第33話・旅立ち
「やばいかもな……」
嘘……まさかクロが?
「行った方が良いんじゃ……クロを助けないと……!」
クロの身を案じた事なんてなかった。それほどまでにクロに頼り切っていた。
しかし、エルさんが走り出した私の腕を掴んで止めてくる。
「落ち着け!アンタが行ったところで何も変わらな……」
「ああ、その通り」
そんな声が組合の入り口から聞こえてくる。
「テメェは……」
現れた男は神経質そうな細目で、いかにも性格が悪いですって感じの顔をしている。というか、明らかに悪者が登場する時のキメ顔だった。
「騎士団副隊長……あの豚からのお使いか?」
豚……多分貴族のこと?
「いやね、やっと隊長様を追い落せそうなんだよ。ほら、その娘を捕らえるのを手伝ってくれたら相応の謝礼は払うよ?」
なっ!?そんなこと……。
「ほお?」
な、なにいぃぃぃぃぃ!?
「ふふ、いくらで雇われた?その倍は出そう」
そもそもお金払ってないんですが!?
「あぁ……?倍っていったらオメェ……ちょっと耳貸せ」
頭が追い付かない私を無視してひょこひょこと手招きするエルさん。いいや、こんなやつにさんなんて付けなくていい!
「ふうん?まあいいだろう」
「まあ……なッ!」
ボガンッ!
鈍い音と共に男を吹き飛ばすエル。いいや!エルさん!疑ってすみませんでした!
「お前ぇ……」
「わりぃな、コイツは俺の依頼主。先払いで俺の命を救ってもらってんだ」
か、かっけえ……!
「いつまで座ってんだ?ほら、お仲間を呼びな。アイガサ悪い、先に行ってくれ」
「わかった。ありがとう」
男の脇を通り抜けて組合の出口に走り出す。
「待て!逃がす訳に……」
「お前は俺の相手だろ?ほら、歯ぁ食いしばりな」
え?悲鳴?そんなの聞こえないよ。
そんなことより、今はとにかくクロを探して逃げないと!
「いたぞ!」
やばッ!騎士は全員敵だったんだ!
私は走って走って走りまくる。
そりゃあもう地の果てまで。
「ヒノさん……こっちこっち!」
狭い道を走っていると、バルさんの娘であるベルさんが手招きしていた。
「早く!竜さんの居場所も分かってるから!」
え、クロの!?
「わ、わかった!」
偶然ポーション屋の裏側だったらしく、裏口から中に入りやっと一息つけた。
「た、助かった……」
「まだだよ。ほら、そこの窓を覗いて見な」
カーテンで閉められている窓をバルさんが指さす。
「クロ……」
窓の先には騎士達にロープで口と翼を縛られたクロが寝っ転がっていた。
抵抗していないからかそれ以上何もされておらず、クロに乗ることさえできれば簡単に逃げられそうだ。
しかし、問題はクロの周りに集まっている何十人もの騎士。
そんな騎士と冒険者が怒鳴り合っているが、良くも悪くもまだ殴り合いには発展していなかった。
「安全な方法は……」
クロの翼のロープさえ切れれば、なんとかなる。
でも……私が走っても簡単に捕まっておしまいだから慎重に行かないといけない。
「この国を出たらどこに行くか決まってるかい」
バルさんが突然そんなことを言い始める。
「今はそんなことより……」
「今しかないんだ。いいかい?決まってないなら広場から冒険者組合の方向にずっと進みな。龍を信仰してる海の国に辿り着く」
「え、え?なんで……」
その言い方はまるで……。
「もう戻っては来られない。いいね?手筈は整えるから、全て私達に任せなさい」
「わ……わかった」
今考えておかなければ、今後の動きに支障が出る。まずは家に帰ることを第一目標にしよう。
何をするのか聞く前に二人は動き出し、店の奥からいくつものポーションを手に取っていた。
「これは煙幕になる。合図を出したら混乱に乗じてロープを切って飛んで逃げな!」
「え、ロープを!?」
「それくらいは自分でなんとかできるだろう!?」
「わ、わかった!」
完全に忘れてた。
『生産魔法』でナイフを創り出し、二人の合図を待つ。
「いくよッ!」
「はい!」
二人がポーションを投げ、周囲一帯が青色の煙で包まれる。
「なんだッ!?」
視界を奪われ混乱している騎士達に向かって走り出す。
「ギルマス!」
「へへ、来たかよ」
言葉の意味を瞬時に理解したのか、ギルマスは大きく息を吸い込む。
「野郎どもォォォッ!道を開けさせろォォォッ!英雄のお出ましだッ!」
私が走っていく方向に冒険者が雄叫びを上げながら突っ込んで道を開いてくれる。
「な、貴様らッ!邪魔を……!」
ここまで来れば簡単だ。
クロの背中によじ登り、ロープを切り裂く。
「家には帰るな。騎士が向かってる」
煙幕の中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「え……?」
声の主は甲冑を着た騎士だった。
「早く行け」
「クロッ!行くよッ!」
頭が整理できないまま、言われた通り脱出する。
「グルルル……!」
ごめんッ!口は後で解いてあげるからッ!
自由を取り戻したクロは羽ばたき、空に舞う。
「逃げるよ、クロ!」
助言通り家に帰るのは諦め、先程バルさんから教えてもらった方角に飛ぶ。
ここまで来たら流石に諦めただろうと振り返ると、何やら騎士たちの様子がおかし……。
「クロ……避けてッ!」
炎の弾が勢いよく飛び出し、私の声に反応したクロは急旋回して寸前で躱す。
危なッ……殺すつもりじゃ……!
「クロ!急いで逃げて!」
・
何度も襲い掛かってくる炎の弾をギリギリで避け、ルステアから脱出することに成功した。
だけど、まさかあそこまでしてくるとは思ってもいなかった。だって、あくまで私たちは生け捕りでしょ!?運が悪かったら死んでるんだよ!
「はぁ……クロ、大丈夫?」
縛られたロープを切り、苦しそうなクロを撫でる。
今は森の中。巨大な樹が見えているので家からはそう遠くない場所だと思う。
「もう少し距離を離しておこ……?」
そう思って背中に乗ろうとすると、翼から出血していることが分かった。
慌てて怪我している部分を見ると、一部骨が見えたりとかなり悲惨な事になっていて、とても見ていられなかった。
「だからさっき……」
普段のクロであれば、あんな遅い炎の弾を避けられないはずがなかった。
そう、この怪我さえなければ。
「歩いていこう。少しでも離れたいから」
クロが頷くのを確認し、方角の通りに進んでいくこと数時間。
日が暮れ始め、見通しが良い高地で休む事にした。
「ねえ、クロ……向こう……なんか光って」
空が暗くなり始め、ようやく変化に気付いた。
「あれは……私たちの家……?」
巨大な樹は完全に炎で包まれ、巨大な火柱となってその存在を強調する。
「グルルルルル……」
クロが怒っている。
私も当然……心の中で何かが動く。
怒りとは違う、虚しさに近い何か。
「クロ。ごめんね……私のせいで」
左右に首を振ってくれるクロの頭をぎゅうっと痛い程抱きしめる。
「ごめん……みんな……」
「ガル……」
私のせいでみんなに迷惑を掛けてしまった。
違う。そんなことが悲しいんじゃない。
私が……もうあの人達に会えないのが辛いんだ。
「ごめん……ごめん…約束したのに……」
拭いても拭いても涙が次々に溢れ出し、止まらない嗚咽が漏れてしまう。
それから、私が落ち着きを取り戻すまでにかなりの時間が経過してしまった。
「ガルルル……」
クロが私の背中を押してくる。
「……ごめん ……大丈夫だから」
手に入れた日常の全てに背を向け、私はクロと森の中に進んでいくことを選んだ。
こうして、私たちの旅が始まった。
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