三、たまたま運が良かっただけですよ?
数百年経った今もなお、彼女は自分を苦しめ続けている。
跪いたまま、雪が降り積もった地面を握り締める。その冷たさに、ほんの少しだけ平静を取り戻して、
それは、きっと。
(大丈夫。私は、この試練を乗り越えてみせます)
あの百花が咲き乱れる堂で、また、皆と共に生きると決めた。
天仙となり、呪いを解き、そして再びあの場所へ帰る、と。
(もちろん、その時は······、)
琥珀の眼を優し気に細め、思いを馳せる。
そのためには、ここで、すべてを終わらせなければならない。
「あなたは、本当に可哀想なひとです」
「なんですって?」
それでも。
「先程の話を聞いていなかったのですか? あの日、あなたが命を奪わせた花の精たちの中で、魂魄が無事だった者たちが元の姿を取り戻したら、どちらにしてもあなたの罪は免れません。最後まで生き残っていた
「戯言を。天帝、あなたならこの薄汚れた地仙と、上位の神である
それは、あの日、自分が
(俺は、あの時······地仙と、神聖な竜の言い分、その場に他の者がいたならば、間違いなく俺が正しいと言うだろうと、なんの躊躇いもなくそう考えた。そこに誰かの考えや是非は関係ないと、)
それと同じことを
(くそ······なんでこんな時に、あの時のことを思い出すんだよ!)
「いい加減にしろよ! あんたがこいつにしたことは、醜い嫉妬心からの、度を超えた嫌がらせだろ! いつでも皆に囲まれてへらへら笑ってるこいつが、羨ましかったんだろーがっ」
「こいつのへらへら顔を奪って満足だったか? 傷付けて、踏みつけて、楽しかったか? けど残念だったな、こいつは今もこの通り! 馬鹿みたいに毎日へらへら笑ってるぜ。あんたはどうだ? 心から笑ったことなんてないんだろう、」
こほん、と天帝が咳払いをして、その場にまた緊張感が戻る。
「話はゆっくりと天界で聞くとしよう。なに、時間はたっぷりある。案ずることはない。己の所業を悔い改めるまで、何度でもあの日を思い出すといい」
言って、天帝は
「
「いいえ、あなたはそれを伝えるために、何度も私に使いを送ってくれていたんですね。私はそんなことも知らずに、意地を張ってしまって」
かまわない、と天帝はその秀麗な顔に小さな笑みを浮かべる。見下ろし見上げるような形で、ふたりは頷く。
それ以上の言葉はいらなかった。
しかし、優しく見つめていた
その次の瞬間————、
「危ない!」
天帝の身体を押し退け、前に飛び出す。
傍で控えていた
天帝もまた、押し退けられよろめいた身体をなんとか立て直し、振り向いたその時、同じ光景が目に飛び込んでくる。
「······
「私は大丈夫ですから、どうか落ち着いて!」
返ってきた声は、触手に貫かれたにしては、思いの外元気で······。
「え······だって、今、身体······血······え?」
よく見れば、道袍を染めている血は乾いており非常に紛らわしいが、鮮血は飛び散っていなかった。
すると、貫通していたかと思われた鋭い触手は、両手を広げた
「
はあ、と大きく息を吐き出して安堵する。
そして、
「あはは······たまたま運が良かっただけですよ?
道袍の袖を捲り、左手に巻きついている白い蛇と視線を交わした。
触手を躱せたのは、
「
「いや、俺は、あいつ逃げたなって思って、あえて突っ込まなかったんだが?」
「僕は、話題にすらしたくなかっただけだよ」
あはは····と、
天帝は
「私を狙った、のではなく、必ず立ち塞がるだろう
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