第45話・むかし話

 クロを連れて宿に向かい、その宿がかなり豪華だった為入っても大丈夫か周囲を伺っていると、ガラスで造られた入口から人が出てきた。


「いらっしゃいませ。お話は伺っております」


 私はポカンてしまった。

 これはもはや宿と言うよりは旅館である。

 建物もしっかりしてるし、ここだけ切り取れば元の世界の旅館と大差ないどころか、元の世界に戻ってきたのかと見違えてしまうほどだった。


「あ、はい……」


 私は案内されるがままに進んでいくと、案内してくれた人がフロント係だったらしく、チェックインの手続きをしてルームキーを貰った。


「すご……」


 つい声を漏らすと、フロント係さんがニコリと笑う。


「ありがとうございます」


 営業スマイルもバッチリとは……。

 と思いつつ、この笑顔は本当に心の底から嬉しそうにも見える。


「んー……」


「なにか?」


「あ、いえ、なんでもないです。ありがとうございます」

 

 いやね、この世界に来た元の世界の人って何したんだろうって……どう考えても元の世界の影響受けてるけど……。

 フワフワとした気持ちで部屋に向かうと、入り口が両開きでクロも入れるような造りになっていた。


「おー!」


 中に入ると豪華なベッド、椅子が四つ、そして大きな机。

 ベッドの近くにはふかふかとして、中心が軽く凹んでいる大きなカーペットが敷かれており、クロが寝るには十分な大きさだ。

 

「凄すぎるね……」


 カーテンを開くと、窓の外からは夕日に焼けた海が煌めいて見える。


「おー!あ、そうだ。少ししたら温泉に行こう!さっきクロも入れるって言ってたからね」


 そう、旅の疲れを癒すなら温泉しかないでしょう!


 自分たちの部屋に満足してからは温泉に向かい、モンスターも入れるという温泉に向かう。

 どうやら、モンスターを連れている専用の温泉があるらしく、他の人とは別のところなんだってさ。まあ、他の人の前でモンスターとか連れてたら驚かせちゃうからね。


 ということで、温泉に向かい目に入ったのは露天風呂。

 その大きさはクロが入ってもなおあまりある大きさであり、水深も考えると温泉というより温水プールと言っていいかもしれない。


「クロ、まだ行っちゃダメ」


 うずうずしているクロを止め、体を先に洗わせることにした。最低限のマナーだからね。


 そして、念願の温泉に入る!ま、私はリセルで入ったけどクロは初めてだからね。


 クロは水深の深い所に進んで行き、顔だけを湯から出して目を細める。


「フュー」


 おっさんみたいな音出してる。


「はは」

 

 竜なのに……なんとも面白おかしな光景だね。

 しかし、クロも楽しめているみたいでよかった。やっぱり感覚を共有できるのとできないのじゃ大きな違いだからね。


 温泉を十分過ぎるくらい楽しんで、自分の部屋に戻る。

 浴衣でもあれば最高なんだけど、そればっかりはないものねだりだったらしい。


 その後は部屋でゴロゴロと疲れを癒していると、扉をノックされ食事の準備ができたと伝えられる。


「ご飯だってさ。行こ!」


 この旅館のクオリティは信じられないくらい高い。なら、料理はどうなのか!?それ以上気になることはないでしょ!


 言われていた部屋に行くと、やはりクロを配慮してくれた大部屋で、大きな料理が並んでいる。

 この量のご飯でどれくらいお金払わないといけないのか、それを考えるだけで頭が痛くなってしまうけれど、今回ばかり奢りなので遠慮なく頂こう。兵士さん達に感謝だね!


 並べられた料理のメインは魚介類で、やっぱり海の国の特産物なんだろうな、と思わせる。

 特に気になるのが、隅っこに置いてある魚?の頭だった。

 これはクロが船を助けた時に追っ払った海竜で、それよりかなり小さいけど、全く同じような顔だった。


「鯛の刺身とか頭置いてるヤツあるし……そんな感じ?」


 個人的には要らないんじゃない?って思ったりするけど、なにか意味があるのかもしれない。食べ物に感謝しよう!とかそんな感じかな?

 襲われた身としてはちょっと恐怖心をくすぐられるけど、と恐る恐るひと口パクリ。


「あ、美味しい」


 柔らかかった。普通に美味しい。

 そして次々に食べていくと、醤油があることに今更気付いた。


「醤油……」


 元の世界の人……まさか、日本人?いや、醤油って海外発祥だっけ?うーん、それだけじゃ決めれなけど、お刺身に関しては日本人可能性が高いと思う。そうだとすると、ちょっと親近感が湧くね。


 食事を終えると、クロも満足そうな顔をしている。


「ガル」


 美味しかったらしい。

 クロが食べていた物の中には大きな魚の一部があり、それがかなりのインパクトだった。


 そして、私がお腹を休めながら海竜の頭を眺めていると、クロが上からペロリと食べてしまった。


「えっ……」


「?」


 私が残した食べ物だと思ったらしい。


「いや、なんでもない。美味しい?それ」


「ガルル……」


 微妙な顔をするクロ。

 そりゃ、殆ど骨しかないもんね。


 ちょっとしたアクシデントを挟みつつ、私は部屋に戻って眠りについた。




 そして次の日。

 今日は昨日できなかったから海の国の観光をしたい!

 ということで旅館の人に伝え、外に出ることにした。


 昨日はよく見れなかったけど、この街は至る所に海水が見える。そこを覗いてみると海に繋がっているらしく、透き通った先には魚が泳いでいるのが見えた。


「へえ……てことは浮いてるのかな?」


 都市が浮くっていうのが実感無いし、揺れてる感じもしないからそういう訳じゃないのかもしれない。


 知らない街に心躍らせていると、突然穴から海水が飛び出してビックリしたり、常に飽きなくて面白い街並みが続いている。


 そして、やはり街の人たちはクロを見ても一切怖がらなかった。

 やっぱりこの国が龍に統治されてるっていうのが一番大きいんだけど、やっぱりどういう経緯でそうなったのかとか気になるよね。


 それからしばらく歩き続けると、大きな広場に出た。


「なんか人多いね」


 人混みはクロを避けながらある一点に向かっている。それは広場の中心部の、少し凹んでいる場所だった。


「なんだろう、行ってみよっか」


 なにやら大きな紙の準備をしており、これから何かの公演が始まろうとしていた。

 しばらくすると、魔道具のようなものを握った男が口を開く。


「大変お待たせ致しました」


 マイクのように声が大きく聞こえ、同時にパチパチと拍手が聞こえてくる。


「本日は今亡き勇者の命日より千年……既にご存知の方も多いと思いますが、我らが王の誕生の伝説を、この場を借りて語らさて頂きます」


 王……龍のことかな?っていうか、勇者?元の世界の人のこと?

 周りからは再び大きな拍手が聞こえきたので、私も一緒に拍手しておく。


「まずは簡単な登場人物の説明を致しましょう」


 男は大きな真っ白の紙を型から取り出し、中からは白い龍を記した紙が現れる。

 

「我らが王、龍神様!」


 湧き上がるのは歓声。

 それほどまでに絶対的な人気を持っているのか、と私は驚いてしまった。王様と言えば、やっぱり全ての民から支持を得るのは難しいイメージがあるから。

 そして、その紙を取り出すと次に見えたのは真っ赤な炎のような鳥。


「隣国、雪国の不死様!」


 龍神様ほどでは無いが、やはり歓声が上がる。

 絵なので確信は無いが、特徴だけを見るなら不死鳥、フェニックスのような外見をしている。


「そして、次は遠くに住まう宝国の主。鬼神様!」


 描かれているのは角の生えた人間。

 捉えられた特徴は長い髪に長い角。そして服装から見るに、小さな少女のようにも見える。


 不死様と変わらずの歓声と共に、登場人物は次に移る。


「最後に勇者二人をご紹介致しましょう!」


 龍神様の時よりも大きな歓声。

 いや、もはや悲鳴と言った方が正しいかもしれない。あ、いい意味でのね。


「勇者、冬華様!そして、弥一様!」


 爆発した歓声と共に二人の人間が描かれた紙が現れる。


「え……?」


 聞き覚えのある名前だった。

 いや、ありえない……と思いつつ、私は両親と酷似した似顔絵から目が離せなかった。

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