第26話・冒険者

 冒険者組合から宿に行くと、まだ女将さんが起きていたので女将さんが寝泊まりしている場所に泊めてもらえた。


「悪いね、部屋は客で埋まってるから。ここで我慢して」


「全然大丈夫、突然ごめんなさい」


 こんな時間に来られても困るだろうし、謝っておかないといけない。


「気にしなくていいよ。でも、まさかこんな時間に来るとは思わなかったけどね」


「ちょっと急用ができちゃって、今日は早めに休みます」


「そうかい?向こうのベッドは使っていいよ」


 女将さんが他の部屋を指さす。


「わかった。ありがと」


「いいって」



 そして、次の朝。


「部屋、貸してくれてありがとう。行ってきます」


 長い間お世話になる訳にもいかないので、冒険者組合に行く時間になるまで外を歩くことにした。

 朝早いと待たないといけなそうだし、どうせなら少し遅いくらいで組合に行こう。


「ああ、行ってらっしゃい」


 相変わらず人気な店から出て、露店を巡る。

 中には見たことの無い食材もあったので、見ていてなかなか面白く退屈しなかった。

 特にこの広場では毎日がお祭りの様で、昨日とは違った露店が開いてる事が多いのだ。


「おい、ちょっと来い」


 そんな声と共に肩を掴まれる。


「え……?っちょ痛い」


 何?この人達……。

 掴まれた肩を引っ張られながら連れてかれた先は、薄暗い路地だった。


「離して!」


 腕を振り切り、男達の方を見る。

 大柄の男が二人、武器を腰に下げて首にはネックレス。間違いなく冒険者。


「なに、何が目的?」


 痛くなるほど頭を回転させ、こんな目に遭っている理由を考える。

 もしかしたらこの前襲ってきた冒険者の仲間……?でも私にはクロが居ることを知ってる筈だからありえないか。


「へへ……身に覚えがあるんじゃねえのか?安心しな。俺たちにも一枚噛ませてくれれば乱暴はしねぇよ」


 男は舌なめずりをし、下品な笑い声を上げる。

 しかし、その言葉に心当たりがない。一枚噛むってどういうこと?私何もしてないんだけど。


「なんの事……?」


「しらばっくれても無駄だぜ。情報は入ってるんだ」


「情報……?まさか……」


 クロの事がバレてる……!?誰にも見られてないと思ってた……まさか村の中に?いや、時間的にありえない。


「ああそうさ。嬢ちゃんモンスターの素材を転売してるんだろ?もしかして……盗んでるのか?穴場でもあんのか?」


「ん……?」


 なにやら話が別の方向に進んでるような……。


「俺達にも教えてくれよォ?なぁ!?」


「……はぁ」


 なんで私ってこんなに絡まれるんだろう。

 この人達は私が冒険者組合で大量の素材を換金したから、何らかの不正があると睨んだのだろう。彼らにそのことを告げ口したのが、昨日の夜酒を飲んでた人の中に居たってこと。


「話す事なんて無い。通して」


 こっそり腰のガラス瓶に手を伸ばすが、気付かれたのか腕を掴まれる。


「おいおい、状況が分かってねぇのか?んでてめぇの言う事を聞かないといけねぇんだよ」


 しまった……まだ気付かれてないけどこのままじゃ……。


「やめ……離して!」


「口を開くなら早い方がいいぜ」


 グイッと私の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げられる。


「下ろし……」


「お兄さん方ちょっといいかなぁ?通報があったんだけど」


 そんな聞き覚えのある声が聞こえた。


「ああ!?誰だてめ……ああ?騎士かよ。冒険者同士の話なんだ、首を挟まないでもらえるかねえ?」


 私はポイッと投げられ、背中に痛みが走る。

 男の背後には全身甲冑の騎士。そして聞き覚えのある気だるそうな声。


「いやぁ、冒険者同士に関わるのは厳禁っつーけど……どうにもその女の子がプレートを首から下げてるようには見えないんだよなぁ……」


「ああ……?てめぇ、登録してなかったのかよ」


 冒険者の男は私の首を元を見て、舌打ちをする。


「お、おい、どうする……?」


「シメちまうか……」


「はぁ……あんたらじゃ話にならねぇな……ったく」


 騎士さんは腰にある剣を抜き、二人の男を正面に見据える。


「はーいストップストップ」


 騎士さんのさらに後ろから、女性の声が聞こえてくる。


「やっと話の分かる奴が来たか」


「あ、アンタは……」


 黒髪ショートの女性。

 いつぞやの冒険者組合で見た顔の女冒険者だった。


「黙っててやるから帰んな。私はそいつに用があるの」


「は、はい!すみませんっした!」


 ドタドタと逃げるように走り去る二人組。


「いやぁ悪いね。冒険者はクズしかいないから運が悪かったってことで許してくれる?」


 片手でごめん!とジェスチャーをする女冒険者。どうやら冒険者の中でも偉い?人みたいだけど……。


「で、なんで金等級のアンタがここに?」


 金等級……?冒険者の階級のことかな。


「ギルマスがこの子を探してたの。聞いて回ってたら路地に連れてかれてたとか言われて……めんどくさかったわ〜」


「ああ、なるほど。立てるか……そういえば名前聞いてなかったな。俺はハルク・ローゼルト」


「アイガサです……助けてくれてありがとうございます」


「いや、俺も助けられ……」


 ん?どういうこと?


「コイツじゃあの二人を倒せないよ。ああ見えて、アイツらも中堅程度の冒険者だからね」


「え……?でもあんなに自信を持って……ハッタリ?」


「んぁ、当たり前だ。俺は何よりも努力が嫌いだからな」


 うーん……全く頼りない騎士である。

 でも、助けに来てくれたこと自体は本当に感謝してる。


「着いておいで。悪いようにはしないから……多分ね。ほら、あんたは帰んな」


 多分!?多分って言ったこの人!


「俺だって仕事があるんだ。暇じゃねぇよ」


 そう言って騎士さんは人混みに消えていく。

 そして、残った女冒険者に連れられて冒険者組合の中に入っていく。強制的にだけどね。

 いざとなれば逃げれると思うし、この人が悪い人には見えないから今は様子を見よう。


「連れてきた」


 受付嬢にそれだけ言うと、知らない部屋に連れていかれる。

 連れていく前に説明してくれればいいのに……なんか私が悪い事して連行されてるように見えない……?


「そこに座って」


「あ、はい」


 通された部屋の椅子に顎をしゃくり、素っ気なく隣の椅子に座る。


「っていうか」


 怠そうに組んでいた足を下ろし、グイッと私の顔を覗いてくる。

 非常に近い……それに加えてすっごい美人だから女の私でも目を逸らしたくなる。


「驚いた。君……全然ビビらないんだね」


 超ビビってますけど!?心臓爆発しそうですけど!?

 ぐぅ……抑えろ私、大丈夫。


「そんなことより、なんの用なんです?」


「ああ、もう少ししたらギルマスが来るから待ってな。そんな時間は掛からない」


「はぁ、分かりました」


 ギルマスというのは、多分ギルドマスターの事だろう。その呼び名はヴィルティーユさんから何度か聞いた事がある。確か、冒険者で一番偉い立場の人だったはず。そんな人が私になんの用だろう。


「悪ぃ、待たせたな……」


 ノックもなしに開かれたドアの先にいたのは、筋骨隆々な男。リアムや女将さんとも違う、同じ人間とは思えないような肉体をしたスキンヘッドの男だった。


「遅い。私を人探しに使いやがって……ほら、早く始めて」


「ああ、そうしよう」


 こうして、状況を理解していないままお互い向き合う形で座った。


「俺の名はブラウス。まぁギルマスとでも呼んでくれ」


「私の名前は……」


「知ってるよ。詳しく調べさせてもらった」


 ぐぬぬ……一体私が何をしたって言うんだ。


「ああ〜……なんで呼ばれたか分かるか?」


「いえ、分からないです」


 即答である。

 というか、何勝手に話を進めているのかと問い詰めたいくらいにはイライラしてます。


「昨日大量の素材を換金しに来ただろ?それが盗品じゃねぇかって噂が流れてんだよ」


 ……絶対さっき絡んできた男達が流してる話だよそれ。


「事実無根です」


 そう言うと、ギルドマスターを名乗る男は女冒険者の方をチラリと見る。


「いや、嘘はついてないよ」


「よし。アイガサと言ったな?あの素材はどうやって入手した?」


 犯罪じゃないって分かったらなら解放して欲しいんだけど……今怒らせても仕方ないか。

 クロの事を話す訳にも行かないので、黙秘権を使用する。


「言いたくありません」


「……ほぅ?」


「ハハッ、言うねぇ!ギルマスを敵に回すとは!」


 頭を抱えるギルマスと、腹を抱えて爆笑する女冒険者。

 ……もしかしてやばいこと言った?適当に言い訳しといた方がよかったかも。


「組合としては、あんたの素材を買い取らない選択肢もあるんだが……」


 どうやら私と口で戦いたいらしい。


「別に組合に売る必要はないので。特に私は冒険者でもないので、組合側から規制されることはほとんどありませんよ」


 そう、貴方が買わないというのなら別の所で売りますよということ。別に私はお金がそんなに欲しい訳でもないし、クロの事を話す方がリスクが大きい。

 対するギルマスの反応は、そうなんだよな……と言った敗北宣言だった。

 ふふ、私の勝ちである!


「ワハハッ!こりゃ傑作!」


「黙ってくれ。分かった、俺の負けだ。正直に話す」

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