第41話・リセル
私は固唾を飲んで、船乗り達を見渡した。
私の言葉だけでは信じてもらえないのか、武器を構えている人もいる。まあ、中には少しずつクロから距離を取って逃げようとしてる人もいるけど。
しかし、そんな中で一人のマッチョが武器を片手に私の元へ歩いてきた。周囲の反応を見るに、リーダー的な存在なのだと予想する。
「そこで止まって」
できるだけ下手に出るつもりだったけど、武器をもった人を近付かせる訳にはいかない。油断した隙にグサッとかシャレにならないからね。
それを理解したのか、マッチョは武器を捨てて私を一瞥する。
「……あんたは?」
良かった。どうやら話を聞く気はあるらしい。
「私たちはルステアから来ました。あなた方に危害を加えるつもりはありません」
そして、私は一拍置いて続ける。
「……今のところは」
脅しである。
下手に出すぎると、クロを利用しようと考える人が出てくるかもしれないからね。
対するマッチョの反応は険しいもので、眉間に皺を寄せて私の方を睨んでくる。
「……あんたの要求は?」
「……え?」
へ?要求?もしかして、脅しが強すぎた?
「……?」
どうやら、なにか目的があってこの船を救ったのだと思われてるらしく、男の様子を見るとクロの方をチラチラと伺っているのが分かった。
ふー、よし。
私は深呼吸して覚悟を決める。
「情報が欲しい」
すると、リーダーの後ろにいる船乗り達がざわめく。
それは「たったそれだけ?」という好感の持てる反応だったけれど、リーダーは顎に手を添えて何やら思考を巡らせている様子だった。
「どう?」
しばらく待っても答えてくれないので聞いてみると、ジッと目を細められ同時に私は内心心臓がビクッと跳ね上がる。
うーん、疑い深い性格なのか全然信用されていないみたい。特に裏があるわけじゃないのにね。
聞かれたのなら答えなければ失礼だと思ったのか、あまり時間も掛からずに口を開いてくれた。
「わかった……そして遅れてしまって申し訳ない。我々を救ってくれたこと、本当に感謝している」
どうやら悪い人ではないらしい。
流石にリーダーなだけあって、他の船乗りの事を考えて色々考えてたらしい。
それからしばらくの間リーダー、ギルさんから話を聞いて、海沿いの町まで送ってくれることになった。
そしてなんと!このマッチョギルさんはその町の町長だったらしく、船長兼町長なのだとか。それで町で過ごしやすいように手を貸してくれるらしい。これは本当に助かる!
「気にしないでくださ……」
「ちょ、ちょっと敬語やめて?」
町長という立場故に言い方を考えないといけないんだろうけど、最初の印象と比べてしまうと違和感しかなくて気持ち悪い。そういえば、前も似たような事あった気が……。
「わかった」
「って、切り替え速いね」
そっちの方が助かるけど、思ったより豪快な人って印象。ほら、偉い人ってあんまり良いイメージがないからさ。
とまあ、そんな話をしながらここら周辺の色々な話を聞くことが出来た。
先ず、今から向かっている町について。
町の名前はリセルというらしく、海の国エトニシアの中でも漁業が盛んな町で、なんと刺身が食べられるらしい!楽しみだね!
そしてクロについて質問すると、曰く龍を信仰しているので問題ないだろうとのこと。最初あんなに警戒してた人が何言ってるんだ、と思ったけど本当に大丈夫だって言われた。
そして、お金について。
これは問題なく使えるんだってさ。いやぁ、よかった。もし使えなかったらどうしようかと思ってたからね。
他にも気になったことがあったら質問し、ギルさんの顔色が悪くなった辺りで町に到着した。
おぉ、と思わず声が漏れてしまうほど奇麗な町は想像以上に整備されていて、もはや元の世界と遜色ないレベルの町並みに見える。
「ようこそ、リセルへ。案内人を付けた方がいいか?」
「いえ、そんなに長居しないので」
ありがたいんだけど、気楽に観光したいので断っておく。
「なにかあったら訪ねてくれ。あの家だ」
そう言ってギルさんが指さしたのは、周りの家よりも少しだけ豪華で分かりやすい家だった。まあ、そりゃ町長だからね。
船乗りを待っていた人たちが泊まった船に近寄り、順番に降りていく船乗りを出迎えている。
「クロ、私たちも行こうか」
クロが頷き、クロと共に船を降りると悲鳴が上がった。
やっぱダメじゃん!と思いながら様子を伺っていると、恐怖よりも好奇心の方が上回ったのか小さくクロを褒める声が聞こえてきた。
「あ、ギルさん!」
誰かがそう叫ぶと、ギルさんが片手を上げながら船から降りてくる。
「皆に紹介しよう、彼女はヒノ。そしてクロ。今回私たちを救ってくれた恩人だ!くれぐれも、粗相のないようにな!」
すると歓声が上がった。
クロを受け入れてくれたことは凄く嬉しいんだけど、それ以上に驚いたのがギルさんの人気の高さ。
でも確かに少し話しただけでいい人って感じたし、人望の厚い人なんだね。
「これからしばらく町にいるそうだ。見かけてもあまり驚かないでくれ。ああ、迷惑もかけないようにな」
それだけいうと、解散!といって人集りを散らしていく。
「そんじゃ、観光楽しんでくれ」
「うん、ありがとう」
最後に感謝を伝え、クロと一緒に新しい町の中に進んでいくことにした。
歩く度に驚きの声が上がる。
目立ってしまうけど、クロがいるのでそれは仕方がない。
そんなことより楽しもう。クロと落ち着いて観光するのなんて初めてだからね!
しかし、クロを連れて歩くと勝手に道が空いていくのでかなり快適……とはならない!確かに歩くのは楽なんだけど、周囲のクロを見る目が騒がしくて全然集中できない。
「スゲー!」
そんな声が聞こえて振り向くと、まだ小さな男の子が周りの人よりも比較的近くでクロをキラキラとした瞳で眺めていた。
「……凄いでしょ?」
「うん!凄い!」
クロを褒められるのは悪い気がしない。
周りの目も恐れというよりは興味って感じだし、悪いこともしてないんだからもっと堂々として歩こう。
「リセルに来たの初めてなんだけど、どこに行ったらいいかな?」
観光する場所と言ったら現地の人に聞いた方が早いからね。
「特に何もないけど、船は凄いよ!」
「ふーん、船かぁ……」
実は船はもう見たんだよね。
私とクロを送ってくれた船とは違うやつで、もう一回り大きくて迫力があった。
「他には、あの灯台とか?くらいかなぁ」
「灯台?あ、ホント」
男の子が指さした方向には立派な灯台が見えた。
その灯台も結構高さがあり、元の世界の灯台とほぼ同じような大きさだった。
うん、後で行ってみよう。クロも入れるか聞かないといけないね。
「あ、それと美味しいご飯ってどこで売ってるのかな?出来ればクロも食べれたらいいんだけど」
そう、もう空は日が暮れ始めた頃。
今朝海を渡り始めたので、特にクロは空腹だと思う。私はクロの背中の上でこっそり食べてたけどね。
「それなら向こうに魚市場がありますよ」
近くを通ろうとしていた親切な人が教えてくれた。
「そうなんですね、ありがとうございます。それじゃあね」
お礼を言いつつ男の子にも挨拶し、言われた方に進んでいく。
ふふ、別れ際にクロが尻尾を男の子に触らせてあげていたのを私は見逃さなかった。カメラで収めたいワンショットだったよ。
それから教えてもらった通りの方向を進んでいくと、空中を魚の生臭い匂いが漂ってきた。
「あそこかな?」
アーチ状にくり抜かれた建物が見えてきて、その中では沢山の人で溢れ返っている。
「ガルル」
人が多いけど大丈夫かな?と不安になっている私を置いて、クロは迷いなくズカズカと進んでいく。
「え、ちょ」
咄嗟に背中に乗ってクロの自由にさせると、何やら人集りのできている場所に到着した。
「これは、解体ショー?」
上半身を露出させたマッチョが、一メートルくらいある包丁?を使って巨大な魚を解体している。
「え、あれ欲しいの?」
その解体ショーの後ろには同じようなサイズの魚が何匹かぶら下げられている。
魚はマグロに近く、赤身で一見マグロと見違えてしまったほど。
「……」
目は口ほどに物を言う。
クロはあの魚がどうしても食べたいらしい。サイズ的には少ないくらいだけど、ここまで頑張ってもらったからご褒美を上げないとね!
しかし、今は解体の途中。
もし、ここで買います!とか言っても迷惑になるだけなので、終わるのを待つことにした。
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