六、俺は幸運、あなたは強運。



 紅藍ホンランが感情に任せて炎を放ち、そこら中に生えていた巨大蚯蚓ミミズの群れは消し炭となり、辺りが黒こげの大地へと変貌してしまった。しかしそれは束の間で、すぐにまた地面が盛り上がり、新たな巨大蚯蚓ミミズの群れがどんどん増えていく。


「いやあぁあっ! また増えたっ」


「だから、ちょっと待てくださいと言ってるんです。本体、つまり核をなんとかしない限り、無限に湧いて出てくる類の妖でしょう。それよりも、私たちは櫻花インホア様たちの援護を」


 解っていたから、あえて紅藍ホンランを放置していたというのに、結局はこうなるのか······と蒼藍ツァンランは大きく嘆息する。


「ねえ! 私たち、人食い蝶の怪異を調査しに来たのよね!? それがなんで巨大蚯蚓ミミズと戦ってるのよっ」


 櫻花インホアたちと違い、巨大蚯蚓ミミズの群れは紅藍ホンランたちを捕らえんと襲いかかって来る。それを躱しつつ、蒼藍ツァンランが鋭い風の刃でバラバラにし、紅藍ホンランが容赦なく焼き払う。時に風と炎を合わせて炎の竜巻を起こし、一気に蚯蚓ミミズの群れを一掃する。


 しかし、何度やろうと同じことで、その度に湧いて来るのでキリがなかった。


「どちらも噂の域を出ていなかったことに、今回の件の真相があると考えるのが妥当でしょう」


 蓬莱ほうらい山の周り、しかも四竜の守護する領域で起こっていること。

 確か自分たちとは別に、白藍パイランたちも任務の概要のため鷹藍インランに呼ばれていると言っていた。それは北の地、黑藍ヘイランの守護する領域と聞く。


 ここは南の地。紅藍ホンランの守護する領域。


「魂が蝶となって天に還るという、この地特有の現象を利用して、人食い蝶の噂を流し、私たちを誘き寄せるのが目的だとしたら?」


「そんなことして、なんの得が?」


 怪訝そうに紅藍ホンランが眉を顰める。


「それを証明するには材料が足りない。今後、同じような事が起これば別ですが」


「考えても無駄ってことね! なら答えは単純よ」


 炎を放ち、火の粉がちかちかと舞う中で、紅藍ホンランは得意げな表情でくるりと振り向いた。辺りが燈火のように闇夜を照らす。彼の赤い髪が風に揺れた。


「出る杭は打つ!」


 がくっと蒼藍ツァンランは思わず拍子抜けする。言わんとしていることは理解したが、意味が微妙に違う。


 それを言うほんの少し前のその美しい姿に、一瞬でも見惚れてしまった自分を消してやりたい。


櫻花インホア様たちが核を見つけるまで、私もそれに付き合いますよ」


櫻花インホアちゃんなら、絶対に大丈夫!」


 その法力が半減しようが、余命が数年しかなかろうが、櫻花インホアには関係ないだろう。蒼藍ツァンランは離れた場所へ向かう櫻花インホアたちを背にしたまま、その手に風の渦を宿し、目の前の敵を薙ぎ払う。


(あとは、お任せしましたよ、櫻花インホア様、)



******



 肖月シャオユエは不思議でならなかった。


 自分たちが紅藍ホンランたちよりは自由の利く状態だったのもあるだろうが、蒼藍ツァンラン櫻花インホアに核を見つけて欲しいと言ったこと。


 地仙が持つには相応しくない、その手の中の美しい宝剣も。


「ねえ、あなたって本当は何者?」


「私は、ただの地仙ですよ」


 困ったように笑って、手に持つ宝剣で向ってくる巨大蚯蚓ミミズを一振りで倒していく。その宝剣で切られた部分は一瞬で凍り付き、最後は跡形もなく砕け散るのだ。


 宝剣に、雪花シュエホア、と話しかけていた気がする。


 そうえいば、弁財天が何の気なく口にし、それから訂正した言葉を思い出す。どうしてずっと忘れていたのだろう。


花神かしんってなに?」


 そのひと言に、櫻花インホアは一瞬表情を曇らせ、肖月シャオユエは自分で訊ねておいて後悔する。


「······それ、は、」


 手を止め、足を止め、櫻花インホアは無防備な状態になる。それを好機と巨大蚯蚓ミミズが数体、こちらを捕らえるために襲いかかって来た。


 その瞬間、巨大蚯蚓ミミズたちは棒立ちしている櫻花インホア の前に立ち塞がった肖月シャオユエに、触れるか触れないかという位置でぴたりと急停止した。


「ごめんなさい。あなたを困らせて。もう、問うのは止める。いつかあなたが話したくなったら、俺にも教えて?」


 櫻花インホアは自分を庇うように立つその背中を見つめ、彼がどんな顔でその言葉を言っているのかを想像したら、胸の辺りがチクリと痛んだ。


「······私のような者は、君に守られる価値もない」


 ちくちく。

 痛むのに、言葉が止まらない。


「だから、ずっと、ひとりが良かったんです。他の誰かが私のために傷付くのは、絶対に嫌なんです」


 ずきずき。

 心が、悲鳴を上げる。


「········ずっとひとりで、生きて、」


 あの出遭いは、偶然だったけれど。


「でも君が、」


 あんなことを言うから。


「君といると····なんだかいつも楽しくて。愚か者の私は、すっかり忘れていたんです」


 幸せなど、ほど遠い。

 その罪は消えない。

 すべて自分が齎した結果だから。


「これが解決したら········、」


「そんな顔をしてるあなたを、ひとりになんてできるわけない」


 暗い気持ちが視界を覆い、俯いていた櫻花インホアの頬に、指先が触れる。背中を向けていた肖月シャオユエは、いつの間にか櫻花インホアと向かい合っていた。


「言ったでしょ? あなたについて行く。あなたは俺の大切な、唯一無二のひとだから」


 言い終えたその瞬間、肖月シャオユエの後ろで止まっていた蚯蚓ミミズたちの身体が同時にひしゃげ、歪み、真ん中で千切れた。そしてその残骸は、霧が晴れて散るかように、跡形もなく消え去る。


「あなたが嫌だって言っても、地の底までついて行く。それくらいの気持ちで、俺はあなたの傍にいるつもりだよ?」


 必要ない、と言われようと、間に合ってます、と断られようと。


「私は君を······不幸にするかもしれません」


「俺は幸運、あなたは強運。そもそも不運とは無縁な星の下に生まれてる。黒竜サマとの出来事も、あなたと出会うための縁だったのかも。そう考えたら、とても幸運なことだったし、なにより俺は、誰よりもあなたと相性がいいと思うけど?」


 言って、悪戯っぽく笑う肖月シャオユエに、櫻花インホアは自然と笑みが零れていた。その花が咲いたような美しく儚い笑みに、肖月シャオユエは、思わず今の状況を忘れてしまいそうになる。


「········君って子は、本当に、」


 くすくすと櫻花インホアは小さく笑い、そしてその琥珀の瞳を細めた。


「行きましょう。核はすぐそこです」


「うん、さっさとこんなの終わらせて、また旅の続きをしよう?」



 それから、たくさん楽しい話をして、あなたを笑わせてあげる。

 あなたがまた、あんな顔をしないように。


 ふたりだけの、旅の続きを。



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