第40話・漁船の救世主

 目を覚ますと、迫る潮の音が耳に届く。


「んっ……朝……」


 体を伸ばしながら翼の中から出ると、朝日がキラキラと海原を照らしていた。


「お……クロ、朝日」


 クロは既に起きていたらしく、首だけ朝日の方に向けていた。


「準備したら出発しようか」






 景色を置き去りに大海原を飛び抜ける。

 潮の香りを乗せた風と夏の日差しが、今までとは違う空の旅を楽しませてくれる。


「海、綺麗だね」


 水面を見下ろすと、浅瀬でのエメラルドのような輝きとは違い、深い藍色が均等に広がっていて別の美しさがそこにはあった。


「あ、魚!」

 

 海に見とれていると、水面下には魚が軍を率いて優雅に泳いでいる姿がチラッと見えた。

 へえ、この世界でも魚は群れを作るんだね。元の世界より大きな魚とか多そうだし、当然っちゃ当然かな。


「あれ……なんか」


 水面下の藍色が大きな黒に蝕まれ、大きくなっていく。


「クロ!逃げてッ!」


 異変に気付いたクロは急上昇するして、その異変を間一髪で避ける。

 爆発音に近い強烈な音が空間に響き渡り、私の顔に水飛沫が弾ける。

 咄嗟に手で目を庇うと、その指の間から見えたのは巨大な竜のようなモンスターの姿。

 

 うそッ……クロより何倍も……!?


「離れてッ!」


 勝ち目のある敵ならともかく、この体格差と相手に有利な状況だったら逃げるしかない。

 幸い相手は獲物を仕留め損なったと海の底に潜り、先程の美しい藍色の海面に移り変わった。


「怖……」


 夏だと言うのに冷や汗が止まらない。

 この美しい大海原も、獲物を仕留めるための罠だと考えると恐ろしい。


「海洋恐怖症になりそう……」


「ガル……」


 クロも同意見らしく、先程よりもかなり高度の高い位置で飛行することに決めた。


 それにしても、さっきの化け物はなんなのだろうか。

 パッと見竜のような見た目だけど、翼はなかったから海に適応した竜みたいな感じの見た目。

 まあ、この世界ならそんな感じのモンスターが居るんだろうな、とは思ってたけど。


「怖すぎる……」


 もっと深い海の底……深海にはSCPみたいな超巨大モンスターとか……。

 もちろん、架空のモンスターとかに憧れはあったりする。だけど、架空のモンスターは架空だからこそ楽しめるもので、現実にいちゃいけないんだよ。

 そもそも、クロですら敵わなそうな相手に会ったのは初めてだったし。よし、気を引き締めないとね。


「海に気をつけて!」


 念には念を押しておく。

 うん、さっきの件は軽いトラウマだよ……。


「クロ、あそこなんか色が変じゃない?ちょっと気を付けてね」


 注意深く海を観察していると、藍色の中から明るめの青い液体が煙のように流れている。


「ガル」


 すると、何かに青く染められた海から巨大な触腕が何本も海から突き出る。


「あれは……タコの手……?」


 言わずもがな、頭に思い浮かんだのはクラーケンだった。


「え……?」


 次の瞬間姿を現したのは、予想以上にトゲトゲしたより凶悪なクラーケンの姿だった。


「ちょ、ちょ、な、何あれ……」


 そして、暴れるクラーケンと共に姿を現したのが先程の化け物と同じような蛇型のモンスター。

 蛇型にクラーケンが絡みつき、せめてもの抵抗でクラーケンの頭に噛み付いている蛇型のモンスター。

 海に漂っていたのは、このクラーケンの青色の血だったのだ。

 そしてクラーケンが有利だと思った次の瞬間、蛇型のモンスターがブレスを吐いてクラーケンを海に押し返した。


「うゎ……気付かれないように行こう……もっと高くお願い」


 海怖い、もう見たくないよ……。


 と、言うことで雲と同じくらいの高さを飛ぶことにした。


「海で遊ぶのは当分いいかな……」


 クロが強く頷くのを見て安心しつつ、私は一抹の不安を覚えていた。

 それはこの海がどこまで続いているのか。

 かれこれ二時間ほど飛び続けており、かなりの速度で飛んでるからそろそろ陸が見えてもいいんじゃないかな。

 元の世界で海を渡るのにどれくらい掛かるのか分からないけど、バルさんが海の国のことを知ってる理由が分からなかった。

 ほら、だってこんな危険な海をどうやって渡るの?クロでも危険なくらいだし、なんか方法があるなら話は変わるけどね。


「悩んでも仕方ないか……」



 それから飛び続けること数時間程。

 海の色が明るくなり始め、水深が少しずつ浅くなっていくのがわかった。


「よかった……もう海は懲り懲りだよ」


 クラーケンを見たあとも似たような光景を何度か見かけ、もはや大怪獣バトル。正直、生きて通り抜けられた事に驚いた。


「はぁ〜……よかった」


 ここまで来れば大きなモンスターも……。

 海を見下ろすと、数メートル程のモンスターが楽しげにじゃれ合ってる姿が見える。


「うん、平和だね」


 クロよりも小さなモンスターがいることにホッとしてしまった。それほど海で見つけたモンスターは化け物しかいなかったのだ。


 浅くなり始めた海をさらに飛んで行くと、船のような影が微かに見えた気がした。


「クロ!なんか見えた!あっち向かって!」


 やっと人に会えるかも!

 嬉々として向かうと、微かに見えた雲の影はより鮮明に見えてくる。


「え……襲われてる!?」


 数十メートル程の船が、クロよりも一回り小さな蛇型のモンスターに襲われていた。

 というか、こんな海に船を出すなんてこの世界の人間はどうかしてる気がするけど、今考えることじゃないね!


「助けに行こうッ!」


「ガルル!」

 

 やっと見つけた海の国の手掛かりなんだから、絶対に助けないと!


 襲われている船はパニックに陥っているようで、モンスタを撃退する余裕はなく転落しないようにしがみついてる人が多い。

 そこにクロが近付くと更にパニックが起こってしまうが、それは無視!


 船の甲板に向かって飛ぶと、クロが体を捩らせる。

 これは降りろ、という合図だ。


「クロ……!?や、わかった!」


 足でまといになるのだけはダメだ。

 勇気を振り絞り、甲板との距離が最も近くなった辺りでクロから船に飛び下りる。


 しかし、着地に失敗してゴロゴロと甲板の上で回転し、訳が分からないまま舷に頭をぶつけて停止する。


「痛ッ……」


 ぶつけた部位を擦っていると、船乗り達が何かを叫んでいる。


「何が起こってるッ!?」


「竜だッ!海竜と竜が戦ってるぞッ!」


 慌てて爆音が聞こえる方向を向くと、クロとモンスターが戦っていた。

 本来であれば黒い霧を撒き散らして戦うクロだが、今回は守るべき人間がいるので使えない。


 しかし、戦況はクロが圧倒的有利に見えた。

 大きさや高所を取っている点でクロが有利、そしてさらにクロには持ち前のスピードがある。


 空中を自由自在に飛び回るクロはモンスターを翻弄し、徐々に傷を増やしていくモンスターは悲鳴のような雄叫びを上げている。


「も、もしかして味方なのか……!?」


「んな訳ねぇだろッ!このまま逃げるぞ!舵を切れッ!」


「あ、ああ!わかったッ!」


 船乗り達からそんな声が聞こえてくる。

 どうやら、クロとモンスターか戦ってる間に逃げてしまおうということだろう。


「そんなッ……」


 いや、冷静に考えたらそれでいいかも。

 そうすればクロは戦いやすくなるし、彼らも安全に避難できる。


「ああ……終わった……」


 しかし、そんな考えは杞憂に終わった。

 どうやらクロはモンスターを既に撃退し、船の上を飛んで様子を伺って私を探している。


「クロッ!こっちこっち!」


 ズドンッ!とクロが私の後ろに着地し、同時に船乗り達の視線が一斉に私の方に向いたのがわかる。

 恐怖、混乱、戸惑い、期待……そして、小さな敵意。

 竜ならともかく相手が人間であるなら、それも小さな女であれば脅しも視野にということだろう。


「ガルルルルル……!」

 

 クロは敵意を敏感に感じ取ったのか剣や槍、モリを持っている船乗りたちを威嚇する。


「ひ……」


「クロ、ここは私に任せて。こっちから手を出さなければ大丈夫だから」


 そう言うとクロはため息を吐きながら顔を下げ、敵意がないことを示すように座り込む。


「驚かせてごめんなさい。襲われていたのを見かけたから助けに来たの」


 それを聞いた船乗り達はお互いに顔を合わせ、目に光が差し込んでいくのが見て取れた。

 よし、これなら大丈夫そう……。


「私はヒノ。この子の名前はクロ。話だけでも聞いて貰えませんか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る