私は竜と共に旅をした。
紫猫
第1話・運命
何の変哲もない、人と話すのが苦手な普通の女子高生。
中学を卒業して良くも悪くもない平凡な高校に入学し、現在高校三年生の十七歳。ちなみに彼氏は居らず、できたこともない。
年の離れた兄さんはどうも優秀らしく、私とは真逆の世界に住む人間と言っていいだろう。
そんな兄さんが今亡き両親の代わりに私の面倒を見てくれていて、こればかりは感謝してもしきれない。
そんな私の名前は
徹夜でアニメや漫画を読み漁っていた私の身長は、平均よりも少し低い程度。自分でも顔は悪くないと思うけど、小学生の頃に両親が居ないから変だと虐められていた私は人と話す事が苦手で、話せる友達なんて高校でやっとできたくらい。
と言っても、今となってはそんなに友達が欲しいとは思わない。特に理由は無いけど、この世界には娯楽が溢れていて不自由なく生活できるのだから。
そう、友達が多い人を羨ましいなんて事は一切ない。
「行ってくる。休みだからって家でゴロゴロしてんなよ」
私がソファーでそんな事を考えていると、朝食を終えた兄さんが明るい声で挨拶してくる。
非の打ち所が無い程に整った容姿に比例した明るい性格の青年。そんな兄さんには当然恋人がいて、もう結婚を考えているのだとか。
「ん、わかった」
そうなったら私はどうなるのかな、と考えながら玄関で家を出る兄を手を振って見送る私。
うん、我ながら良く出来た妹だと思う。
日頃の感謝なんて伝えようにも気恥ずかしくて言えたもんじゃないけど、ほんの少しの思いやりを毎日伝えようと思ってる。
そして彼女さんと結婚しても私が捨てられないというパターンには……うん、無いか。普通に私の方から断っちゃうもん。
「にゃお」
天使の声に呼ばれて勢い良く振り返ると、毛むくじゃらな第二の兄の姿が私の瞳に飛び込んできた。可愛い。
白と黒のハチワレ猫。天使の姿を借りた彼の名はシロである。
「にぁ」
早くしろ、と言わんばかりに餌用のお皿の前に座るシロ。
年齢は実に十九歳。人間で言うと九十歳を超えているらしく、なんとも可愛らしいおじいちゃんである。
「どうぞ」
猫らしからぬ実に丸っこい体を撫でながら餌を入れると、ガツガツとカリカリを食べ始めるシロ。
もちろん、太らせようと思った訳では無いのだが、お皿の前に座られるとついつい餌を与えてしまう。だから今回は少なめにしておいた。
よいしょと立ち上がってリビングへと戻り、今日の予定を決める。
兄に言われた通りゴロゴロしているのも楽しくないので、出かけるのもいいかもしれない。
そうと決まればどこに行こうかと考える。そもそも私は友達も少なければ趣味なんて小説やアニメや漫画程度。一人でどこかに行くというのは、少しどころかかなり難易度が高い。
「ん?」
スマホで日付を確認すると、なんと最近ハマっている漫画の最終巻の発売日である。
これはまさに神が私に味方しているのでは!?別に神様は信じてないけど。
スキップしたくなる気分のまま服を着替え、行きつけの本屋へ小走りで向かう。すれ違う人には変な目で見られたが、そんなもの気にしたら負けなのだ。
「あれ?相笠さん?」
ギクリ。
声はすれ違った人から発せられたものに違いない。
ぎこちなく振り返ると、そこに居たのはクラスメイトの男子。確か名前は……。
「た、高木くん……?」
はい、アウト、終わり。完全に見られました。
っていうか家と高校からはかなり距離がある筈でしょ!なんでクラスメイトがこんな所にいるの!?
「お、おはよう。どうしたの走って」
「あ……」
顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
ああ、もう!だって仕方ないよね……。ええい、どうにでもなれ!
「本屋に……」
「へえ、そうなんだ。一緒に行こうよ」
え?絶対ヤダ。
そもそも学校で静かな私は高木くんとも仲良くないし、記憶が正しければ話したのだって今回が初めての筈。
比較的明るいグループの中でも更に明るい高木くんは正直苦手だ。
「……」
「何を買うのか興味があるんだよ。ダメかな?」
めちゃくちゃ嫌だが、断ってしまうと嫌われてしまうかもしれないし愛想が悪い奴と思われるのも嫌だ。よし、目的の漫画を買って直ぐに別れよう。
「…い…いいよ」
結局私が折れる形で本屋に入ることになった。
不本意だが、傍から見たら付き合っているように見えたかもしれない。……知り合いに見られたりでもしたら迷惑だ。
「へえ、この漫画が好きなんだ」
私が目的の本を見つけて手に取って胸を高鳴らせていると、ヒョイと取って表紙を見つめる高木くん。普通に邪魔すぎる。
元々一人でいる事が好きな私はこういう冗談は好きじゃないし、いい気分を台無しにされてちょっとムカつく。
「返して」
「ごめんごめん、でも意外だね」
この漫画は柔道の王道漫画だが、確かに女子が見るような内容では無いかもしれない。過去に兄が柔道を経験していてそれを見ていた私だからこそ面白いと感じるのかも。
「いいから……外にいて」
レジの前には三人程並んでおり、二人が並ぶには狭く迷惑になるかもしれない。そんなことを考えてしまうのが私の性格だ。
「はいはい」
高木くんと別れてレジの前に並び、先程邪魔された新刊の喜びに浸ることにした。
伝わる人には伝わるだろうか、約一ヶ月という長い時間焦らされ続けて遂に私は手に入れたのだ。
「次の方ー」
「あ、はい」
んん……まあ家に帰ってからゆっくり楽しもうかな。
定員さんがバーコードを読み取って金額が出る。
「八百円です」
高い。本当に高い。
お小遣い制の私にはかなり痛い……。
そんなことを考えつつ財布から金額ピッタリを店員さんに渡して、本屋を出ていく。
「おかえり、次はどこ行くの?」
何言ってんの……?
「私は家……もう用は済んだでしょ」
当然私は高木くんを家まで案内するつもりはないし、一刻も早く漫画を読みたいのだ。
今回が最終巻となれば読む前に最初から読む必要があるし、そうなると簡単に一日が終わってしまう。
「えー」
「私は早くこれを読みたいの」
「なら俺にも読ませてよ、共感できると楽しいかもよ」
確かに一理あるけれど、私としては一人で楽しむ方が断然面白い。簡単に言いくるめられる私では無いのだ。
「読ませない…なんで付きまとうの?」
「ここだけの話、相笠さんって結構人気なんだよ。少しもで仲良くなりたいなーなんて……ね?」
え……?
ドッキリか何か?明るい人ってみんなこんな感じなの?もしかして、遊ばれてる?
ドクンと心臓の音が弾け、疑心暗鬼になりながらも顔が熱くなり始める。
「あ……え……」
慌てて高木くんから顔を逸らし、深呼吸をして落ち着いてから誤魔化すように突き放した言い方をした。
「そういうの……いいよ、私は帰るから」
それは、私がそう言い放った時。
何か巨大な物が私の視界全体を覆う。
え、なに?これ、トラック?
「あ」
世界が妙に静かになり、全てがゆっくりと見えた。
あれ?どうなってるんだろう。私はまだ死んでないよね?
両手を見るといつの間にか私は高木くんを突き飛ばしていて、高木くんは何とも絶望的な表情をしている。
助けたんだからそんな顔しないでよ。っていうか、なんで私は私を選ばなかったんだろう。
「相笠さん!!!」
再び動き出す時の中で、私の左半身が暴走するトラックに打ち付けられる。
痛みは無い。違う。痛いことに体が追い付いていないんだ。
簡単に吹き飛ばされた私は何も無いコンクリートに落ちて、動けないままただ血が流れていくのを感じる。
「ッ、あ?つっ」
痛みがじわじわと広がり、服は裂けて全身が動かないまま意識だけが妙にハッキリとする。
誰かが私に近寄って叫んでいる。聞こえないけど、一生懸命何かを伝えようとしているみたいだった。
高木くんだ、よかった。無事だったんだ。
でも、これは流石に死んじゃうよね……。あ、ヤバい苦しい。呼吸が……もう、勘弁してよ。
「相笠さんッ!?相笠さんッ!!」
「う、さい……」
「待て!死ぬな!今救急車……」
起き上がろうとするが、やっぱり力が入らない。
もはや何を言っているのかわからない程叫んでいる高木くん。なんだかんだ悪い人じゃなかったみたい。こんな目に遭わせて……ごめんね。
「じゃ……」
人の命を助けて死ぬ。
思い残すことは多いけど、これ以上かっこいい死に方は無いよね。我ながら出来た人生なのでは無いだろうか。
「待て……!おい!起きろよ!」
まだ叫んでるの?静かに眠らせてよ。
「俺……相笠さんのこと好きだったんだよ……」
……そんな顔で言われても嬉しくないよ。やっぱり最後は笑って死なないと、勿体ないよね。
「ん……」
口も動かなかったけれどほんの少しだけ、伝えられた気がする。その証拠に、驚いた顔をした高木くんの顔が面白いくらいに閉じた瞼の裏に張り付いた。
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