迷宮労働者の栄光と死と苦労と生存と大金と食事情

NS

いつもの仕事 その一

 迷宮に潜ることは、昔は一攫千金のギャンブルだったらしいが……。今ではただの労働だ。

 だから俺は今日も仲間と迷宮に潜り、獲物を狩って金を稼いでいる。特別なことではない。ただ俺が、そういう生き方を選んだだけだ。


「あの、いいですか」


 俺は、コトサカさんに声をかけた。彼女は剣を脇に立て掛けて、壁を背に座り込んでいる。今は休憩中だ。

 コトサカアカネ、という名前の彼女は黒い髪と黒い瞳の妙齢の女性。体つきは細いがベテランで、金属の長剣一本であらゆる獲物を断ち狩る剣士だ。


「どうかした? シースト」


 レンガ造りの壁を背にこちらを見上げるコトサカさん。俺はこの部屋を見回す。

 そこにあるのは他にいる二人の仲間。そして三つの廊下が伸びている。ひとつは俺たちがやってきた廊下。残りの二つの廊下は未知の道だ。

 俺はそのうちの一つ、まだ探索をしていない道のひとつを指差した。


「この廊下の奥から、何か音がした気がするんです」

「どんな?」

「何か、硬いもの同士が打ち合ったような……」


 そう言った直後、また同じ音が聞こえた。

 硬質な音。こちらに届くまでに減衰してはいるが、かなり大きな音だったのではないかと思える響き。

 コトサカさんは小さく息を吐いて、剣を持って立ち上がった。彼女にも聞こえたようだ。こちらをうかがう残った二人の仲間にコトサカさんが声をかける。


「サーゲア、マディチ。仕事かもしれない」

「うえー、マジすか」

「……わかりました」


 残った二人も武器を取って体を起こす。

 ウンザリ顔で立ち上がったサーゲアは小柄な女魔術士。小柄な体に尖った帽子と、動きやすい服、そして体に四本のベルトを巻いている。その一つ一つに細いヒモで固定した魔力道具。手にしているのは両手で保持する大きな杖だ。

 マディチは分厚く長い陶の剣を持ち、全身を木の鎧に包んだ剣士。土を焼いて作る安価な陶武器と木製防具はなりたての冒険者の友と言われるが、彼の装備は大量生産されたものとは違う特注品。

 そして俺……シーストも武器を構える。大きな両手持ちの鉄の斧で、銘は角砕きと付けた。

 金属を使った武器を持っているのは、俺とコトサカさんの二人だけだ。金属の採掘は常に命がけの仕事であり、多くを採るのは難しい。しかし加工すれば強力で扱いやすい武具になる素材だ。だからこそ高い需要があり、相応に高価である。

 以前に使っていた陶の両手斧とは、安心感が違う。

 こうして全員の戦闘準備が出来た。


「よし。サーゲア、我々のモットーを唱えろ」


 コトサカさんがいつものルーティンを指示する。

 仕事に挑む前に、熱い興奮と緊張を冷ますための儀式だ。

 まずは指示を受けたサーゲアが口を開く。


「その1。『考えて戦え』」


 サーゲアが最初なら、次はマディチだ。


「その2。『考えて逃げろ』」


 そして俺の番。


「その3。『考えて仲間を助けろ』」


 コトサカさんが大きく頷き、最後のひとつを唱える。


「そして、いざとなったら『考えずに生き残れ』」

「はい」

「ういす」

「わかりました」


 三人が応え、コトサカさんが長剣を構えた。


「行くぞ」


 コトサカさんが動き出した。

 俺たちもまた。

 未知なる廊下の奥へと四人の迷宮士が走り出す。

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