プレイリスト

イブキ

天才な私と臆病な自分、そして少しの俺って話。

♢遠藤理子


「前〜、ならえ!」


その合図と共に、皆んなが両手を肩の高さまであげる。しかし、私だけ違うポーズを取る。


「そこ、手が下がってるよ!」


後ろの子達が注意を受けている中、私だけ脇を開いて待つ。

先頭の証だ。

私は昔からこのポーズが嫌いだった。

何で私だけ周りと違うのだろうか。

何で自分だけ他の人と違うのだろうか。

お母さんは昔から、「運動会で一番目立つからいいじゃない!」なんて言ってくれるが、意味がない。

それじゃ意味ないのだ。

私が前にいても、後ろのこの子は写ってしまう。

私より一センチだけ高いこの子。

かっこよくて、大人っぽくて、可愛くて、優しくて、いつも助けてくれるこの子。

いつも一センチだけ私から飛び出るこの子は、私の恋を邪魔してくるのだ。

一センチしかはみ出していないのに彼の目に映り込んでくるのだ。

まあ、私には彼に恋する権利がないからいいのだが。

お兄ちゃんの目には、今も、昔も、そしてこの先も一センチだけあの子が写って、映り込んでいくはずだ。

そして少しずつ私は見えなくなっていくのだ。

いつかはあの子しか映らなくなる日が来るかもしれない。


♢遠藤優


理子ちゃんとはただの幼馴染だった。

だった、とはいってるもののその関係は今も変わっていない。

いや、変われなくなってしまったのだ。

目の前の仏壇に飾っている笑顔が素敵な女の子の写真。

理子ちゃんだ。

私は、私達は、あの日から毎日この仏壇に手を合わせている。

隣で手を合わせているこの人は私の旦那であり、理子ちゃんの兄である。

十年前のあの日。

理子ちゃんが亡くなったあの日。

あの日から私達は、誰かを愛することを忘れてしまったらしい。

あの日から旦那とはあまり話さなくなってしまった。

結婚までしたのに。

結局この人も私もお互いの寂しさを埋めることができずに結婚してしまったのだ。

この人の顔を見るたびに思い出して苦しくなってしまうのに。

それはきっとこの人も一緒なはずだ。

それでも私達は苦しむ方を選んだのだ。

誰かを愛することをやめた証として、制約として、呪いとして、この人と一緒に生きることを決めたのだ。

百五十六センチ。

理子ちゃんからはみ出た一センチなんてきっといらないのだ。

私は百五十五センチの自分で生きていくと決めたのだ。


♢遠藤祐希


理子が倒れてから、五ヶ月が経った。

相変わらず理子の意識は戻らない。

外では雪が例年より早く降り始めたせいで、子供達が雪合戦をして遊んでいる。

理子と毎年やっていた雪合戦。

弱いくせに、負けず嫌いな性格のせいで最後は泣きながら雪を投げている。

そんな姿を思い出して、泣きそうになる。

理子は植物状態らしい。

五ヶ月前、突然倒れて病院に運ばれた。

そして、医師から目を覚ますかはわからないと告げられた。

頭が真っ白になった。

そして、涙が溢れてきた。

理子を失う恐怖に。

それは兄としてじゃない。

多分純粋に好きなのだろう。

理子のことが。

人として、そして、女性として。

家族にはこの気持ちは打ち明けられていない。

でも優ちゃんだけは知っている。

自分のこの秘密を。

あの子は俺と一緒なのだ。

誰にも言えずに苦しんでいる。

これはきっと、多分、呪いなのかもしれない。


♢村井優


理子ちゃんが倒れて三ヶ月が経った。

相変わらず理子ちゃんの意識は戻らない。

理子ちゃんが倒れた日から毎日家にプリントを届けている。

そして、病院にも行っている。

理子ちゃんの家は共働きのため、私は誰もいない時は、ポストの裏にある鍵で中に入り、玄関にプリントを置くようにしている。

それは昔から家族同士で仲が良かったことによる信頼の証だった。

でもそれは恋愛対象としてみられていないことと同義にも感じた。

それとこれとは関係ないはずなのに。

私はいつも悪い方向に考えてしまう癖がある。

今日もインターフォンを鳴らしたが、反応がなかったため、家に入る。

そして玄関にプリントを置く。

ここでいつもなら帰るのだが、今日は無性に理子ちゃんの部屋に入りたくなった。

良くないと分かってはいるものの、実は理子ちゃんがいるのではないかという、どうしようもない希望が脳裏に浮かんで、欲望が止められなかったのだ。

階段を上がり2階の理子ちゃんの部屋の前まで行く。

すると、中から男性の声が聞こえた。

「理子…、理子…、」

声の主は理子ちゃんの名前を連呼する。

不審者かもしれない。

そう思ったのに何故かドアノブに手をかけるどうしようもない私。

多分私も不審者側の人間なのかもしれない。

ドアを恐る恐る開く。

「えっ…、〇〇さん?」

目の前の光景が信じられなかった。

声の主は理子ちゃんのお兄さん、祐希さんだったのだ。

祐希さんは、理子ちゃんの写真を抱きしめながら泣いていた。

「優ちゃん…、何で?」

多分私は今不審者だ。

勝手に人の部屋に入っているのだから。

そして、多分〇〇さんも不審者なのだ。

私は嬉しくなった。

私だけじゃないことに。

私は嬉しくなった。

自分だけがこの呪いにかかっているわけじゃないということに。

本当は謝ってすぐに部屋を出るべきなのだろうが、私は気づいたら祐希さんを抱きしめていた。


「辛いですよね…、その呪い」


「私は味方ですよ」


私はそう言って抱きしめる。

祐希さんは私の意図に気づいたのか、更に涙が溢れていた。


「気持ち悪いよね、…お兄ちゃんでいなきゃいけないのに」


「そんなの…私だって…同じです」


祐希さんは相変わらず泣いている。

同じなのだ。

私も祐希さんも。

辛くて、怖くて、不審者なのだ。

それが私はたまらなく嬉しく感じた。


♢遠藤祐希


理子が倒れてから一ヶ月。

相変わらず理子の意識は戻らない。

医師によると、植物状態になった人は、大半が六ヶ月以内に亡くなってしまうらしい。

でも二年〜五年ほど生きた人もいれば、もちろん目が覚めるケースもあるらしい。

その事実を聞いて俺は、不謹慎にもあと五ヶ月しかない、と思ってしまった。

何でそう思ったのかはわからない。

生きる希望はまだあるのに。

助かる希望はまだあるのに。

好きなのに。

あと五ヶ月というタイムリミットが俺の頭から離れない。

植物状態は耳は聞こえるらしい。

目も開くらしい。

なら、もしかしたら、告白できるのかもしれない。

一生隠して生きていこうと思っていた感情を。

こういう時にこの考えが浮かぶ自分は最低なのかもしれない。

でも、今しかないのかもしれない。

今日は言うことはできなかったけど。

大丈夫だ。

あと5五ヶ月もあるじゃないか。


♢遠藤理子


目が覚めると、白い空間にいた。

そして、目の前に白い服の男が立っていた。

私は訳が分からず、周りを見渡していると、男が話しかけてきた。


「やっときたか、遠藤理子」


「誰?」


「ん?私か?私は死神だ」


死神って自己紹介も死神なことを初めて知った。

そして、鎌を持っていないんだと驚いた。

一瞬嘘かと思ったが、周り一面が白かったり、死神の足が無く、浮いていることから嘘ではないと思った。


「何で死神が私の前に?」


「そりゃあお前があと少しで死ぬからだ」


「え?私死ぬの?」


「ああ、ちょうど六ヶ月後くらいにな」


六ヶ月…。

私が死に対して受け止めきれずにいると、死神は続けて話した。


「まあ、あと六ヶ月もある。俺はその六ヶ月の間お前の世話をするために来たんだ」


「世話?」


「ああ、そうだ。お前のやり残したこと、願いを叶えてやるために来た」


「いわば、執事みたいなもんかな」


納得したくない。

この状況に、現状に。

でも、この男の雰囲気、説明から納得せざるを得なかった。

やり残したことや願いか…。

私は無意識に口が動いていた。


「コーヒーが飲めるようになりたい」


「は?」


「あとは、メイクが上手くなりたいでしょ、背も伸ばしたいかも!二センチくらい?あ、あとボランティアとかしてみたいかも!」


それを聞いた男は少し悲しそうな表情になって、私に「すまないな」と言った。


「お前は今日倒れたんだ、そして死ぬまでの間意識が戻ることはない」


「だからお前の周りを変えることはできるが、お前自身を変えることはできないんだ」


「そうなんだ…」


沈黙が流れる。

そっか、私、意識戻らないんだ。

その事実が重く私にのしかかる。

でも、それなら、それなら、

私の願いが叶うじゃないか。

叶ってほしくなかった願い。

私は重い口を開く。


「ねえ、死神さん、願いが1つだけあるんだけど」


「なんだ?」


叶ってほしくない願い。

叶ってほしいな。


♢遠藤理子


昔からお兄ちゃんは私のことをあまり見てくれない。

親友の優ちゃんが家に来てくれる時なんかもっと酷い。

優ちゃんとばっかり喋って、優ちゃんとばっかり目を合わせて、私に全然かまってくれない。

優ちゃんだって悪い。

私のお兄ちゃんなのに。

私の好きな人なのに。

私の初恋なのに。

気づいたら優ちゃんが来た時はいつも不機嫌になってしまう。

お兄ちゃんと優ちゃんは、もしかしたら両思いなんじゃないか。

そんな訳ないのに。

そんなはずないのに、私の頭はそのことでいっぱいになる。

どうせなら付き合ってくれればいいのに。

そしたら諦められる。

この恋を。

幼いながらにして分かっていた、叶わない恋を。


♢村井優


理子ちゃんが倒れてから六ヶ月。

相変わらず理子ちゃんの意識は戻らない。

私は今日こそはと覚悟を決める。

深呼吸して心を落ち着かせる。

理子ちゃんに向かって告白する。


「好きだよ」


♢遠藤理子


意識が朦朧とする。

普段は喋れないけど目は開くし、耳は聞こえる。考えることもできる。

なのに、今日は何も考えることができない。

聞こえづらい。

見えづらい。

そして、私は悟った。

ああ、今日なんだと。

病室に誰かが入ってきた気がした。

お兄ちゃんだろうか。

お兄ちゃんであってほしいな。

死に際にそんなしょうもないことを考える。

気づいたら目の前に死神がいて、私に話しかける。


「そろそろ時間だ。」


やっとか。私は目を瞑ろうとする。

その瞬間聞こえた気がした。


「好きだよ」


お兄ちゃんだろうか。

お兄ちゃんであってほしいな。

死ぬ瞬間にそんなどうしようもないことを考えた。


♢死神


目が覚めると白い空間にいた。

そして目の前には男が立っていた。


『遅いぞ、新入り』


「新入り?」


私のことだろうか。


『そうだ、お前は今日から死神として生きていくんだ』


「え、何で?というかあなたは誰なんですか?」


『ん?私か?私は死神でお前の上司になるものだ』


訳がわからない。

状況を整理しようとするが、そもそも自分が誰なのかすらわからない。

もしかしたら、死神とか言うこの人ならわかるかもしれない。


「私って誰なんですか?」


『誰って言うのは、名前がってこと?』


「そうです」


『名前は無いな』


「え?」


目の前の死神はゆっくり話し始める。


「生前、愛を受けて幸せに生きたものには名前が与えられないんだ。そして逆に悲惨な人生だったものには名前と記憶が与えられ、復讐に生きることになる」


そうなんだ。

と言うことは、私は愛を受けて生きれたということか。

誰からの愛なんだろうか。

お兄ちゃんだろうか。

お兄ちゃんだったらいいな。

なんてことを考える。

お兄ちゃんがいたかもわからないのに。

そんな訳のわからない考えがふいに頭によぎった。

その瞬間聞こえた気がした。


「好きだったよ」


多分気のせいじゃない。

確かに聞こえたのだ。


♢遠藤祐希


理子が亡くなったらしい。

それを聞いた瞬間、居ても立っても居られなくなり、学校を飛び出した。

病院まで走る。

病院に着いた時には、理子の顔には白い布がかけられていた。

俺は泣き崩れた。

近くには優ちゃんもいて、俺の背中をさすってくれた。

優ちゃんは泣きながら言った。


「お兄さん、知ってますか?」


「人が1番最後まで残している感覚って聴覚なんですって」


「だから…理子ちゃんに、…理子ちゃんにはまだ届くと思います」


俺は覚悟を決めた。

そして泣きながら言った。


「好きだったよ」


家族はきっとこの意味はわからないだろう。

わかるのは優ちゃんと俺だけだ。

それでもいい。

この呪いは、きっと届くはずだ。

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