初授業2
さて、と。ローレン先生は杖で床を小突く。
「魔素の集約をしてみせなさい。しかしながら、今この場において制御量を測る手段がないからの……、皆には可視化反応を引き起こすまで集約してもらおう」
魔素の
魔素とは基本的には無色透明、無味無臭の単一の元素からなる純物質である。
しかし、水素や酸素といった元素とは区別された特殊元素であり、他元素とは隔絶した特有の性質を持つ。
とにかく、無色透明だった魔素が肉眼で見えるようになることを可視化反応と呼ぶわけか。
全員が揃って、魔素を集める。
教室内の魔素を独占しないように少量の魔素を手のひらの上に集約させる感覚だ。
ぽわっ、と。
手のひらの上に青白い光が灯る。
それは等しく全員の手のひらの上に現れた。
「ふむ。問題はなさそうじゃな」
最低でも九級魔術士資格を所得できているのに、これができないという者は居ないだろう。
もし仮に魔素の集約ができない者が居たとしたらーーなんてことは、必要のない仮定か。
魔素の集約は、九級魔術士資格を所得する際に必須の技術であり、ハスファルク高等魔道学校に入学する際にもまた必須の技術なのだから。
そうだなぁ。
それでも、無理矢理に仮定するとしたらーーできない者が居たとしたら今この場には居ないのだ、と言ったところか。
うん。やはり、必要なかったな。
「いま、皆の目の前で光を帯びている魔素は、青白いものである。これは魔素以外にも様々な気体や塵と言った不純物を
窒素や酸素が主ではあるが、埃や砂塵なんかも空気中には舞っているからな。それも致し方ないこと。
「可視化反応を起こし、
そうだったのか、というのが率直な気持ち。どこからどこまでを魔力と呼ぶのかが不明であったが、どこから、という部分はたった今判明した。
視認できたら魔力。
「入学試験の時に魔素塊の出力距離測定を済ませたと思うが、それが今、皆が集約してくれた魔力というわけじゃな」
言われて、魔力を見る。
ああ。そういう……。
理屈を知ってから作る魔素塊だったからか全くの別物に見えていた。
しかしなるほど。確かに同じ物で間違いないか。
「さらにそこへ、向きと速さの意思を反映させた物が魔力弾。静止と硬さの意思を反映させた物が魔力壁となる」
試験時のあれらも、俺たちの意識を汲み取って魔素自体が性質を変えてくれた、ということ。
「では続けて、
縮色反応なるもの、は分からないけれど、とにかく……、今集約させた魔力を小さくなるように全体を圧縮すればいいのかな?
それとも平たく圧縮するのか。どっちだろう。
そう考えていると、前の席。
階段教室の一段目、中央席に座るクラスメイトが
「キミは、テア君だったかな?」
「はい、テア・フィルティと申します」
テア・フィルティ。
入学式の日、最後に来てしまったが故に、最前列の中央席しか空いておらず、押し付けられるようにして着席した後、今日も当然のようにその席へ座ることとなった不憫な子。
三一人中、三十番目に入室した俺はというとテアの一つ後ろの段。
二段目中央席である。
今日は早めに教室へ着いたのだけれど、何故か吸い込まれるようにしてこの席へと収まってしまったのだ。
まあ、別にどこでもいいんだけどさ、自由席なだけに、なんか癪だよなぁ。
「ーーそれで、どうかしましたか?」
テアは席を立って、発言する。
座った状態で、姿勢はそのままに先生と話していた俺と比べると、育ちの良さが伺えるな。
「魔力の圧縮による縮色反応を起こすということは魔力核を作る、ということですよね?」
「その通りです」
「恥ずかしながら私は、九級資格しか保持していません。魔力核の刻印には八級魔術士以上の資格が必要とされているはずです」
それは魔法陣の基盤となる魔法円という術式を構築する際に必要となる第二工程。
魔法円を構成する要素は全部で四つ。
一つ、魔素の集約。
周辺魔素を確保し、可視化反応(無色透明な魔素が白色を主とした光を帯びる)を起こすまでに集約する。この状態となったものを学術的には同化状態の魔素、一般的には魔素塊、魔力と呼ぶ。
二つ、魔力核の刻印。
魔力を高密度に圧縮すると縮色反応(集約段階では同化状態であった魔素から不純物が取り除かれて純白色となる)を示す。その状態を魔力核と呼び、その状態へと操作することを魔力核の刻印と呼ぶ。
三つ、
魔力核は刻印が済んですぐに
四つ、
最後に、軌道旋回軸の外側へ逃げるようにして波紋拡散反応を続ける魔素に対して、魔力の打ち止めを行い封緘円を成形する。
要して、『魔素の集約』、『魔力核の刻印』、『軌道旋回軸の調整』、『封緘円の形成』の四段階。
これら四工程を総じて
そして、テアの言葉通り、二段階目である魔力核の刻印以降の行程は八級魔術士資格試験に合格して、初めて行使可能となるのだ。
テアと違って恥ずかしくはないけれども、俺も九級魔術士だからな。魔力核の刻印は禁止事項となるわけだ。
「確かに、魔法規定では九級魔術士では魔力核の刻印は許可されていない。けれど、規定事項にこうもある。『四等魔導官以上の資格保有者が管理責任者となる状況下において、魔術士は制限を解除し、魔法行使における資格基準の一部を不問とする』、とな」
「なるほど。つまり、ローレン先生が教鞭をとってくれている間、私たちは資格制限外の魔法を行使しても問題がないということですね」
「その通りじゃよ。と、言いたい所なんじゃが……、不問とされるのは、あくまでも一部であるということを認識しなければならない。授業中に許容されるのは、個人が保有する資格の二階級制限解除じゃ。もちろん、授業が終わった後は上級魔法は使用禁止となるから、注意するように」
「二階級……、私の場合は七級魔術士に許される範囲の魔法が使用可能になるということですか?」
「うむ。その通りじゃよ」
「分かりました。ありがとうございます」
テアは言って、着席する。
立って、話して、座っただけなのにえらく目を惹きつけるな。一つ一つの所作が整然としていて美しい。良い所のお嬢さんなのだろうか。
良い所の出であるはずの俺がお野菜の域を出られないでいるのに対して、テアは余す所なく家柄の良さを引き出せている。
これはあれか? 俺のせいなのか?
よし。次に発言する機会があれば、とりあえず立って話そうーー心に決めて、ローレン先生の話に耳を傾けた。
「それでは……、他に質問のある者がいなければ魔力核の刻印を始めようかね」
魔力核の刻印ーーそれは魔法陣を展開する際に基盤となる魔法円の核を成す。
魔法陣の展開における核でもあり、超重要事項だ。
魔法円が作れなければ、魔法陣の勉強すら意味がないのだから最初の授業がコレになるのも必然。
何をおいても先に習得すべき技術である。
「集約した魔力の圧縮。君らの手元には十センチほどの魔力が存在しておるが……、そうさのぉ。一センチ。小石ほどの大きさにまで圧縮すれば十分かな」
ローレン先生指導のもと、全員が魔力核の刻印に挑む。
一見、特に苦戦している生徒は居ない。
どうやら九級魔術士は俺とテアの二人のみらしい。見たところの個人的な憶測だから正確性には欠けるけれど、クラスメイトたちの手際の良さを確認するに、大半が八級魔術士であり、七級魔術士である者もチラホラいるように思える。もしかするとそれ以上の可能性もあるけれど。
等級だけで言えば、俺とテア以外の二九人はすでに先生が居なくとも、魔法円を構築できるわけだ。
さて、いつまでも周りに気を取られていてはいけないか。
魔力の圧縮。直径一〇センチほどの球体。それを全体から等しく押していく。
とは言え、直接手で触れて押したりはしない。意識的にかき集めた魔素だからな、意識して、己の意識のみで圧縮する。
ふんぬっ。といった感じ。口には出さないけれど、俺の頭の中を駆け巡る言葉としてはふんぬっで間違いない。
特別、硬くもない。むしろ、柔らかいか。
青白い魔素から青みが抜けていく様はとても美しい。
ふむ、これで一センチくらいかな?
不意にーー押し縮められて純白となった魔力が、拡散を始める。
ドクン、ドクン、と脈打つようにして、圧縮した魔素が手元から離れていく。
それはまるで、心臓の鼓動のよう。
このまま放置すれば全てが魔素へと気化してしまうのだろうーー分かっているけれど、止める術も知らないし。その不思議で、美しい現象に見惚れてしまう。
魔力の波動を受けて、手のひらがほんのり温かい。
おっと。
魔力核の鼓動が弱まってきた。魔素が尽きかけている証拠だ。
「ーー魔力核の刻印に苦を感じる者はいるかな?」
ローレン先生の問いかけには誰一人として手を挙げなかった。
「それでは、魔力核を再度刻印し、軌道旋回軸の調整、封緘円の成形へと進み魔法円を一門、展開してみせなさい」
指示通り、魔力核を作り直して波紋拡散反応が起こる。
この、周期的に波紋を広げながら拡散していく魔力を一部停止させて魔力核を中心とした円陣を維持した物が軌道旋回軸となるわけか。
ちょっとやってみるーー試しに、といった具合だ。
「ふむ、そのまま封緘円の成形に移りなさい」
頭越しにローレン先生の声が掛かかった。
「軌道旋回軸はコレで大丈夫ですか?」
「うむ。見る限り、全く問題が見当たらぬな。魔力波紋が見事な円を成しておる。どうやら、魔力核の刻印が済んた時点で
そう言われて、周りに視線を飛ばす。
隣に座るアランが刻印した魔力核から広がる波紋は確かに、不安定に波打つような円である。
「トーヤはすごいな……、俺はこの間八級資格を所得したばかりだから慣れてないんだ……」
アランは言った。
何か、勘違いをされていそうである。
「良かったらコツを教えてくれないか?」
と、アランが続けた事でそれは確信へと変わるーー間違いなく勘違いされてるな。
「……こ、コツか」
今日初めて作りましたって正直に言うべきかな。さっきのと合わせて二回目です、って。
でも、嫌味になってしまいそうだ。言うにしても言葉には気を配らねばーー。
「ん? トーヤ君は魔力核の刻印は初めてではないのかな?」
ローレン先生が言った。
「は、初めてです」
ふぉふぉ、と。
ローレンの微笑をかき消す様にアランが声を上げる。
「初めて!? トーヤは魔術士じゃあないのか?」
「……アラン、魔術士じゃないと学校には入れないぞ」
「え、ああ、確かにそうだった。だったら等級はいくつなんだ?」
「きゅ、九級……」
俺は飛んでくるであろう音に対して身を備える。主に耳を備えた。
「九級!?」
やっぱりか。
備えておいて正解だったな。テアも九級だったんだからそんなに驚く必要もないだろう。
「ふぉふぉ。四段操作は完璧なようじゃな」
話ながらに封緘円の成形を終えた。
魔法円の完成。
効果は、『魔力が巡る』というだけである。利点は、『魔素が逃げない』それだけだ。
「ちっ、トーヤは天才だったのか」
「おい、あからさまに舌打ちをするな。傷付くぞ」
「ははっ、悪い悪い」
爽やかに言い退けやがるから憎めないな。
「……まあ、コツと呼べるかは分からないけど、俺のやり方なら教えられるぞ?」
「ぜひ、教えてくれ」
「多分だけどアランはさ、魔力核を作る際に、集約した魔素を一握りで押しつぶす感覚で圧縮したんじゃないか? 片方の手のひらで、こう、ぎゅっと握るみたいに」
「え、あぁ。確かにそんなイメージだったと思う」
「俺の場合は、一段階目、魔素を集約する時から意識的に球体にしようとして集めたんだよ、全体から均等になるように。両方の手のひらを使って転がす感じだ。こう、団子でも拵えるつもりでな」
コネコネと、言葉通り団子を捏ねるようにして両手を動かしながら俺は言った。
「一段階目から、か。なるほどな」
「四段操作と一括りにされているくらいだからな。全ての操作に意味があるはずだ。魔素を集約する過程に大した意味がないのだとしたら、その後の三過程で一括りにしたっていいと思うんだ……でも、そうはなっていない。ということは、一段階目の操作から……というよりも、一段階目の操作にこそ、重きを置いて取り組むべきだーー」
「確かに、トーヤの言う通りだよ……って。どうした?」
「いや……」
アランから視線を切って、机へと移す。
俺たちの席は教室中央、下から二段目である。
その俺たちの教科書が開かれている机の下からひょこりと顔を覗かせているニ人の女子生徒。
モネ・リリア・ハスキー。
テア・フィルティの二人。
えへへー、と。
モネ・リリア・ハスキーこと、自称モネリアちゃんは笑って、
「気にしないで、続けて続けて」
と。
「いや。気になるから……」
「目を閉じてみたらどうかな?」
「俺が目を閉じる代わりに、二人は耳を閉じてくれ」
「耳を閉じる!? それはちょっと……どころか、かなりの勇気を必要とするよ?」
「手で押さえるだけで事足りるだろ?」
「ああ! そういうことか、トーヤ君の事だから、耳を削ぎ落とせって言ってるのかと思ったよ」
「極悪非道か! 俺のイメージ悪すぎるでしょう」
「昨日、教室に入ってきた時にこのクラスを支配する、みたいなこと宣言してたよね?」
「傍若無人か! そんな事は一言も言ってねえよ!」
「ありゃ? そうだっけ?」
くすり、と。テアが笑う。
「トーヤ君笑われてるよ」
モネリアが言った。
笑われてたとしても、それは俺じゃねえよ、が素直な気持ちである。
「違います!」
慌てた様子でテアは首を振る。
「分かってるから、訂正しなくてもいいよ。それに、別に気にならないからな、大いに笑ってくれたらいいさ」
「ひゅー、カッコいいねー」
「口を削ぎ落とすぞ」
「やっぱり極悪非道だった!?」
くすり、と。再度テアが笑う。
普段からナノカとこうして言葉を交わすけれど、周りには誰もいないことの方が多い。第三者に聞かれることに慣れていないからか、少し恥ずかしい。
「それで? 二人は魔力核も作らずにどうしたんだよ」
「あ、そうでした。後ろでとても有意義な講習会が開かれていたものですから、つい聞き入ってしまいした」
テアは言う。
まあ、大方そんなところだろうとは思っていたけれど、それよりも敬語なのが嫌に気になるな。
「テアちゃんテアちゃん。私たちは同級生なんだから、そんなに畏まって話す必要はないよ?」
お、モネリアのくせにいいことを言う。
「えーっと。確かに同級生ではありますけれど……私には少々ハードルが高いと申しますか、なんと言うか」
「えー、なんか寂しいなぁ」
「別に無理して話す必要はないだろ?」
「確かにそうだけどさぁ、アラン君はどう思う?」
「え、俺?」
聞き役に徹していたアランが慌てる。
モネリア、油断ならんな。気を遣ってのことなのだろうか? それにしたって唐突なんだよな。こうも急に話を振られたら俺でもビビるーーというか、俺だったら固まって動けない気がする。
それでも流石はアランと言うべきか、
「そうだなぁ。俺もトーヤと同じかな。好きに話すのが一番だと思う。敬語だから友達にはなれないってわけでもないだろうし……」
実に適切な回答だ。その証拠に、
「はい! 私もそう思います!」
テアは顔を明るめて賛同を示した。
三対一でモネリアの負けとなってしまった。「むぅ」、と不貞腐れた子供みたいに口を尖らせている。
見ていられないな。
「……まあ、敬語だと壁を感じるって意見には俺も同意だ。だから、いつか気軽に話してくれたら、それでいい」
「壁を感じるとは言ってないよ?」
コイツっ。
「お前なぁ。せっかく人が気を遣ってやったってのに……」
「ありゃ? そうだったんだ、ごめんね?」
「気持ちが籠もってねえな、やり直せ」
「申し訳ありませんでした、トーヤ様」
「許す」
「ありがたやぁ」
トンッ、と。
一つ机を叩いて。
「それじゃ、俺の方法で良ければ魔法円の展開を享受しよう」
三人とも忘れているようだが、今は授業中だ。他のクラスメイト達は必死に魔法円の展開に取り組んでいる。
三人が頷いたことを確認して、
「まずは魔法円を展開して見せてくれ」
そう言った。
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