いつもの仕事 その二

 悪魔。5人だか5匹だか5柱だか……の、そいつらを、大地の女神が倒し、バラバラにしてこの世界にバラまいた。

 さらに女神は大地の大部分をバラバラにして混ぜ合わせた。悪魔たちの領域を破壊し自分の領域をベースとして、大地を再構成したのだという。これを大破壊、もしくは女神の大耕作と言う。

 こうして、光、闇、火、風、水の悪魔の力は大地の女神の祝福へと変わり、女神の霊力と悪魔たちの魔力が地の下を流れるようになった。

 大破壊、あるいは女神の大耕作によって埋まった地上の建造物。それが風によってふくらみ、水によって命が宿り、光によって照らされ、闇によって隠され、火によって活性化した。

 これを人は女神の迷宮ダンジョンと呼ぶ。


 で、大破壊から800年ほどが経ったいま、俺たちはこうして迷宮の中を走り回っている。

 この迷宮は地に埋まっていた家か何かが迷宮化したのだろう、建材のレンガが増殖して天井も壁も床もレンガで覆われている。

 地下に埋まっている迷宮に当然光源はないが、俺たちは光源を持つことなく見渡すことができる。これは光の魔力が迷宮に宿っているからだ。同時に遠くを見通すことができないのは、闇の魔力のせい。俺たちは十メートルほど先までしか見えない廊下を走り続けている状況だ。

 近づくほどに音は大きくなり、その種類は増えた。おそらくは何かと何かが戦っている音だということがわかってくる。予想通りだ。

 もし、戦っているのが魔獣同士なら漁夫の利を狙う。

 魔獣と迷宮士なら助太刀をして獲物を分けてもらう。断られたら引き下がり、危なくなったら割って入る。

 迷宮士同士が戦っているなら様子見だろう。


「……楽に稼げるといいなあ」


 コトサカさんと俺が並んで走り、その後ろでサーゲアが小さく呟く。

 金髪の陰気な顔をした小柄な彼女は一見して幼く見えるが、このチームでは一番の年長だ。俺の5つ上、25歳。ちなみにコトサカさんは22歳、マディチは20歳で俺と同じ。

 しかし最年長のサーゲアに頼りがいはない。むしろいつも弱気で面倒を避けようとする彼女の尻をコトサカさんが叩くのが常だ。欲もない。楽をしてそこそこに稼げればそれでいい、というタイプだ。迷宮士らしくはない。

 彼女はとある魔術使いの弟子だったのだが、その師匠が旅立つ際にコトサカさんに預けられた。なぜそうなったのかよくわからないが、望んで迷宮士になったわけではないのは確かだ。

 それでも彼女の闇魔術の支援は心強い。

 さらにその後ろ、最後尾を担当するマディチの小さな笑い声。苦笑だろう。


「望みは薄そうですね」


 マディチは大柄で赤い髪に褐色の肌の男だ。精悍な印象の美男なのだが、言葉遣いは丁寧で物腰も柔らかい。

 それもそのはず、彼は狩人の名家に産まれた人間なのだ。十六狩家のひとつ、剣のゾダ家。

 本来ならば名家らしく自分のチームを率いるのが普通なのだが、コトサカさんに誘われてその下に就いた。ゾダ家の人間も半端な実力者なら渋っただろうが、コトサカさんならばと堂々と送り出したという。分かる話だ。

 おかげでうちのチームはゾダ家の後援を受けることができている。その上で、マディチ自身の実力も申し分ない。鎧と大剣で、巨大な魔獣の攻撃を受け止めて仕留める姿は何度見てもすさまじい。


「ま、この音じゃあな」


 俺はマディチの言葉を受けて呟く。

 廊下の奥から鳴り響く音はどんどん大きく、激しくなっていく。戦闘音が短い間隔で連続して鳴っている。勝敗がつかないまま、激しい戦いが繰り広げられているのだろう。

 コトサカさんの様子をうかがうと、彼女はまっすぐに前を向いたまま音に集中しているようだった。と、そう思った瞬間に彼女が口を開く。


「サーゲア、分断の準備をしておいて。多分、少数と、多数の同じ何かが戦ってる」

「……え、あ、はい」

「廊下を抜けたらマディチはサーゲアの前に出て。私はその間で動く」

「了解」

「承知しました」


 音を聞き分けて戦況を分析したらしい。さすがは六階位だ。

 黒く長い髪をなびかせて指示を出すコトサカさん。彼女は俺たちのチームのリーダーだ。

 彼女は異世界人だ。元々は高等学校に通う女子高生、という立場だったらしい。俺にはよくわからないが。

 異世界人はそこそこに珍しいが、珍しすぎはしない一般的な存在だ。大地の女神が招いた異世界人……それも、「チキュウ」の「ニホン」という地域から呼び込んだ人々は、大破壊直後の混乱した人類を立て直し、支える役目を果たしたという。

 今でも何人ものニホン人がこの世界に呼び込まれ、それぞれに活躍したり、しなかったりしているらしい。俺たちが拠点としている都市、<迷宮の蓋>タバトアにも一年に2~3人が呼び込まれているのだとか。

 その中でもコトサカさん……コトサカ・アカネはとびきりの当たりなのだろう。

 俺はそんな彼女に助けられて迷宮士になった。彼女は俺の目標であり憧れだ。今はまだ平凡な存在に過ぎない俺だが、いつかコトサカさんの隣に立って恥じない存在になりたいと思っている。

 決意を新たにした俺の視界に、廊下の終わりが見えた。

 視線をコトサカさんに向ける。彼女もこちらを見ていた。目があい、互いに頷きあう。


「行くよ」


 コトサカさんの言葉と同時に部屋の中に入った瞬間、大きく視界が開けた。大きな空間では光の魔力が強く働き、部屋の中を見渡すことができる。

 そこにいたのは、6体の四足の魔獣……ヨロイイノシシ。そして、そいつらと戦う狼頭の戦士だった。獣人の迷宮士か。

 そして彼の後ろには壁にもたれかかって動かない魔術士らしき女。

 大体状況はわかった。

 稼ぎ時、というやつだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る