第7話・少女

 この世界で暮らし始めてから約一ヶ月が経過した。

 特に日数を数えていた訳ではないけど、何となくそれくらい経ったと思う。……多分ね?

いやー早い。時間が過ぎるのはあっという間だったね。

 足の様子は数時間に一度冷やし直してタオルを当てていたのが良かったのか、腫れはかなり引いてるしゆっくりだけど一人でも問題なく歩く事ができるようになった。

 お風呂事情は……服脱いで小川に足突っ込んで上からバシャー!って……言わせないでよ。

 その時の様子を見てたクロは興味なさげに……いや、人間じゃないからだよ?別に壁って訳じゃ……。


「はぁ……一人で何してんの私……」


 と言っても、腫れが完全に引くまでは濡らしたタオルで冷やしておく。また酷くなったら今までの苦労が水の泡なので、私は油断しない。

 さてと、この一ヶ月で何が変わったかと言われると大きく二つある。


 一つは家の中である。

 床が痛くならないようにカーペットを敷いたりベッドを造ったり。もはや木の中とは思えないほど生活感に溢れている。

 そして二つ目は……ごめん何も無いよ。

 何かあるかなー、と思ったけど特に何もなし。

 不便なことはある程度改善したけど、胸張って何かできたことはない。ほんとに無い。

 この一ヶ月は起きてご飯を創り出して食べて、『生産魔法』を使って部屋の家具とか便利なものを創ったり。そのお陰で生活に困ることはほとんどない。とんでもないニート生活である。


「よいしょ……クロ?どこ?」


 外に出てクロを探す。理由は単純、クロに水浴びをさせに行くのです。

 毎日狩りをしている分、クロは泥や血でかなり汚れている。そういうことで、定期的に水浴びさせて洗っていた。

 この時間は狩りに行っていない筈なので、呼べば来てくれるはず……。

 そう考えていると、ブォンと風が音を鳴らし巨大な影が私の前に現れる。


「クロ、おはよう」


 クロはズドン!と大地を揺らして着地し、砂埃の舞う中頭を私の前に出してくるので撫でながら挨拶をする。本当に可愛いやっちゃ。

 それに、初めて会った時と比べるととんでもない甘えん坊になってしまった。私にも悪い部分があるが、これに関しては私も嬉しいので文句を言われる筋合いはない。

 例えるなら、もう立派な家族みたいな関係だった。


「水浴びに行こ」

 

 頷くクロを連れて、初めて会った時の川に向かうことにする。あそこは水深が深く、クロも全身を洗えるからお世話になっている。

 あ、ついでに私も一緒に浴びてるよ。最初は人に見られたら……とか考えてたけど人間、慣れというのは凄くて今では立派な露出狂……ではないよ?

 なんなら、人に見られても見られた恥ずかしさより喜びの方が大きいかもしれない。それほど、約一ヶ月人間に会っていないというのは寂しいものだった。

 木を避け、景色が切り替わるといつも通りの綺麗な川が見えてきた。するとクロは私の右に佇み、何やら私の様子を見ている。

 こういう場合は大抵「行ってもいい!?」という意味なのだ。


「ん、浴びてきていいよ」


 その言葉を聞いて川にクロの巨体がダイブする。バッシャーン!とね。

 初めは面倒くさそうに水浴びしていたのだが、繰り返していく中で新たな遊びに目覚めてしまったらしい。

 傍から見たら巨大な化け物がバシャバシャと川を踏み潰しているという、もしも何も知らない少女が見たら気絶しそうな程恐ろし………………い……?


「あ……」


 視線を横にずらすと、一人の少女がクロを見て固まっていた。

 え?え??嘘でしょ?なんでこんな所に……!?

 思考停止した私を置いて、気配に気付いたクロがその少女に向かって走り出す。

 聞こえるのは少女の悲鳴。


「ま、待ってクロ!」


 時すでに遅し。少女は倒れ、クロは首を傾げて少女を眺めている。

 しまった……忘れてた!


「離れて!」


 覚えているだろうか。クロの体から漂わせている黒い霧は魔力を食う習性がある。なぜかって?そんなこと知らないよ!

 ただすぐに死ぬ訳じゃない!意識を失っているだけだけど……どうなるかは私も全く分かんない!

 と、とと、とにかく!今は急いで家の中に運んでおかないと……うっ、重い……。


「クロは離れてて、私が連れていくから」


 このまま放っておく訳にはいかない。そもそも倒れた原因がクロだったら、少なからず私にも責任がある。


「ふー……ふー……」

 

 痛い……でも、我慢しないと……!初めて人間に会えたんだから……!

 痛みに耐えつつ、かなりの距離を歩きやっと家に辿り着く。

 

 急いでベッドに少女を寝かせ、かなり熱っぽかったので布を濡らしておでこに乗せておいた。

 でも、他にどうすればいいのかよくわかんないし……。

 

 そうだ!と体を拭こうと少女の手を持ち上げると、腕の裏側に変な色の痣のような何かが浮かび上がっていた。

 ……?なにこれ……?これが熱の原因……?多分、クロと関係ない物だと思うけど……まさか病気?

 しかしどうしようもない、としばらく様子を見ているとその痣はゆっくりと消えていき、何がなんだか分からないまま熱も下がり徐々に回復に向かっていた。


「よかった……」


 一安心。されど、一難去ってまた一難。


「◎△$♪×¥●&%#!」


 少女が目覚め、意味のわからない言葉を話し始めた。


「……」


 やばい……どうしよう。

 全然なんて言ってるか分からない……。それに……めちゃくちゃ緊張する。そうだった……相手がクロだったから話せたけど、私は超内向的性格……。

 ……と言えば聞こえが良いんだけど、人を前にすると緊張して話せなくなるただのコミュ症なんです……。


「……大丈夫?」


「◎△!$♪×¥●!」

 

 ダメだ……本当になんて言ってるのか分かんないよ……!あ、変な汗かいてきた……。

 えぇ……なんか急に服脱ぎ始めたんだけど……?え?この世界の常識だったりする?


「え……なに?」

 

 服を脱いだと思ったら急に泣き始めたのだ。


「◎△……$♪×¥●……」


 ダメだ……本当になんて言ってるのか分かんない。

 くそう……せっかく初めてこの世界の人と話せると思ったのに……やっぱり言葉は大きな壁かぁ……。

 って、あれ?私のは伝わってるの?なんで?


「私の言葉、わかるの?」


「◎△$♪×¥●&%#!!」


 ブンブンと勢いよく首を縦に振る少女。

 え?わかるの?どうして……?もしかして、クロが言葉を理解するのって日本語が分かるって訳じゃないの?

 あー、もしかして神様が私をこの世界に送る時にそんな感じの力を与えてくれたのかな?

 ……いやそれは無いかな。

 しかし、そうなると他に理由が……話せないはずの生き物と話せる力なんて……?いつから?この世界の……?


 ……ああ。分かったかも。


 シロだ。

 この世界に来る前に別れを告げたシロ、あの時に言葉が通じるような力を手に入れたということだろう。うん、考えれば考えるほどそれしか考えられない。

 

 ふふ……ちょっと嬉しい。まるでシロからの贈り物のような気さえしてくる。


「◎△$♪×¥●&?」


 しまった、何か聞いてきてる……。


「言葉は伝えられるけど、貴女がなんて言ってるのか分からない。ごめんなさい」


 申し訳なさそうな顔でも浮かべられれば完璧だったが、表情筋がガッチガチに固まり真顔のまま言ってしまった……。これが私のポーカーフェイス……いやホント要らない……。


「◎△$♪×¥……?」


 どうしたんだろう……?何を気にして……?


「◎△$♪×¥●&%#!」


 何やら手話で伝えようとしているが、当然理解できるわけもなく……。

 えっと……建物?それに……自分?いや私のこと?角?クロの事言ってるのかな?


「クロは狩りに行ってる、けど」


「◎△!?$♪×!?」


 分からないって……。え、首輪?いやいや、ペットなのかってことかな?


「いや友達」


「◎△$♪×¥●&%#!?」


 え……なんでこんな元気なの……?私死んじゃうんじゃないかって心配してたんだけど……いや良かったけどね。


 ……耐えられない。

 この状況に私は耐えられそうにない。

 言葉の通じない外国の人と二人っきりになった時のような、そんな気まずい空気になってしまった……!どうしよう、本気で苦しい。

 うう、別のことを考えてみよう。うん、そうしよう。

 少女の容姿は長い茶髪を後ろで束ね、パッと見で身長は私より十センチほど小さく一言で言えば可愛い少女だ。そして健康そうな日焼けに、丸っこい茶色の瞳……。


「か、帰る?」


 ダメだぁぁ!もう我慢できないって!


「◎△$♪×¥●&!?」


 分かんない分かんない!なんか怒ってない!?


「出て真っ直ぐ行くと会った時の川に出るから……」


 ダメだ……もうこれ以上話せない……。私が悪いのに……ごめんなさい。

 顔をチラリと上げて様子を見ると、少女は少し迷って立ち上がり私に向かってぺこりと頭を下げる。


「◎△$♪×¥●&%#!」


 多分……感謝を伝えられた。

 少女の瞳には涙が浮かべられていて、何かを丁寧に伝えうとしてくれていた。

 

 ……ああ、もう少し人と話すのが上手だったら良かったのに……。


 少女は迷うことなく家を出て、私が伝えた通り川に出る方向に進んで行った。

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