第42話・露天風呂

 解体をしていた人はクロを見て、一瞬ピクリと止まった。

 しかし、流石は職人というべきか即座に気を取り直して黙々と解体を続ける。


 既に尻尾は切り落とされており、次に魚の頭を軽々と切り落とした。

 そのまま流れるように身を三枚に下ろしていき、あんなにも大きかった魚は様々な形に解体されていく。


 そして骨の間に残った中落ちの部分を試食させてくれたりと、解体ショーは大いに盛り上がった。

 ちなみにクロは最後に骨ごと貰っていた。それって身より骨の味しかしないんじゃないの?と思ったけど、美味しそうに食べているので黙っておく。


「ありがとうございました」


 解体を終えた職人が一礼すると、観客は拍手を送る。


 観客達は解体した部位を購入したりと活気が溢れて来るタイミングで、私はさっき解体していた職人にあの魚を購入できないか聞いてみる。


「あの魚……マグロの事ですか?」

 

「え、マグロ?」


「ええ、あの魚の事です」

 

 え?どういうこと?

 ちょっと待って、なんでマグロ?いや、とにかく聞いてみよう。


「……その由来って分かります?」


「いやぁ、そこまでは……すみません」


 申し訳なさそうに謝る職人さん。どうやら本当に分からないらしい。


「そうですか」


「しかし、一体丸ごととなるとかなりの値段ですよ?」


 職人さんはチラッとクロのことを見る。


「一応値段だけでも」


「そうですね、丸ごと売ったことはないんですけど……一体の売上は金貨二十枚くらいでしょうか?」


 高い。

 けど、そんなもんだよね。


「分かりました」


 私はクロの鞍に括り付けてある袋から金貨を取り出し、職人さんに手渡す。


「え、あ、はい」


 今渡すの?と金貨二十枚を乗せた手のひらを見つめている職人さん。ちょっと突然で迷惑だったかな。


「あの?」


「ああ、少し待っていて下さい。まだ血抜きしてないものもありますけど、どうします?」


 血抜き……どうだろう?クロはあんまり気にしないと思うけど、汚れるかな。


「すみません、処理が終わってる方でお願いします」


 分かりました、と言って店の奥に向かう職人さんを横目にクロを見ると、どうやら待ちきれないという様子でキョロキョロしている。


「少し待ってね」


 しばらくしないうちに職人さんが帰ってくると、さっき解体していたマグロよりもかなり大きなサイズが登場した。


「え、大きくないですか?」


「ええ、気にしないでください。サービスですよ」


 お〜太っ腹な人だね。


「ありがとうございます!」


「はい、ありがとうございました」


 気前のいい職人さんと別れ、どこで食べてもらおうか迷っているとクロはペロリと胃袋に収めてしまった。


「美味しかった?」


「ガルル」


 美味しかったらしい。

 というか、丸呑みしても味って分かるのかな?まあ本人が満足してるならそれでいいんだけどね。


 それからしばらく市場の品物を眺めていると、タコみたいな生物が売っていたりと、なんとも既視感のある生物が多かった。

 クラーケンを見たあとでは食べる気も起きないけど、この町はどう考えても元の世界の影響を受けている。


 となると、私のようにこの世界に送られてきた人間が少なからず居るということになる。

 考えてみれば分かる話だと思う。

 私は交通事故で死んだ。しかし、元の世界は一日に何十万人が死んでるんだから。


「居るはずだよね、他にも」


 となると、この町は元の世界の人が訪れたと考えていいはず。


 まあ、職人さんの反応からして生きていないか、どこかに行ってしまったか。どちらにせよここには居ないんだと思う。

 特に職人さんがマグロの由来すらも知らないということは、もう何百年も前の話なのかもしれない。

 どちらにせよ新しい発見だったので、心の片隅に残しておこう。


「そういえば、灯台があるって聞いたね」


 外に出ると夏の長い太陽が下り、夜の帳が降りようとしている。

 この町には街灯があるようで、電気とは違う光源……多分、魔法による力で地面を照らしている。

 これと同じような光が灯台から出ており、海の方を照らしている。


「登れるのかな?」


 見張りをしている人がいたので聞いてみると、快く受け入れてくれた。

 どうやら現地の人から観光で来る人にも人気らしく、無料で登れるらしい。


 ちなみにクロの大きさでは中に入れないので、クロの背中に乗って飛んで行くことにした。


 降りれるかな?と思ったらかなり頑丈な作りで、クロが着地できる余裕のある所があった。


 そして見えるのはどこまでも続く水平線。そこに沈みゆく太陽が顔を覗かせている。


「おぉ〜!凄い景色!」


 この灯台の光はやはり魔法による物らしく、魔道具のようなものから何故か眩しくない光が遠くまで突き抜けていた。


「ガル!」


 この景色にクロも感動したのか、目を細めて眺めている。


 それからざわめく波の音に耳を澄まし、しばらくここに居ることにした。




 それから数時間、そろそろ宿を探さないといけない。しかし、宿を探しても探してもクロも一緒に泊まれる場所が見つからなかった。


 一応面倒を見てもらえる所とかあったけど、他のお馬さんがビックリしちゃって断られたんだよね。それに関しては仕方ないので、迷惑をかけてしまったことを謝っておいた。

 それからブラブラと夜道を歩いていると、少し高めの宿を見つけて事情を説明する。


「はい、大丈夫ですよ」


 良かった!いやホントに。

 しかし、クロは大きすぎて部屋に入れない為外の中庭で待機。


 そして驚いたのがこの宿には温泉があるということ。

 そこまで言われたらもうここに泊まるしかない!ということで今に至る訳です。


 早速温泉がある方に行く。


 ここにあるタオルとかは使っていいらしい。そして、説明をしてくれた受付の人には洗ってから入るように念を押された。

 元の世界の人が広めたんだろうね。マナーの良い人でちょっと安心したよ。そして温泉を広めてくれたこと。こればっかりは本当に感謝してもし足りないね。


 早速温泉に入ると、大浴場!というよりは二、三人が入れる大きさの露天温泉が四つほどある感じ。


「人いない……」


 貸切ってことかな?嬉しい半面、少しだけ寂しい。

 とにかく体を洗おうと周りを見ると、シャワーのようなものを見つけた。


「え、シャワー?でも、どうやって使うんだろう」


 魔道具だと思うんだけど、私魔道具使えないんだよね。魔力を溜め込んでるタイプだと使えるんだけど。

 それからしばらく弄り回していると、ボタンのようなものを見つけて押してみると急にお湯がでてきた。


「ひあッ!?」


 どうなってるんだろう?と顔を近付けていたのが仇となり、お湯を顔面で受け止める。

 ……突然お湯に襲われるとこんな気持ちになるんだね。コホン、冗談はさておき体を清めて露天温泉に入る。


「はぁ〜……久しぶり……」


 お風呂に入ったのは、実に一ヶ月以上前かもしれない。

 いやー!久しぶりに入るとお風呂の偉大さが分かるね!

 大きく息を吐くと、全身が脱力してつい眠たくなってくる。これこそ、至福のひとときってやつだね。


「ん〜……クロも入れたらいいのに……」


 クロの大きさ的に無理だろうけど、もっと大きな所だったら一緒に入れるかもしれない。いや、絶対に入れてみせる!


 そう考えると次の目的地は決まったようなものだった。

 

 よし、明日は海の国の首都エトニシアに向かおう!

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