帰路にて2


 記憶を取り戻す。

 それは言うほどに容易いことではないーーというにも関わらず、ナノカの表情は希望に満ちていた。


 その訳は、「その為に私たちは魔道学校を受験したんだよ」ということらしい。

 およそ三年の時を過ごして、自然に記憶を取り戻すことができなかった今を思えば、魔法という力に頼るべきであると判断したようだ。

 そして、もう一つ「その為に精神機能学科に入れるように試験に臨んだの」、ということらしい。

 記憶という概念を司り、過去の経験の全てを保管する身体部位は一体どこであるのかナノカは考えた。

 十二歳から十五歳へと至るまでの三年間。

 それこそ、過去を生きた先人たちが残した記録を読み漁り、検討しながらに答えを探す。

 そして、それは脳であると、ナノカは結論付けた。


 脳機能に対して直接的な干渉を果たす魔法を専門にして取り扱うのが、他でもない精神機能学科。

 記憶を取り戻すためには、ここに入学する事が堅実であるーーそう判断して、未来を見据えた入念な準備の末、ナノカは目論見通り、精神機能学科への入学を果たしている。

 熾烈しれつ極まるハスファルク高等魔道学校入学への道筋を、整えただけに留まらず、トップの成績でその門を潜り抜けた。

 ナノカの持つ驚異的なまでの優秀性。


 一周回っても尚、優れた能力が秀でたままである。


 兎にも角にもーー

 自邸門前に馬車が停止すると思ったのだが、どうやら混み合っていたようで、俺たちは少し離れた場所から徒歩で帰路へと付いていた。

 その道中ーー。


「もしかして、具体的に記憶を取り戻す方法にも目処めどが立ってるのか?」


 ナノカは首を横に振った。


「ううん。それについては残念ながら分からないかな。お母さんに聞いたり、高位の魔法書を読んだりもしたんだけど、さっぱり見当たらなくて……」


 母ーーアネット・アクリスタは魔導官である。それも、上から数えて二つ目、エストレア王国内に一〇〇人いないとされている一等に次ぐ二等の位を有している高等魔導官。

 アネットが専門としている魔法種は主に生活系統であるものの、博学多才、さまざまな分野の魔法を熟知している。

 その二等魔導官であるアネットでも知らない魔法。

 なるほど。

 俺たちが進もうとしている道のりは順風満帆とは行かないらしい。


「まあ、何もかもが順調にいくわけもないか」


 呟いて、空を見上げる。


「雲でも掴める知識があれば、存外早くそこへ辿り着けそうなモノだけど……残念なことに、人間の手では雲を掴むことは出来ない……か」


 記憶の回復にはまだまだ時間が掛かりそうだ。


「それなら安心だね」


 言って、ナノカは一門の魔法陣を展開する。

 地面と平行向きに、手のひら数センチ上に展開された掛かり六節の六芒星術式。

 さすがは三級魔術士様。

 さらりと展開してのけた腕前を見るに、この程度の術式はお手のものって感じだな。


「ほら、こうして……魔法を使えば水も掴めるんだよ」


 ふわふわと浮かぶ球体の水塊を創造してナノカは言った。


「すげー……」


 水を浮かせているナノカに対して、俺はアホ面を浮かべている。

 上手いこと言ったな。

 って、誰がアホ面だ。

 心の中で一人虚しくボケてツッコむ俺を置き去りにして。


「だから大丈夫だよ。既存の魔法に無いのなら私が作ればいい」


 さらりと言ってのける。

 新たな魔法の発明がどれだけ難しいことであるのかについては考えるまでもなく分かる。

 それも記憶の回復という、既存の魔法には片鱗すら存在しない完全な新法となるのだ。

 至難という言葉でも表現しきれないほどに難易度の高い事へ挑戦しようとしている。


「だからまずは一級魔術士になる」


 と。

 ナノカはこれまたさらりと言ってのけた。


「一級魔術士にしか行使できない魔法になりそうなのか?」


「それはまだ分からないかな?」


「だとしたら、どうして一級に?」


「あれ? お兄ちゃんって魔法規定を知らないの?」


「……まったく知らない」


 呆れたように溜息を吐いて。


「呆れた」


 普通に言った。


「お兄ちゃん大好きっ子に呆れられても傷は付かないな」


 精神的ダメージの少なさを分からせるように俺は言って――チラッ。

 横目にナノカを見る。

 かぁ、と急湯魔法きゅうとうまほう顔負けの速度で顔の温度が上昇していくのを確認できた。


「お兄ちゃんのことなんか全然好きじゃないんだからね!」


 頬を真っ赤に染めてナノカは言ったけど、その言い方だと強がりにしか聞こえない。


「絶対好きじゃん」


「うるさいっ! そういうこと言うならもう知らないから!」


「どうするんだ?」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらに俺は問うた。


「無視する!」


「そっか。それは楽しみだな」


 下卑た笑みを崩さずに俺は告げて、口を固く閉ざしたナノカが、ぷいっ、とそっぽを向いたことを確認してから。歩く速度を緩めた。


 そっぽを向くナノカの視界に俺は居ない。

 顔を戻した時、横に俺が居なかったらどうなるのか、検証してみよう。


 俺が歩速を緩めた事で次第にナノカとの距離が開いていく。

 ナノカは速度を落としていないから距離が生まれるのにそう時間はかからない。

 凡そ、一〇秒。

 一〇メートル程離れたところで、前方を歩くナノカが顔をキョロキョロと動かした。

 どうやら、俺が隣にいない事に気付いたらしい。

 しかしその顔の振り方に違和感がある。

 普通、右へ左へ首を降ると思うんだけど、"縦に"首を振っている。

 上を向いたり、下を向いたり。

 無論、俺を探しているのだろうけれど……、そんなところに俺は居ないよ……?


 そして振り向いて、

「もうっ!」

 と。

 頬を膨らませてナノカは言った。


 まったく、可愛いやつめ。


「無視をするんじゃなかったのか?」


 下卑た笑みを再び披露した。


「怒った! 無視を超えて、怒ったからね!?」


「アー、ソレハコワイナー」


「もうお兄ちゃんなんて嫌い!」


「俺は好きだけどな」


 家族だから当然のことを言った。

 何を勘違いしたのか知らんが、ナノカは急湯魔法顔負けの……というか、本当に一瞬にして、顔を赤らめた。

 かぁ、を超えて――ぽふんっ、と。爆発したみたいに。


「こんな道端でやめてよ」


 焦りの感情を表に出して、顔を振って辺りを見回すナノカさん。

 道端じゃなければ大丈夫なのかどうかはともかくーー一応、勘違いは正しておこう。

 あたふたとするナノカを落ち着けるようにして口を開く。


「兄妹だからな、当然のことを言ったまでだ」


 まさしく、きょとん、って感じだな。

 

「あ、そういうこと」


 理解して、顔から熱が引いていくのが分かる。

 赤くなったり白くなったりで面白い。


「だとしても、やめてよね。勘違いされたら大変でしょ?」


「別に? 俺は気にならない」


 再三に渡り、顔を赤くした。

 あたふたの次はソワソワとしている。


「それってどういう意味?」


「ほら、俺たちが兄妹だって事は皆んな知ってるし」


 目前に迫る自邸を顎で示して、俺は言った。

 なんだかんだとありながら、帰宅間近である。故に、会話を聞かれたところでそれは近隣住民。

 デイネスやアネットの立場上、俺たちとも非常に親交が深いからな。

 聞かれたところで、「仲がいいのねぇ」程度だろう。

 勘違いなんか起こり得るはずもない。


「……そ、そうだよね。勘違いはされないか」


 もうちょっと揶揄からかってやろう。


「ナノカは勘違いされたいのか?」


 顔に魔法陣でも貼り付けてるのかってくらいに色が変わるな。


「……そんなわけないでしょ」


「そっか、それは残念」


「もうっ。意地悪しないで」


 さすがにやり過ぎた感があるが、ナノカの反応が愉快だから仕方ないだろう。

 しかし、嫌われてしまっては本末転倒と言える。

 ちょうど、家に着いた事だし。

 ここらが潮時かな。


「悪かった。もう二度としないとは約束できないけど、気を付けるよ」


「約束してよ……」


「底意地の良い真面目なお兄ちゃんがお好みなら約束するけど……どうする?」


「んー……んー……」


 そう唸りながらに小首を傾げて、ナノカは言うーー。


「時々だからね?」




 ーー自邸の門を潜ってすぐ、"それ"は目に入る。


 裏庭に居るはずの"アクリス"と"アクア"、二頭の馬が玄関前の中庭に居た。


「あれ? アクちゃんたちだ」


 ナノカにしてみればどちらの通称もアクちゃんとなってしまうから少しだけ厄介ではあるだが、デイネスが専有して騎乗するのが牝馬ひんば、アクリスであり、俺が専有して騎乗するのが牡馬おうま、アクアである。


 後ろ足の間を見て性別の判別が可能ではあるのだけれど、立て髪の長さでも簡単に判別ができる。

 足掛けまで立て髪が伸びているのがアクリス。短いのがアクアだ。

 まあ、そうじゃなくても自分たちが飼育する馬だからな、どこを見ても判別が付くんだけどーー。


「おう、帰ったな。帰宅したばかりで悪いんだが、トーヤ。着替えてついて来てくれ」


 玄関先でデイネスが出迎えてくれたわけだけども、気になるのはその言葉と格好だ。


 比較ひかく中重ちゅうじゅう軽装備けいそうび

 凡そ七キログラムの重さを有する鋼形鎧ハガネガタヨロイに身を包んでいる。


 着替えてついて来い、か。

 考えられる可能性としては二つある。


「訓練か?」


「いや、テリブルの商業山道にトロールが出たらしい」


 トロール。

 正式名称をエストロールダグマという。

 動物界。

 脊索せきさく動物門。

 脊椎せきつい動物亜門。

 哺乳網。

 食肉目。

 クマ科。

 ダグマ亜科。

 トロールダグマ属に分類される大型肉食獣。

 世界中に分布するトロールダグマだが、地域によって特性が少しずつ異なっている。

 それら特性で区別するためにエストレア王国に生息するトロールダグマの事をエストロールダグマと呼ぶ。

 他国に出現したトロールダグマの報告を一々してくるはずもないからな。エストロールダグマで間違いないだろう。


 ギルドの提唱する分類上では猛獣群ビーストにランク付けされている指定危険生物でもある。

 好戦的な性格で、食性は動物食の強い雑食。クマ科に分類される中でもダグマ亜科に該当する種は特に肉食傾向が強い。

 成体の平均体長は三〇〇センチメートル弱、平均体重は四〇〇キログラムにも及ぶ大型生物であり、鋭い爪と牙はもちろんのこと、最大の特徴としては腕の長さが挙げられる。

 片腕の長さが全身の七〇パーセントに相当し、両腕を開いた際の横幅は体高を凌駕する。


 ともかく、訓練かと問いかけた俺の予想は的中せず。

 デイネスの言葉から察するに、危険指定生物の討伐について来いというわけだ。

 だから、アクアも家前に控えていた。


「……トロールか。そいつの危険度は?」


「まだ情報が曖昧でな、そこまでは分からない」


 けれど、せいぜい5程度だろうーーと、デイネスは付け足した。


 危険度5、か。


 成人する男女を基準として設定される動植物の危険度は全部で12段階。

 1を最低として12に近付くほど危険度が高くなる。

 これはギルドが制定するランクシステムであり、素手の成人男女の危険度は2と設定されている。

 そして、今回の標的であるエストロールダグマは基本的に危険度4と設定されている。が、しかし状況や個体によっては危険度には差が生じる。

 情報不足により正確さには欠けるから、デイネス個人の推測にはなるけれど、精々5程度。


「その程度のビーストに……俺はともかく、アンタが出向く必要があるのか?」


 高々5程度の危険生物を討伐するために、王都にいる人間が郊外の森へと出向く必要があるのか。

 俺自身は単独で危険度5の生物を討伐したことが無いという事実を、一旦棚上げにして問いかけた。


「まあ、その辺のことは行きながらに話してやるから、とにかく着替えて来い」


「拒否権は?」


「あるぞ? 行きたくないか?」


「……いや、行くよ」


 よし、と満足気に頷いてから。


「真剣は俺のを使え。装備は軽装、胴板どうばん背板はいばんだけ着物の中に仕込めば十分だ」


「アンタの真剣ってことは、ホーリードットか?」


「いや、じゃあ今回予想される戦闘には向かない。お前のスタイルを考慮すると……テスカトラムスかバリュカチュアルだな。好きな方を持って来い」


「胴板と背板ははがねがいいか?」


「そうだなぁ……この前チェインメイルをやったろ? アレの肩当てを外して着物の中に着込めばいい」


「了解。すぐに準備してくる」


 言って、自室に戻る。

 特に、思うことはない。いつの間にか学校で溜め込んだ疲労感も消え失せている。


 トロールの討伐自体は初めてだけど、初見というわけでもない。

 それでも、危険な事には変わりない。

 だけどデイネスと一緒に行く分には緊張の必要もないだろう。


 ベッドの上にカバンを投げ捨てて制服を脱ぐ。

 チェインメイルーー鎖帷子。

 この前もらったやつは、鋼糸を五本束ねたワイヤーをかなりきめ細かく編み込んだ細孔さいこう鎖帷子くさりかたびらと呼ばれるもの。

 近くから見る分には穴を確認できるが、遠目で見ればただの服だ。

 強い衝撃の中でも刺突に対する防御性能は見込まれないが、斬撃に対しては相当な防御性能を発揮する。


 エストロールダグマは長い腕を鞭のようにしならせて鋭い爪で切り裂く攻撃を主とするからな、チェインメイルの選択は納得がいく。


 しかし、軽装でいいという点が釈然としない。

 腕を回した打撃攻撃や、強烈な突進、噛みつきのような刺突に備えるためには全身を防護するフルプレートメイルみたいな重装備の方がいい気がする。

 まあ、それら重装備は一つとして持ってないからデイネスの提案を拒否したところで、俺に対策はできないんだけど……。


 考えは一旦置いて、チェインメイルの上からシクラスを羽織り、自室を後にする。


 次は武器だ。


 邸宅武器庫の中には剣はもちろんのこと、弓、槍、矛、鎌、斧や盾、様々な手持ち装備が存在している。

 テスカトラムスかバリュカチュアルって言ってたよな。

 どちらも全長一〇〇センチメートル程の両刃型りょうばがたバスタードソードをモデルとしている。

 主に、片手で扱う武器ではあるけれど剣柄は両手用に作られている両用剣だ。

 二本の剣の違いと言えば、剣背けんぱいの太さ。

 突きの性能を上昇させた細身、剣背一〇センチに満たないテスカトラムスに対して、重さによる断裂性能を上昇させた太身、剣背一五センチほどのバリュカチュアル。


 どうしよう。

 二本とも持って行こうか。

 そうなるとアクアに負担をかけ過ぎるか?

 一本一〇キログラムほどあるしーー。


 試しに、テスカトラムスを持って振るってみる。


 軽いな。

 それに、柄部分に変形が見られない。

 長く使われれば使われるほど、柄は手の形に合わせて変形していく。いわゆる癖付くってやつだ。

 どちらかと言えば、癖付いていない剣の方が振り易いと言える。それが自分の癖なら話は別だけどーー。


 次に、バリュカチュアルを手に取る。


 振る前から重さが分かる。テスカトラムスが軽かっただけに、際立つな。


 しかし、重く太いということは何も悪いことばかりではない。

 振り上げる力さえあれば、降ろすだけ。重力に従って勝手に勢い付いてくれる重剣は振り切る力を必要としない。

 片手で振れないというほど重くもないし、こっちにするか。

 剣背の厚みは、そのまま防御性能にも繋がることだしーー。


 こちらも一度、振るってみる。


 ぶれるな。

 剣脊けんせきが中心を通っていないのか比重に寄りを感じる。今は左寄り、裏返せば右寄り。

 振る際の向きが限定されてきた証拠か。

 それと、柄部分にも握り癖が付いている。

 重い武器を扱うということは、すなわち握る力も強くなる。これはデイネスの癖が付いてしまっているのかな。


 ーーよし。

 テスカトラムスにしよう。

 実際に使ってみるまでは分からないけれど、やはり人の手癖が付いていない武器が最良だと思う。

 俺のスタイルは片手がベースだし、選択理由の一つとして軽さが重要と言える。


 鞘に納めて、腰に括り付ける。

 強く柄を握りしめて、軽く下に押し込める。

 簡単に腰から外れてしまっては大変だから、その確認だ。

 固く装着できていることを確認して、腰を捻りながら一度引き抜く。

 悪くはない。けれど、剣身が長いからか僅かに詰まりを感じる。

 背負った方がいいのかな?


「腰に帯剣した方がいい」


 腰から外して剣を背負おうとした時、声が掛かった。

 武器選びに時間を使い過ぎた。

 恐らくは待ち切れなくなって様子を見に来たのだろう。


「悪い、すぐに行く」


 腰に括り付け直して、武器庫を後にする。


「それで、どうして腰の方がいいんだ?」


「腰に帯剣する場合、腰を捻りながら逆腕で引き抜くわけだが……」


 言いながらに、デイネスは自身の腰に括り付けられた剣を引き抜いて見せた。


「ふむ。それで?」


「この場合、顔の位置は動かず、目線も維持できる」


 ほう。なるほど。


「対して、背中に背負うとどうなるか分かるか?」


「腰を前屈みに沈める事になるな」


「そう。そうして前屈みに沈めると首を持ち上げて前を見つめていようが、視点は下がる。さらに、剣の長さによっては肩を前後に動かす事になり、顔の位置すら固定する事が難しくなる」


「視線を切る事は、己の身を切ることに繋がる。ってやつだな」


「ふっ。そういうことだ」


 ーーさて、と。

 邸宅前、準備を整えた俺たちは、二頭の馬ーーアクリスとアクアに騎乗した。

 後は、出陣するのみ。


 目的地はテリブル山岳地帯の麓、樹海の中を走っている商業山道。

 標的は猛獣エストロールダグマ。


「二人とも、気を付けていってらっしゃい。ちゃんと帰ってくること」


 見送りの言葉をアネットから貰う。

 俺たちは言葉を返さず、強く頷いてみせた。


 そして、手綱を引く。


 アクアが静かに前進を始めたところへ。

「お兄ちゃん」

 と。

 ナノカの声に背中を叩かれた。

 何が言いたいかは分かる。

 俺が死ねば、ナノカは一人だ。

 アネットやデイネスが居たとしても、血縁は途絶え、孤独の身となる。

 俺がこの世から消えて失くなることが不安で、独りこの世に残されることが心配なんだ。

 目覚めてから何度も聞いた声。

 いつ聞いても身が引き締まる。

 だからこそ、心配は無用であることを伝えなければならない。

 それが兄としての責務だ。


「ナノカ」


 振り向いて、俺は口角を上げる。

 にやりと、冗談でも仄めかすかのように。


「今日の晩飯は肉以外で頼むな?」


 いつもの調子で、俺は言う。

 心配する事は何一つないという意思と、晩飯までには戻るという約束ーーその二つを分からせるために。


 きっと、ナノカならば、正しく受け取ってくれる。

 

「うん。たくさん作って待ってるね」


 ほら。

 笑った。

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