第5話・拠点
「じゃあ……クロ……なんてどう……?」
時間が止まったと、そう錯覚すると同時に自分のネーミングセンスの無さを実感した。
あ……今思えばシロの名前もそのまんま……?もしかしたら遺伝?いや、今はそれよりも……。
「あ、無し無し……!今の無し!」
私は両手を前にブンブンと振って訂正する。
そう、あまりの無邪気さに忘れていたけど……相手は竜なんだ……ペット感覚で名付けて良い相手じゃなかった。もしも竜の逆鱗に触れてしまったなら、私の命は……あああぁぁ……!
「あああ……って……ぁれ?」
私の突き出した右手に冷たいものが触れ、グリグリと押し付けてくる。
もしかして、気に入ってくれたのかな……?いや、でもあまりにも安直すぎるような……。
「い、いいの?クロで……?」
竜はぐるぐると喉を鳴らし、満足したように頷いている。
いやいや、でもパッと思いついたような名前だけど……本人が良いって言うならいいのかなぁ。ちょっとだけ申し訳ない……。
「私は相笠氷乃……よろしくね。クロ」
「グルル……」
こうして、私とクロの奇妙な関係が始まった。
何はともあれ、何の力もなく更にこの世界の事を何一つとして知らない私は、一緒に行動してくれる味方ができただけで十分ありがたかった。
上を見ると空は既に赤く染まっていて、慌ただしかった一日が終わりを告げているようにも見える。
「どうしよう……」
問題は幾つかあるけど、早急に何とかしなければならないのは夜を安全に過ごせる場所を見つけなければならないということ。
さっきのゴブリンの様なモンスターが他にもいることはまず間違いないので、安全な所を見つけたい。というか、二度とあんな怖い思いをするのは嫌だ。絶対に。
「なら、探すしかないか……」
だけど普通に考えて森の中に住めそうな場所なんてあるかな?できれば雨風の凌げる場所を見つけたいんだけど……うーん。
私が悩んでいると、不思議そうに横から私の顔を覗いてくるクロ。
「えっとね、これから住めそうな場所を探そうかなっ……って、痛た……」
ゴブリンに棍棒で殴られて痛めた足を見ると、酷く腫れていてとても歩けそうになかった。
うわ……凄い紫色……気付かなかった。いてて、このままじゃ移動もできないし……仕方ない、動けるようになるまでここら辺で休もう。
「ごめん、ちょっと歩けそうにないから……」
私がそう言うと、クロは身を屈めて私の隣に座り込む。
心配してくれてるのかな?にしてはこっち向いてないけど……?
私が頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、クロは身を捩じらせ何かを急かしている。
「え?」
も、もしかして……。
「乗れ……ってこと?」
乗るときの痛みを我慢すれば確かに移動できるが、竜に乗った経験など一切なく単純に怖い。
動き出したときに振り落とされそうだし……そもそもちゃんと登れるのだろうか。
「グルルルル……」
いいから早く乗れ、と言わんばかりに唸りながら長い尻尾で私の背中を押す。
「ひぇ、わ、わかったから……」
私は恐る恐るクロの体に触れ、足の痛みに耐えながらよじ登る。
いってて……でも……登れた。っていうか、こんな無理したの凄い久しぶりな気がする。
「乗れたよ……けど大丈夫?」
平気だと思うけど、重いと思われたらちょっと嫌だなあ……。
そんなことを考えていると、フワッとクロの体が持ち上げられる。
わ、高い……大丈夫かなこれ。落ちたりしない?
もしもサドルのような物があれば安心なのだが、クロの背中に跨るように座っているのでちょっとした拍子にこぼれ落ちてしまいそうだ。
「さ、最初はゆっくりで……ええぇぇぇ!」
爆速。
例えるなら安全装置のないジェットコースターに乗っているような感覚。
やばいやばいやばい!落ちたら死ぬ!死んじゃうって!
「待って待って待って!ストップ!もっとゆっくりやってぇぇぇぇ!」
「?」
声が届いたのかクロは急停止し、頭をクロの首元に強くぶつけてしまった。
いったたた……はぁ、怖かった。こうなるんじゃないかとは思ってたけど……。次からはもっと早く伝えないと。
「ほんとにゆっくりで……住めそうな場所見つけたいから……ね」
クロはフンーとため息のような何かをついて、のっそのっそと歩き始める。
不満そうだけど、私が振り落とされたら死んじゃうからね……我慢してください。
「って……どこに向かってるの?」
川沿いを歩くつもりだったが、クロは木々の多い方向に進み、目指している場所があるような迷いのない進み方をしている。
あ、もしかしてクロが暮らしてる場所があるのな……?それだったらかなり楽になるんだけど。
しかし、クロは特に反応なくただ進んでいくだけだった。
「……あれ?」
さっきの爆速は怖かったけれど、この高さでこの速度ならちょっと気持ちがいいかも。
クロは迷いなく進んで行き、木々を掻き分け開けた場所に出ると……そこにあったのは絶景。
「綺麗……」
そこら一帯が黄色の花で埋め尽くされ、その中央には巨大な樹が堂々と立ち尽くしている。
凄い……森の中にこんな場所があったんだ……。
クロはフンと得意げに中央の樹に向かって歩き始める。
我ながら表情の分からない相手の感情を読むのが上手くなった気がする。もしかしたら、私たちは似たもの同士なのかもしれない。
私は人前では表情があまり動かせず、兄さんには常時ポーカーフェイスとバカにされていた。今となっては少し恋しいが、まあ考えても仕方がない。
「凄……」
樹に近付いている時に下を見ると小さな川が流れていて、小魚が優雅に泳いでいるのが見えた。
それだけでも、都会で生まれ育った私からしたら気分が良くなるものだった。
そして、巨大な樹が眼前に広がる。
「おぉぉぉ……」
つい感嘆の声が漏れてしまう程、そこは幻想的だった。
巨大な樹の下は大きな空洞があり、そこは雨風も凌げて拠点にするにはこれ以上ない場所だった。
「もしかして……ここに住んでるの?」
もし、そうだとしたらここに住ませてもらうってことになるんだけど……いいのかな?
しかし、対するクロは首を傾げてよく分からない反応だった。
もしかしたらここには住んでなかったのかな?そもそも竜ってどこに住んでるの?山の頂上とか?
「合ってたら首を縦に、間違ってたら首を横に振るのってどうかな……?」
その様子からでもある程度分かるんだけど……やっぱり色々不便だからね。
クロはそれを聞いて首を縦に動かす。
よかった……これでクロの答えが分かりやすくなるし、答えが返ってくるとなれば私も嬉しい。
「それで、ここに住んでるの?」
その質問に対してクロは首を横に振る。違うということなのだろう。
「もしかして、どこかに住む必要がなかったりする?」
まさかね、と思いつつ質問するとまさかの肯定。なんとも勇ましい限りである。竜ってそんな凄いんだね。
多分暑さとか寒さにも強いってことだよね?凄すぎる。
一瞬コタツを占領する太った猫の姿が思い浮かんだけど、それは例外。かわいいは正義なんだよ。
「よし、じゃあここに住もう」
仕方なくではなく、私はここが気に入ってしまった。少なくとも、この花畑に囲まれて暮らしたいと思う程には。
それから空が暗くなり始めた頃、私は樹の中で住みやすいように色々と苦労していた。
さて、一から説明しましょう。
この樹の中はコの字を左に九十度回転させたような造りになっていて、布とかで入口を塞げれば簡単な家の出来上がり……まあ、一応ね。
しかし、苦労しているのは床がそのまんま地面のため物凄く硬い。ただ硬い程度なら我慢できるのだが、草が肌を突き刺すのが我慢ならない。
ということで、私は今邪魔になりそうな草を抜いている所なんだけど……かなり土が凸凹してる。うーん、どうしようかな。
どうせやるならしっかりやりたいんだけど……こればっかりは私一人じゃ……あ。
「クロ?手伝ってくれる?」
クロはその巨体で中に入るとぎゅうぎゅうになってしまい、手伝いどころではなくなっており外でしょんぼりしていた。
私が呼び、クロにお願いすると物凄い勢いで中に入っていく。
「……っぷ」
一度中に入った時身動き取れなくなった筈なのに、また身動き取れなくなっている。
「ガル……」
可哀想なので一旦出るように伝え、尻尾で中を平にして貰えるように頼んだ。
尻尾だけだと上手くいかないかな、と思ったけど竜の力は想像以上だった。たった一度の薙で固まっていた土は砕け、二度目にはもう真っ平らだった。
「凄いね……クロ。ありがと」
その言葉にクロはパッと顔を上げ、後ろから大量の砂煙が私を襲う。
「ゴホゴホッ、ちょ、もういい!もういいから!」
慌てて止めると、しょんぼりしたクロがさっきの場所に戻って寝転がる。まるで不貞腐れた猫のように。
可哀想だけど……褒めすぎるのも良くないのかな。後で謝っておこう。
ということで、入口を『生産魔法』で創り出した布で塞ぎ、同じく中にシートを敷いて休む事にした。
魔力が切れたので床に転がり、溜まった疲労を解き放つように全身を地面に投げ出す。
「はー……」
この世界に来てから全然落ち着けなかったし、って……それどころか何回か死にかけたんだけどね……。
今思い出せばかなり濃厚な一日だったような気がする。ま、当分は安静……この足を治さないといけないからね。
さ、明日からはやる事が沢山だぞー。特に魔法で必要な物を創らないといけないし。
よし、頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます