケット・リコンには男爵の位とリコン領を。
ウィンディ・マクラフェリには男爵の位とマクラフェリ領を。
アルバル・デンジャーには島主の位とデンジャー諸島を。
ハルトマン・カブリには副官の位とデイネスの名前を与えました。
お父さん自身、直属の兵士が数十万規模に増えていることから皆それぞれに立場が飛躍的に上昇したと言えます。なんでも領の管理を任せた四人には文句を言われたのだとかいないとか。
それもそのはずですよね。いきなり過ぎます。
しかし文句は言えても拒否権がありませんでしたから渋々ながらも引き受けざるを得なかった、というわけです。
与えられた御役目は大変なものですが東部領域の平穏を思えばこそお父さんの大抜擢は正しい判断だったのだと分かります。そこには期待に応えたいという意志があったのかもしれません。私ならきっとそう思って奮起するはず。
最後の褒賞――五つ目が"当千騎士団"という部隊名を戴いたみたいです。『其の騎士団は千人から始まった』という記念的な意味合いと『其の千人に討てぬ者無し』という意味があるのだとか。
大嚴であるお父さんですが、同時に騎士団長という肩書を授かったのです。お父さんが言うには一番嬉しかった褒賞みたい――……なんとなくですが気持ちが分かります。金銭を与えられたことによる自由度の広がり、領土とお城を与えられたことによる信頼の証、権力を与えられたことによる自己価値の上昇。そのどれにも負けない褒賞が名を与えられたことによる過去の保存というわけです。
実際に歴史の本にも当千騎士団の名前が乗っています。
当千騎士団という題名の本すら存在します。
世界に記憶された千人の存在は、長く、永く……、人々の記憶に残ることになったのです。
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