第43話・カニさん

 露天風呂を満喫した私はベットで眠りにつき、そして夜が明けた。

 

 次の目的地は海の国、またの名をエトニシア。


 私は目を覚ましてから身支度を整え、心地よかった露天風呂に再び入る。

 せっかく温泉のある所に泊まってるんだから、何度も入りたくなるのが人の性ってものだよね。

 露天風呂に満足し、クロに次の目的地について説明する。


「この国の首都に行くつもりなんだけど、大丈夫?」


「ガル」


 問題ない、とばかりに頷くクロ。

 それなら早速出発しよう!


 ……って、方向すら分からなかった。


 誰にでも失敗はあるよ!

 ということで周りの人に聞こうかと思ったけど、クロがいると驚かせてしまうのでギルさんに聞く為家を訪れた。


「ノックすればいいのかな?」


 マナーとかはよく分からないので、適当にノックしてみる。


「はーい」


 中から女性の声が聞こえ、近寄ってくる足音が聞こえてきた。

 あ、これちょっとやばいかも。


「クロ、ちょっと隠……」


 しかし、言い終わる前にドアが開かれてしまった。


「あら、可愛いお客さ……え……?」


 クロと目を合わせて固まってしまった。

 中から出迎えてくれたのは髪の短い綺麗な女性で、特に特徴的なのは……耳が尖っている所だった。


「あ、あ、あの」


「あら、ごめんなさい。貴女がギルを助けてくれたの?」


「え?」


 悲鳴とか上げられたりするかも、と思っていたので拍子抜けしてしまった。

 というかこの町の人って、クロに対しての耐性がありすぎなんじゃない?町中を歩いても、変なのがいるなぁ位の目で見られてたし。


「えっと、ヒノさんでしたっけ?ギルに何か?」


「えっと、エトニシアの方角を……」


「ああ、旅をしてるのよね?ささ、上がって上がって……でも、その子はちょっと入れないわね……」


「いえいえ!ここで大丈夫です!」


「そう?ごめんなさいね、ちょっと待ってて」


 そう言うと飄々とした立ち振る舞いで家の中に入っていき、ギルさんを呼ぶ声が聞こえてきた。


 あの人の耳尖ってたけど……多分エルフ?だよね。ルステアで見たことはあるけど、話したのは初めてかも。


「おお、ヒノ」


「あ、ギルさん。さっきの人って……」


「人っていうかエルフな。俺の嫁だよ」


「嫁……?」


 なんと、町長兼船長兼既婚者とは。


「そんな顔するなよ、こう見えて結構モテるんだ」


「いや、あんな綺麗な人をよく捕まえたなぁってね」


「お、分かるか?色々あったんだぜ……って、そんなことを話に来たんじゃないだろ?」


 おっと、そうでした。


「エトニシアに行きたいんだけど、方角が分からなくて」


 素直に聞いてみると、ああ、と言って靴を履き始める。


「ちょっと着いてこい」


 案内してくれるらしい。

 途中雑談しながら進んでいき、東の方向に進んでいくと軽く整備された大きな道が見えてくる。

 太陽が沈む方向、海の方向が西として、その反対側が東ってことね。


「この道を進むとエトニシアに着く。道中一応モンスターが出るから気をつけろよ。弱いけどな」


「ありがとう、それじゃ!」

 

「ああ……なあ、ヒノ」


「ん?」


「俺たちを助けてくれてありがとな」


「いいよ。こちらこそ、面倒見てくれてありがとう」


「おう!」


 互いに手を振って、私はリセルから旅立つことにした。

 たった一日だったけど、凄くいい町だった。またいつか来れるといいね!




 リセルからエトニシアに続く道を進みながら、エトニシアについて考える。

 昨日宿の人に聞いた話では、どうやら私は龍を信仰している事について勘違いをしていたらしい。

 正しくは、龍が国を統治している国らしい。


 え?神様として崇めてるのかと思ったら王様なの?


 初めて聞いた時は耳を疑ってしまったけど、そう考えるとクロを軽く受け流す度胸も納得がいく。

 そう、竜ではなく龍。ニョロニョロの方の龍らしい。

 正直見てみたい気持ちはあるけど、王様なんだったら私なんかが会えるわけないし期待しないでおこう。


 そしてエトニシアまでの距離について。

 聞いた話によるとそこまで遠いわけではなくて、馬車で一日程進めば辿り着くらしい。多分、クロが飛べば数時間くらいかな?


 ポケーっとそんなことを考えていると、クロが何かに気付いたように道から外れた草むらに歩き始める。


「ん、どうしたの?」


 クロが草むらを手で掻き分けると、姿を現したのは全長五十センチ位のカニさんだった。


「ひっ……」


 いや、大きすぎ。

 カニは嫌いでも怖くもないけど、突然巨大なカニさんが現れたらみんなこんな反応すると思うよ。はぁ、この世界の生き物は何でもかんでも巨大化すればいいと思ってる節があるよね。


「……?」


 しかし、動かない。

 不思議そうに眺めていると、クロがちょんちょんと触り始める。


「……」


 しかし、動かない。


「なんで動かないのかな」


 そう思って顔を近付けると、突然シャキーンッ!と威嚇してきた。


「えッ!?なに!?」


 直立不動。

 何がしたいのか全く分からないまま、時間だけが過ぎていく。


「行こう、クロ。驚かせちゃったみたい」


 カニさんからしたら私たちもあんな風に見えてるのかな、何してんだこいつ?みたいな。


 まあまあ、気を取り直して進もう。


「クロはお風呂入りたい?」


 温度が分からなければ、もしかしたら水浴びと対して変わらないのかもしれない。

 それでもお風呂に入っている私を見てきたからか、入りたそうな表情をする。


「エトニシアに着いたら探してみよっか。まあ……入れるかは分からないけどね」


 動物が温泉に入ってるのなんてお猿さんかカピバラくらいしかイメージ無いけど、お金払って貸切にして貰ったらどうにかなるかな。


「ガルル」


「え?」


 クロが何かを気にしているので、視線の方を見ると馬車がのらりくらりと道を進んでいた。


「ちょっと隅っこを歩こうか。驚かせちゃうし」


 馬を驚かせないように隅っこを進んでいくと、馬車を操っていた人がクロをみて開いた口が塞がらないといった様子だった。


 そりゃそうよね、と思いつつ私はぺこりと会釈する。すると、向こうも危険がないことを察したのか会釈を返してくれた。


 今すれ違った馬車には樽や箱等の荷物が積まれていて、予想するに商人なんじゃないかな。

 というか、私はまだモンスターを見かけていないとはいえ、モンスターの出る道で護衛を連れていないというのが気になった。

 あの人本人が戦えるならともかく、そんな感じの雰囲気じゃなかったし。もしかしてここって想像以上に安全なのかな。


 その予想は正しかったらしく、しばらく進んでもギルさんが言っていたモンスターらしき姿は見当たらなかった。


「モンスター居ないね」


 そう呟くと、クロも頷いてくれる。

 クロですら見つけられないということは、本当にここら一帯にモンスターが居ないってことなんだろうね。


 そんなことを考えていると、さっき出会った大きなカニが道路の真ん中で群れているのが見えてきた。


「何あれ……」


 異様な雰囲気を察した私はクロに乗って近付いていくと、カニが森の中に逃げていく。

 そして軍隊の影から現れたのは、成れ果てた小さな獣の姿。


「……あのカニがこれやったの?」


 サイズの小さな猫に近い動物で、おおよそカニの半分くらいの大きさ。

 かなりグロテスクな見た目になっているけど、もうこれくらいならなんとも思わなくなってしまった。


「てことは、さっき固まってたのは自分より大きかったからかな」


 自分より大きい動物は襲わなくて、小さい獲物だけを仕留めてるって感じなのかな?当然と言えば当然の生存方法かもね。

 となると、ギルさんの言っていたモンスターはカニさんだったのね。


「寝込み襲われるかもしれないし、やっぱり飛んでいっちゃおうか」


 うん、安全第一で行こう。

 今からなら向こうで宿も取れそうだし、それにとっとと飛んでいった方が疲れなくて楽だからね!

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