第2話・永訣


 目を覚ますと、青空がどこまでも続いていた。

 目を擦りながらゆっくりと周囲を見渡すと、地面にはずっと野原が広がっていて心地よい風が私の黒髪を揺らす。

 ここはどこだろう?私は……死んだの?

 確か私は本を買ってトラックに……そう、轢かれたんだ。

 自分の記憶が間違いない事を確認して、再び混乱する。

 え?なんで?なんで生きてるの?心臓も動いてるし、痛みも傷も無い……天国?嘘……でしょ?


「こんにちは」


「!?」


 慌てて声の方向に振り返ると、そこに居たのは見知らぬ男の人。

 え?本当にどちら様?


「私は……まあ神様みたいなものですかね」


 ……え?ただの変な人?

 いやいや、そんなことよりも……ここは何処?どうなってるの?


「嘘じゃありませんよ。現に死んだ貴女をここに呼び出したのですから」


「……え」


 っていうか、私の心を読んだ?そんな訳ないよね。


「はい、読んでますよ」


 え?ちょちょちょっと待って?どういうこと?

 落ち着いて私。問題を整理しないと……って無理無理!


「今回は随分と元気な方ですね」


「……貴方は?」


「私を簡単に説明するなら神様みたいなものですよ。そして、ここは死後の世界と言ったところですかね」


 死後の世界……普通に有り得る。

 私の記憶が正しいなら間違いなく私は死んでるし、今私がここで生きてる理由も納得できる。

 ん?もしかして慌てて方がいい状況では……?


「ゴホン、私はこれから貴方の願いを一つ叶えて差し上げます。その後記憶を浄化し再び新たな生命に宿るのです」


 ……え?

 死ねってこと?嫌なんだけど。


「いえいえ、新たに生き返るのですよ。ほら、嫌な記憶も多くあるでしょう?」


「絶対ヤダ」


 生き返ると言えば聞こえはいいけど、私も生前の記憶なんてないし浄化するってことは生き返るとしても自分の記憶は消えてる訳でしょ。


「ええ、まあそうなります」


 ほらやっぱり、絶対に嫌。

 確かに一度死んだけど、たった十数年の人生でも私は幸せだったし、消すには全てが大切過ぎる。


「となると……別世界に新たな肉体を形成して記憶を継がせるということに……ああ、ずっとここに居ても大丈夫ですよ」


「別世界に行きます。絶対に」


 永遠にここに居たらいつか狂ってしまいそうだ。

 それに、別世界といえば最近流行っている漫画や小説によくある話だ。突然だったけど、少しワクワクしている私がいた。


「わかりました。次に先程伝えた通り願いを一つ叶えて差し上げます」


 願い?願い……。

 もはや彼が神様であることに疑いは無くなっていた。

 不思議とそれ以外有り得ないと思えてくるほど、頭の中にストンと落ちた。


「家族に……別れを言わせて」


 これだけだ。私にとって最も辛い時期に助けてくれたのは家族だけだった。


「ええと、飼い猫もですよね?」


 面倒くさそうな顔をする神様だが、私の中ではシロも大切な家族なのだ。


「もちろん」


 では、と言って神様が私の頭に手を触れる。

 すると、頭の中に何かが流れ込んで来て……次に目を覚ますと、そこは何も無い真っ白な世界。


「氷乃ッ?!」


 話しかけてきたのは兄さんだった。

 小学生の頃から私の面倒を見てくれた兄さん。


「……ごめんなさい」


 さっきまでは何ともなかったのに、涙が零れ落ちてくる。

 不自由なく育ててくれた兄さんに、私は何もしてあげられてない。朝まで日常だったのに、こんな簡単に死んじゃうなんて……。


「ごめん……俺が朝あんな事を言わなければ……」


 痛いほど抱きしめてくる兄さんに、ただ体を震わせるしかなかった。

 優しい兄さんは朝外に出ろよ、と言ったのを永遠に気にしてしまうかもしれない。


「私は……まだ死なないみたい……別の世界でまた生きられるんだって……さ」


「別の……世界?」


「もう会えないけど……私のことを忘れないで……」


 兄さんは意味がわからないって様子だったけど、少ししたら簡単に理解したみたいだった。


「彼女さん……大切にしてね。凄くいい人だったから」


「ああ……わかってる。なら、氷乃も元気でやれよ」


 よかった、最後はお互いに笑い合って別れることができた。兄さんの泣き顔なんて見たくないしね。

 すると再び意識に何かが流れ込み、そこにポツンと一匹の天使が座っていた。


「え?シロ?」


 兄さんの時とは違ってなんとも緊張感がないなぁ。というか、こんな真っ白な世界で太った猫が……ふふ。


「私……死んじゃったんだって」


 話しかけても伝わらないかもしれないけど、シロは賢いからもしかしたら……無理か。


「にぁぁ」


 ココアは立ち上がり、私の足首にスリスリしてくる。

 それは学校から帰ってきた時にやるのと同じ。甘えてるだけだと思っていたが、今回ばかりは理解できた。

 確かに私の言葉を理解してる。そうとしか思えなかった。


「ふふ……行ってきますお兄ちゃん」


 頭を撫でると目を細めて気持ちよさそうにするその姿は、やはり可愛い。

 満足して立ち上がると、さっきの野原に変わっていた。


「ありがとう」


「いえ……大丈夫ですか?」


 え、何が?


「いえいえ。さて次は異世界に転移させていただきます」


 早いね。少しは感傷に浸らせてくれてもいいんじゃない?


「必要でしたか?」


「……いや」


 しかし、私が言えたことでは無いが気配りは大切だと思う。それじゃモテないよ。


「ええと、別世界についての説明をしますね……」


 ふむふむ、私はアニメや漫画で培った異世界に関する知識だけは豊富だと思ってる。当然、同じような世界であれば生き残れる気がする。

 さて、どんなチート能力が貰えるかな?ワクワク。


「すみません、願いは一度きりですから」


 ん……?え、詰んだ?

 待て待て、大丈夫、落ち着け。


「才能とか肉体的な……」


 そうだ、異世界なら魔法の才能とか怪力とか……。


「それは、生前の体と同じ物を用意しますのでご心配なさらないでくさだい」


 ニコニコとした表情で答える神様。多分これは煽られてる。違っても、私がそうだと思ったのだから確実に煽ってる。


「ど、どどどう……?」


 どうしたらいいの……!?

 どうやって生きていけばいいの?!


「……」


 サッと目を逸らす神様。

 あ、ヤバいのかもしれない。次は本当に死ぬかも。

 いやいや!諦めない!絶対大丈夫!


「そ、その、き、危険生物とかって……」


「うじゃうじゃ……です」


 危ない生物がいなければ生きていける、と思ってた時期が私にもありました。


「魔法の才能って……」


 そう、チートを寄越せとは言わない。せめて、せめて魔法の力を使いたい!


「全くありません……そもそも向こうの人間は体の構造が少し違うので……」


 ああああ、ヤバい本当にヤバいのかもしれない。泣きたい。いや、もう泣いてる。死ぬ、死ぬんだ私。


「あ……服って……」


 ダメだ。思いつく全てが不安要素になってしまう。


「向こうの世界で調達してください」


 ……ガクリ。

 その言葉を聞いて、私は膝から綺麗に崩れ落ちた。

 当然だ。もはや生きる希望の光が消え失せたのだから。


「こちらとしても手を貸したいのですが……私の権能では願いは一つしか叶えられないのです」


 私は立ち上がり、ほぼ無意識に空を眺めていた。


「あ……」


 そういえば、死ぬ前に買った最終巻の漫画読めなかったなぁ。


「ああああああああぁぁぁ!」


 多分、この人生で最も声を出した瞬間だった。

 気が付かぬうちに神様の胸ぐらを掴み、ブンブンと振り回していた。


「あ、ぅ、わ、わかりました、わかりました!」


 思いが通じたのか観念した神様が両手を上げる。


「ほんの少し手を貸します。ほんの少しだけですよ?ですから漫画は諦めてください!」


 ぐぬぬ、仕方あるまい。

 あわよくば漫画も読みたかったが、死ぬよりはマシだろう。


「ほんの一部、バレない程度の魔力を与えますから。それで簡単な衣服とか必需品を創り出せます」


 もう何も言うことは無く、私は生まれて初めて誰かに対して土下座した。


「頭を上げてください、これ以上は無理ですから」


「……ありがとうございます」


 物を創り出せる能力。欲しかったチート能力に並ぶ力と言えるのではないだろうか。


「すみません、その魔法はそんな万能じゃないんです。特に貴女の体は魔法に適応していないので、強引にを魔力付与するとなると非常に僅かな魔力しか得られないのです」


 ……チート能力よさらば。しかし、さっきよりも希望が見えてきたことに違いは無い。なら、今私にできることは……。


「その世界と……その魔法について詳しく教えて」


「はい!流石は相笠さん。その言葉を待ってました!」

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