第36話・釣り日和

 生い茂る森の中を進み続け、丸五日が経過した。

 しかし、求めている海が姿を現すことはなく、とめどなく木々が溢れるばかりだった。

 正直、いい加減にして欲しい。

 私とクロの会話も昨日から途切れてしまい、一言で言えば移動することに飽きてしまった。


「……」


 話す話題がない。

 クロは興味無い話に返事はしてこないが、やはり聞いてはくれているみたいで少し機嫌が良くなったりする。

 なら、話してあげたいではないか!

 ということで、話す話題がなくなってしまった時の最終手段を召喚する。


「今日は天気がいいね、晴天だよ」


 そう、天気の話である。


「……こういう日は釣り日和だね。釣りって分かる?」


 知らない単語に興味が出たのか、クロは首を横に振って進む足を速くする。


「糸の先っぽに餌を付けて、魚を釣り上げるの」


「グル」


 興味深そうな顔をするので、川とかあったら見せたいね。

 実は、兄さんの趣味が釣りで一時期付き合わされていたことがある。両親譲りなのだとか。

 ということで、釣りの専門的な知識はないけど餌の虫は触れたりする。

 というか、この世界に虫っているのかな?見た事ないけど。


「……ちょっと待ってて」


 クロの背中から飛び降り、近くにあった石をコロコロとひっくり返していく。


「いない……」


 居ない。

 居ない。

 居ない。

 そして少し大きめの石をひっくり返そうとするが、重くて失敗。


「ガル」


 見兼ねたクロが軽々とひっくり返してくれる。


「お……!」

 

 ついに姿を表した虫に、私は絶句した。

 ミミズのような虫が突然の日差しに驚いたのか、周囲をキョロキョロと伺っている。

 よかった〜!この世界でも釣りとかできそ……。

 ミミズ(仮)がこっちを振り返った。

 その異様な姿を表現するならば、ミミズの風貌に頭部だけ人間の歯茎を取って付けたような感じ。


「ぉ……ぉぁ……」


 釣りで餌にする虫餌といえば、ミミズとかイソメのニョロニョロした虫だと思う。

 だけど、これはレベルが違う。


「ギィィ……」


 ぇ……なんか鳴いてる……。


「ク、クロ閉じよう……早く」


「?」


 不思議そうな顔をしながらバタン、と石を被せてくれるクロ。


「……行こう」


 見てはいけないものを見てしまった。

 よし、この記憶は消してしまおう。それが一番いい。


「釣りか……」


 まさか、あんな生物がこの世界にいるとは思わなかった。もしかしたら、この世界の魚はあんな感じの生き物を食べているのだろうか。


「ガル」


 いやいや、あの生物に針でも刺したら「ギィィィィ!」とか叫び始めるって……。


「……諦めよう」

 

「ガル!?」

 

 いや、待てよ?『生産魔法』で虫じゃない餌とか、元の世界の虫餌を創り出せばいいんじゃない?


「とにかく、行こう」


 よし!気を取り直して再出発!

 この世界の石は気軽にひっくり返してはいけない、と心のメモに百回ほど書き連ねて閉まっておく。


 そんなことを考えながら旅路を進んでいくこと数時間。時計があれば正確な時間も分かるんだけど、まあそこは気にしても仕方がない。


「ガル……!」


 クロが突然走り出した。


「え、なに!?どうしたの!?」


 突然の爆走で木にぶつかるかと思ったけど、そんな心配を他所に簡単に避けて進んでいく。


「ガル」


「クゅッ……!」


 そして突然止まった。


「ガルルル」

 

 上機嫌な声を上げるクロ。

 一体全体何か……。

 そう思って顔を上げると、そこからは水の迫る音。

 全体が青々とした森に覆われ、小さな波の下には魚が優雅に泳いでいる。

 私たちは巨大な湖を見つけた。


「海ではないよね……?」


 この世界の海が湖の事じゃない限り、ここは目的地じゃないと思う。


「でも、綺麗だね」


「ガルル」


 よし、釣りをしよう。


 そうと決まれば……何を創ろうかな。

 釣具を創ろうと思ったけど、嵩張るんだよね。ほら、使い終わったらそこら辺にポイッってできないからさ。

 よし、天然の釣竿を作ろう。サバイバルロッド……いや、ナチュラルロッド?


「必要なのは長い枝と針、重り……あとは糸かな」


「ガル」


 そうと決まればクロが森の中に走り去っていく。必要のものを探しに行ってくれたのかな。

 さて、問題の糸と針だけどこれは普通に創り出していいかもしれない。重りとかは何とかなるだろうし。


「ガルル!」


「早ッ」


 クロは様々な形と長さの枝を咥え、私の前にボトボトと落とす。

 うん、多いね。二十本ぐらいある。


 さっそく糸と針を創り出して、良い形の枝に括り付ける。そして重りはその辺に落ちてる凸凹の石で代用する。


「餌はどうしようかな」


 生き餌の方が食い付きがいいと兄さんから聞いたことがある。

 ということでミミズを創り出し、そこで私は気付いてしまった。


「ガル?」


「生き物……」

 

 時既に遅し、創り出したミミズは私の手のひらでヒョロヒョロともがいている。


「……大丈夫かなこれ」


 するとミミズは動くのを止め、私の方を向く。

 その瞬間、私の頭の中に何かが流れ込んでくる。


「!?」

 

 それは情報。私とは違うところから何かが聞こえ、何かを感じる。

 慌てて手のひらを見ると、何かを求めているように身動ぎするミミズ。


「もしもし……?」


 顔を持ち上げて私の方を見るミミズ。

 そして、振動のような感覚が響いてくる。


「もしかして……あなたの感覚……?」


 ミミズはニョロニョロと反応する。

 そういえば私はどんな生物にも言葉が伝えられるんだった。しかし、この感覚に関してはよく分からない。


「……逃げていいよ」


 そう言って地面に手を近付けるが、私の手のひらから降りようとしない。

 逆に嫌がってるような感覚が私の中に届く。多分、これはミミズが感じていることを私が受け取っているみたい。

 意味が分からないけど、そういうものだと受け入れるしかなさそう。


「……あなたはここにいて」

 


 未来の自分に任せるため、石の上に乗せておくことにした。怒っているのか喜んでいるのかニョロニョロと激しく動き回っている。

 ちなみに、頭の中に伝わってきたのは激しい喜びだった。

 

 ん、んん……気を取り直して続けますか。

 虫じゃない餌を創り出し、針に刺して天然の釣竿完成!

 形はまあまあいい感じなんじゃないかな?


「ガルル!」


 クロも喜んでいるらしい。

 よし、さっそくやってみよー!


 ポチャン。


 ……。


 ……。


 ツンツン……。


「きたッ……!」


 グンッと引っ張られる。

 これは……強いッ!全力でやらないとッ!


「ぬぬぬ……」


「ガル!」


 クロ応援を力に変換させ、強敵を釣り上げる。


「よいしょ!」


 釣れたのは手のひらサイズの普通の魚。

 クロのテンションが急激に下がるのを無視して、私は魚に目を落とす。

 先程の歯茎ミミズに比べたら、全然普通の魚だね。でも見た事ない種類には違いない。


「食べられるのかな」


 川や湖の魚で食べれない魚は聞いたことないけど、この世界でもそうなのかな?ほら、海だとフグとかいるからね。

 チラリとミミズの方を見ると、また激しく暴れている。

 私が釣れたことを喜んでる……?まあ嬉しいんだけど、ミミズに喜ばれるのは複雑な気分。

 

「クロもやって見る?」


「ガル」


 クロに太めの枝を咥えさせ、針に餌を付けて湖に投げる。


「……?」


 しばらくして持ち上げると、知らぬ間に食べられたのか餌が付いてなかった。

 諦めずにもう一回。

 しかし、また餌が消えていた。


「……もう一回やろう」


 そんなやり取りが続くこと十回。

 クロは発狂して湖に走り出し、魚を襲い始めた。


 クロが雄叫びを上げる。

 尻尾で薙ぐと魚が陸地に打ち上げられ、帰ってきたクロの口には大きな魚が咥えられていた。


「……釣り、楽しかった?」


「ガル!」


 結果良ければ全て良し。

 私たち三人は気を取り直して旅を続けた。一人と一体と一匹で。

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