七、そんなの決まってるだろ!
一方、北の地。
寂れた村の中心に三人はそれぞれ立ち、
「これは
瑪瑙色の瞳が見上げてくる。
「一から説明しろ」
「······まあ、いいや。これは天界のとある変人神官が作り出した希少な石で、その場にいるすべての者に幻影を見せることができる。なんのために作ったかは本当に謎だけど、」
「それがここにあるってことは、その変人神官が実験かなにかで天仙に幻を見せたってことか?」
単純に考えればそうだが、事はそう簡単にはいかないものだ。
「その石は数百年前に盗まれて以来、本人の手元に戻って来ていないと聞きます」
「つまり、その盗んだ者の仕業か、もしくは盗ませた者の仕業か。いずれにせよ、"災禍の鬼"の噂とこの
「盗んだのが、その"災禍の鬼"だとしたら、それで解決だろう?」
そのひと言に、
「なんのために?」
「は? なんのため? そんなの決まってるだろ!」
得意げな顔で
「やってもない大量殺人を、自分がやったと思わせるためさ」
だが、なんのためにそんな回りくどいことをする必要が?
"災禍の鬼"といえば、数多の天仙や地仙、人間を殺し、喰らい、今や災厄級の鬼と言われている存在。しかし、その姿を見た者は誰一人としておらず、数百年も天帝の眼から逃れているのだ。
村ひとつ潰すくらい、蟻を潰すのと同じだろう。
「"災禍の鬼"とは名ばかりで、本当は逃げるのが上手いただのヘタレってこと! 光鳥を飛ばした天仙も、グルかもな」
「ひとつはまあ同意できなくもないけど、もうひとつはたぶん、違う」
「はい。その天仙は確実に殺されているでしょう」
「
なんだよそれ、と
「この一連の事を行っているのが、それくらい慎重な犯人だということ」
「しかもこの数年の間に、です。それまではこんなに頻繁に現れなかったので、それをしなければならない何かきっかけがあったと思われます」
まだなにもわかりませんが、と付け足して、
「そうなればもうここに用はないね。さっさと蓬莱山に戻ろ、」
「ん? もういいのか? まあいいや。さっさと
思いの外早く終わったな、と心の中で呟きつつ、ふと村の先に見える森に視線がいく。今、一瞬だが気配を感じたような····いや、気のせいか、と
三人は、その場から一瞬にして姿を消す。
遠く離れた森の奥で息を潜めていた者もまた、暗闇の中に紛れてその姿を晦ます。
禍々しい気配を放つ"それ"は、姿を消すその瞬間、そのすべてを嘲笑うかのように赤い瞳を細め、美しい顔に笑みを浮かべるのだった。
******
石碑が建てられているその墓の周りは、他の、もはや罰があったっても文句は言えないほど見る影もない墓と比べ、何事も起こっていないかのように綺麗だった。
「
名を呼ぶと、宝剣の半透明な刀身が青白く光り出す。そのまま一閃、空を薙ぐように振ると、石碑の周りに冷気が放たれ、辺りに薄青に光る無数の雪の華が舞い散った。春だというのにそこだけはまるで白銀に染まっている。
「すごく綺麗、」
「ふふ。綺麗なだけではなく、
話している途中で、石碑の下、白く染まった土の中から何かが勢いよく飛び出して来た。それはとても小さな、黒い
その頃には雪の華も白い景色も消え去り、
「
辺りを最後まで蠢いていた数体の
「これは興味深いですね。核、というか本体というか。この黒い小さな
「とはいえ、殺生は禁じられているので······
うねうねと黒い
内心、少しも触れたくはない気持ちの方が大きいので、
興味のないものをぽいっとその中に落とすように、
「それはいいとして、ここの後始末はどうするつもりなんです?」
墓地はほどんどが穴だらけになっていて、骨が所々に散らばっている。あの新しめの盛り土もめちゃくちゃで、腐った亡骸が土の中から顔を覗かせていた。魂が先に空に飛んで逝ったのが、せめてもの救いだろうか。
「まだ夜明けまでは時間がありますから、他の盛り土や亡骸も元に戻してあげましょう、」
「よし! 私もやるわよ~」
やれやれと
******
夜明け過ぎまでその作業は続き、なんとか墓地は元の姿を取り戻す。
四人もさすがに疲れたので、
「······なんだかよくわかんないわね」
「ということなので、後は私たちで
疲れていたこともあり、
「じゃあそんなお疲れのみんなに、私からのささやかな贈り物をどうぞ!」
待ってました! と言わんばかりに
「じゃじゃーん! 特製のお焼きよ!」
その両手の中に広げられた布を開き、
「おいしそうですね。えっと、お焼きを包み込んでいる、この黒ゴマの餡が斬新ですね」
櫻花はそのひとつを受け取って、見たままの感想を口にした。
「もう! 黒ゴマの餡なんてかけてないわよ、変な
「なんていうか、お焼き? 丸焼き? あ、駄目だよ、
「あ、」
「なによ、
「
「すみません。急用を思い出したので、私たちはこれで。
簡易的な拱手をし、
残されたのは
ふたりは顔を見合わせて、なんだか可笑しくなってくすりと笑った。
「じゃあ、私たちも行きますか」
だね、と
あたたかな日差しと、晴天に眼を細め、ふたり並んで歩く。
あてもなく、けれどもどこか前とは違う、新しい気持ちで。
それから何事もなく、一年の月日が流れた――――。
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