朝を迎えて4



 軍事魔法学部、守性しゅせい防御学科。

 それは、エストレア王国の自衛力を強化するために修める軍事魔法の中でもとりわけ強固な守りを実現するための魔法分野を扱う学科であり、俺こと、トーヤ・アクリスタの振り分けられた学科である。


 まず思ったことが、「分からない」だった。


 守性防御学科に配属されたからには、自分に守りの適性があると判断された、ということなのだろうけれど、どこを評価されてこの結果なのか……、別に不満があるということではない。不満があるわけではないが、評価基準が気になった、という、それだけだ。


 守性防御学科への配属に対して、疑問を抱いた理由から、一番分かりやすいものを例に挙げてみると、魔力測定の結果、の一点に尽きる。

 魔力弾の威力は9.5点。

 魔力壁の強度は7.5点。

 単純に魔力壁よりも魔力弾の威力のが得点が高いのだ。というにも関わらず、守性防御学科。

 うん、分からんーーというか、そもそも。


攻性こうせい防御学科、守性防御学科共に"防御"と付いているのが、分からないんだよなぁ」


 その呟きには、デイネスが答えてくれる。


「エストレア王国が掲げる魔法理念の一つ、自衛目的以外による魔法での殺生があってはならない」


 あくまでも防御防衛目的で軍事魔法を修めろ、ということか。

 つまり、『攻撃的な性質を持つ防御魔法』と、『守備的な性質の強い防御魔法』ということ。


「だから、そういう意味で言えば、攻性防御学科とか守性防御学科とかで自分を括る必要はないよ。実際、その二つの学科で修める魔法には大差がないわけだしな。自分を括るとしたら、総合魔法学部ではなくて、軍事魔法学部に振り分けられたという事にこそ重きを置くべきだ」


「つまり?」


「国防を担う存在になれって事だよ」


 軍事魔法とは、国の防衛力の強化を目的として生み出された技術。それを高水準で学べるのがハスファルク高等魔道学校、軍事魔法学部という場所なのだ。


 国の防衛。


 実際にそれを担っている人間に言われると重みが違う。それが無くても、およそ18000人の不合格者の上に立っているのだから、気楽に通っていい学校じゃない、か。


「重たいな」


「辞めたくなったか?」


「いや……、元よりそのつもりだったしな。気が引き締まったよ」


「ふっ。まあ、お前なら大丈夫だよ」


 信頼されているようで何より。それに応えるためにも頑張るだけだ……、勉強は苦手だけど。


「怠けた事を言いやがったら俺が叩き直してやるしな」


 怖い事を付け足した。

 これで後がなくなった。死に物狂いになって精進するしか道は残されていないわけか。


 しかし、だ。


「エストレア王国の防衛を担う、ということなら"防御"学科ではなくて、"防衛"学科、という方が適切な気がする」


「気になるか?」


「まあ、それなりには」


「そうだなぁ。魔術士は魔術という力が持つ危険性を考慮しなければならない、という基本理念があってだな」


「魔法理念ではなくて、基本理念?」


「ああ。これは何も人間に限った話ではないし、魔術に限った話でもないからな…………」


 そこまで言って、デイネスは口をつぐむ。何やら黙考しているみたいだ。

 俺は特に声をかけることはせず、ただ、続く言葉を待った。


 しばらくして、

「やっぱり、これは自分で考えな」

 とだけ。


 少しだけ、胸中にモヤモヤとした霧が残るけれど、デイネスがそう言うのなら考える過程にも意味があるはずだ。

 防衛ではなくて、防御とする理由、か。


「今すぐに答えを出す必要もない。トーヤ。お前にならいずれ、分かるさ」


「……そういうことなら気長に考えさせてもらうとするよーー」



 穏やかな朝の時間。それは、突如として崩れ去るーー。



 バタンっ、若しくは、ドガンっ、と。

 力加減を極端に間違えて、盛大にダイニングの扉が開け放たれた。


 それは、扉を破壊する一歩手前の威力だったろう。


 開き戸という物は、っ手の回転にこそ力を必要とするものである。把っ手を回し、ラッチボルトがストッパーから外れさえすれば、後は軽く押し引きするだけで簡単に開く仕組みだ。

 にも関わらず、蹴り開けたのかと錯覚するほどの騒音をダイニングに響かせ、蝶番ちょうつがいの可動域ギリギリ。壁と接触を果たすまでに開かれた扉は、把っ手が僅かに壁へと減り込んでいることを鑑みるに100パーセントを超えて開いているという状態。


 そこから飛び込むようにして入室を果たす美少女が一人。馬鹿という言葉とともに"絶世の"、という言葉も付け足しておこう。


「どう! お兄ちゃん、お父さん! 似合う?」


 妹だった。

 絶世の、馬鹿な妹だった。妹は元より絶世なのだけれど、今は馬鹿という言葉側の絶世ぶりに注目していただきたい。


 壁に減り込む威力で扉を開け放つ馬鹿は、そうそう居たものではないだろう。

 だからこそーー何より先に、扉や壁を労るようにと、注意の一つでもするのが兄というものであるーーそう意気込んで、かつを飛ばそうとしたその時、"それ"は目に入る。


 学校指定の制服に身を包み、似合うかどうかを問いかけた、絶世の馬鹿な妹ことナノカは、全身を見せつけるようにしてくるりと回る。


 全身の確認には一回転で事足りるはずなのに、何故か三回転。


 遠心力を受けて、フワリと浮きあがるスカートの裾。黒色を基調とした制服とは別に、浮き上がったスカートの下部から白色の"ショーツ"が顔を覗かせた。


『こんにちは』ーーと。

 ショーツは喋ったりしないのだが、そんな言葉が聞こえた気がする。


 白と黒のコントラスト。その対局とも言える配色のおかげか、ナノカが着用するショーツは、やたらと俺の視線を惹きつけた。

 無論、妹のショーツを見たからと言ってどうという事はない。

 むしろ、汚いものを見せるな、とでも言って、ナノカの警戒心と性的守備力を強めてあげるのが兄としての責務である。


 ふむ、しかし、こうして見るに、別に汚い感じではない。


 几帳面であり家庭的な性格であるナノカは清潔感の維持に固執する一面もあわせ持つ。下着は下洗いをしたのちにしばらくの浸け置き。それから本洗いに入るという徹底ぶりだ。俺たちの下着にはそこまでの洗濯を望んではいないのだが、ついでだからと全員分やってくれている。


 そんな子に、だよ。汚ないなんて言葉はとてもじゃないが言えないだろう。


 今さっき顔を覗かせたショーツにしてみても、白を通り越して純白と呼んで差し支えないほどの見た目を維持している。


 澄み切った白で、汚れのない白で、輝くような白色だ。


 ナノカにはいつも世話になっているし、ここは一つ、兄として、という身分は一旦忘れて、男として、答えてあげるのが優しさってものではないだろうか。


 さて、と。

 そこまで思考をして、考えをまとめる。後は、素直な感情を口に出すだけだーーそう、再度意気込んで、息を吸った。


「ーーねえ、お兄ちゃん聞いてる?」


 突然声をかけられて、俺は気が動転してしまったらしい。


「え? あ、あぁ。聞いてたよ、見事な白色だった」


 とか。口を突いて出してしまった。


「ーーっ!」


 幸い、なにが白色だったのかを俺は口にしてはいない。しかし、それが判明するのも時間の問題であった。

 少しの間を置いて。


「変態」


 と。

 あらぬ汚名を着せられてしまった。まったく持って心外である。


 耳先まで顔を赤らめて、スカートの裾を必死になって伸ばすナノカさん。

 それはそれでスカートがずれ落ちて今度は上からショーツを見せてしまうことになるぞーーなんて事を思いはしたが、言えるはずもなく。


「スカート丈が短いのがいけないんだよ。もっと長いものはなかったのか?」


「もうっ。私は制服が似合ってるかどうかを聞いてるの。パンツにばかり意識を集中しないでよ」


 うおい、と。

 ナノカの物言いは看過できるものではなかった。


「それは誤解がすぎる。黒い制服のおかげさまで、ちょっとパンツが気になっちゃっただけだ」


「ちゃっと気になった、じゃあ済まないくらい考え込んでる様子でしたけど?」


「か、考え込んでなんか……、いねえよ!」


「うそ。顎に手を当てて"考える人"のポージングを取ってたもん。オマケに鼻の下を伸ばしてね?」


「とってねえし、伸ばしてない」


「うそ! 私のパンツを凝視した後に長考して、鼻の下を伸ばしてた! にょーん、ってね」


 にょーんという効果音はこの際、置いておこう。

 凝視からの長考、か。

 そこだけ切り取って聞いてみると、中々に悪くない響きではあるのだが、枕詞のせいで台無しとなってしまっている。

 オマケに、鼻の下を伸ばしながらに長考、だからな、不名誉がすぎるというものだ。


「チラ見からの閃きだし……、それと見たくて見たんじゃない。お前が見せたくて見せたんだろ? でなきゃあんな所で舞踏家顔負けの三回転を披露するはずがない」


「そんなわけないでしょ! 何が悲しくてお兄ちゃんにパンツを見せなくちゃいけないの!?」


「悲しくなくても見せたい時だってあるかもしれないだろ!? というか……ずっと気になってたんだけども、そもそもだよ」


「なに」


「ーー女の子がパンツって言うな! せっかく俺がショーツと言って表現を濁していたのに!」


「ショーツだなんて一言も言ってないでしょ」


「頭の中で言ってたの! 純白のショーツが見えちまってんぞー、ってな!」


「うわっ! 変態だ! 妹のおパンツを凝視しちゃう大変態だ!」


「だから、凝視なんてしてねえよ! それと、敬称を付ければいいってもんじゃねえ! おパンツって……、余計にいかがわしさが増すだろうが!」


「純白だ、って言った! 私のおパンツ様には一つの汚れもないって確認できたことが、お兄ちゃんがおパンツ様を凝視してたという、何よりの証拠でしょ!」


「おパンツ様……」


 その単語のせいで、その後の言葉は届かなかった。


 おパンツ様。

 どうだろうか。他の人が聞いた時にどう思うかは不明だが、不思議といかがわしさが感じられない呼称へとなっている気がする。

 おパンツなる物を御神体として祀り、崇め奉る団体がこの世のどこかに存在してもおかしくないと思えるくらいには、しっくりきている。


「ーー二人とも」


 不意に、声が掛かる。


 穏やかな朝が騒がしいものへと一変するという事はアクリスタ家では珍しいことではないのだが、今日は一段、二段と増していた。

 特に、下品さに拍車がかかっており、かなり際立っていた。メインオーダーであるところの服の調和具合に関しては一切話が進まないままに、だ。


 なにせ、おパンツ様なる神様が降臨なされたのだからな。


 流石に見かねたのだろう。


 そのことをありありと分からせるようにして、デイネスは深く息を吐いて言葉を紡ぐ。


「下着の話はそれくらいにして、早く朝ご飯を食べなさいーー」


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