第30話・決行

 作戦決行日。

 準備を終えて屯所から外を眺めると、ルステア中が混乱で包まれているのが見える。それはクロがルステアにやってきた時とは比べ物にならず、ルステアが崩壊の危機であることがやっと実感できてきた。


「アイガサと言ったな、準備はできたか?」


 話しかけてくるのはエルさん。

 正直、この人は少し苦手だった。


「大丈夫」


 今回私の役割は、魔道具の通信で受け取った方角にクロを向かわせること。

 魔道具を電話に置き換えれば分かりやすいかな?

 この作戦の為、昨日はクロや一部の冒険者が方角について理解する勉強会が開かれたくらい。

 ちなみにその先生役は私だった。イカつい大人に教えるというのは凄く緊張……というか怖かった。


「外に居る。何かあったら叫べ」


「わかった」


 正直なところ、今回のオーガ達の動きには違和感があるように私は思っていた。

 例えばクロが村に持ち帰ってきたオーガ。あれはただのオーガではなく、オーガを従えるちょっと偉いオーガらしい。そして、そんなオーガ達がフェルローラ村付近にいたのに村を襲わなかった理由。

 そして……他の村も一切の被害が出ていなかったというのがどうも引っかかった。

 普通に考えて、統率の取れていないオーガなら後先考えずに村を襲うと思う。ギルマスとしてはどちらにせよ叩くのは早い方がいいって考えらしいけど。

 当然、私が考えている程度ならギルマスも分かっているらしく、いつでも通信の取れる環境を作ったのだとか。


「シド村に到着した」


 冒険者の声が魔道具から聞こえてくる。


「待機してて」


 そんな会話を繰り返していき、やがて被害が出てくる。


「クロ聞こえる?」


 被害の出た方角に向かうよう指示を出し、数分後には殲滅完了の通信が届く。

 この調子であれば問題なくオーガを倒していける。同時に襲われても、数分であれば冒険者が時間を稼いでくれるという。

 ちなみに、クロの最高速度であれば一番遠い村から村でもたった数分なのでこの作戦に問題はないと思う。

 こうして、連絡の来た村にクロを向かわせるだけという単純な方法でオーガを順調に殲滅していく。


 しかし、何故か外が騒がしくなってきた。


「アイガサ、罠だ。竜を呼べ」


 慌てて城壁の上に登ると、数十体のオーガが門向かって来ているのが見えた。


「クロこっちに……」


 そこまで言いかけると、突如としてほぼ全ての村からSOSが飛んでくる。


「な……なん……」


 頭の中には罠という言葉だけがぐるぐると回り続ける。


「ちっ……俺らが時間を稼ぐ。竜には村の掃除をするように言っとけ。終わり次第帰らせろ」


 エルさんがそう言って近付いてくるオーガを睨む。


「わかった。クロ、緊急事態!全ての村を片っ端からお願い。それが終わったら戻ってきて。急いで!」


 村に関しては何とかなると思う。ただ、問題は手薄になったルステアだった。

 

「……リーダーは死んでなかった?」


 クロという最高戦力が、ルステアを出るのを待ったとも取れる。ただ、そんなことをオーガが考え付くのか。まさかね……。


「だろうな」


 エルさんが相槌を打つ。

 そんなまさかの的中だった。


「あの一番でけぇやつがリーダー……いや、キング。オーガキングってとこか?あいつだけは別格だ。他の奴は俺達だけで倒せんのに……」


「引き寄せて……私の……」


 腰に下げたガラス瓶を手に取る。

 今まで倒せなかったモンスターは居ない、必殺技である。


「なんだそれ」


「これで魔力を奪うの」


「はあ?」


「気にしないで。とにかくこれを当てたい」


 理由を説明している暇は無い。そんな考えが伝わったのか、エルさんはひとつ頷く。


「……わかった」


 そして、エルは固まっていた冒険者に語り掛ける。


「作戦は単純、門を死守する籠城戦だ。竜が帰ってくるまで時間を稼ぐ。全員弓矢を持て、早くしろ」


 支持を受けた冒険者の動きは洗礼されており、迫り来るオーガに弓を番える。その数おおよそ三十人。

 驚いた……冒険者ってみんな弓使えるんだ。


「まだ撃つな。全体を狙え」


 距離はおおよそ百メートルくらい。

 しかし、冒険者達は張り詰めた弓をさらに引き絞る。

 すると突然、キングが雄叫びを上げ、武器を掲げると周囲のオーガが走り出した。


「怯むなよお前らァッ!まだ耐えろ!」

 

 負けじと大声を出すエルさん。

 そして駆け出したオーガとの距離は八十メートル。


 五十メートル…。

 

 三十メートル……。


「放てッ!」

 

 緊張が解ける。

 一斉に放たれた矢は確実にオーガに突き刺さり、痛みに悶えるオーガの声が聞こえてくる。

 しかし、深い傷を与えようとも分厚い筋肉に阻まれ致命傷にはなっていないみたいだった。


「二射目構え……よし、あとは自由にやれ。ぜってえ俺らには当てるなよ」


 二射目の矢がオーガに突き刺さり、中には頭部に突き刺さって倒れたオーガもいた。

 この調子なら勝てるかもしれない。それほどまでに、遠距離の攻撃手段を持たない相手への対応が完璧だった。


「勝てる……?」


「まだ分からない。現にボスは矢すら刺さってないからな。門を破られてからが……」


「俺らの出番って訳ね」


 エルさんと同じ冒険者チームの人達が集まっていた。


「ああ。そして、入って来たタイミングでそれを投げろ」


 エルさんが指差すのは私が持っているガラス瓶。

 これで仕留められれば問題はない。それでも生きていたら、エルさんが戦うということだろう。


「わかった」


 そのタイミングで、真下の門からメキメキと崩壊する音が聞こえてきた。

 

「入ってきます!」


「アイガサ、作戦通りに」


「任せて」


 エルさんと別れ、私は出てきたら即座に投げるように構えておく。

 そして……。


 ドガンとけたたましい音が響き、キングとその配下が姿を表した。

 キングの姿は他のオーガよりも二回りも大きく、突き出た角はまさに大鬼の王と言っても過言ではない。

 えいっ。


 しかし、そんなことはどうでもいい。


「グルァァァァ!」


 自慢の大きな体は一瞬で霧に包まれ、叫び声が周囲に響き渡る。

 効果てきめんだった。


「やったか!?」


 弓を番えていた冒険者が禁句を言ってしまう。

 そのセリフだけは言っちゃダメ……。


「ガァァァァ!」


 霧を振り払うように暴れて姿を現すオーガ。しかし、他のオーガは問題なく倒すことができた。

 

「もういっちょ……あれ?」


 ガラス瓶がなかった。

 そうだった……補充してなかったんだ。


「アイガサ!下がれッ!」


 突然、エルさんが叫ぶ。


「え、え?……っぉ!?」


 近くにいた冒険者に首元を捕まれ、引っ張られる。


「あ、ありがとう……」


 何が起きたのか分からず先程の場所を見ると、そこら一体が抉れて棍棒が突き刺さっていた。

 

ひぃ……。


「あの野郎……武器を投げやがった……!」


 慌ててオーガの方を見ると、既にエルさんらと戦闘が始まっていた。


「私も……」


 自分の身も守れないままでいいのか?そんな考えから開発した魔法……。

 手のひらをキングに向けるが、誤射してしまいそうで手が出せなかった。

 

「凄い……」


 同時に、手を出す必要がなかった。

 キングがエルさんに殴り掛かるが、大盾を持った冒険者が受け流す。すかさず伸びきった腕を別の冒険者が斬り掛かり、傷は浅かったが実力を理解したキングの顔が歪まれる。


「このままなら勝てる……?」


 しかし、それから戦いは沼化してしまった。

 キングの大雑把だった動きが慎重になり、時間と体力だけが無駄に消費されていく。

 戦いの中には殴り飛ばされ、動けなくなったらポーションを飲んで戦線復帰する。まさに地獄のような戦いだった。


「クロ……早く……」


 エルさん達の体力か、クロが到着するか。どちらが先に訪れるかで勝敗が決まる。


「ぁ……」


 限界が来たのは体力だった。

 キングの重い拳が疲労困憊の大盾使いに叩き込まれ、盾越しだったが十メートル近く吹き飛ばされてしまう。

 

「ガルァァァ!」


 盾役が再起不能になってからは形成が逆転してしまった。

 安定していた戦闘が一気に崩れ、ギリギリで攻撃を躱すだけで精一杯だった。

 当然、そんな戦いは長く続かない。


 攻撃を捌ききれなくなると容赦ない攻撃が放たれ、やがて他の二人は倒れてエルさんがキングに捕まってしまう。


「エルさんッ……!」

 

 やばい……行かないと……。

 距離が遠いなら近付けばいい、ちょうど敵は獲物に集中して隙を晒しているんだから!


 キングの元へ駆け出し、当たるか当たらないかの距離になった辺りで手のひらを向け、魔法を唱える。


「弾丸ッ!」


 パァンッ!

 弾丸が音速を越えた音を放ち、オーガキングの頭を貫く。


「ガ……?」


 何が起きたのかすら理解する暇を与えず、キングも流石に力尽きたのか膝が崩れ落ちた。

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