第23話・人命
目が覚めると、ルステア七日目の朝を迎える。
そう、久しぶりにクロと合流する日。
「よし、行こう」
ずっと一緒に暮らしてたからか、一週間会えなかっただけでかなり寂しかった。
良くしてくれた人も居たから何とかやっていけたけど、やっぱりクロが居ないと落ち着かない。
「ふぁ……おはようアイガサ。行ってらっしゃい」
欠伸をしながら女将さんが手を上げて挨拶してくる。
「行ってきます」
相変わらずな女将さんに別れを告げ、私は宿を出ていく。
そのままルステアから出立し、クロと別れた森に向かって歩き始める。同じ方向には何グループもの冒険者達が近くにいたので、特に危険を感じることなく進んでいく。
というかさ……角の生えた狼を連れてる冒険者もいたし私がクロを連れていっても大丈夫だと思うんだけどなぁ。
そんな上手くいかないかなと思いつつ、それができたらこれ以上嬉しいことはないんだけど……。ま、敵対してしまうリスクがある内はダメだって分かってるんだけどね。
かなりの距離を歩いた頃、周りに冒険者の姿はほとんどなくなっていた。
ほとんどの冒険者は通りかかった村や森の中に入って行き、残るは私の後ろを歩いてる一行のみである。
「お嬢さん」
トン、と肩に手を置かれる。
意識してたのがバレたのか、四人いる内の一人から話しかけられる。
「……なにか?」
「いやぁ、ちょっとね」
ニコッと笑う男。
優しそうな外見と声は、誰が見ても好青年だと思ってしまいそうなほど爽やかだった。
私は、そんな笑顔に不気味な何かを感じた。
なんだろうこの感覚……それに……どこかで見たことあるような笑顔。
無意識のうちに私はベルトに手を伸ばし、ガラス瓶を手に取っていた。
「もしかして一人?危険だよ?」
そのまま貼り付けたような笑顔に、心にも無い言葉。
バレないように警戒レベルを最大まで上げ、身構える。
「自分の身は自分で守れまッ……」
腹部に強い痛みが走り、肺の空気が全て吐き出される。
「守ってみようか」
こうなるかも……って思ってた。だから間に合った。
「御生憎様ね……」
「んぁ?」
勢いよくガラス瓶を地面に叩きつけ、次の瞬間黒い霧が空間を支配する。
男たちは言葉を発することなく霧の中に消え、霧が完全に晴れた頃には一人残らず地に伏していた。
「はぁ、はぁ……いてて……」
膝蹴りを入れられた腹部を擦りながら、ピクピクと痙攣する男たちを見る。
間違いなく冒険者だと思うけど……確かネックレスをしてるんだっけ?ああ、あった。ってことは冒険者で間違いないね。
「ふぅ……」
呼吸を取り戻し、落ち着いてきたあたりで『生産魔法』を使ってロープを創り出す。
これで何をするのかって?当然、犯罪者をこのまま放置する訳にはいかないでしょ。
一人一人縛っていき、最後の一人を縛ろうとした時だった。
「死んで……え?そ……」
一人だけ痙攣していなかった。
頭が考えることを放棄し、咄嗟に心肺蘇生を行う。
「はぁッ…はぁッ……」
知らない内に、この世界の命の軽さを忘れていた。
「ごめん……なさい……」
正当防衛だとしても、そうじゃない。
ただ、願うように冷えていく遺体を心肺蘇生し続ける。
数十分ほど経過すると男の唇は生気を失い、もはや完全に帰らぬ人となっていた。
「お、おあ……お前……」
縛り上げた男の一人が目を覚ます。
「黙って……!」
それでも、ひたすらに心肺蘇生を繰り返す。
遺体の左胸は赤紫色に腫れ、私の腕にはゴリッゴリッと骨の折れる感覚が伝わってくる。
私は人を殺した。
そんな考えだけが頭に焼き付いて離れなかった。
「お前……こ、殺したのか……!?おい!?ギィル!」
縛られた体で近付き、死んだ男の名前を叫んでいる。
「……」
「なんだよお前……なんなんだよッ!俺も殺すのか!?」
頭の中が真っ白で、もはや罪悪感は消えてしまった。
残るのはただの無力感……。
ズドン。
後ろから強い風が吹き、頬に冷たくて硬い物が当たる。
「クロ……」
一週間会わなかっただけで、かなり大きく成長しているみたいだった。
ただ、今はそれを素直に喜べなかった。
「ガルル……」
私が不安定なのを知ってか、心配そうな顔で唸り声を上げる。
「遅れてごめん、ちょっと……襲われ……」
その言葉を発した途端、クロは目を覚ました男の方に走り出す。
「ひぃぃぃッ!」
クロは男の頭目掛けて口を大きく開く。
「待って!待ってクロ!」
声が届いたのかクロはピタッと止まってくれる。
「お願い……クロは誰も殺さないで……お願いだから……」
クロは口を閉ざし、私の方を振り返る。
「グルルル……」
分かってくれたのか、縛られた男から少しだけ離れていく。
「うん……人は襲っちゃダメだよ」
私は振り返り、男の元へ向かう。
なぜ私を襲ったのか、それを聞かなければならない。
「な、く、くるな……なんなんだお前……こ、殺さないでくれ……」
少しでも私から、いや、クロから離れようとする男に向けて無言で進む。
「な、何とか言えよ……なぁ!なぁ!?」
「それはあなたの答え次第よ……何が目的で襲ったの?」
私の背中にクロが周り、二人で男を問い質す。
「グルルルル……」
「わ、分かった!話す!話すから!やめさせてくれ!」
「クロ、ありがとう。もういいよ」
フン、とクロは私の隣で腰を下ろして座り込む。
「ほら、話してくれる?」
「あ、ああ!もちろんだ!俺たちはアンタが作ってた料理の作り方を聞き出せって依頼されたんだ!」
「依頼……?冒険者として?誰から?」
冒険者は依頼主から依頼を受けるという。ってことは、冒険者組合というのは犯罪行為を許してるの?
評判が悪いというのは聞いてたし、もしかしたらその可能性もあるかも……。
「い、いや……それは……言えない……ただ、店に送った男が失敗したから……代わりに……」
「店に送った男……」
あの大男で間違いない。
ならほど……あの料理のことを知りたがってたんだ。別に隠してるわけじゃないんだけど、普通に聞いてくれれば教えたのに。
「どうしようかな……」
命を狙われたからには放っておく訳にもいかない。
そしてもう一つの問題は、この男をどうするか。
「や、ま、待て……この国から出ていく!それで許してくれ!あんたらの事は誰にも話さない!頼む……!」
「うん、いいよ。それで」
「え……?い、いいのか?」
ポカンとする男だが、私からしたらこの男をどうこうするメリットはない。
「その代わり、依頼主を教えて。それで許してあげる」
「ま、待って……依頼主は分からないんだ、本当に、本当なんだ……」
まあ、こんな簡単に足がつくような事しないよね。
それに彼の仲間を殺してしまった罪悪感故か、彼らを逃がす方向に考えてしまう。
「分かった。このことは誰にも言わないこと。それと……みんなを起こして説明してあげてね。次目の前に来たら……」
低く、威圧感を込めて唸るクロ。
「わ、わかってる!誰にも言わない!」
縛った男のロープを持っていたナイフで切り、男を自由にする。
クロがいたらもう襲ってこないよね?大丈夫だよね?
「これで他の人も助けてあげて……それと、あの人も……」
本来なら私がやるべきなのかもしれない。でも、多分彼を安らかに眠らせてあげれるのは私じゃないと思った。
「あ、ああ、もちろんだ……」
ペコペコと頭を下げる男を無視し、クロの方に向く。
混乱して忘れていたけど、私は彼らに拷問されて殺されていたのかもしれない。そう考えると、胸の奥から嫌な気持ちが浮き上がってくる。
「家に行こう、クロ」
頷くクロの背中に乗り、村ではなく樹の家の方に向かう。
一度村に挨拶に行こうか迷ったけど、それよりもクロと沢山話したい。
「ごめんね、クロも連れて行きたかったなぁ……」
もしクロを連れて行けたら周りの視線が痛そうだけど、それ以上に楽しめたと思う。まあ、現実的に厳しいんだけどね。
「ん……?なんかモンスター多いね」
先程からチラホラと大型のモンスターをよく見かける。
前飛んでた時はあんまり見かけなかったんだけど、その時と比べて圧倒的に多い。
「グルル」
クロが頷いたので、増えていることは間違いないのだろう。何かあったのかな?ちょっと気をつけよう。
「あ、見えてきたね」
視界には何一つとして変わっていない巨大な樹が映り、地面に降りると久しぶりの我が家が出迎えてくれる。
「荒らされてないみたい……よかった」
多少汚れてるけど、塞がれた入口に開けられた形跡はなかった。
クロが岩を退かし、私は中に入る。
それじゃあ……改めて。
「ただいま」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます