第13話・現実

 どうもこんにちは、相笠です。

 最近は目が覚めたらクロの背中に乗って、鞍を作っては工夫してみたり……そんなことを繰り返す毎日でした。

 お互いに妥協したくないタイプだったらしく、かなり苦労しております。


「うーん、この鞍はもう少し軽い方がいい?」


 クロはこくりと頷く。

 うーん、私がこれに乗ってる時少し飛びにくそうなんだよね。え?私が重いんじゃないかって?はっ倒すよ?

 冗談はさておき、もう少し軽くというよりは翼の邪魔にならない部分を……。


「クロ…どこを見てるの?」


 クロの視線を追うと、そこには誰かが倒れていた。

 えっ、なに!?倒れてるけど怪我人……?まさかゾンビ!?はは、そんな訳……ってありえるわ。


「◎△……!$♪……×¥!●&%#!」


 ん……この言葉は少し前に出会った少女と同じ……?

 え、ど、どういうこと!?意味がわかんないんだけど!?


「◎△$……!♪×¥……!●……!&%……#!」


 でも……何か、必死に伝えようとしてる。

 それだけは、理解できた。

 同時に、大変な何かが起きているのだと。


「クロ…彼を運んで。家の中に」


 クロは状況を理解したのか一度だけ頷き、器用に尻尾を使って運んでいく。流石クロ、流石は私の相棒だね。

 さて、今は軽口を叩いてる暇は無い。

 ああ、この湿疹は……あの時出会った少女と似たような模様だよね?覚えてるよ。

 何かを必死に伝えてから、クロが運んでる間に彼は眠りに就いてしまった。うん、私からしたら緊張しなくて済むので正直助かった。


「クロ、水を汲んできて」


 私は棚からクロの唾液の入った瓶を取り出し、同時にバケツに水を汲んできたクロの水を混ぜて希釈する。

 あの少女の湿疹はクロの霧で治ったんだと思う。違ったら……いや、それ以外考えられない。

 ならば、この唾液でも原理は同じはず。

 なぜ霧でやらないのかというと、霧だと濃すぎて運が悪ければ死んでしまうからだ。

 うん?

 うん、ゴブリンで試した。


「ゆっくり飲んで……」


 希釈した割合も適当だが、唾液自体かなり濃いはずなので大丈夫だと思う。問題はこれで消えるかどうかだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 うん、よかった。

 一時間くらい経過すると湿疹は消えていき、熱もさっきより大分マシになったみたいで顔色が良くなってきた。

 あと数時間もすれば目が覚めると思うよ。


「◎△$……」


 って……目覚めるの早ッ!?

 ど、どうしよう!?心の準備が……!いや、それよりも聞かないといけないことが……!いや!落ち着け私!


「なに?何があった?」


 言い方……いや、でも今はそんなの気にしてる場合じゃない。


「◎△!$♪×¥●&%#!」


 分からない。分からないけど、この反応から大体の予想はつく。

 私は急いで棚に向かい、並べてあるクロの唾液瓶を取り出す。

 実はコツコツと集めていまして……何があるか分からないからね。


「……クロに乗っていくよ。早くして」


 さっきまであんな高熱だったのに大丈夫かな……いや、私だって余裕ないんだから!

 って、クロはもう行く気満々だね。よし、行こう。


 幸い二人乗り用の鞍も創ってあったので、それを付けて急いで行くことにした。

 なんでそんなのがあるのか……?竜に乗るんだったら普通二人乗りも考えるでしょ!ほら、いいから行くよ!

 何度も飛び回っているので乗るのには手間取らず、後ろに乗せた男が私の腰に手を回し……恥ずかしいけど今は我慢!


「◎△!」


 彼の言葉の意味は分からないが、腕で方向を指さしているから意味はわかった。


「クロ!右!そうそう!え?うん、そのまま真っ直ぐ!」


 今までとは比べ物にならない速度で空中を貫いていく。

 前見た通り、森が途切れて野原が広がっている方向に進んでいくと瞬く間に木製の建物が沢山見えてきた。

 村だ!多分、あれが目的地のはず。


「◎△$♪!×¥●&%#!」


「クロ、あそこに降りるよ!」


 まさに急降下。

 自由落下するように降下し、地面が近付いてくるとズバッと翼を広げて見事に着地する。

 これ、私は死にかけるんだけどね。かっこいいからよし。

 華麗に着地すると、家の中から顔を覗かせてくる村人達がザワザワする。

 数は多分数十人……私が思ってたより全然多かった……。足りるかな……?

 いや……現地調達できるから問題ない!


「◎△$♪×!¥●&%#!」


 すると、後ろに乗せていた男が必死になってどこかに走り出した。

 え、行くの!?私置いていくの!?いや、でも……!


「これを持って行って!」


 慌てて呼び止めて、既に希釈した唾液……薬を渡す。

 多分、大切な人がいるんだと思う。なら絶対に必要になるはずだから。


 よし……それじゃ…………!どうすればいいの……?

 ヤバい……緊張してきた……どうしよう……ってか、私が急に渡しても飲んでくれるかなんて……。


「◎△$♪×!?¥●&%#!!!」


 今……確かに、聞き覚えのある声が聞こえた。

 探るように顔を探すと、そこに居たのは川で出会った少女だった。


 やっぱりこの村の子だったんだ……。そっか。

 私は大きく息を吸って、必死に伝えることにした。彼、彼女らが私にそうしたように。


「言うことを聞いて!死にたくなかったらこの薬を飲んで!酷い症状の人から先に!早く!」


 これ以上ない大声で伝えると同時に、『生産魔法』で水の入ったコップを量産し、クロの唾液を垂らす。

 しかし、村人達は何が起きているのか分かっていないのか、一切動かず固まったままだ。


「動けッ!!!」


 いつの間にか叫んでいた。

 これは私の善意じゃない。ボロボロになってまで私に助けを求めに来た彼に、彼の強さに私は心を動かされたんだ。


 しばらくすると大勢の村人の中からあの時の少女と、男が一人私の方に駆け出し、みんなに指示を出し始めた。

 助かった……私一人じゃどうしようもなかった。

 私は緊張から解けたせいか、膝から崩れてしまう。


「◎△$♪!×¥●&%#!」


 村人らは私がどうするでもなく、各々が働き私はただ薬を量産するだけで終わった。


 ……あぁ、よかった……。

 村の中心では居心地が悪いので、隅っこで村の人達を見ている。

 中には号泣したりお互いに笑いあったり……そして、間に合わなかった人を前に崩れ落ちる人。


 ……そう、私がもっと早く気付けば助かったかもしれない人達。


 仕方がない。


 そうなのかもしれない。


 でも、何かが喉につっかえる。


「◎△$♪×¥●&%#!」


 ……知らない人だ。

 何をしに来たのか、私に向かって何かを話している。


 そして、頭を下げた。

 深く深く、これ以上ないくらい深く。


 そして、一言何かを発した。


「ううん、こちらこそ……生き残ってくれてありがとう」


「◎△$♪×¥●&%#!」


 言葉の意味は分からないけど、きっとそういう問題じゃない。

 私は私のできる事をした……多分、ただそれだけ。


 そういえば、私を連れてきた男の人はどこにいるんだろう?少し村の中を歩いてみよう。

 ……って、助けたんだからクロを怖がったりしないよね?襲われないよね……?

 恐る恐る村を進んでいくと、クロが鼻をヒクヒクとさせて一つの建物の方に進んでいく。

 ええ、実はクロは耳も鼻も凄く鋭いんですよね。


「……こっち?」


 建物の前に立つが、中から何ひとつとして音が聞こえなかった。

 恐ろしいほど、何も聞こえない。


「……入るよ」


 扉を開けると、真っ先に目に入ったのは真っ白なベッドに眠っている美しい女性だった。

 そして、そのまま視線を横にやると……私を連れてきた男が死んでいるみたいに壁に寄りかかって座っていた。


「◎△$……」


 言葉の意味が分かった。いや、分かってしまった。


「……そっか」


 進んでいくと、美しい女の人がただ眠っているだけのように目を瞑っている。次の瞬間目を覚ますのではないか、そう思えるほど普通に眠っていた。

 服を無理やり脱がしたのだろう。乱れた服の間から見える肌は全て緑色の湿疹で埋められていた。

 この村の病人で酷い人を何人か見てきたけど……ここまで湿疹が酷いのは初めて……。

 そう……この村で最も重症だったのはこの人だったんだと思う。しかし、美しい顔には一切湿疹がなく本人が隠していたら……気付かないかもしれない。


「ごめん……私がもっと早ければ……」


「◎△$……♪×¥●&%#……」


「……ごめんね」


 私は、黙った家を出た。

 多分、一人にした方がいい。いや、二人っきりにさせてあげたかった。


 全てが上手くいく訳じゃない。

 分かっていたつもりだけど、よりにもよってあの人の大切な人を奪うなんて……なんて世界は残酷なんだろう。

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