第22話・騒ぎ
「遅せぇよ!お前がこの飯作ったんだな!?ああッ!?」
怖い……怖い怖い怖い。泣きそうな程怖い。
だけど……初めて会った時のクロに比べたらまだ怖くない!クレームの対応をしていた女将さんみたいに……。
「そうよ。なんの用?」
「こっちは客だぞ!?金払って来てんだ!」
ドンッ!とテーブルを叩きつける大男。叩きつけられたテーブルには大きな亀裂が入り、メキメキと嫌な音を立てている。
ひぃ……すみません……。
「で、なんの用かって聞いてるの」
それでも私の口調は変わらない。
そう、私は最強のポーカーフェイス。私に駆け引きをやらせたら誰にも負けない自信がある。
「な……てめえ」
動じない私に狼狽える大男。
よかった ……この世界にも女は殴らないっていう常識があるみたい。もし、一発でも殴られたら死んじゃいそうだからね。
「要件は?」
そうと分かればできるだけ強気に出る私!頑張れ!
「飯ん中に虫が入ってたんだ!もう分かんだろ!?」
「虫……?」
そんなはず……まさか本当に私の過失……?
とすると、完全に対応を間違えてしまった。
「それは……」
衛生面に関しては何よりも気を付けていたはず……いや、それは言い訳にはならない……。
これに関して非は私にある。虫が入っているはずが無いなんて言えるはずが無いのだから。
「それは……?んだよ、口答えすんのか?訴えてやろうか?ま、そっちが誠意を見せようってんなら水に流してやってもいいんだぜ?」
「……」
私の疑問は確信に変わる。
とんだ猿芝居だ。それでいて単純かつ最も店にダメージがある方法だった。
この状況……他のお客さんが大勢見てる中では謝るしか道はなく、さらに店のイメージダウンなどと失うものは多い。
「早く謝った方が良いんじゃねえかぁ?なあお前らもそう思うだろ?」
大男は他の親子で来たお客さんに絡み始め、今にも殴りかかりそうな距離だった。
私は拳を痛いくらいに握りしめ、腰を折る。
こんなことはしたくない。だけど、それ以上にこの店や訪れてくれたお客さんを手放したくない。
「この度は、本当に申し訳ございませんでし……」
しかし、その瞬間私の謝罪はさらに大きな声で遮られる。
「待って!俺!見たんだ、そいつがポケットから虫を料理に入れたのを!」
顔を上げて声の方を見ると、大男に絡まれたお客さん。まだ少年といった若さだった。
「ああ!?てめえ勝手言ってんじゃねえぞ!?」
大男が少年に手を出そうとする。
しかし、もうこの男の好きにさせる訳にはいかない。
私の頬に強い痛みが走る。
「なッ……」
「帰ってください」
「お、俺は金払って来た客だぞ……」
まだお金を払ってない癖に……白々しい。
「お代は結構です。あなたをお客様として見ていませんから」
「なにを……!」
拳を振り上げた大男だったが、お客さんの一人が立ち上がる。
「んだ……てめ……え……」
一人立ち上がったと思ったら、一人、また一人と立ち上がりいつの間にか全員が大男を囲っていた。
「出ていけ!」
そんな声が聞こえ、また増えていく。
「出てけ!二度と来るな!」
「そうだ!謝れよ!」
「う、うるせえ!邪魔だ!どけッ!」
大男は逃げるように店から飛び出し、溢れんばかりの歓声が上がる。
それは大男に対して勇気を出した少年と、私に向けられたものだった。
「かっこよかったぞ!」
「頑張ったな!」
よかった……何とかなったよ……。
私は安堵から尻餅をついてしまう。
「だ、大丈夫かい?」
お客さんが立ち上がるのを手伝ってくれる。
「あ、ありがとうございます……本当に、あなたも……」
少年に感謝を伝える。
彼がいなかったら大変な事になってたと思う。本当に感謝してもしきれないよ。
「い、いや、俺なんかより……皆も……」
そうだ、全員に感謝しないといけないんだった。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。そして、改めてありがとうございました。今回のお会計は結構ですから」
「おいおい、あんたは悪くないんだし俺は払うぞ!?」
そんな声が上がる。
でも、これは償いじゃなくて私からの感謝の気持ちだから甘える訳にはいかない。
「なら……またいらしてください。それだけで十分です」
その後は買い物から帰ってきた女将さんに状況を説明し、同時にテーブルを壊してしまったことを謝る。
「ヒノは悪くないんだろ?全然構わないさ。それに……聞いたよ、頑張ったんだろう?こっちの方が感謝してるくらいだよ」
「うん……」
「それと……バレたくなかったんだろ……?大丈夫かい?」
料理を作ったことを隠していたのでそれを気にしてるのかな?確かに気にしてたけど、皆優しかったしいいかな。
「大丈夫。それと明日が……」
クロが迎えに来てくれる日。
かなり長い時間あっていいなかったので、実は寂しかったり。
「ああ、家族が迎えに来るんだっけ?わかってるよ。そういう話だったからね」
すぐ戻ってくるかもしれないんだけど、分からないなら言わない方が良いよね。
「今日はもう上がって良いよ。準備とか挨拶もあるだろうからね」
そうだった。ヴィルティーユさんからもまだ何も言われてないし、また戻ってこないと。なら今伝えてもいいか。
「うん、わかった。数日したらまた戻ってくるから」
「そうだったのかい?よかったよ」
店のエプロンを脱ぎ、ヴィルティーユのポーション屋に挨拶し一旦ルステアを離れることを伝える。
「えぇ~ヒノさん居ないと寂しいよ~おばあちゃん孤独死しちゃうって」
「うるさいよ。悪いね、ブラウスのヤツもう少し待ってくれとか言いやがるんだ」
「大丈夫。すぐ戻ってくると思うから」
ちなみに、よく出てくるブラウスさんというのはギルドマスター。言い方を変えると冒険者のなかで最も権力を持つ人らしい。
まあ凄い人ってこと。神殿というのもその人繋がりだとか。
「すぐねぇ……?まあ待ってるよ」
バルさんはぴくりと眉を持ちあげ、ため息交じりで答える。
「うん。その時にはポーションも買うから」
「わかったよ」
「またね~」
店から出て宿に戻る。
先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、店の前には人が多い。
そんな中私はズカズカと中に入る。こういう場合、大抵店の中が空いてるのは知ってるからね。
「ああ、ヒノごめんね。騒いでたやつらは追い出したんだ。あんた目当てだから気を付けなよ?」
「……?」
え?なんで私?
詳しく聞くと、さっきの一連の流れが早速噂になっているらしい。
中には神格化され、少女が大男を吹っ飛ばしたとか言われてるらしい。本当に勘弁して……。
幸い、良いイメージしかないらしく迷惑になっていなくてよかった。
「黒髪は珍しいからね。ま、しばらくしたら落ち着いてくるだろうさ。ほら、部屋で休んでな」
「うん、わかった」
部屋に戻ってベッドに腰かけて明日のことを考える。
この一週間はかなり濃厚で、クロとはもうずっと会っていないような気もする。早く会いたいね、村で迷惑かけてないか心配だし……クロも会いたがってくれてるかな。
お金に関しては使い道がなくかなり貯まってる。ポーションを買おうと思ったけど、大金を使うって結構勇気がいるみたい。
とにかく!部屋にある荷物をまとめてすぐに宿から出られるようにしておこう。
戻ってくるとしても、どれくらい留守にするか分からないからね。できるだけ迷惑を掛けないようにしたいんだよ。
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