第9話・武器
今日は狩りに行く前に試したいことができた。
それはクロの体から出ている霧を利用してみる!っていう感じなんだけど……。
最初はナイフに唾液を塗って暗殺者の毒みたいにって思ってやってみたら数秒で蒸発して霧になってしまった。
いやこれ、結構利用するの難しいかも……ガラス瓶とかに入れて投げるとか?あ、我ながらいい提案かも……!?
……そういえば私ハンドボール投げ五メートルだったなぁ。
運動音痴の中でも選別された運動音痴だからね。それくらいは当たり前よ。「ふざけるなら見学してろ!」と言われたのも、今となっては懐かしい記憶だ。
……まあ、試してみても損は無いか。
「ねえ、クロ……ここに涎入れてくれたりしない?」
えっと……かなり恥ずかしいことを聞いてるんじゃ……?いくら人間じゃないとはいえ、気持ち悪いと思われても仕方がないかもしれない。
「ガル!」
あ、いいんだ。
クロの唾液は想像よりも真っ黒で、小学生の頃書道で使ってた墨汁に似てる。って、そんな事はいいの。
ジュワーと音を立てながら黒の涎がガラス瓶に入っていく。
「うん、ありがとう」
投げやすいように丸っこいガラス瓶に入れたのだが、とんでもない物を手に入れてしまった気がする。
ちょっと投げてみようかな……いや、勿体ないからウサギを見つけてに試してみよう。
ということで、今日も森の中でウサギを探しに来ました!
二度目なのでスラスラと進んでいく。そして、探すべき場所が地面ではなく木の上だと分かったのはかなり大きかった。
一度も見つけられなかったなら落ち込んでいたけど、一匹いるということは二匹目も絶対にいると思う。
「よし……見つけるぞ」
しかし、見つけるのにもコツがいるのか思ったより見つからない。
うーん、もしかしたら何か……あれ?この木穴が掘られてる?
爪の跡のようなものもあるし、あのウサギとも大きさが合う気がする。もしかして……近い!?
落ち着け落ち着け、ゆっくりと周りを探せ……。
「!」
いた!
茶色の毛で見つけにくかったけど、確かにウサギだ。こっちを見てピクリとも動かないのは多分擬態してるつもりなのかな……?
高いところにいるなぁ……ふふ、しかし私には秘密兵器があるのだ。
えいっ!
放り投げたガラス瓶は歪んだ放物線を描いて、ウサギの足元に落ちる。
私は霧が狼煙のようにモクモクと上がっていく、そう思っていた。
パリン。ブォアアァァァァ!
「へ……っ?」
スモーク。まさに煙幕だ。
ゴホゴホ……って、煙じゃないんだから。あれ、私の体に害とかないよね……あ、晴れてきた。
「ぁぁ……これは酷い」
ウサギは落ちた時に頭をぶつけたのか血を流しながら地面に倒れ、ピクピクと足が痙攣している。
……こ、これは濃すぎた……かな?ちょっと可哀想だけど、初めての獲物だからね。
腰に下げていたナイフを取り出そうと……あっ、ナイフ忘れたッ!?
「ぁど、どうしよ……」
ウサギはまだ生きているが、周囲の黒い霧が消えず苦しそうに呼吸をしている。
ど……どどう……どうしよう……。違う、どうせ殺しちゃうんだからできるだけ苦しまないように……綺麗に……。
私は震える手を持ち上げ、ウサギの首を優しく包み込む。
「ごめんなさい……」
仕留めたウサギを持って家に帰り、解体することにした。
仕留めてからはしばらく落ち込んでしまったが、いつまでもネガティブではいられない。これがこの世界の理なのだと、そう考えるしかなかった。
ナイフでウサギの腹を裂くと、大量の血が流れてきたので昔どこかで見た血抜きをするために首を落としてぶら下げた。
「……はぁ」
血が抜けるまで時間が掛かるので、そのウサギを私は眺めていた。
絞められて呼吸が消えていく感覚、どんなに冷酷な人間でも罪悪感を感じてしまいそうな程…酷かった。
「グルル…」
「いや、なんでもないよ。美味しく……感謝して食べないとね」
サイコパスとは違う。命を奪った者としての使命のようなものだと、私は思った。
血が出てこなくなった辺りで内蔵を苦労して取り出し、欲しがっていたのでクロに与えてここからが本番。
ナイフで切込みを入れて皮を剥いでいくと、思ったよりも簡単剥いでいくことができた。
うん、我ながら上手にできたんじゃんないかな?
とりあえず毛皮は隅に置いておいて、食べられそうなモモの部分を解体しようとするけれど……骨が邪魔して切る事ができなかった。
お肉だけ切り取っちゃおうかな?骨の使い道とかも分からないし……うん、そうしよう。
こうして、今晩のご飯が決まった。
クロに炎を着けてもらい、肉に串をさして塩胡椒を振りかけて食べる。
「あ……美味しい」
ちょっと臭みがあるけど、食べられない程でもない。うん、普通に美味しい。
「グル……?」
自分自身の手で殺めて、解体して、食べて、なんて自分勝手なんだろうか。
私の手の中で死んでいくあのウサギは、何を考えて死んだのか。あの光の消えていく瞳は、死んでもなお私の目を見つめていた。
私は……あのウサギを可哀想だと思ってしまったんだ。
「……なんでもない。ちょっとね」
この世界は弱肉強食。精神的にも弱いままでは生きていけない。それに、クロに頼りっぱなしでもよくないから。
あ……!毛皮忘れてた!
生き物の死を無駄にしないとか思ってたのにこんな大切なことを忘れてるなんて……。ごめんなさい……。
慌てて置いておいた毛皮を手に取り、固まってしまった血を川で洗い流していく。
っていうか、本当に綺麗に取れたなぁ……。もしかしたら売れるんじゃないの?
それに暖かそうだし……天然の服とかにできないかな?布団とか……あ、入口を塞ぐのにも使えそう……面積が足りないんけどね。
「うん……使い道は沢山ありそう」
洗った毛皮を干していた服と一緒に干しておき、食事を続ける。
そういえば、あの少女はどこに住んでるんだろう?まだ子供っぽかったし、そんな遠くないと思うんだけど……。
少女一人で来ていた様子だったので、体力的に考えて近い場所に人の街とかがあるはず。
できることなら探してみたいが、言葉が分からないというのがやはり辛い。次あの子にあったら言葉を教えてください、ってお願いしてみるのも良いかもしれないね。
……しっかり話せれば、の話だけど。
……うん、頭の片隅に考えておこう。
しかし、あのガラス瓶凄かったなぁ。
正しくはクロの唾液が凄いということなんだけど、もう少し薄めてもいいかもしれない。あれは流石にやり過ぎたよね。
……でもゴブリンとかに囲まれた時使ったら強いかもしれない。
それに力の弱い私にも身を守る方法があるのは嬉しい。その為にはクロから唾液を貰わないといけないんだけど……うん、明日の朝ご飯の時にほんの少しだけ貰おう。
あ、そういえば。
「クロ、その霧って止められたりする?」
クロは首を傾げる。多分、どういう意味?と言う意味だと思う。
「その霧があると人のいる場所に行けないからね…どうにかできたらいいんだけど……」
クロは首を縦に振り、目を閉じて集中している。
お、おぉ〜!!!!!少し抑えられてる!?!?
「できてるよ!凄い……!」
しかし、完全には抑えきれなかったようでかなり薄くなったが霧は漂っている。
いやいや、少しでも抑えられるだけ十分!あれ?なら、特訓したら完全に抑えられたりするかも!?
よし!今後の課題はクロの霧を抑える練習と、私が言葉の壁を乗り越える!この二つかな。
いやぁ…後者はかなり苦労するけど頑張ろう……。
「ねえ、明日からも練習……する?」
本人が嫌がったら諦めるつもりだったけれど、クロはコクコクと頷いてくれた。
「ありがとう。私も頑張らないとね……」
今日も大変な一日だったけど、これからもやることが多い。
最初は不安な異世界生活だったけど、ちょっと楽しむ余裕ができてきた気がする。
「よし、明日も頑張ろう」
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