第35話・静かな雨の日

 私とクロは変わらない景色の中を、ひたすら歩き続ける。

 道中時折モンスターを見かけても、襲いかかってくるならクロの餌、逃げるなら良しといった感じで普段と何ら変わったことはない。

 そして、私はそんな状況に飽きてしまった。


「暇ね……」


 休日、何もすることがない、又はしたくない時にはボーッと虚無を眺めて時間が過ぎるのを待つと思う。

 私はまさに今、そんな状況だった。


「クロ~暇だね」


 チラリとクロの顏を見るが、このような中身のない会話は大体無視されたりする。

 まったく、暇は自分で作るものと言うけど、望んでない暇がこんなにも辛いものだなんてね。


「まだ朝なんだけどなぁ……」


 空を見上げると、まだ太陽は……あれ?


「雲行きが怪しくなってきた。雨宿りできる場所……」


 ぽつ、ぽつ……。


 薄い雲が大空に張り付き、細い雨が私の頬に触れる。


「急いで探そう」


 しかし、周りには木々が連なるだけで雨宿りできそうな場所はなかった。

 雨は徐々に強くなっていき、クロは怪我してない方の翼を私の頭上に置いて傘代わりに使わせてくれる。


「ありがと」


 お礼を言いつつ雨の中進んでいくと、やがて地面がぬかるんで靴が濡れてくる。

 そろそろ見つけないと、と思った辺りで木々の隙間から湖が見えてきた。

 湖というよりは池だったけど、その池を挟む形で丁度いい感じの洞穴を見つけた。

 

「クロ、あそこに行こう」


 流石に雨の中歩くのはしんどかったので、気まぐれな神様に感謝しておこう。

 別に雨は嫌いじゃないし、どちらかと言えば知らない世界に来たようで好きだと思う。それでも、時と場合に因るよね。

 

「よいしょ」


 乾いた場所に腰を下ろし、靴と靴下を濡れていない石の上に干す。

 ワキワキと湿った足を浮かせて乾かしながら、クロと並んで雨に撃たれる池の様子を眺める。


「いつまで降るのかな?」


「ガルゥ……」


 お腹が空いたのか、しょんぼりとするクロ。

 確かに、ここで休むという事は雨が止むまで狩りに行けないという事だからね。


「まだまだ止みそうにないから火でも作ろう」


 と思ったけど、乾いた木がなかった。うーん、残念。

 結局やることもなくザーザーと木々を叩く雨の音に耳を澄ませる。


「夏だね……」


 最近暑くなってきたし、さしずめこの雨は梅雨……な訳ないか。でも日本と同じで海が近いとしたらその可能性もあるのかな。


「グル……?」


「あ、夏って分かんないか」


 夏……なんて言えばわかるかな?


「うーん、夏って言うのは一日が長くなり始めた頃?……暑く?いや、わかんないや」


 そもそもクロには暑い寒いという感覚がないらしいので、もしかしたら変化すら分からないのかもしれない。ちょっとだけ寂しいけど。


「そういえば、今は海の国ってところを目指してるじゃん?」


「ガル」


「このままいろんなところを旅するのも楽しそうじゃない?」


 コクコクと楽し気に頷いてくれるクロ。

 昔、家族で旅行に行った時の様な気持ちになる。

 楽しかった前世の、ずっと昔の記憶。

 

「……クロはどっか行ってみたいことある?」


 首を横に振るクロを見て、私は「そっか」とだけ言い雨の向こう側を眺めることにした。

 そして、ゆったりとした眠気が襲い掛かってきてウトウトとしてしまう。



「氷乃、氷乃?起きて」


 誰かが私の肩を揺らして、起こそうとしてる。

 でも、これは現実じゃない。夢の中……いわゆる明晰夢みたいな感じ。


「起きて」


 重い瞼を開く。

 顔には光が差し込んでいて見えない。いや、違う。いつからか思い出せなくなっていたんだ。


「母さん、起こさなくていいよ。ゆっくりでいいんだ、今はね」


 そうだ、この人はお母さん。あの人はお父さん。


「そう?いえ、そうよね」


 二人は立ち上がり、外に向かって歩いていく。

 私は縋るように手を伸ばすが、二人は遠くに行ってしまい届かない。


「大丈夫、氷乃のペースで歩けばいい」


「そうよ。お友達も一緒にね」


 その声が聞こえ、隣にはクロが居た。


 私は目を覚まし、重い瞼を持ち上げた。

 頬に冷たくて硬い何かがグリグリと押し付けられ、雨の音が私の頭を覚醒させていく。


「まっ、おか……え、クロ……?」


 ああ、やっぱり夢だったんだ。

 初めて見た夢のような気がしない。そう、随分と昔あの夢を見ていたような気がする。


「ガルル……」


 ふと違和感を感じたので目を擦ると、指が濡れた。

 

「涙……?」


 知らぬ間に泣いてしまったのか、目元が熱く濡れていた。

 あれ……?懐かしい夢を見たからかな。


「ガルル」


 心配してくれるクロ。

 というか、両親のことは小さい頃に割り切ったのでそんなに気にしてないつもりだった。


「……平気。なんか不思議な夢を見てたの」


 明晰夢なんて見たことなかったけど、だからって何かがあるわけじゃないし。

 私の知らないところでいなくなって、顏すら見られなかったのに今更夢に出てくるなんてね。


「?」


 首を傾げるクロの頭を撫でる。本当に素直で可愛い竜である。

 それでも、クロは竜だから私よりずっと長生きをするんだろうね。できることなら私の事を忘れずに、私が眠りについた時は見送ってほしい。ちょっと自分勝手かな?


「大丈夫だよ」


 さてと、どれくらい眠っていたのかは分からないけど雨はどんな感じかな?


「よかった、止んできたね。少ししたら移動できそうだよ」


 雨は先程よりは確実に弱くなっており、空模様を見た感じそう時間も掛からない内に晴れそうだった。

 足に着いた土を払い、乾いた靴と靴下を手に取って履いていく。


「グル」


 ふと、両親のことを思い出してみるとクロにも家族がいる筈なんだよね。


「クロには家族っているの?ほら、兄弟とか」


「?」


 うーん、伝えるのが難しい。家族と言えば血の繋がってる人の事を言うんだろうけど、そもそもクロは人じゃなくて竜だし、血の繋がりとかわかるのかな。


「ほら、育ててくれた人とか……」


 そう言うと納得したのか、目を輝かせて私に顔を近付けてくる。

 いやいや、私の事じゃないんだけど……実はちょっと嬉しかったり。ある意味家族って思われてる訳だからね。


「産んでくれた人とか……?ほら、私と出会う前に」


「グルルル……」


 ブンブンと顔を横に振るクロ。

 その姿はどこか不機嫌そうで、あまり良い思い出はないのかもしれない。今後この話はしない方が良さそう。


「そっか……」


 竜がどうやって育つのかは分からないけど、私が出会った時のクロはかなり幼かったように思う。

 もしかしたらだけど、クロは両親に十分な歳まで育てられていない可能性もある。言い方を変えると、私に出会うまでずっと一人で過ごしていたのかもしれない。


 あくまで、その可能性があるってだけ。

 しかし、そう考えると私をすぐに食べなかったことも納得できる。

 

 ま、予想に過ぎないんだけどね。


「ガルル」


「あ、ホントだ。止んできたね」


 激しかった豪雨はポツポツと優しい雨に変化しており、外を歩いてもそんなに濡れなさそうだった。

 そろそろ出発してもいいかな?


「ク……」


 クロに声を掛けようとしたけど、クロは雨の音を聴いて私の声は届いていなかった。

 うーん……邪魔するのは良くなさそう。もしかしたら、さっきの話が原因なのかもしれないし。


「ねえ、もう少しここに居ようよ」


 静かに頷くクロを横目に、見たことのないような景色を満喫する。

 霧のような小雨が木々を湿らし、その光景は幻想的に見えた。

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