第16話・都市

 家から必要なものを取り出し、しっかりと戸締りをして村に向かう。

 さらば我が家、また逢う日まで!

 

 と言いつつ疲れてすぐ帰ってきそうだけど。


「クロ、ごめんね。でもちょくちょく会いに行くから」


 飛びながらでも聞こえているのか、クロは唸り声ひとつ上げて気にしていないという様子だ。

 本当は寂しいくせに……え、寂しいよね?

 そんなことを話していると村が見えて来たので、リアムの家の近くに降りる。


「アイガサ殿」


 その呼び方は……まさか……。

 振り返ると、そこに居たのは頑固爺さんである村長だ。

 ……ちなみに相笠氷乃と自己紹介すると姓・名のつもりだが、この世界では名・姓らしい。

 だから話した時いきなり名前で呼ばれたんだね、その後誤解は解けたけど。

 って……村長さん何しに……ああ!ビビるな私!


「何か?」


 この人にどんなに嫌われても構わない。

 私は私のやりたいようにこの村を救ったんだし、後悔はしない。


「この度は申し訳ない」


「……?」


 え?予想外の展開……どんな心境の変化だろう……?いやいや、普通に嬉しいんだけどね。


「……言い訳はしない。この村を救ってくれたアイガサ殿には、とんだ無礼を働いてしまった。本当に……申し訳ない」


 ……おや?これは……実はいい人だったパターン?


「顔を上げてください。私は気にしてません」


「……そうか。せめて……」


 何かを言おうとしている村長だが、私は長い時間この村でお世話になってるし、これ以上は迷惑になってしまう。


「いえ、私は十分感謝していますので」


 左手を前に出し、これ以上は必要ないとキッパリ断る。


「ふ……そうか。アイガサ殿の旅に神の御加護を。リアムはメルの墓にいたぞ」


「わかりました。村長さんもお元気で」


 クロの背に乗ってお墓に向かう。

 途中村のみんなは今日行くのを知っていたらしく、別れの挨拶と感謝をしてもらった。

 いやあ……こっちの方がお世話になっちゃったし、みんないい人だったね……ちょっと泣きそう。


「あ、いた」


 墓の前で座るリアムに進んでいくと、向こうも気付いたのか立ち上がってこっちに歩いてくる。


「おう、ヒノ。準備できてるか?俺はもう行ける」


「うん、それで……どうするの?」


 道案内をするとは言われていたけど、詳しいことは何も言われていなかったので気になって質問した。


「ああ……話してなかったか。ルステアから少し離れた所に大きな森がある。そこまで飛んで、徒歩でルステアを目指そうと思ってる」


「なるほど……?道中見つかったらどうするの?」


 確かにそれなら安全かもしれないけど、結構遠いみたいだし少なからず見られるよね。


「ああ。少なからず目撃はされると思うが……まあ被害がでなければ討伐はされんだろ、多分な。こっちから攻撃しなければ大丈夫だと思う」


 ……おぉぅ。クロには人を襲わないようによーく言っておこう。霧があるから身を守るくらいはどうにかなると思うけどね。


「その森の中にはゴブリンもいないし、そこからは俺ら二人だけで行ける。まあ、歩いて半日ってとこか」


「半日ね」


 まあまあ……近い方かな?


「よし、準備できてるなら行こうか」


「うん、クロお願い」


 頷いたクロの背中に私とリアムは乗る。実はこの鞍を作るのにすっごい苦労したんだよね。

 例えば急降下する時に手が離れちゃうから鞍に輪を作って腕を通せるようにしてみたり……ベルトを着けてみたり。

 そしてついに、サイズとか合わせて私専用の鞍が完成しました!


「何してんだ?早く行こう」


「あ、はい。行こうクロ」


 それからはリアムの案内通りに飛び、徒歩で数日の所をたった数時間で目的の森に辿り着いた。

 森の中は私たちが暮らしていた森に比べると静かで、今まで見なかった動物が所々に見えた。こういうの少しワクワクするね。


「早かったな……俺とヒノはこのままルステアに行く」

 

 そこまで言ったリアムはクロを見て難しい顔をする。


「どうしたの?」


「いや、俺の帰りはどうしようかと思ってな……」

 

 ああ、なるほど。確かに徒歩で帰るリアムのことは考えていなかった。

 まあ、どちらにしろ村で世話をして貰う予定なのでクロに乗って帰ればいいのではないだろうか。


「クロに乗ればいいんじゃ……ねえクロ?」


 しかし、クロはぷいっと首を背けた。


 ……るぇ?


「……実は俺、クロに好かれてないんだ……」


 うっそ!知らなかった……!

 でもクロって結構村人と仲良くしてたと思うんだけど、なんかクロに酷いことしたんじゃ……?


「そんな目で見るな……子供とはよく遊んでるけど、俺一人だと触らせてすら貰えないんだ」


 確かに子供以外と遊んでるところは見た事がないかも……もしかして…結構人見知りな性格なのかな。

 私の前では常に甘えてくるから全然気付かなかった。


「クロ……やっぱり都市に行くのやめとく?」


 私のためにクロを我慢させる訳にはいかない。

 私の顔色を見ているクロの頭を撫でる。

 

「またいつでも行けるからね」


 しかし、クロの反応は予想とは違った。

 

「クルル……」


「うん……ありがとう」


 クロはリアムの方に向かい、ゆっくりと腰を下ろす。

 うん……クロには我慢させるかもしれないね。ちょっと申し訳ないけど、できるだけすぐ帰ることにしよう。


「一週間後、ここに戻ってくるね」


 それから私達はクロと別れ、クロには明日のこの時間にリアムの迎えに来るようにお願いしておいた。

 リアムは、え、大丈夫なの?的な顔をしていたけど、私はクロを信用してるよ。絶対大丈夫。

 

 それから雑談をしながらルステアを目指して進んでいくことおよそ五時間。

 

 ……話題が無くなった。


「……」


「……」


 この微妙な空気どうする!?

 ……気まずい、すごく気まずい。ルステアのことはもう聞いたし、他に気になることもなくなっていた。


「あ、そういえば……今日村長さんが優しくなってたんだけど……」


 そう、初めて会った時は怒鳴られたのに今日は随分と態度が変わっていた。

 それを聞いたリアムは顎に手を当て、悩んだ様子を見せる。


「ああ、あれはなんつーか……俺は村の老人達を少し勘違いしてたかもしれん。話せば長くなるんだが……」


 村長さん達の愚痴を永遠と呟いていたリアムがそんなことを言うなんて、何があったんだろう?


「老人の中に娘を病で無くした奴がいてな……そいつがヒノの悪い噂を流してたんだ。ああ、当然ケジメはつけたから心配するな」


「あ、うん」


 ケジメ……?いや怖……何をしたのかは聞かないでおこう……。

 っていうか、なるほどね。それなら老人たちの怒りも分からんでもない気がする。大切な人が死んじゃったら誰かのせいにしたくなる気持ちもあるのかもしれない。

 正直、リアムがメンタル強すぎるだけでそう簡単に立ち直れるようなものじゃないんだと思う。


「吐かせたのはクロだけどな」


 ……えっ?初耳なんですけど。

 でも、クロは私以外の人の言葉を理解できないと思うし、問いただす方法すらない思うんだけど……。

 え、なんかクロ優秀すぎない?少し前までデレデレな竜だとか思ってたのに……ご飯食べるだけで換金アイテムとか疫病の特効薬とか手に入るし……。


「いや、偶然なんだがクロが子供とかくれんぼしてる時にその老人と出くわしてな、クロが近付いたら吐いたらしい。近くにいた村人が教えてくれた」


「え……?そんなことある?」


 確かにバレたら殺されると思うかもしれないけど……そんなアホな……。


「それで村長が謝りに来たんだろう」

 

「あー、なるほど」


 普通に納得した。

 頑固な人だと思ってたけど、自分の間違いを認められる柔軟な考えの人だったんだね。人は見かけによらないって言うし……考えを改めよう。すみませんでした。


「っていうか」


 それだけ言って、リアムは自分の顔に指を指す。


「俺村長な」


 ……?


「え?」


「昨日決まった。みんなも納得してるらしい」


「へぇ……?!よかったね」


 村長という立場でどう変わるのかは分からないが、フェルローラ村で最も偉いのがリアムってこと?

 まあ、リアムなら間違いないしそんなところが評価されたのかな。


「いやいや、よくねぇよ。絶対面倒臭いから俺に押付けたんだ」


「そんなことないと思うけどね……リアムはよくやってるし」


「んな事ねーよ……ドブ取りだってクロに負けてるし」


 それ……まだ気にしてたんだ……。普通に考えていい勝負してる時点でおかしいんだけど、黙っておこう。

 ……うん、もしかしたらリアムって脳筋なのかもね。


 と、そんなことを考えていると都市が見えてきた。


「おう、あれがルステアだ」


 視界に映るのは街を囲う頑丈そうな城壁に、その入口には商人や様々な武器を持つ集団、甲冑を着た兵士。

 今までとは全く違う、胸が高鳴るような光景。


「凄いね……」


 まさに異世界。

 その光景に思わず笑みが溢れてしまう。


「楽しそうだな」


「え……うん、ちょっと楽しいかも」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る