第32話・平和

 しばらくクロの背中に乗って飛んでいると、見慣れた街並みにが見えてくる。

 あれからたった三日だと言うのに、いつも通りのルステアに戻っているみたいでびっくりした。


「……なんの音?」


 なにか聞こえる……どんどん大きくなってる気が……。

 周りを見渡し、その正体に気が付いた。


「「「おおおおお!!!」」」


 ルステアの人々が私たちを見て、歓声を上げていた。


「凄い人気……」


「ガルル」


 降りる場所がなく、ゆっくりと降下するとクロの降りる場所を作ってくれている。

 そしてドスン。

 クロが飛び下りると周囲の声が止まった。


「すげえ……」


 そんな声がどこからともなく聞こえてくる。

 そして、再び大きな歓声が周囲に響いた。


「竜姫様だ!」


 へ?何それ、りゅ、りゅうき……?


「顔を見せてー!」


 中からは老若男女問わず、全ての人が私とクロに声を上げている。

 これは……正直、めっちゃくちゃ恥ずかしい。

 嬉しいよ?そりゃ嬉しいんだけど、これは人気出すぎ。


「こっち向いてくれ!」


 ぐぬぬ……そんな言われたら顔を伏せておく訳にもいかないよね……。

 恐る恐る顔を上げて、声の方に向く。


「あ……」


 顔に熱がこもり、顔が紅くなっていくのがわかる。

 うん……もういいかな……。


「可愛いー照れてるわ!」


 うっさいわ!

 くそう……こんなフリフリした服早く着替えてしまいたい。多分……この人たちには私が未成年の子供に見えているんだと思う。(未成年です)


「クロ、いいよ。組合に行こう」


「行かないでー!」


 やかましいわ!


 こうして、歓声を掻き分けて組合に辿り着く。

 クロの背中から降りて深呼吸をし、扉を開ける。


「……お邪魔します」


 そーっと中を覗くと何十人という怪我人が倒れ、中には目元にタオルを置いて死んだように眠っている人もいる。

 いや、もしかしたら……。


「おぉい!英雄の帰還だぞおぉおぉぉぉぉ!!!」


「「「「うぉおおおおぉぉぉぉぉおぉ!!!」」」」」


 街の人たちの方が何十倍も多いのに、冒険者たちの歓声の方が大きくない!?って、目にタオル置いてた人指笛してる!


「あ、あの……」


 声を出すが、歓声に掻き消えてしまう。それを見兼ねたクロが雄叫びを上げ黙らせる。


「な、なんだ……?」


「あ、あの!」


 しーんとする冒険者たち。


「ありがとうございます!」


 そして、再び湧き上がる歓声。

 それからは宴が始まり、驚いたことにその料理を作ったのは女将さんだった。


「なぁに!ヒノが帰ってくるのをずっと待ってたのさ!宿じゃ忘れられるかもしれないだろう?」


 ははは……忘れてたことは黙っていた方が良さそう。

 それにしても、この料理美味しい……私が作ったのよりも全然美味しいんだけど……。

 ちょこっとだけショックを受けつつ、宴は次の日の朝まで続くことになった。




 


「楽しかったなあ……」


 祭りのあとの静けさ。

 皆が酒に酔って、食い疲れ、騒ぎ飽き、幸せそうに眠りに着いている。


「ふふ……生きててよかったね」


 トコトコと歩いてくるのは、黒髪の女冒険者。


「えっと……」


 確か……シェ……?


「シェラ。アイガサとはあんまり話す機会があまりなかったね」


「お久しぶりです」


 そういえば、この人には助けてもらったことがあるんだった。


「ああ。アイガサのおかげで被害も最小限で済んだと確信してるし、本当に感謝してる」


 私はその言葉に引っかかる。

 ということは、やはり被害は出てしまったのだろう。


「そんな顔するな。アイツらもそんなこと気にしてない」


「そんなことって……」


 いや、違う。この世界の命の価値は私が思ってるよりずっと低いんだった。


「違うよ」


「え?」


「私たち冒険者は、仲間の死を悲しまない。笑って送り出してやるのさ。この宴だって、勝利の祝いと死者の弔いを兼ねているんだから」


 そうだったんだ。そんなことも知らずに私は……。


「すみま……」


「謝るな……私の仲間はアイガサを信じ、その命をアイガサに預けた。そんなあんたがこれ以上ない最高の働きをしたんだ。誰も文句は言わない。だけど、それでも、冒険者じゃないアンタは……あいつらの死を悲しんで欲しいんだ」


 最後の方は本当に微かに聞き取れた程度で、それほどシェラさんの思いが強く、悲しいものだったのだと分かった。


「……はい。当然です」


「それが聞けてよかった。疲れたろ?少し休んだ方がいい」


 そう言って、シェラさんは冒険者たちの中に消えていく。

 ……あの言い方からして、シェラさんは大切な仲間を失ってしまったのだろう。当然、他の冒険者にも同じ境遇の人は多いだろうし。


「墓があるって言ってたっけ……行こう」


 この世界の人の命が軽いなんて、そんな筈なかった。

 同じ人間として、人の命は平等ではないけれど、どれも儚い大切な物な筈だから。

 中庭に行くと、少し離れたところに大きな墓が作られていた。


 墓参りの常識には詳しくないけど、この静かな世界を破ってしまうのは安らかに眠る戦士たちに失礼だと思った。

 そっと両手を合わせ、目を瞑る。


 ただ、ひたすらに。

 それは祈りを捧げる行為に近いのかもしれない。


「ありがとう」


 そんな声が、聞こえた気がした。

 顔を上げると、墓の向こう側には仄かな光を放つ人型の何かが何人も立って私を暖かい目で見守っている。

 冒険者たちだった。


「目が覚めたら、相棒を探せ」

 


 私はハッと目を覚ます。


「夢……?」


 顔を上げると墓の前で眠っていたらしく、変に首が痛い。


「どうした?アイガサ」


 後ろから肩をトンっと触られる。


「あ……ギルマス……」


「そういや、お前その服どうしたんだ?」


「服……?あ〜……」


 このロリータ?的な服のことだよね……。着替えたいんだけど、忘れてた。


「そういうのが好みなのか?」


「違う!もう、着替えてくる」


 そんな風に思われるのは嫌なので、私に割り当てられた個室に行っていつも通りの服に着替える。


「ふぁ……眠い……」


  そういえば、この服とか盗んできちゃったけど大丈夫なのかな……?でも、人を勝手に着替えさせたんだから返せって言われないよね?


「……まあ、大丈夫かな?」


 私は英雄という立場だし、なんとかなる!そう願っています!

 私は部屋を出て、心配になったのでギルマスに聞いてみることにした。


「貴族……!?アルフ・リル・ランドロフか!?」


 確か執事さんがそんなことを言っていた気がする。


「あ、そうそう。そんな名前だった」


「やばい、やばいぞ!早く逃げるんだ!」


「え、え!?」


 この反応、もしかして何かが不味いってこと!?


「クロはどうした!?見てないのか!?」


 クロ……?クロ……!?


「そ、そういえば起きてから見てな……」


 そう言いかけると、ギルマスは机を叩き割りながら怒鳴る。いや、そこまでしなくていいんじゃないかな?


「てめぇら起きろぉぉぉ!仕事だシゴト!とっとと起きやがれええぇぇ!」


 この反応……絶対やばいことが起きてる!?


「なんだよ……最悪の目覚ましだぜ……」


 あ、エルさん……無事だったんだ。

 って、今はそれどころじゃない!

 

「聞けぇてめぇら!アイガサが貴族に狙われてる!ランドロフの野郎だ!竜を探して救い出せ!恩人を逃がすぞッ!」


「なんだと!?」


「ランドロフがッ!?」


 ダラダラと起きていた冒険者たちは瞬時に戦士の顔に切り替わる。


「行くぞォォォ!」


 ドタドタと冒険者組合を出ていく冒険者たち。


「へ?あっしは?」


 組合に残ったのは私と……。


「俺とお留守番だ」


 ドカン、と横に座るエルさん。

 そう、お留守番といえばこの人である。


「あ、はぃ」


「まあ安心しな。あの竜なら人に負けることはないだろ」


「うん……」


 多分大丈夫だと思うけど……あのオーガの王も簡単に倒してたし。

 でも……クロが人を殺しちゃったら……。


 あれ?


「私……クロに人を襲わないでって言っちゃった……」


「はぁ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る