第3話・出会い

 凄く…居心地がいい。

 太陽の光と共に暖かい風が私の肌を撫で、曖昧な意識は次第に覚醒する。

 はぁ……暖かい。それにしても、ここはどこだろう?

 重い瞼を持ち上げると、雲ひとつない晴天が私を出迎える。


「ん……?」


 ゆっくりと上半身を起こすと、チクリと何かが肌を刺した感触があった。

 ん?なにこれ……?


 下を見ると……素っ裸だった。

 露出された肌が地面に生い茂る葉に触れ、先程の感触の正体がこれだったのだ。


「あ、え?え?」


 慌てて周囲を見渡すが、森の中なのか人の姿は無くホッと胸をなでおろす。

 え?待て待て、どうして裸なの?どういう……。

 私は記憶の中からその答えを探し、神様に異世界に転移させてもらった事を思い出した。

 そうだ……私は別の世界に……っていうかここはどこ?

 私は体が問題なく動く事を確かめつつ立ち上がり、周囲を見渡す。

 ここがどこなのか……いや、そんな事今はどうでもいい。この状況をどうにかしないと……!

 素っ裸のままじゃ人の街どころか人に会うことすら難しい。それに、女を裸で異世界に送るとか神様失格ではないだろうか。


 …ほんとにどうしよ……ってああ!たしか魔法が使えるんだっけ?

 ここに来る前に神様と話した内容を思い出し、頭の中でその魔法を強くイメージする。

 うーん……全くわからない。というか、どうやって服が創られるんだろう?そもそも魔法なんて使い方すら知らないし、そんな簡単に何もない所から服が創り出せるのかな?


 ちなみに認めたくはないが、私は昔から色々と不器用と呼ばれる部類の人間だった。当然、こういう感覚で掴むようなものは一切できる気がしない。


「ぬぬ……」


 何となく手のひらを上に向けて力を込めるが、やっぱりできない。

 どうやら、力任せでは魔法を使えないのかもしれない。つまり、少なくとも考え方を大きく変える必要があるということに他ならない。

 無理。絶対無理。できる気がしないよ……。

 でも、やらないと裸体で生活……それも嫌。なら、頑張るしかないよね。


「ふー……」


 呼吸を整えて頭の中でイメージを固める。

 布から服が作られるような、複雑な工程を経て一枚の洋服を創り出す感覚。


「!」


 何となく手のひらが熱くなり、目を閉じると服が形成されていく感覚が掴めてくる。

 しかし、行ける!と思ったら何かがパチンと弾けて失敗した。

 何が間違っているのかはわからないけど、一歩前進したことに間違いないはず。

 しかし、魔法の使い方くらいはチュートリアルで教えてくれても良いのではないだろうか。ゲームの主人公とかは最初から使い方までマスターしているというのに、本当に悔しい限りである。

 まあ、そんなことを考えていてと仕方がない。さっきとは違うイメージで服を創ろう。

 だが、失敗。

 気を取り直して再びトライする。しかし、これもまた失敗。


 それから幾度も服をイメージしたが、最初の一歩から何一つ進捗が無かった。つまり……やっぱり私には才能が無いのかもしれない。だが、そんな簡単に諦める訳にもいかない。人としての威厳に関わる事なのだから。

 それからも挫けることなくチャレンジしたが、わかったことといえば手のひらに何かが集まって火花みたいに弾ける事だけだった。


「あー……もう、わかんないよ……」


 泣きそうになるのをグッと堪えるも、辛いことに変わりはない。

 諦め半分で再び服をイメージするが、先程と同じようにただ熱い何かが集まって来るだけだった。


「本当にお願い、Tシャツ一枚でいいから」


 私は心の底からそう願い、手のひらに集まる熱い何かが消えて何かが手のひらの上に乗る。

 恐る恐る目を開くと、そこにあったのは真っ白なTシャツだった。


「あ……」


 成功……。

 なんで気が付かなかったんだろう?今思えば漫画やゲームにもよくあることだった。

 そう、詠唱である。

 詠唱と言っても私がしたのは創り出そうとした物の名前を口に出しただけなのだが、そんなことはどうでもいい。

 やった!やったやったやった!!!凄い!

 先程の暗い空気が嘘のように吹き飛び、成功したという達成感だけが残った。

 そう、ついに私は魔法を使うことに成功したのである。


 しかし、Tシャツを創り次に下半身を隠すためにズボンを創ったその時だった。


「ぁ……あれ?」


 手のひらに集まる熱い何かが消え、これ以上創り出すことができなくなっていた。

 何度繰り返してもやはり創り出せず、全くできる気がしない。もしかしたら使用回数が決まっていたり、よく漫画で見るめまいとか動けなくなるなんてことは一切なかったけど魔力切れの可能性も……?


「うーん……わかんないや……」


 しかしそんなことは些細な問題で、今の気持ちを表現するとしたら今すぐこの場で踊り回りたい程には嬉しい。まっ、踊らないけどね。

 一番の難関を乗り越えた私を止められるものは、もはや何一つとして存在しないような気がする。裸足とか下着がないのは嫌だけど、今は仕方がない。

 先ほどの手のひらに集まる熱い何かを魔力として、その魔力を意識してみると体の外側に薄く巡っているのが分かった。

 要するに、時間で魔力は回復するという事である。


「よかった……」


 神様の口ぶりからして大丈夫だと思っていたが、心配だったので安心した。……うん、ほんとよかった。


 さて、次はどうしようか。

 周囲を見渡すと一面が木々に覆われていて、森の中であることは間違いないと思う。だけど問題はどこの方角に人間が暮らしているかが分からないということ。

 この世界には様々な国が存在し、文明レベルは前世と比べるとかなり低いらしい。まさにゲームや漫画の様なファンタジーの世界と考えていいのかもしれない。

 ということは、この森にも危険な生物がいると私は思う。なら、少しでも早くこの森から抜け出さなくちゃいけない……。

 え?あれ、もしかして結構危ない状態だったりする?

 いや、待って……落ち着け私。焦ってもどうしようもないでしょ。

 深呼吸深呼吸……。


 さて、落ち着いたところで目標を作ろう。まずは基本の衣食住……かな。

 衣はこの『生産魔法』で何とかなる。となると、この『生産魔法』で何を創り出せるのかを研究した方が良いかもしれない。ちなみに創造魔法の方がカッコ良いかな、と思ったけどそんなに凄そうなものでもないので控えめにした。


 そして本題に戻ると、もし仮に食をこの『生産魔法』で創り出せればこれからの生活が劇的に楽になる。


「ふふ……」


 結果から言おう、大成功だった。

 今、私の右手にはパンが握られている。うん、なんでパンなのかって?おにぎりだと手が汚れるからだよ。パンの方が好きだしね。

 よしよし……見ての通り衣食住の衣と食がこれで解決した。

 溢れる喜びを抑え、パンを食べながら住について考える。

 実を言うと、人間に出会って家に住むのが一番いいんだけどいくつか大きな問題がある。


 まず一つ、そもそも言葉が通じないということ。

 一番の問題はこれ。そもそもどうやってこの世界の人と話すのか。こればかりは覚えるしかないのだが、それがかなり難しい。


 二つ目、見知らぬ他人である私を信用してもらえるのか。

 冷静に考えると、突然知らない人が家に泊めて?と言って来て素直に泊まらせるだろうか?もちろん私は泊まらせない。


 三つ目、その相手が良い人とは限らないということ。

 言わずもがな、人の中には善人と悪人が等しく存在する。全てを信用するというのは無理な話だろう。


 改めてこう考えると、人と会うことすら危険な行為な気がしてきてしまった。

 そして悩みに悩んだ末、私は一つの考えが閃いた。

 ででん!このままこの森で暮らしてしまえば良いのではないだろうか!?

 うん、我ながら頭おかしくなったのかな?と思ったけれど、決して不可能ではない気がする。

 もしもここで安全な拠点を作れたとしよう。そこから周辺の地理を確認して徐々にその範囲を広げて、やがて人と巡り会うという寸法だ。

 ま、そもそも人のいる場所が分からないからなんだけどね。


「ん、よし……!」


 私は靴を創り出して身に着け、ズカズカと森の中を進む。

 最初の目標は水のある場所。人間は元々水のある場所に集落を作ってきたと、どこかで聞いたことがある。

 他にも、水があれば色々な料理も作れるし、やろうと思えばお風呂だって作れると思う。いや、絶対作ってみせる。

 しかし調子に乗った私は歩く速度を早め、木の根っこに引っかかって簡単に転んでしまった。


「いってて……」


 受身を上手く取れず、頭から地面に勢いよくコケる私。もしも兄さんが見てたら爆笑ものだろう。

 うん、痛いよ。すっごく痛い。

 ぶつけた所を摩りながら立ち上がると、微かに水のぶつかり合う音が聞こえてきた。

 この音は……川の音?間違いない!川だ!

 私は慌てて立ち上り、水の音の聞こえる方向に無我夢中になって走り出した。

 木々を掻き分け、流れる水の撃ち合う音が次第に大きく聞こえてくる。

 近い!もうすぐそこに川がある!

 ついに川が見えて来て、勢いのまま河原に飛び出すと……。

 そこにあったのは巨大な黒い何かだった……。


「あぇ……」


 ぐるりと首だけで振り返るソレは私の何倍も大きく、巨大な翼と四足歩行に、頭部と思われる部分には天を突き刺すような二本の禍々しい角。さらに周囲には明らかにヤバそうな黒い霧が充満していた。


 あ、これヤバいやつだ。死ぬかも……。


 化け物は私に向かってゆっくりと近付いてくるが、私は腰が抜けて動けなかった。

 ちょ、待って!動いて……動け動け動け動け!

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった私を中心に、円を描くように観察する化け物。それは私をどう食べてやろうかと悩んでいるように見える。

 そして化け物が大きく息を吸い込み、その口を開いた瞬間。


 空間に亀裂が走った。爆音が周囲を支配し、私はその音に合わせて放たれた矢の如く走り出す。

 ヤバいヤバいヤバい!!!

 あの巨体に人間の、それも運動音痴筆頭の私が逃げ切れるはずが無く、瞬く間に吹き飛ばされて私自身は何が起きたのか全く分からなかった。


「うぅ……」


 バジャン!と水が弾ける音と共に川に落下し、化け物が私の両手を押さえ付ける。

 幸い浅瀬で呼吸に困ることはなかったが、絶体絶命なことに変わりはなかった。

 両腕が強く押さえつけられ、関節が悲鳴を上げる。

 痛い!痛い痛い痛い痛い!!!!


「あ、あぐぁ……」


 嫌……嫌……。

 化け物が大きく口を開き、雄叫びを上げる。

 その瞬間空間が震え、鼓膜が破けてしまいそうな程の爆音で私の耳に激痛が走る。


「い、嫌……やめて……」


 もはや、生きようとする行為は無駄な抵抗なのかもしれない。

 だけど、やっぱり死にたくない。諦めたくなかった。

 そんな考えが伝わったのか、目を開けると化け物が私を殺すことはなく、ただただ私をじっと見つめていた。


「……?」


 恐る恐る化け物を見ると、首をクルクルと傾げて化け物自身も何が何だか理解していない様子だった。

 え……?どういうこと?なんで……生きて……?

 冷静になると再び押さえつけられている両腕の痛みに気付き、変な汗が溢れてくる。


「痛ッ……!」


 刺激しないように抑えたつもりだったが、抑えきれなかった悲鳴が漏れてしまう。

 しかし、驚くことに化け物は私の両腕から足を退けた。その姿は何となく叱られた小動物を連想させる。

 なに?何が起きてるの?言葉が通じてる?

 少しでも驚かせないように慎重に立ち上がり、化け物を観察する。

 これは……竜だ……。本当に……こんな化け物みたいな……。

 そんな竜は何を思ってか私から目を逸らさず、ずっと私を観察していた。


「ぁぇと、おどろかせて……ごめん……なさい。すぐいなくなるから……」


 言葉が伝わっているかは分からないが両手を前に出しながら半歩ずつ後退り、竜との距離を離していく。

 よかった……生きてる……まだ、死んでない。

 まさに九死に一生を得る。もはや先程の考えなど全て捨てて安全な場所に暮らすべきだ。


 しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。

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