第11話・疫病

 この村、フェルローラ村は死んでいる。

 いや、これから死んでいくと言った方が正しいだろう。

 そんな村を現在進行形で襲っているのは毒魔と呼ばれる疫病。その疫病は一人発症したならその村の全ての人間が感染していると言われるほど、絶望的な感染力を持つ。


 そう、この村にはもはや未来がない。

 村人にとって唯一の頼みの綱である領主は、この村を閉鎖することで問題を片付けた。要するに、村人達は捨てられたのだ。

 それでも村人らは死んでも死にきれない気持ちに苛まれながら、必死に生きる道を探していた。

 そして、その村の中を歩くこの男もまた、自分の愛する者を守るために生き延びる方法を探していた。

 そんな彼の名はリアム。整った顔立ちに、村一番の力自慢である。そして正義感の強いその性格から、特に若い村人から絶大な信頼を得ていた。

 しかし、リアムは自分の不甲斐なさに苛立っていた。


「くそ……くそッ!ふざけるなッ!」


 リアムは先程まで村長らと交渉していたが、この様子から見てもわかる通り一切聞き入れられなかった。

 交渉の内容は「まだ発症していない村人の避難」である。しかし、村長側の意見としては「もう遅い、諦めろ」といった内容だった。


(あの老害共…!発症してるからって子供まで…いや、面倒を見る奴が居なくなるのを恐れてんのか!?)


 当然、リアムも魔毒の感染力については理解していた。しかし、まだ発症していない村人にはほんの少しでも可能性があると、そう考えていた。

 収まらない苛立ちで頭を掻き毟りながら家の中に入り、深くため息をつく。


「はぁ……俺だって死にたくねぇよ」


 右手には発症した証拠である緑色の湿疹。

 リアムはもう既に間に合わない状態だった。しかし、せめて生き残る可能性のある者だけは救おうと考えていた。


「おかえり、リアム。……大丈夫だよ。きっと何とかなるから、一緒に頑張ろう?」


 家の台所からそんな声が聞こえてくる。

 リアムはその声を聞いて心を落ち着かせ、その者の名前を呼ぶ。


「メル……」


 彼女の名前はメル。金に近い美しい茶色の髪の毛で、リアムの婚約者でもある。


「せめてお前だけでも……」


「いいえ。前も言ったでしょ?私は貴方から離れないって。それにほら、私は全然元気だからね!」


 メルは力こぶを見せて元気なアピールをする。

 この病は高齢者から発症率が上がり、まだ発症していない若い村人達には可能性がある。メルもそんな一人だった。

 発症していない村人を救うため、せめて村の中でも発症している者を隔離している。しかし、メルはどうしてもリアムから離れることはなかった。


「じゃあ、私は村長さん達のご飯を届けに行ってくるからね」


「……ああ。わかった」


 止めたくなる気持ちをグッと抑え、リアムはメルを見送る。

 メルは強く美しく、それでいて誰にでも優しかった。

 リアム自身もそこに救われている部分はあったが、底なしの優しさがリアムには苦しかった。


(頼むから……少しは自分のことを考えてくれよ……)


 やりきれない虚しさが夜の闇のようにリアムの心を覆い隠していく。そして、何かが心の奥底からふつふつと浮かび上がってくる。


「はぁ……外に行くか」


 外に出ても何も変わらない。ただ、人気のない寂しい家が並んでいるだけだった。

 しかし、そんな村の奥からリアムを呼ぶ声が聞こえてきた。


「リアム!聞いてくれ!」


 大声を出しながらリアムを呼んでいる男は、リアムの幼馴染であるルドだった。


「お前!なんでここにいるんだ!」


 彼はまだ毒魔の症状が出ておらず、ここには症状の出た村人だけが集められているのだ。


「落ち着けよ……俺はもうダメだ」


 その一言でリアムは全てを察した。


「ッ……そうか」


「んな事伝えに来たんじゃねーよ!シエラが帰ってきたんだ!」


「は、シエラが!?」


 リアムは驚きを隠せなかった。

 シエラは少し前に毒魔を発症してパニックになり森に逃げ込んだのだと、そう村長に聞かされとっくに死んでしまったものだと思っていたからだ。


「それが…何故か毒魔も治ってたんだ……」


「なん……本当か!?嘘じゃねぇよな!?」


 それは、まさに希望の光と呼べる報告だった。


「今はどこに!?」


「今は家に寝かせてる!まだ何も聞いてないが、間違いなく湿疹が消えてんだよ!いいから着いてこい!」


「あ、ああ!わかった!」


 リアムは前を走るルドの後を走り、シエラが眠っているルドの家に辿り着いた。

 中に入ると、ベッドの上には長い間見なかったシエラの姿があった。しかし、頬は痩せこけ、傷や泥で汚れた肌は以前の姿とは大きく違っていた。


「リアム。これはお前にしか話してねえ……ほら、村長がシエラのことをパニックになったって言ったろ? 多分、あれは嘘だ」


「なんだと……?」


 ありえない、と言わんばかりに聞き返すリアムだったが、ルドは確信を持ったように口を開く。


「かなり疲労が溜まっているらしくてな、飯を食ったら何かを聞く前に寝ちまった。何があったのかは起きてから聞くしかない。だが……多分、まだ俺たちにも可能性がある」


 それからリアムはシエラが目を覚ますまで待ち続け、ついにその時が訪れた。


「あれ……ここは…」


 リアムが眠気からウトウトしていると、そんな声が聞こえて来る。


「起きたかッ!?」


 眠気など瞬時に吹き飛び、シエラの肩を強く掴む。


「あれ…リアム……?」


「大丈夫か!?何があった……なんで森の中に入ったんだ!?」


「えっ……と……なんで……って……」


 リアムの質問攻めに混乱してしまったのか、何を話せばいいのか分かっていない様子だ。


「ふぅ……すまん。村を出る前、村長になんて言われた?」


 焦る気持ちを落ち着かせ、リアムはゆっくりと質問することにした。

 それに対し、シエラはポツポツと語り出す。


「みんなの病気を直せる……薬草があるって……」


「や、薬草?そんなもん……ある訳……いや!見つかったのか!?」


 それならばシエラの湿疹が消えたのも納得がいく。

 しかし、気になるのはなぜそれをシエラ一人に言ったのか。リアムは後で問い質してやる、と心のメモに書き連ねる。


「う、ううん。ごめんなさい。なかったんだけど……森の奥に……女の子が……」


「おう、リアム……って、起きたのか!?」


 家の中に入ってくるのは、病人の世話を見ていたルドだった。


「何か分かったのか!?」


「これから聞くところだ……シエラ、詳しく話してくれ」


「う、うん……」


 それからシエラが話した内容はとても信じられないものだった。

 曰く、ここから五日歩いた所で竜を操る黒髪の女の子と出会い、この病を治してくれたのだと。

 夢を見ていたと言われた方が納得が行くほどの夢物語だったが、その証拠にシエラの湿疹は消えているのだ。


「んだそれ……そいつならこの村を救えるってことか……?」


 ルドが顎に手を添えて呟く。


「疑ってはねぇけど……本当だろうな……?」


「う、うん……」


 リアムとルドは互いに向き合い、頷き合う。


「ルド、お前は残れ」


「はぁ!?なんでだよ!お前一人じゃ危険すぎるぞ!」


「いや、隔離された人の面倒を見れるのはメルとお前だけだ。俺はまだ熱も出てないし、他に俺より強い奴は居ねぇ」


「確かにそうだが……せめてもう一人連れて行けよ!」


 生存率に関しては、人数を増やせば増やすほど可能性が高くなる。

 しかし、リアムは即座に断った。


「遅い奴は足でまといになる……少しでも遅れたら死者が出るかもしれねぇ。現に老人は何人か死んでんだろ」


「だけど…………ちッ、お前が正しいよ」


「ああ、出立したらみんなにも話しておいてくれ。俺はメルに一言言ってから行く」


「あ、ああ。わかった」


 ルドの家を出て自分の家に戻り、扉を開けようとする。

 すると、中からなにか音が聞こえてきた。


 (何の音だ……?)


 胸騒ぎがしたので扉を開けずに窓を覗いて中の様子を見る。

 そこにはメルがすすり泣く姿があった。

 泣いている理由はリアムには分からなかった。しかし、メルのそんな姿は一度も見た事がなかった。


 (メル……俺は…絶対に助けてやるからな)


 家には入らず、急いでルドの家に戻る。


「おう、メルには話せたのか?」


「ああ、武器を貸せ。俺のは刃こぼれしてた。それに干し肉もだ」


「あ、ああ。用意してあるが……突然どうしたんだ?」


「喝を入れてきた……それだけだ」

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