王立高等魔道学校入学試験4


 瞬発跳躍力測定結果

 ナノカの記録、106回、6.5得点

 トーヤの記録、586回、10得点


 満点の10点を得るためには141回以上の跳躍が必要であった今回の試験、トーヤは見事達成した。

 それも141回を大幅に超えるクアドラプルスコアでの達成――前人未踏の領域にまで足を掛けた。

 これは人が聞けば疑いを持たれて当然の結果であり、人であるかどうかすら疑いを持たれてしまう、そんな結果だ。

 

「はぁ……これで40点くらいもらえないもんかね」


 単純に考えて4倍の記録なんだから貰える得点も4倍にして欲しいという願望を口にした。

 まあそれは叶わない願いだと分かっている。分かっているからこそ吐き出したかった。


「40点は貰えないけどいいんじゃない? 試験官さんたちからは称賛の"念"を貰えてたよね」


 結局、ビビアン以外の試験官とは事務的な会話を交わすだけで試験を終えた。それでもナノカの言葉を真に受けるなら試験官たちからは称賛の念が俺に向けられていた事になる。しかし俺はナノカの言葉を真に受ける事が出来ない。

 何故なら――


「俺にはただ驚いてるようにしか見えなかったけど……」


 ということだ。

 俺の記録を確認した試験官たちは皆一様に反応を示したがそれは記されている数値が異質すぎて驚いたというだけの話。

 だから向けられていた眼差しの正体は称賛ではなくて驚愕、はたまた脱帽と言ったところ。むしろ一部の人間からは疑いの眼差しを向けられていたと記憶している。

 その証拠に「……自分で記入を済ませた訳ではありませんよね……?」とそんなことを聞いてくる試験官がいた。

 恐る恐るといった具合だったし、一言否定をしたらすんなり承諾してくれたので追及はしなかったけど、それでもというかやはりというか。不快な気持ちになったことは確かで――仮にナノカの言う称賛の念が俺に向けて送られていたのなら決して不快な気持ちにはならないはずだ。


「それはあれじゃない? お兄ちゃんは違うけど、過去に記録の捏造をしようとした人間が居るんだよ」


「まあその可能性は否めないけどさ。俺もその類の人間に見えたってことだろ?」


「それは違うと思う」


 とナノカは強く言ってから、見えていたのなら直接的な文言を口にはしないはずだという想定を口にする。


「仮にさ、捏造している人物がいたとして、本人に対して『アナタは捏造しましたよね』なんて試験官さんが問い掛けたらその受験生はどうするかな」


 まさに俺と同じような状況を仮定する。ただし、一つだけ違うのは俺と違って捏造をしている生徒だということ。


「否定するか認めて詫びるか、その場から立ち去るか……」


 俺はすぐに思い付くところで三つの選択肢を挙げた。


「じゃあまずは否定した場合ね?」


 仮定を重ねてからナノカは続ける。


「具体的に何を言うのかは分からないけど……きっとその子は必死に取り繕う言葉を口にするよね。だけど、捏造しているのは事実なわけだからどれだけ取り繕おうと意味がないの。実際にその試験を担当した試験官の元へと連れて行くだけで事実かどうかは判明する」


 俺たちの試験結果を記入欄に記すと同時に試験官もまた俺たちの記録を別紙に残している。それこそ改竄などが出来ないように。

 まあ、そんな理由が無くても学校が学校用に記録を取るのは至極当然のことだ。そして、基本的には学校保管の情報にこそ信憑性が帯びる。

 生徒の記録用紙と学校の記録用紙、そこで差異が生じれば学校側は受験生の罪を立件できるわけだ。

 立証するのは骨が折れそうだけど、俺に見えていないだけで学校も対策をしていると思うし心配は不要かな。

 ともかく、これでその生徒の失格は確定的になった。


「次に容認してから謝罪をした場合」


 案内状の5ページ目を開いてからナノカは言う。


「不正を行った者に対しては如何なる言論を認めず厳罰に処する。ここに書いてある通りなら、謝罪の申し開きがあったところでそれは認められない。捏造をした受験生は涙を呑んで退校することになる」


 真面目に取り組んでいる者たちの事を思えばこその至極真っ当な対応だと言える。

 学校側が謝罪を受け入れてしまえばその時点を持って試験の意義が根底から覆される事になる。結果どうなるかは考えるまでもない。不正をする者は増加の一途を辿るだろう。

 バレたとしても謝罪をすれば許される――そんな前例を作ってはならないのだ。


「最後に試験会場から立ち去った場合、つまりは逃げ出した場合……に関しては言うまでもないかな?」


「ああ。前の二つ以上の罰則が約束されるだろうな」


 うんうんと首を縦に振ってナノカは同意を示した。


「それでね? どの状況においても共通して言えることは、一定の騒ぎが起こるってことなの」


「なるほど?」


 納得の言葉を口にしつつも、それがどうかしたかと問い返すようにして首を傾げた。俺には元の話との関連性を見出だせなかったからだ。

 

「きっとお兄ちゃんの事だから不正をした人が100パーセント悪いって言うんだろうけど、話はそう簡単じゃないんだよ。騒ぎになれば学校側にも責任の追及が掛かるの。不正をした人と同等、もしくはそれ以上にね?」


「それ以上っていうのは流石に言い過ぎなんじゃ……」


「ううん。学校っていう場所がどういうところなのかを考えれば全然言いすぎじゃあないんだよ」


 子供たちに教え、子供たちを育てる。それが学校という名の教育機関だ。

 ここエストレア王国においても多種多様な学校が数多と存在していて、それぞれが独自の校風や規則を築いて成り立っている。各学校毎で規則または罰則に大きな違いがあったとしてもその本文までもが変わることはないだろう。

 だから例え、定められた規則を破る者が現れたとしても公然の場でそのことを指摘してはいけない。

 罰を与える行為を見せ付ける。

 そこに学びはあっても、救いがない。学校が掲げる本文からは逸脱した行いだと言える。


「だとしたら、不正の疑いがある人間には試験後に指摘するとか個別に呼び出すとかそういう対応をするべきだよな?」


 人の目に付くところで行えば騒ぎは免れず、不正をした生徒の個人情報の流出や、現場の騒乱、試験の遅延など様々な影響が考えられる。それが管理責任上の問題点を指摘へと繋がっていくわけだ。


「そうそう。実際に毎年何人かは罰則を与えられてるみたいだよ。それでも大きな問題として取り上げられる事はなかった。そういう事態には内密に対応をしてきたってことだよね」


「ナノカの話は分かったけど、なおさら分からなくなった。何ゆえ俺には言ってきた?」


「あそこでお兄ちゃんが本当に不正をしている生徒だったら相当問題になっていたよね」


「だろうな。だから不思議だって話だろ?」


「端からお兄ちゃんの事を疑ってないんだよ」


 と、ナノカは言った。そして続ける。


「不正を働くような人には見えない。不正を働いたような形跡はない。あの人がどういう理由で判断に至ったのかは私にも分からないけど……」


 不正記入を疑ったというよりは誤記や誤審の可能性を疑ったのだとナノカは続けた。

 自分で記入したが故に、記入欄を違えていたとか、測定方法を勘違いしていたとか。

 確信的な過ちではなく偶発的なミスを疑われた。

 しかも、あの試験官の態度には"一応"といった様子が見受けられた。


「職務上、致し方なく聞いてきたってことか」


「そうなるね。確かにあの人も言葉を誤ったかもしれない。他に聞き方があったとは思うよ。だけどああやって聞かずにはいられなかった。そりゃあそうだよ。お兄ちゃんの記録って異次元の数字が書かれてるもんね?」


 確かにな。俺が試験官を努めていてもそれは同じだったろう。

 昨年度平均から考えれば、100回前後の数字が記載されているはずの項目に586回と記されていれば誰だって不思議に思う。


「だから大丈夫。お兄ちゃんは信じられてるよ」


 その言葉はすっと胸の内へと落ちてきた。

 他でもない妹の口から出てきた言葉だからだろうか。いや、きっとそうに違いない。

 誰を疑ったとしても俺はナノカを疑わないと決めている。もちろん、時と場合によってはその限りではないのだけど――今の状況にしてみれば決意をそのままに受け取れる、そう思える言葉だった。


 ◇

 

 短距離走力、瞬発跳躍力、高前跳躍力、調節遠投力、平衡柔軟性、荒進持久力――すべての測定を無事に終えた俺たちは最終課程である面接会場へと向かっていた。

 その道中、測定結果記入欄に目を通す。


 体力測定結果

 トーヤ・アクリスタ

・短距離走力(種目、100メートル走)

 記録6.2秒ーー8.5得点

・瞬発跳躍力(種目、六輪飛び)

 記録586回ーー10得点

・高前跳躍力(種目、垂直跳び&立ち幅跳び)

 各種測定値156センチメートル&490センチメートル

 記録38.2ーー9.5得点

・調節遠投力(種目、槍投げ)

 記録139メートルーー8得点

・平衡柔軟性(種目、前屈距離&開脚角度&肩節けんせつ可動域)

 各種測定値63センチメートル&140度&71%

 記録162.4ーー7.5得点

荒進こうしん持久力(種目、不特定障害物有り演習林3500メートル走)

 記録4分37秒ーー9得点

【全記録合計 52.5 / 60】


 ナノカ・アクリスタ

・短距離走力(種目、100メートル走)

 記録10.7秒ーー4得点

・瞬発跳躍力(種目、六輪飛び)

 記録106回ーー6.5得点

・高前跳躍力(種目、垂直跳び&立ち幅跳び)

 各種測定値98センチメートル&306センチメートル

 記録14.9ーー5.5得点

・調節遠投力(種目、槍投げ)

 記録67メートルーー3.5得点

・平衡柔軟性(種目、前屈距離&開脚角度&肩節可動域)

 各種測定値72センチメートル&180度&84%

 記録223.2ーー9.5得点

・荒進持久力(種目、不特定障害物有り演習林3500メートル走)

 記録7分58秒ーー6.5得点

【全記録合計 35.5 / 60】


 昨年度合格者の体力測定における全記録合計平均値は28.2得点。


「なんとか平均は超えられたかなぁ」


 ナノカの言う平均は昨年ではなくて今年の話。

 例年よりも受験者数の多い今期入学試験では昨年までの情報はあまり当てにならない。そのことを理解しているからこそ出てきた言葉だった。

 受験生が増えれば増えるほど優秀な生徒も自ずと増える。逆に平凡以下の生徒も増えるがそこに期待はできない。

 全課程を終えるまで油断は禁物。

 故に最終試験会場へと向かう俺たちの心に怠慢は無い。


 最終試験、実践面接ーー。


「実践面接……か。実践って書いてあるからにはただの面接じゃあ無いんだろうけど、これってなにを実践するんだ?」


「さぁ? それに関しては案内にも書いてなかったし私も分からないよ」


 舌を打ちたい気持ちに駆られる。

 何もかもが初体験続きの試験だけど正直に言って、これから行われる試験が一番の緊張を覚える。

 これまでの試験は自分の力のみが頼りだった。身体的苦痛がなかったと言えば嘘になるが少なくとも気楽であったことは確かだろう。そんな気楽だった過去試験に対して面接試験というのは先生との対話が主となる。人との会話を苦手とする俺からしてみれば気が休まる暇のない最悪の試験だと言っても過言じゃないのだ。


「対策の立てようが無いことも不安を煽るな……」


 本当なら事前に情報を仕入れて頭の中でイメージを固めておきたかった。


「そんな事もないと思うけど」


 ナノカが俺の呟きに意を唱えた。


「何も分からないのにどうやって対策するんだよ」


「この試験を受けたことがある人に聞けばいいじゃない」


「……確かに……」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。


「とりわけ、ビビアンさんみたいな在校生に聞くのが手っ取り早いかな」


「……ナノカさんのおっしゃる通りでござるます」


「ございます、でしょ? この後の面接は言葉遣いが大切だよ? お兄ちゃんの言葉には"ござる"が侵入してきちゃってるよ」


「おっしゃる通りでございますル」


「ござるじゃなくて、ルの単独侵入だった!?」


「おっしゃるル通りでございます」


「せっかく語尾に逃げられたのに、折り返してきちゃったよ!」


「ルっしゃる通りでございます」


「大変! "お"が居場所を奪われちゃってる」


「おルっしゃる通りでございます」


「よかった! "お"が帰ってきた。頑張って自分の居場所を勝ち取るんだよ」


「おルおルおルおルおルおル――」


「激戦だ。がんばれがんばれ、負けるな負けるな。ルなんてやっつけちゃえ」


「……おっしゃる通りでございます」


「やった。"お"が勝ったよ。良く頑張ったね、お」


「「…………」」


「なんの話してたっけ」


「……忘れた」


「まぁいいや、とりあえず面接に行こうか」


「そうだね」


 くだらないやり取りのせいで本題を忘れてしまった俺たちは無対策のままに試験会場へと向かうのだった。


 ◇


 本校舎エントランス。

 受付にて説明を貰い俺たちは別々の会場へと移動を促される。


「俺はこっちだから」


「うん。先に終わったら校門のところで待ってるから、お兄ちゃんもそうしてね」


「了解」


「頑張ってね」


「ナノカもな」


 お互いに軽くエールを送り、踵を返す。

 俺の会場は剣道場と案内を受けた。

 剣道場ーーこれは単なる偶然か、学校側の判断による物なのか。

 ナノカが案内された会場が『弓道場』だったことと合わせてみても必然性を感じる。


 手元にある案内状とは別で試験前に学校へ提出した志願書には特殊技能を書き込む項目があった。

 そこに俺は"剣術"と"体術"を――ナノカは"弓術"の文字を書き込んだ。

 魔法学校であるにも関わらず体力測定があった事も含めて考えるに面接試験で剣を振るうことになったとしても驚く話ではない、か。


 剣道場前には思いのほか既に人が集まっていた。

 ざっと数えて50人ほど。

 もう面接を終えた者、これから集まってくる者を考慮するにこの場に案内される人数は200人を超えるか。もしかするともっと多いのかもしれない。

 しかし以外だな。

 魔法学校を受験する者たちは肉体を酷使する武術などにはまるで興味がないと思っていた。

 これは考えを改めないといけないか。

 剣道場前に集まる受験生の中には剣を持参している者たちもいた。

 武器の持ち込みを許可されているとは知らなかった……、まあ許可されている事を知っていたとしても持参まではしなかったけど。

 だって重いし。


「では、受験番号と氏名をお願いします」


「受験番号19001、トーヤ・アクリスタです」


 ざわざわ、と。

 視線が刺さって背中が痛い。

 理由は分かる。

 国籍問わず、剣の道に身を置く者でアクリスタという姓を知らない者はまずいないだろう。


『エストレア王国、当千騎士団とうせんきしだん、騎士団長デイネス・アクリスタ』とは父のこと。

 世界中に轟くその名は形を変えて様々な異名で語られる。


東地とうちが生んだ宝』とか。

国壁こくへき礎石しずえいし』とか。

雷聖らいせい』とか。

『王の懐剣かいけん』とか。

絶世剣げっせいけん』とか。

小頭龍こずりゅう』とか。

千兵せんぺい東将軍とうしょうぐん』とかーー


 俺が知らないだけで、他にもまだまだ呼び名があると聞いた。デイネスに与えられた異名の数は十や二十では効かないらしい。

 そして、それら二つ名の数が示すことと言えば、デイネス自身が成し遂げた偉業の回数でもある。

 彼自身あまり自分の過去を語りたがらないから俺は父の功績をよく知らない。

 この国の歴史を辿れば知れる事だったけれど、俺は調べようとは思わなかった。きっと今のデイネスが放つ栄光の影には、話したくないーー俺たちには知られたくないような、後ろ暗い過去があるはずだと思ったから。


「6906番、11058番、19001番は入場してください」


 三人同時に呼ばれた。てっきり個人面接かと思っていたのだが、受験者数を考えれば当然か。

 受付からのアナウンスを受けて俺は剣道場へと入場する。

 想像よりも広い。

 縦横15メートルほどの四辺形の室内、天井は5メートルあるか、ないか。

 床に敷かれた焦茶色の木板がとても趣きのあるものでその部屋の歴史を感じさせる。


 入室後すぐに一礼をした。


 俺の他に呼ばれた二人は戸惑いながらも合わせて一礼をする。

 入室を告げる言葉は必要ない。

 相手が誰であろうとも敬意を払うのは当然であり、失礼があってはならないというのがこの国の在り方だ。

 認識のままに頭だけを下げたわけだけど……、おろおろする他の二人の様子を見るとその行動すら不要だったかもしれない。

 二人には悪いことをした。

 ともかく、俺たち三人は用意された椅子の後ろに立って面接官からの指示を待つ。


「11058番、19001番は座りなさい」


 面接官は三人。

 その中の一人、向かって右側に座る男に見覚えがあった。

 午前中に行った魔力弾の威力測定でお世話になったグラン先生だ。

 担当は持ち回りなのかな、まさか早々に再会するとは思っても見なかった。


「6906番は名前を」


 荘厳とした佇まいを崩す事なく向かって中心に座る面接官が声を発した。


「ジスラン・ロペスです」


 面接官の指示を受けて自己呼称した受験生、ジスランの声は少しだけ震えている。

 彼の場合は一番手だし緊張するのも当然か。


「ではジスラン。それから座っている二人も聞いていてくれ。ここでは実践面接を行っている。実践面接とは、先に君たちが提出してくれた志願書に記載してある特殊技能を測る事だ」


 その展開を予想はしていたけど始めに答え合わせをしてくれるとは予想できなかった。有り難い宣言だ。


「二、三の問答で人心を測り尽くすことは不可能。故に、我々は小癪こしゃくな問答など必要がないと思っている。で、あるからして君たちも好感を得るために取り繕う必要はない。己の持てる最大限の力を持って能力を示しなさい」


 随分はっきり言うんだな。

 しかし、本当に言葉のままの意味なのか?

 これは勘に過ぎないけどなにか裏があるような気がする。丁寧に説明してくれるのは有り難いけど、そのことが却って不安を煽る。言葉にはし辛いんだけどなんか不気味なんだよな。


「私の名前はリックレン。リックレン・ロックノットだ」


 中央に座る男の自己紹介を受けて、次に向かって左の席に座る唯一の女性面接官が口を開く。


「私はマリアル・ジエ・アニファと申します。よろしくお願いします」


 最後に唯一の顔見知り(見知ったのは今日だけど)であるグランが自己紹介をする。


「グラン・ドン・リピだ。よろしく」


 それぞれの自己紹介を聞き終えて中央に座る男を注視する。


 リックレン・ロックノット。


 グランだけじゃない、その名前も知っている。

 王立ハスファルク高等魔道学校の学校長の名だ。

 校長自ら面接官を務めているとは考えにくいし同姓同名の別人か?

 いやしかし、彼が纏っている雰囲気が隣の二人とは違いすぎる。明らかに異質なオーラを放っている。

 俺の隣に座る受験生、それからずっと立たされているジスラン。二人の萎縮具合から察するに校長本人だと思って良さそう、かな。


「それでは実践面接を始めよう。ジスラン、君の特殊技能は何か」


「はいっ。自分が現時点において体得している特殊技能は剣術です」


 次にマリアルが質問を投げかける。


「剣術の特殊技能資格は所得しましたか?」


「いえ、していません」


「所得できる年齢に達していますし、時間もあったはずです。所得しなかったのは何故でしょうか?」


「は、はい。自分は今まで魔法の勉強や訓練に集中して取り組んできました。合間に剣術の訓練もしていましたが……あくまでも趣味の範疇はんちゅうでの実践になります」


「はい、分かりました。それでは、資格を持っていない貴方は、どのようにして特殊技能を体得出来ていると証明しますか?」


「えー、それは……実際に剣を使って証明します」


 ジスランには申し訳ないが、いい見本になるな。

 そして今の答え方は悪手に感じる。実際に剣術の資格を取りに行けば分かることだが、どの流派においても剣術資格の初期所得段階で剣を振る機会はない。

 取り扱い説明と常識力、倫理観の筆記試験があるだけだ。

 俺が面接官なら不所得者故の無知さから出てしまった粗を付くだろう。

 実際に振ってみせろとな。


「では、剣を使って見せてください」


 やっぱりか。

 こうなってくるとジスランには少々厳しい状況だと言える。だがしかし、実践面接と謳っているだけにここからでも十分に挽回のチャンスはあるとも思う。

 頑張れ。


 剣の使用許可を与えたマリアルは魔法陣を一門展開した。


 掛かり十節じっせつ五芒星ごぼうせい術式。

 超高等魔法陣だ。


 彼女の眼前、地面と平行向きに展開された魔法陣は徐々に下がっていき、法陣の中から剣の柄が出現する。


 剣創造けんそうぞうーーいや、剣転移つるぎてんいか?

 どちらにせよ流石だと言わざるを得ない。


「どうぞ」


 柄を握って魔法陣から剣を引き抜いたマリアルはジスランに差し出した。


「では、始めてください」


 ジスランは固まっている。

 そりゃあそうなるよな。

 剣の本懐は物を斬ること。とりわけ、人間や動物の肉を斬るーー殺傷を目的として生み出され、より効率的に生命を刈り取るために進化してきた武器だ。


 目の前には面接官。

 背後には俺たちしかいない。

 もちろん、剣道場内に試し切りをするための木片が用意されているはずもなく。

 

「どうしました? 剣を使ってあなたの特殊技能が剣術であることを私たちに証明してください」


「は、はい! では……」


 マリアルからの言葉を受けてジスランは恐る恐るといった具合で空を斬り始めた。


 目も当てられないな。

 例えここが試験場ではなくて彼個人の訓練場であったとしても、その動作じゃあまるで意味がない。

 剣を振るうジスランの手は僅かに震えている。緊張かーーそれとも、恐怖か。

 ジスランへ注がれる三人の視線ははたから見てるだけの俺ですら怖いものを感じる。


「ジスランさん、ありがとうございました。ここまでで結構です」


 マリアルは言った。一切の感情を込められておらず冷たい口調だった。


 終了を確認するや否や、リックレンは言う。


「6906番は着席を。次、11058番。前へ」


 え……本当にこれだけで終わりなのか?

 あまりにも短すぎるだろう。これじゃあおまえは失格だと言われてるのと変わらない。

 いや、もしかしたら言っているのかも。

 俺個人の見解にはなるけど、今の一連の動作からジスランには合格の可能性を見出だせなかった。

 他の試験結果とも折り合いを付けるとは思うけれど、この面接試験が一番の重要項目なのではないだろうか。

 リックレンの号令で立ち上がった11058番の受験生は指示通り前へと出るーーが、同じ側の手足が同時に出ていた。

 見てられないよ、本当に。

 ジスランはジスランで着席した後ガックリと肩を落として下を向いてるし……、なんか俺の方が恥ずかしくなってきたな。よりによってなんでこの二人と一緒に呼ばれちゃったかな――

 

「では、名前を」


「ふぁ! はい! あ、アード・ラムローです。よろしくお願いします!」


 ふぁって言ったぞ。

 声が大きいのはいい事だけど、まずは落ち着け。アード、落ち着くんだ。


「アード・ラムロー。君の特殊技能を教えてくれ」


 次いでアードにはグランが問いかけた。


「ふぁ! はい! ワタクシの特殊技能は剣術になります! はいっ」


 また、ふぁって言ったぞ。

 しかも最後のはいって何だよ。緊張しすぎだ。

 天井から糸で釣られてるのか?

 ずっと両肩が上がっているぞ。まずは肩の力を抜け、アードよ。


「ありがとう。ラムロー、まずは肩の力を抜いて深呼吸をしなさい」


 ナイスだグラン先生。

 俺の心の声を代弁してくれた。


「ふぁい! すぅはっすぅはっすぅはっ!」


 とうとう、ふぁいって言っちゃってるし。しかも、それは深呼吸じゃねえよ。すっはすっはと言ってるだけだ。

 グランも頭抱えちまってるじゃねえか。


 アード・ラムロー、中々の強者だな。覚えておこう。


「……まあ、よしとしよう。では、ラムロー。剣術の特殊技能資格は持っているか?」


「いえ、所持しておりません! 先日、試験を受けに行きましたが落ちてしまいました!」


 おいー!

 悪手って言うか、もはや馬鹿だろ。聞かれてねえことを喋るんじゃねえ!


「落ちてしまった理由は何と考える?」


「はい! 実力が足りなかったからだと自負しております!」


 実力がない事を自負するな。しかもその回答では客観的判断が甘すぎるだろうが。もっと具体的な理由を述べろよ。

 だいたい剣術資格の最低位、九級資格の所得には少しの筆記試験しか無いんだよ? あれを落としたってことは相当な阿呆あほうか若しくは寝てたのか?

 はぁ。どうなってんだコイツの頭の中は……、もうダメだ。ツッコミが止まらねえ、聞くのは辞めよう。


「では、ラムロー。剣術の特殊技能がある事を証明してくれ」


「できません!」


 即答が過ぎる!

 なんでできない事に自信満々なんだよ。

 あ、ツッコんじゃった。無視だ、無視するぞ。


「そうか。では何故、特殊技能の項目に剣術と記した?」


「他にやれる事がありませんでした!!!!」


 声がでけえ! 無視をしようにも出来ないくらいに声が聞こえてくる! 今のが文章ならエクスクラメーションマークが四つは付いたはずだ。


「ありがとうございます」


 グランは相槌を打ってから一つため息をついた。


「……先生方、何か聞きたいことはありますか?」


 あぁ。そんな事ってあるんだな。

 興味が失せたのか、グランは他の二人に対応を投げたのだ。

 しかし二人からの応答も無し。


「……ありがとうございました。着席してください」


 この二人の後はやりづら過ぎる。

 ちらりとリックレンがコチラに目を向ける。

 何が言いたいかは分かる。

 俺も期待されていないということだろう。若しくは、お前はしっかりやれ? とかかな。


「では、19001番。前へ」


 俺は立ち上がって前へと出る。


「名前を」


「トーヤ・アクリスタです。よろしくお願いします」


「君の特殊技能は何か」


「はい。お手元にある志願書に記してある通り、私は真業しんこう剣術三級と特殊体動術四級の資格を所持しています。ですので、私の持つ特殊技能は真業剣術、特殊体動術です」


「特殊体動術と一言で言っても扱える技能は様々です。君が扱える体術の形式は何になりますか?」


 マリアルが反応を示した。


宮廷式きゅうていしき舞踏ぶとう変則武術へんそくぶじゅつです」


 コレには机に肘を掛けてから体を前のめりにさせてリックレンが反応する。


「ほう。ISアイエスで四級を所得したという事か」


 宮廷式舞踏変則武術。

 別名、イレギュレーションシャドー。

 通称がIS(アイエス)だ。

 発祥の地はここエストレア王国。

 宮廷などで度々開催される社交の式典で執り行われる舞踏の一幕『影踏かげふみ』という演舞から派生した格闘術の一派である。

 生み出された特性上、本来であれば宮廷に仕える者や宮廷に出入りできるほど高位な者でなければその存在すら知ること事ができないのだが、俺の場合はデイネスから教わっていた。

 普通に体得しようと思ったら金千枚は積む必要があるとかいないとか言われるほどの高級武術であり、エストレア王国でも体得している人間は数える程度しか存在していない、らしい。


 ともかく、リックレンの言った事に間違いはないから、「おっしゃる通りでございます」とだけ肯定する。

 ここに来てナノカとのやり取りが役に立った。


 マリアルが小さく手を挙げた。


「ではトーヤさん。現在において、あなたは紛失が原因により資格書を提示しての資格証明が叶わない場合を想定してください」


「分かりました」


「では、緊急で資格証明が必要となりました。あなたは証明ができますか?」


 さっきからやけに証明に拘るな。まあその理由にはなんとなく察しが付くから今は放っておこう。それよりもマリアルからの質問に回答しなければならない。

 彼女が前述した通り、身分証明には資格書の提示が必須であるけれど紛失が原因によりそれが出来ない。この場合、資格証明はほぼ不可能と言ってもいいだろう。

 ただし、"ほぼ"だからな、例外もある。


「……証明対象と状況が限定されますが、証明可能です」


 例外に当てはまる状況であるかの確認。


「証明対象は私たち三人、状況はこの場において、とします」


「それでしたら問題ありません」


「はい。それでは証明してください」


「ギルド本部への問い合わせを願います」


 ふふっ、とマリアルは笑った。


国際連盟こくさいれんめい純粋意志じゅんすいいし情報機関じょうほうきかんーー通称、ギルド』


 国際連盟加盟国に存在する全ての体動的資格はギルドにて所得する。剣術然り、体術然り、魔術の資格も然り、だな。

 だから資格所有者の情報はギルドに問い合わせを行えばすぐに判明するわけだ。この場にいる3人ならすぐに確認が可能。

 まあ、状況によっては俺がトーヤ・アクリスタである証明ーー本人証明の必要もあったけど、マリアルの想定した状況が現在であるならば、俺がトーヤ・アクリスタであることは他の誰でもないハスファルク高等魔道学校が保証してくれる。受付で本人確認をしてるからな。


 ギルドへの問い合わせを行うだけで、トーヤ・アクリスタという人間が資格を所有していることが証明可能で、俺がそのトーヤ・アクリスタであることは学校が証明してくれる。これで二つの証明条件を満たしたと言えるだろう。


「実直でいて、とても分かりやすい答えですね……はい。トーヤさんの言った方法で証明可能と判断します。ありがとうございました」


 マリアルは口角を上げて言葉を締めた。

 好感触であることを察して思わずニヤけそうになる。


「トーヤは何のために資格を所得した?」


 次いで、グランが質問を飛ばす。


「最初に所得しようと思った理由はどちらも護身のためです」


「最初、というと九級か?」


「はい」


「じゃあ昇級させようと思った理由は?」


「護身能力を向上させるためと、父の仕事を手伝うためです」


「父の仕事、というのは?」


 敢えて知らないふりをして問いかけているのかな。

 まあ、面接なんだからそれも当然の事か。


「エストレア王国東に隣接するバンフ帝国との国境警備。東部領域の砦であるビザンツ城の守護。東方とうほう四大領よんだいりょうの総括管理。エストレア王国全土における治安維持と衛生管理です」


「あいつそんなに仕事してねえだろ!?」


 おい。面接官が声を荒げるな。


「コホンッ」


 と、素を出したグランをいさめるようにリックレンが咳払いをした。

 息子である俺からしても嘘みたいな仕事量。その割に常に家にいるからな。疑いたくなるのも頷ける。


「……取り乱して申し訳ない。トーヤは今挙げた仕事の全てを手伝っているのか?」


「いえ。先に挙げた仕事の内の大半は、自分の身分では資格が足りていません。その中で唯一、王国の治安維持への貢献は自分の身分でも支援が可能であるため手伝いをしています」


「具体的には何を?」


「主に危険指定生物の討伐です」


怪獣群クリーチャーか。直近の活動を一つ教えてくれ」


 怪獣群。

 この世に存在する動物は人を基準として三大群にカテゴライズされている。

 人と共生可能であり、なおかつ飼育するのに許可が不要な動物を野獣群アニマル

 人と共生可能であるが、飼育には国による許可と徹底管理が必要な動物を猛獣群ビースト

 人と共生不可と判断され、飼育不可である動物を怪獣群クリーチャーと呼ぶ。


 危険指定されている生物の内、約八十パーセントは怪獣群という区分でカテゴライズされている。残りの二十パーセントは猛獣群だから一概に怪獣群とは言えないけど、今回の場合(直近の活動について)は間違ってないから大丈夫か。


「先日セオハタンクホーネットの討伐に赴きました」


「へえ。トーヤは保安部セキュリティに所属しているのか?」


保安部セキュリティには所属していません。討伐へは父の部隊所属として同行しました」


「なるほどな。よく分かった、ありがとう」


 グランが言葉を締めて少しの沈黙。

 次いで、リックレンが口を開く。


「では、将来。君はどうなりたいか聞かせてくれ。この学校に入学した場合と、そうでない場合、この二つで答えよ」


「父のようになりたいです。どちらの道を進んでもその志は変わりません」


 迷いはない。


「それは、なぜか」


「…………」


 俺たちはデイネスに救われた。居場所をもらい、姓をもらい、家族となってくれた。

 彼に見放されればそれらを全て失う事になる。だから俺たちは父に救われ続けていると言えるだろう。

 父のようになりたいと言った事に嘘はないーーそれどころか偉大な背中を追い付き、追い越したいとすら思っている。

 何故そう思うのかを語るには一言、二言じゃあ、全然足りない。

 だから俺は言葉に詰まった。


「どうした?」


「……申し訳ありません。理由までは答えられません」


 しばしの沈黙。

 無理矢理にでも話すべきだったかな? しかし取り繕う必要はないとリックレンは言っていたし問題はなかったとしておこう。


「……ふむ。野暮な事を聞いてしまったようだな、許せ」


「いえ、大丈夫です」


 この反応。リックレンは俺たちの生い立ちを知っているのか? となると、リックレン以外の二人も知っているのかもしれない。

 質問に答えられなかったというのに、彼らの表情から柔らかさが消えないでいるのがいい証拠か。


「よろしい。お二方、他に質問はありますか? 無ければ、これにて面接を終了とする」


「え、あの……」


 急な終了を告げられて俺は口籠もる。


「どうした?」


「実践面接と聞いていたんですけど……」


「あぁ。実践面接をしていたが?」


「自分は何も実践していません。失礼を承知で申し上げますと、これはあなたが言うところの小癪な問答を繰り返しただけではありませんか……?」


「そのことが気になるか?」


「はい。自分に何かいけない所があったのでしょうか?」


「答えを教えるのは簡単だが、それでは君らの成長には繋がらない」


 成長? この面接は俺たち受験生の成長を図るためだった? ーーそんな事を疑問に思い、頭の中だけで首を傾げているとリックレンは言葉を続けた。

 

「私が初めに言った言葉と先生方からの質問を反芻はんすうし、我々の意図を汲み取りなさい。それは私からの宿題としておく。答えは次に会う事があればその時に聞かせてもらおう」


「……分かりました」


 モヤモヤとした霧が心を覆ったままだが、深追いは印象を悪くするだけだと思い止まった。

 外で見ていたのか、リックレンが終了を告げてすぐに受付の者が入室し速やかな退室を促される。

 俺は部屋を出る間際に振り返って一礼をした。


 さて、宿題のことはともかくとしてーーこれで全課程が終了となる。

 面接後は速やかな帰宅を言い渡されているし、ならばここには用はない。

 俺は早々にナノカの待つ校門へと向かう事にしたーー。

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